共作であればこれほどのことにはならなかった。
世の中に自分の曲がでてうれしかった、佐村河内の設計図がなければできなかった・・・などと。
夫婦喧嘩みたいな話だ。
yahooより。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20140206-00032407/
彼はなぜゴーストライターを続けたのか〜佐村河内氏の曲を書いていた新垣隆氏の記者会見を聴いて考える
江川 紹子 | ジャーナリスト
2014年2月6日 22時48分
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「佐村河内さんが世間を欺いて曲を発表していることを知りながら、指示されるがまま、曲を書き続けてた私は、佐村河内さんの「共犯者」です――「全聾の作曲家」として、NHKスペシャルを初め、あらゆるメディアで称賛されてきた佐村河内守氏のゴーストライターだった新垣隆氏が、2月6日、謝罪の記者会見を行った。
会見する新垣隆氏(都内のホテルで)会見する新垣隆氏(都内のホテルで)
今でも「共同の作品」
佐村河内氏のCD佐村河内氏のCD
18年間に20曲以上を提供。その中には大編成で80分にわたる交響曲もある。それも含めて報酬は700万円前後、という。この間、佐村河内氏はいくら稼いだのだろう。CDは、『交響曲第一番HIROSHIMA』は約18万枚、『鎮魂のソナタ』は10万枚以上売れたというが、新垣氏には一円の印税も渡っていない。それでも報酬引き上げを求めもせず、今でも不満を抱いていないようだ。
『交響曲第一番HIROSHIMA』では、佐村河内氏は「中世宗教音楽的な抽象美の追求」「上昇してゆく音楽」などというイメージや主題について「祈り(救いを求め)」「啓示(真理への導き)」などというコンセプトだけを指示。旋律のスケッチさえ作っていない。それどころか、新垣氏がいくつかのモティーフを考え、ピアノで弾いて録音したものを佐村河内氏が聴いて(!!)、どれを使うか指示して、それを元に作曲することもあった、という。
それでも新垣氏は「彼との関わりの中で作品が生まれたので、共同の作品」とさえ言う。2人の関係を、「彼は実質的にはプロデューサー。彼のアイデアを私が実現する。彼は自分のキャラクターを作り、作品を世に出していった。彼のイメージを作るために、私は協力したということ」と説明。そして、佐村河内氏についてネガティヴな質問には、より慎重に、短く、最小限の答えをするのだった。
佐村河内氏はプロデューサー
当初は、短いテーマ曲をオーケストラ用の楽曲に仕上げる仕事を頼まれた。その後、次々に曲の代作を依頼される。
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