2015年12月14日
立ち止まる男
日付も変わろうとしているその時、男はドラッグストアの一角に立っていた。服装と言えば、尻に刺繍の入ったジーンズに白のトレーナー、口にはマスクをしている。手にはコインを握りしめ、しきりに数えている。目はコインと陳列棚を行き来しているが、凝視している品物を取ろうとはしない。目線を下ろし手の中のコインをじっと見つめた。そしてまた、おもむろに数え始める。1,2,・・・。
私は自分の買い物をするために店内を散策し始める。今日欲しかったものはコーヒーに入れるクリームだけだった。他に欲しいものはない。店内を歩いているうちに落花生が目に止まった。値段からすると中国製であろう。いつもは中国製は怪しいと買うのを避けるのだが、今日は手が出てしまった。買い物を済ませレジで代金を支払った。締めて1,028円。レジ袋を下げ自分の車へと戻る。そして運転席に座り前を見ると、そこには自動販売機があり、その自動販売機の前にあの男が立っていた。自動販売機の投入金額表示板には30と表示されている。そうか、あの男の手に握られていたのは10円玉3枚だったのか。男は30と言う数字とライトの点灯しない飲み物の名前を表示するプレートを交互に見つめている。やがて諦めたのか、返却レバーを回し自分のコインを手に収めるが、もう一度コインを自動販売機の投入口に入れた。表示されている数字は紛れもなく30である。奇跡でも信じているのであろうか。男の表情には通常の人間とは違う計算をしているように見えた。抑えきれない欲求と現実とに挟まれ途方に暮れている表情、諦めきれない思いがそこにはあった。
私は家に帰ろうと車をバックさせ方向を転換すると、目の前にドラッグストアにまた入ろうとするあの男が見えた。男はドラッグストアの中に幸運でもあるかのように入っていった。その姿を見た時、私でもまだまだ幸せなんだと感じることが出来た。
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