2012年03月22日
A050・メタボ、ダイエット、糖尿病
1、健康志向
何事によらず「丁度良い」が望ましいのですが、なかなかそうは行かない樣です。
痩せすぎたり、太りすぎたり!
運動選手は厳しいトレーニングで身体を引き締め贅肉を落としたり、お相撲さんは連日の激しい稽古としっかり食べることで大きな体を作ります。
ところが、一般人がただ外観だけを意識してヤセを願望したり、逆に、不健康に太っていることを”恰幅がよい”などと錯覚したり!というのは、如何なものでしょうか?
食べるものも食べずに、自らを栄養失調状態に追い込んだり、或いは無自覚な大食で肥満状態となる!など、
”余計なお世話”といってしまえばそれだけの事ですが、持病と向き合って療養に取り組んでいる者から見ると、「健康の有難さ」を自覚してもらいたいと、ついつい思ってしまいます。
何事によらず「丁度良い」が望ましいのですが、なかなかそうは行かない樣です。
痩せすぎたり、太りすぎたり!
運動選手は厳しいトレーニングで身体を引き締め贅肉を落としたり、お相撲さんは連日の激しい稽古としっかり食べることで大きな体を作ります。
ところが、一般人がただ外観だけを意識してヤセを願望したり、逆に、不健康に太っていることを”恰幅がよい”などと錯覚したり!というのは、如何なものでしょうか?
食べるものも食べずに、自らを栄養失調状態に追い込んだり、或いは無自覚な大食で肥満状態となる!など、
”余計なお世話”といってしまえばそれだけの事ですが、持病と向き合って療養に取り組んでいる者から見ると、「健康の有難さ」を自覚してもらいたいと、ついつい思ってしまいます。
「ダイエット」とか「メタボ」とかの言葉が身辺に氾濫していますが、
・錯覚願望か
・宣伝文句か
・健康志向か
使う人によって、意味合いが随分違う様です。
「日々の食事と運動が健康の基本である」という当然のことを再確認して、望ましい健康習を志向致したいと思っています。
2、好ましい生活習慣で思うこと
地球上の人類は急増中で、現在は70億人もなっているとか。飢饉とか貧困で慢性の饑餓に見舞われている人口は約10億人、餓死者は年間で1500万人に及ぶと言われています。
他方、裕福な暮らしをしている国では(人類の5分の1程度らしい)メタボとか糖尿病(生活習慣によるもので、1型などを除く)とかの所謂エネルギー過剰摂取に原因する健康障害がクローズアップされています。
日本は残念ながらメタボ、糖尿病大国の様相を呈しているようです。メタボの相当部分は糖尿病患者と重なるようですが、糖尿病認定患者と予備軍は合わせて2200万人を超えているといわれます。
自虐的に総括すれば、ろくに体を動かずに過剰に飲み食いしたあげく、体のバランスを崩している人がいかに多いことか!ということでしょうか。勿論、全てがこうだと言うのではありません。
かく言う私は恥ずかしながら病歴超20年のベテラン糖尿病患者です。自省を込めて申し上げています。但しメタボではありません。
メタボにしても、糖尿病にしても、多くの患者については正すべき生活習慣があるのでしょうが、人間には弱い面があって、「ついつい」好ましくない生活習慣を送っていることを長年の糖尿病治療体験で実感してきました。
以下は自省を込めて私が思ういくつかのポイントです。
(1)趣味とか、一念発起したテーマとか、継続して行う作業を持っていると、何時も注意をそちらに向かって、惰性に時を過ごす事がなくなります。
ついつい間食や夜食を摂り、また習慣的に止められなくなる!などを避けることが出来ます。
人それぞれの熱意と工夫で、辛さではなく楽しみ充実感を持って日々を過せる道が開くことが出来るようになります。
(2)鉢巻きをして、何が何でも「頑張ろう」と言うのではありません。
「辛い、苦しい」では長続きしないでしょう。楽しくなければ長続きしません。
ちょっとした工夫で、知恵で、道は開けると思います。その鍵は案外身近にあるようだ。と思っています。
(3)私は10数年間、カロリー制限・運動・飲み薬で糖尿病と向き合って、自分では「節制していたつもり」でしたが結果が伴わず、インシュリン注射をする羽目になりました。
こうなって初めて実感したのですが、それまでの「節制したつもり」が何と甘い判断基準であったことか!ということでした。
あれこれと勝手な理由をこじつけて、自分で自分を言いくるめていました。
せっぱ詰まった状態に追い込まれた後に、このことに気付いきました。
(4)節度ある食生活を送るようにお互い心がけよう!
