2017年05月23日
エコール・フレネ訪問C 〜 自立した子どもたち 〜 南フランス、ヴァンスにて
2007年5月10日 南フランス、ヴァンスにて、エコール・フレネ訪問1日目午前
カルメン学級とブリジット学級の間には、この学校の歴史をあらわす表示がたくさんされていた。設立者のセレスタン・フレネや当時の子どもたちの写真など、、、
「セレスタン・フレネ(1896〜1966)が第一次世界大戦に遭遇していなかったら、フレネ教育は誕生しなかったかもしれない。」
「世界の自由学校〜子どもを生かす新しい教育〜」堀真一郎編著
には、このように書かれている。以下、さらに引用、、、
従軍し、戦傷を負い、南フランスに帰ってバル・シュール・ルーの小学校教師となったフレネは、知的習慣のほとんどない子どもたちにさんざん手を焼く。毒ガスでのどをやられ、大きな声が出せない。体力もすっかり弱ってしまった。大きな声と体力によって子どもたちを威圧することは不可能であった。
そこで苦心のすえ、印刷機を教室に持ち込み、自由作文を取り入れ、子どもたちの「自由な発想」をかきたてるさまざまな「技術」を編み出していくことになったのである。
第二次世界大戦の時にはレジスタンスに加わったフレネ。その生涯自体が、「自由」を求め続ける闘いの歴史なのであった。
「丘の上の自由教室の子どもたち」 文:村上義雄 より
今、フィンランドや日本をはじめ、世界中で注目されている「フレネ教育」もその誕生には、しっかりと歴史的背景があるのだなと納得してしまった。
さて、続けてブリジット学級(6〜8歳)に入らせてもらうと、、、
1人の男の子を中心にして、自由作文の「発表」「聞き」「批判」、、、の授業中だった。
自分の作文を発表する子も堂々としているし、それを聞く方も、リラックスしながら、しかししっかり聞き、そして意見を言っている。
やはり、先生は、時々、言葉の修正をしたり、子どもたちの質問に答えたり、、、やはり黒子役に徹しておられる。
見ていて、「受身」でいる子はほとんどいない(おとなしい感じの子はいるが)1人1人がより自立している、、、そんな印象を受けた。
そして、私は学校全体の環境も見せてもらいたいと外に出た。
みんなが集まる集会の広場や、立派な石のアーチ、、、、運動場、プール、サッカー場もある。
そして、パパフレネの木♪
ずっと変わらずにそこにあった。
そして、どこからか子どもたちの元気な声が聞こえてきたので、その方向に行ってみると、、、
森の中に、とてもおもしろそうな場所があり、、、私は、子どもの頃、兄弟や幼馴染と遊んだ「秘密基地」を思い出した。
日本では、最近こういった場所がどんどんなくなっている、、、
子どもたちは、生き生きとしている・笑
先生たちは子ども達を見守っている。これも授業の一環らしい(^^)
次にのぞかせてもらったのは、ミレイユ学級(4〜6歳)
それぞれに、自分に合ったことをやっている。
粘土、円、立体、、、すべて実物を用意していある。
それから自由作文、、、体はちっちゃなのに、やってることは次の学級での子どもたちと同じ、自立している。この年齢からの習慣が、「当たり前」をつくっていくのかという気がする。
時は過ぎ、給食の時間に、、、みんなでいただく、、、
ちなみに、食堂の壁にも、子ども達の芸術作品が、、、
午後からは、サッカーの時間だった・笑
いいな〜、私もやりたい!(←元女子サッカークラブ)
(つづく)
実際の旅に役立つ情報編へは、こちら
ヨーロッパの自由学校訪問記 〜情報編〜
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カルメン学級とブリジット学級の間には、この学校の歴史をあらわす表示がたくさんされていた。設立者のセレスタン・フレネや当時の子どもたちの写真など、、、
「セレスタン・フレネ(1896〜1966)が第一次世界大戦に遭遇していなかったら、フレネ教育は誕生しなかったかもしれない。」
「世界の自由学校〜子どもを生かす新しい教育〜」堀真一郎編著
には、このように書かれている。以下、さらに引用、、、
従軍し、戦傷を負い、南フランスに帰ってバル・シュール・ルーの小学校教師となったフレネは、知的習慣のほとんどない子どもたちにさんざん手を焼く。毒ガスでのどをやられ、大きな声が出せない。体力もすっかり弱ってしまった。大きな声と体力によって子どもたちを威圧することは不可能であった。
そこで苦心のすえ、印刷機を教室に持ち込み、自由作文を取り入れ、子どもたちの「自由な発想」をかきたてるさまざまな「技術」を編み出していくことになったのである。
第二次世界大戦の時にはレジスタンスに加わったフレネ。その生涯自体が、「自由」を求め続ける闘いの歴史なのであった。
「丘の上の自由教室の子どもたち」 文:村上義雄 より
今、フィンランドや日本をはじめ、世界中で注目されている「フレネ教育」もその誕生には、しっかりと歴史的背景があるのだなと納得してしまった。
さて、続けてブリジット学級(6〜8歳)に入らせてもらうと、、、
1人の男の子を中心にして、自由作文の「発表」「聞き」「批判」、、、の授業中だった。
自分の作文を発表する子も堂々としているし、それを聞く方も、リラックスしながら、しかししっかり聞き、そして意見を言っている。
やはり、先生は、時々、言葉の修正をしたり、子どもたちの質問に答えたり、、、やはり黒子役に徹しておられる。
見ていて、「受身」でいる子はほとんどいない(おとなしい感じの子はいるが)1人1人がより自立している、、、そんな印象を受けた。
そして、私は学校全体の環境も見せてもらいたいと外に出た。
みんなが集まる集会の広場や、立派な石のアーチ、、、、運動場、プール、サッカー場もある。
そして、パパフレネの木♪
ずっと変わらずにそこにあった。
そして、どこからか子どもたちの元気な声が聞こえてきたので、その方向に行ってみると、、、
森の中に、とてもおもしろそうな場所があり、、、私は、子どもの頃、兄弟や幼馴染と遊んだ「秘密基地」を思い出した。
日本では、最近こういった場所がどんどんなくなっている、、、
子どもたちは、生き生きとしている・笑
先生たちは子ども達を見守っている。これも授業の一環らしい(^^)
次にのぞかせてもらったのは、ミレイユ学級(4〜6歳)
それぞれに、自分に合ったことをやっている。
粘土、円、立体、、、すべて実物を用意していある。
それから自由作文、、、体はちっちゃなのに、やってることは次の学級での子どもたちと同じ、自立している。この年齢からの習慣が、「当たり前」をつくっていくのかという気がする。
時は過ぎ、給食の時間に、、、みんなでいただく、、、
ちなみに、食堂の壁にも、子ども達の芸術作品が、、、
午後からは、サッカーの時間だった・笑
いいな〜、私もやりたい!(←元女子サッカークラブ)
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