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2024年03月27日

「ブルジョワ世界の終わりに」から見たゴーディマの意欲についてー脳の前頭葉の活動を中心に1

1 ゴーディマの意欲

 1950年代の南部のアフリカは、反アパルトヘイト運動が崩壊状態にあった。しかし、ナディン・ゴーディマ(1923−2014)は、この革命に白人がどのように関与できるのかを自問し、世の中の流れと逆流している自国の現状に危機感を抱き、何かの形で革命に関わりたいという意欲を持っていた。こうした作家の脳の活動は、この革命が南アフリカの将来を見据えたリスク回避であることを想定させる。
 無論、白人リベラリズムが全盛のときに、何を訴えても焼け石に水である。2017年の今だからこそ、当時の改革案は正当化される。何とかしようという意欲はあっても、外部からの規制により大抵は気持ちが空回りしてしまう。空回りした気持ちは、「空間と時間」という組み合わせでしか表現できない。しかし、メディカル表現がそれを補足する。補足というよりも、意欲は、一般的に前頭葉の前頭前野皮質が管理をし、それとリンクする適応能力は、脳全体の機能により説明される。ゴーディマがいう無限を表すための組み合わせ「空間と時間」にまつわる適応能力を考察するには、前頭前野皮質だけの働きではなく、脳全体、つまり身体全体の働きを考察の対象にするとよい。
 この小論で取り上げるゴーディマの作品は、主人公が過ごした一日を問題にしており、パートナーのマックスの自殺が鍵を握る。自殺するまでには、何かのストレス障害が発生していると考えられる。例えば、意欲があっても政治や法律により拘束され、社会への適応が阻害されることもある。ネルソン・マンデラ(1918−2013)も27年間牢獄に監禁されていた。
 なお、ここでの分析法は、花村嘉英著「日本語教育のためのプログラム」(2017)で森鴎外の「山椒大夫」のために採用したものと同じである。

花村嘉英(2018)「『ブルジョワ世界の終わりに』から見たゴーディマの意欲について」より

2024年03月23日

「ブルジョワ世界の終わりに」から見たゴーディマの意欲について(要約)