「転ばぬ先の杖」
理屈ではわかっているつもりでも、理屈通りには行かないのが人間というもののようです。
「今からでも良い」
「遅すぎるスタートはない」!
と思うと、
メタボ、糖尿病と向き合う気持ちに新たな思いが加わるように思います。
糖尿病に取り付かれてしまったら、それはまたそれで一つの人生です。
「一病息災」! です。
「無病息災」より全体的にプラスに勝った生活習慣が出来たと思っています。
・錯覚願望か
・宣伝文句か
・健康志向か
使う人によって、意味合いが随分違う様です。
「日々の食事と運動が健康の基本である」という当然のことを再確認して、望ましい健康習を志向致したいと思っています。
2、好ましい生活習慣で思うこと
地球上の人類は急増中で、現在は70億人もなっているとか。飢饉とか貧困で慢性の饑餓に見舞われている人口は約10億人、餓死者は年間で1500万人に及ぶと言われています。
他方、裕福な暮らしをしている国では(人類の5分の1程度らしい)メタボとか糖尿病(生活習慣によるもので、1型などを除く)とかの所謂エネルギー過剰摂取に原因する健康障害がクローズアップされています。
日本は残念ながらメタボ、糖尿病大国の様相を呈しているようです。メタボの相当部分は糖尿病患者と重なるようですが、糖尿病認定患者と予備軍は合わせて2200万人を超えているといわれます。
自虐的に総括すれば、ろくに体を動かずに過剰に飲み食いしたあげく、体のバランスを崩している人がいかに多いことか!ということでしょうか。勿論、全てがこうだと言うのではありません。
かく言う私は恥ずかしながら病歴超20年のベテラン糖尿病患者です。自省を込めて申し上げています。但しメタボではありません。
メタボにしても、糖尿病にしても、多くの患者については正すべき生活習慣があるのでしょうが、人間には弱い面があって、「ついつい」好ましくない生活習慣を送っていることを長年の糖尿病治療体験で実感してきました。
以下は自省を込めて私が思ういくつかのポイントです。
(1)趣味とか、一念発起したテーマとか、継続して行う作業を持っていると、何時も注意をそちらに向かって、惰性に時を過ごす事がなくなります。
ついつい間食や夜食を摂り、また習慣的に止められなくなる!などを避けることが出来ます。
人それぞれの熱意と工夫で、辛さではなく楽しみ充実感を持って日々を過せる道が開くことが出来るようになります。
(2)鉢巻きをして、何が何でも「頑張ろう」と言うのではありません。
「辛い、苦しい」では長続きしないでしょう。楽しくなければ長続きしません。
ちょっとした工夫で、知恵で、道は開けると思います。その鍵は案外身近にあるようだ。と思っています。
(3)私は10数年間、カロリー制限・運動・飲み薬で糖尿病と向き合って、自分では「節制していたつもり」でしたが結果が伴わず、インシュリン注射をする羽目になりました。
こうなって初めて実感したのですが、それまでの「節制したつもり」が何と甘い判断基準であったことか!ということでした。
あれこれと勝手な理由をこじつけて、自分で自分を言いくるめていました。
せっぱ詰まった状態に追い込まれた後に、このことに気付いきました。
(4)節度ある食生活を送るようにお互い心がけよう!
「転ばぬ先の杖」
理屈ではわかっているつもりでも、理屈通りには行かないのが人間というもののようです。
「今からでも良い」
「遅すぎるスタートはない」!
と思うと、
メタボ、糖尿病と向き合う気持ちに新たな思いが加わるように思います。
糖尿病に取り付かれてしまったら、それはまたそれで一つの人生です。
「一病息災」! です。
「無病息災」より全体的にプラスに勝った生活習慣が出来たと思っています。