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2014年05月08日
歌う男
自分の声を美しく聞かせようとすることなどに何の興味もないように、その低い無愛想な声で早口で一気に歌い切ったかと思うと語尾を不自然にはね上げ、逆に地面をはうように低くひきずる。圧倒的な音量の伴奏に対抗させるように、自分の声をわざとはずしてフェイントをかける。それは他の音に不意打ちをかけ、それを組織し、曲の感情を決定する。観客は隣に誰がいるのかも分からないまま、熱気にほてった身体を寄せあい、ドラムスとパーカッションのリズムに合わせて、いやそれさえも無視してめちゃめちゃに足を踏み鳴らし、手をたたき、自分でも意味の分からないことを大声で叫び合う。

見上げると、重力に反してそそり立った〈塔〉の、飛びこみ台のようなひさしの部分、もう真っ暗になった夜空に強力な二本のサーチライトの光の柱が交わるあたりに人影が動いている。
 彼らは大きな黒い旗を振っている。風と、下にいる観客たちの熱気によって現れた一時的な上昇気流に乗って、真っ黒の旗が夜空にはためく。
 今、もしかしたら「あいつ」が、黒い旗を振るあの男たちの中にいるんじゃないか……僕の頭に、ふとそんな考えがよぎる。
 歌う男の顔は白い。いや、異常なぐらいに白すぎる。あれは白塗の化粧をしているに違いない。
 男は上着のポケットから何か小さなものを取り出す。格子縞のスカーフを通して、それが一瞬光る。リズム・ギター群が一定の速度を刻むロックン・ロールの一瞬のすきを突くように男はそれを口元に運び、金切り声のような音を発する。ブルース・ハープ。
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Posted by salchan at 19:43 | この記事のURL
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