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2019年02月17日

シナジーのメタファーのために一作家一作品でできること−森鴎外「佐橋甚五郎」5

◆場面3
澄み切った月が、暗く濁(にご)った燭(しょく)の火に打ち勝って、座敷(ざしき)はいちめんに青みがかった光りを浴びている。A1B2C2D2

どこか近くで鳴く蟋蟀(こおろぎ)の声が、笛の音にまじって聞こえる。甘利は瞼(まぶた)が重くなった。たちまち笛の音がとぎれた。A2B1C2D2

「申し。お寒うはござりませぬか」笛を置いた若衆の左の手が、仰向けになっている甘利の左の胸を軽く押(おさ)えた。A1B1C2D2

ちょうど浅葱色(あさぎいろ)の袷(あわせ)に紋の染め抜いてある辺である。A1B2C2D2

甘利は夢現(ゆめうつつ)の境に、くつろいだ襟を直してくれるのだなと思った。A1B1C2D2

それと同時に氷のように冷たい物が、たった今平手がさわったと思うところから、胸の底深く染み込(こ)んだ。A1B1C2D2

何とも知れぬ温い物が逆に胸から咽へのぼった。甘利は気が遠くなった。A1B1C2D1

三河勢の手に余った甘利をたやすく討ち果たして、髻(もとどり)をしるしに切り取った甚五郎は、鼠(むささび)のように身軽に、小山城を脱けて出て、従兄源太夫が浜松の邸に帰った。A2B1C2D1

家康は約束どおり甚五郎を召し出したが、目見えの時一言も甘利の事を言わなんだ。A2B1C2D1

蜂谷の一族は甚五郎の帰参を快くは思わぬが、大殿の思召しをかれこれ言うことはできなかった。A2B2C2D1

花村嘉英(2019)「シナジーのメタファーのために一作家一作品でできること−森鴎外」より
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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