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2016年11月05日

小説「新釈・漁師とおかみさん」(その2)

 その物体の姿をうまく形容するのは難しい。男には、幼い頃に持っていたブリキのロボット玩具に似ていたような感じがした。しかし、色がどす黒く、あちこちが角張ったヒト型をしていたから、そんな印象を受けただけなのであり、よく見ると、なにやら細い魚のようでもあった。頭の部分にあたる箇所には、目らしきものが縦に二つ並んで付いており、ますますヒトとも魚とも思えないような雰囲気を醸し出していた。
『そこのお方。私を助けて下さい』そのヘンな物体が声を発していた事を、今度は男もはっきりと確認したのだった。
 男は、困惑した表情のまま、ひょいとその物体をつまみ上げた。
「君が喋ってるのかい?どうしたら助けてあげられるのかな」と、男は物体に尋ねてみた。
『簡単です。私をそこの海の中へ投げ込んでくださればいいのです』と、それは言った。
 男は、特に疑問を抱く事もなく、その通りにしてやった。彼は根っからのお人よしだったのである。
 海に投げ込まれた物体は、ボチャンと一度は海中へと沈んでいったが、すぐにあの目が縦に付いた頭部が海面へと飛び出した。
『ありがとうございます。助かりました。あのまま乾いてしまったら、私もオダブツになるところでした』謎の物体は、海の方を覗き込んでいる男の方むけて、言った。
 さて、この物体は何だったのであろうか?もちろん、合理的に説明してしまうのも可能なのではあるが、ひとまずは正体は伏せておく事にしよう。
「どういたしまして。お役に立てて良かったよ」明らかに奇妙な相手に対して、まるで警戒する素振りもなく、男は答えた。
『私はあなたにご恩ができました。よろしければ、私もあなたの力になりましょう。何か叶えたい望みはありませんか』物体が提案してきた。
 男の頭には、すぐに妻の事がひらめいたのだった。あの妻をもっと良妻に変える事はできないものだろうか。
 しかし、男はすぐに首を横に振ったのだった。自分の希望で、他人の心を改造してしまおうなんて、とんでもないエゴのように思えたからである。
「お気遣いありがとう。でも、私は今の生活にじゅうぶん満足してるから、願い事なんてないよ」男は、明るく答えた。
『そうですか。でも、もし叶えてほしい願いが見つかりましたら、どうぞ、ここにまた訪ねてきて下さい。私はいつでも、ここで待ってますから』それだけ言うと、物体は海の中へ潜っていってしまったのだった。
 なんとも、不思議な出来事であった。だが、人助けをして、ちょっと良い気分になれた男は、そのまま自分の家へと帰っていったのである。     (つづく)

「ルシーの明日とその他の物語」

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posted by anu at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説
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