 ナディン・ゴーディマ(1923−2014)は、南アフリカの白人社会の崩壊を目指す反アパルトヘイト運動に白人がどのように関与できるのかを自問し、世の中の流れに逆流する自国の現状に危機感を抱いて、何らかの形で革命に関わりたいという意欲を持っていた。こうした作家の脳の活動は、南アフリカの将来を見据えたリスク回避といえるため、特に、「意欲と適応能力」に焦点を当てて、ゴーディマの執筆脳について考察していく。
 ゴーディマが「ブルジョワ時代の終わりに」を書いた1960年代前半の南アフリカは、ヘンドリック・フェルブールト首相(在任1958−1966)に象徴されるアパルトヘイト全盛の時代で、いくら適応能力があっても政治や法律によりそれを発揮できなかった。そのため、心の働きでは意欲が強くなり、それに伴う計画や判断を含めた脳の活動としては、前頭葉が注目に値する。
 前頭葉は、頭頂葉や側頭葉といった他の連合野と相互関係にあり、また、本能を司る視床下部とか情動や動機づけの反応に対して判断を下す扁桃体と結びつきが強い。(Goldberg 2007)
「ブルジョワ世界の終わりに」は、マックスの死を知った私の一日というストーリーで、そこには小学生の息子ボボ、マックスの両親や妹夫妻、弁護士のグレアム、87歳になる認知症の自分の祖母、運搬請負人のルークがいる。それぞれの場面でマックスのことを回想しながら、当時の南アフリカの革命に関わる一人の白人の意欲を描いている。
 アフリカ民族会議やそこから分裂した過激派のパンアフリカ会議と並ぶ白人による反アパルトヘイト運動、アフリカ抵抗運動も、当時、盛んにサボタージュを繰り返した。1964年7月の全国一斉捜査で活動家が逮捕され、所持していた文書や供述からアフリカ抵抗運動の活動が明るみになった。(福島 1994)転職を繰り返すマックスは、こうした白人のサボタージュ運動に属していて、運動初期の段階で逮捕され裁判にかけられた。
 重大な生活上の変化やストレスに満ちた生活が原因となる適応障害は、個人にとって重大な出来事(就学、就職、転居、結婚、離婚、失業、重病など)が症状に先んじて原因となる。(日本成人病予防協会 2014−3)マックスの場合、結婚離婚、就学就職、いずれもうまくいかない。地下組織の人たちと付き合いがあったからである。結局、死を選ぶため、社会に適応する能力がなかったことになる。
 どうにもならない精神状態を説明するときに、ゴーディマは、メディカル表現を用いて問題解決を試みる。心を頑なにして精神を狭める精神的な動脈硬化は、白人居住区が汚染地区であるため、南アフリカの白人たち全員がその対象になる。当時の南アフリカの政治と法律に縛られた無限状態を表す「空間と時間」という購読脳の出力は、情報の認知を通して、新たな国作りのための意欲と精神的な動脈硬化を予防する適応能力という執筆脳の組と相互に作用する。
 マックスは、精神的な動脈硬化に罹らないようにリスク回避を試みる。妹の結婚式におけるスピーチの場面では、マックスの脳内で快楽の神経伝達物質ドーパミンが前頭葉に分泌し、間脳を経て脳幹に信号が伝わっている。この場面では、妹に纏わる長期記憶とその後の彼らを占う作業記憶のうち後者が強いため、ゴーディマの執筆脳は、前頭葉が活発に働いている。
 前頭葉の一機能といえる意思決定は、唯一の答え、つまり真実を求める決定論型と優先事項に基づいた適応型に分かれる。ゴーディマとマックスの意欲は、適応型の意思決定(反アパルトヘイト)であり、そこに執筆脳に関する解決策を求めていく。
 適応型の意思決定では、状況依存型と状況独立型のバランスが良ければいいが、一概にそうはいかない。集団で見た場合、女性は状況独立型を、男性は状況依存形を好む。また、比較的変化が少なければ、独立型の方が懸命であろうし、不安定な状況では依存型の方が好ましい。さらに、無限の状態は変化に乏しいため、独立型が良いであろう。しかし、前頭葉の機能には、そもそも性差がある。(Goldberg 2007)  
 
前頭葉の性差

大丸2比較項目 適応型の意思決定 男性 状況依存型を好む。女性 状況独立型を好む。
大丸2比較項目 状況依存型の意思決定 男性 左前頭前野皮質が活動する。女性 左右両側の後部皮質(頭頂葉)が活動する。
大丸2比較項目 独立型の意思決定 男性 右前頭前野皮質が活動する。女性 左右両側の前頭前野皮質が活動する。
大丸2比較項目 大脳皮質の機能 男性 左右の脳の違いが著しい。 女性 前部と後部の脳の違いが顕著。
大丸2比較項目 情報の処理 男性 左半球の前部と後部がともに活動する。女性 左右の大脳半球の前頭葉がともに活動する。
大丸2比較項目 脳内の結合部 男性 片側の大脳半球の前後を繋ぐ白質繊維束が大きく、片側の大脳半球の機能的統合が顕著である。女性 左右の大脳を繋ぐ脳梁の部分が太くて、大脳半球間の機能的統合が顕著である。

 上記の表から見ると、女性であるゴーディマの執筆脳は、左右両方の前頭前野皮質が活動していたと想定できる。これが「ブルジョワ世界の終りに」を読んで思う「空間と時間」という受容の読みを厚くしてくれる。
 「空間と時間」という購読脳の出力は、意欲を通して適応能力となり、理解、思考、判断などの総合能力によって将来を見据えた作家のリスク回避につながっていく。ゴーディマのLのストーリーは、縦の受容が言語と文学→言語の認知→「空間と時間」となり、横の共生が「空間と時間」→情報の認知→意欲と適応能力になる。そこから、「ゴーディマと意欲」というシナジーのメタファーが作られる。また、作成したデータベースから記憶の種別を考えると、マックスの回想が場面ごとに見られることから、エピソード記憶が多い。

花村嘉英(2018) 「シナジーのメタファーの作り方について」より

2024年03月04日

井伏鱒二の「山椒魚」の執筆脳について8

4 まとめ

 井伏鱒二の執筆時の脳の活動を調べるために、まず受容と共生からなるLのストーリーを文献により組み立てた。次に、「山椒魚」のLのストーリーをデータベース化し、最後に特定したところを実験で確認した。そのため、テキスト共生によるシナジーのメタファーについては、一応の研究成果が得られている。
 この種の実験をおよそ100人の作家で試みている。その際、日本人と外国人60人対40人、男女比4対1、ノーベル賞作家30人を目安に対照言語が独日であることから非英語の比較を意識してできるだけ日本語以外で英語が突出しないように心掛けている。 

参考文献

井伏鱒二 山椒魚(解説 秋山駿)講談社文芸文庫 1997
花村嘉英 計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか? 新風舎 2005
花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社 2015
花村嘉英 日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用 日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで 南京東南大学出版社 2017
花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默−ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社 2018
花村嘉英 シナジーのメタファーの作り方−トーマス・マン、魯迅、森鴎外、ナディン・ゴーディマ、井上靖 中国日語教学研究会上海分会論文集 2018  
花村嘉英 川端康成の「雪国」に見る執筆脳について−「無と創造」から「目的達成型の認知発達」へ 中国日語教学研究会上海分会論文集 2019
花村嘉英 リスク社会学の観点からマクロの文学を考察する−危機管理者としての作家について 中国日語教学研究会上海分会論文集 2020
花村嘉英 観察社会学の観点からマクロの文学を考察する−自然や文化の観察者としての作家について ファンブログ 2020年 

花村嘉英(2020)「井伏鱒二の『山椒魚』の執筆脳について」より

井伏鱒二の「山椒魚」の執筆脳について7

表3 情報の認知

A 表2と同じ。情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 1
B 表2と同じ。情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 2
C 表2と同じ。情報の認知1 2、情報の認知2 1、情報の認知3 2
D 表2と同じ。情報の認知1 2、情報の認知2 1、情報の認知3 2
E 表2と同じ。情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 1

A:情報の認知1はBその他の条件、情報の認知2はA新情報、情報の認知3は@計画から問題解決へである。
B:情報の認知1はBその他の条件、情報の認知2はA新情報、情報の認知3はA問題未解決から推論へである。
C:情報の認知1はAグループ化、情報の認知2は@旧情報、情報の認知3はA問題未解決から推論へである。
D:情報の認知1はAグループ化、情報の認知2は@旧情報、情報の認知3はA問題未解決から推論へである。
E:情報の認知1はBその他の条件、情報の認知2はA新情報、情報の認知3は@計画から問題解決へである。  

結果     
 井伏鱒二は、この場面で自分を異化した山椒魚に蛙と口論させている。ばねのように弾力を利用してエネルギーを蓄えながらも衝撃を緩和する動的な文体のため、購読脳の「翻訳調と異化」から「異化と創造」という執筆脳の組を引き出すことができる。 

花村嘉英(2020)「井伏鱒二の『山椒魚』の執筆脳について」より

井伏鱒二の「山椒魚」の執筆脳について6

【連想分析2】

情報の認知1(感覚情報)  
 感覚器官からの情報に注目することから、対象の捉え方が問題になる。また、記憶に基づく感情は、扁桃体と関係しているため、条件反射で無意識に素振りに出てしまう。このプロセルのカラムの特徴は、@ベースとプロファイル、Aグループ化、Bその他の条件である。
 
情報の認知2(記憶と学習)  
 外部からの情報を既存の知識構造へ組み込む。この新しい知識はスキーマと呼ばれ、既存の情報と共通する特徴を持っている。未知の情報は、またカテゴリー化される。このプロセスは、経験を通した学習になる。このプロセルのカラムの特徴は、@旧情報、A新情報である。

情報の認知3(計画、問題解決、推論)  
 受け取った情報は、計画を立てるプロセスでも役に立つ。その際、目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。しかし、獲得した情報が完全でない場合は、推論が必要になる。このプロセルのカラムの特徴は、@計画から問題解決へ、A問題未解決から推論へである。

花村嘉英(2020)「井伏鱒二の『山椒魚』の執筆脳について」より

井伏鱒二の「山椒魚」の執筆脳について5

分析例

1 山椒魚と蛙が口論する場面。   
2 この小論では、「山椒魚」の執筆脳を「異化と創造」と考えているため、意味3の思考の流れ、異化に注目する。  
3 意味1@視覚A聴覚B味覚C嗅覚D触覚 、意味2 @喜A怒B哀C楽、意味3異化@ありAなし、意味4振舞い @直示A隠喩B記事なし
4 人工知能 @異化、A創造    
 
テキスト共生の公式   
 
ステップ1:意味1、2、3、4を合わせて解析の組「翻訳調と異化」を作る。
ステップ2:自分を山椒魚へ異化しながら、新たな文体を創出しているため「異化と創造」という組を作り、解析の組と合わせる。

A:@視覚+@喜+@あり+@直示という解析の組を、@異化+A創造という組と合わせる。
B:A聴覚+A怒+@あり+@直示という解析の組を、@異化+A創造という組と合わせる。
C:A聴覚+A怒+@あり+@直示という解析の組を、@異化+A創造という組と合わせる。 
D:A聴覚+A怒+@あり+@直示という解析の組を、@異化+A創造という組と合わせる。
E:A聴覚+B哀+@あり+@直示という解析の組を、@異化+A創造という組と合わせる。   

結果 表2については、テキスト共生の公式が適用される。

花村嘉英(2020)「井伏鱒二の『山椒魚』の執筆脳について」より

井伏鱒二の「山椒魚」の執筆脳について4

【連想分析1】

表2 受容と共生のイメージ合わせ
山椒魚と蛙が口論し続ける

A 山椒魚は相手の動物を、自分と同じ状態に置くことのできるのが愉快であったのだ。「一生涯ここに閉じ込めてやる!」悪党の呪いの言葉は或る期間だけでも効験がある。蛙は注意深い足取りで凹みにはい上がった。そして彼は、これで大丈夫だと信じたので、凹みから顔だけ表して次のように言った。
意味1 1、意味2 1、意味3 1、意味4 1、人工知能 1

B 「オレは平気だ」「出て来い!」と山椒魚が呶鳴った。そうして彼らは激しい口論をはじめたのである。「出て行こうと行くまいと、こちらの勝手だ」「よろしい、いつまでも勝手にしろ」「お前は莫迦だ」「お前は莫迦だ」彼等は、かかる言葉を幾度となく繰り返した。
意味1 2、意味2 2、意味3 1、意味4 1、人工知能 1

C 翌日も、その翌日も、同じ言葉で自分を主張し通していたわけである。一年の月日が過ぎた。岩屋の囚人達をして鉱物から生物に蘇らせた。そこで二個の生物は、今年の夏いっぱい次のように口論しつづけたのである。意味1 2、意味2 2、意味3 1、意味4 1、人工知能 1

D 山椒魚は岩屋の外に出て行くべく頭が肥大しすぎていたことを、すでに相手に見抜かれてしまっていた。「お前こそ頭がつかえて、そこから出て行けないだろう?」「お前だって、そこから出ては来れまい」「それならば、お前から出て行ってみろ」「お前こそ、そこから降りて来い」
意味1 2、意味2 2、意味3 1、意味4 1、人工知能 1

E さらに一年の月日が過ぎた。二個の鉱物は、再び二個の生物に変化した。けれど彼らは、今年の夏はお互いに黙り込んで、そしてお互いに自分のため息が相手に聞こえないように注意していたのである。
意味1 2、意味2 3、意味3 1、意味4 1、人工知能 1

花村嘉英(2020)「井伏鱒二の『山椒魚』の執筆脳について」より
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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