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2024年04月09日

小説「世界最後の日」

オムニバス「ボクたちの好きな異世界転生」の中に納めてあった一編。
キリスト教の神様は、最後の審判の時に、なぜ、全ての人間も滅ぼしてしまうのか、その理由。

 世界の最後の日がやって来た。その日は、夜中の盗人(ぬすびと)のように訪れた。
 この日付を、正確に割り出して、事前に発表していた科学者や予言者は、一人もいなかった。それでも、世界中の人間には、この日が世界の終わりの日だと、何となく分かったのである。

 この日が来てから、皆は、急に騒ぎ立てて、不平や不服を言いだした。

 ごくごく平凡に、普通に生きてきた小市民たちは怒った。ーー確かに、種としての人類は、ダメな部分もいっぱい有ったかもしれない。いまだに戦争や内乱で殺し合っている国があるし、環境破壊だって止められずに、現代進行形で地球を蝕み続けているだろう。だが、個としての人間は、むしろ、無害で善良な人たちばかりなのだ。特に自分たちはそうである。自分たちは、戦争だってした事はないし、わざと環境破壊に加担したつもりもないのだ。それなのに、なぜ、我々までもが裁きを受けて、世界ごと滅びなくてはいけないのだ。

 戦争をしている国の指導者や、環境破壊を推し進めた大企業などは反論した。ーー我々だって、自分の欲望のために、戦争をしたり、地球を汚してきたのではない。全ては、国民に喜んでもらう為なのだ。お前たちが望んでいると思ったからこそ、敵国をやっつけたり、環境を壊してでも、国民の生活向上を図ったのだ。我々ばかりが悪者あつかいされるのは、聞き捨てならない話だ。
 それよりも、もっと、お前たち自身の身近に目を向けたら、どうなのだ?悪い事をしている個人や犯罪者はいっぱい居るではないか。まずは、彼らこそが、我々よりも非難されるべきではないのか?

 犯罪者や悪い事をしている人間たちは言い返した。ーーふざけるな!オレたちが、いつ悪い事をした?悪い事をしたのは、オレたちを怒らせた奴ら(被害者)の方じゃないか。オレたちに歯向かったり、従わなかったりして、オレたちを怒らせたから、連中を懲らしめてやったのだ。どうだ、オレたちの言っている事は間違っているか?

 彼ら、犯罪者や悪い事をしている人間たちは、さらに言った。ーーだいたい、騙されたり、いじめられるような奴が悪いのだ。だって、この世は弱肉強食じゃないか。競争社会なのだ。他人に食い物にされるような人間こそが、世の中に不適合な悪い存在なのだ。いじめられたり、騙されたりしても、自分でやり返しもしなかった奴らに、被害者だと名乗る資格はない!だったら、オレたちも悪者呼ばわりされる筋合いはないのだ。

 彼ら、犯罪者や悪い事をしている人間たちは、調子に乗って、こんな事も言い出した。ーーそれよりも、善人ヅラした一般人どもよ!お前たちこそ、オレたちを責められるほど、立派な生き方をしているのか?ほんとに、悪い事は何もしてこなかったと言い切れるのか?躾にかこつけて、子供を叩いた事もないのか?友達を、ふざけて、いじめたり、からかった事もないのか?できのワルい職場の部下をどやしつけた事もないのか?他人に対してウソをついた事もなければ、暴力をふるった事もないと言うのか?たとえ、ちょっとでも、そんな事をした経験があるならば、お前たちだって、オレたちと同類なのだ。お前たちには、オレたちばかりを責める権利などないのだ。

 少しでも身の覚えのある人々は、急に言い訳しだした。ーーちょっとぐらいのウソや乱暴は大目に見てくれてもいいではないか。そこまで厳しい事を言ってしまうと、世の中、暮らしていけなくなってしまう。そうだ。どうしても皆が悪い事をせざるを得ないのは、この世の中がいけないのだ。社会が悪いのだ。社会の仕組みが良くないから、生活が貧しくて、不満がいっぱい生まれて、誰もが悪い事をしないと、暮らしていけなくなるのである。この腐った社会こそ、本当の悪の根源なのだ!

 再び、国の指導者たちは、慌てて、弁明したのだった。ーー待ってくれ。人間社会が、全体的にあまり幸せじゃないのは、今に始まった事じゃない。古い時代から、ずうっと、そうだったではないか。それでも、奴隷制や身分制があった時代と比べたら、今の時代は、ずっとマシになったんじゃないかと思う。我々(国の指導者)だって、少しずつでも、社会を良くしていきたいとは考えているのだ。もし、社会で、いまだにダメな部分があると言うのならば、それは、きっと、前の時代から引きずってきた悪い慣習なのだ。それらの慣習を社会に定着させて、悪いとも思っていなかった先人たちにこそ、文句を言ってくれ。

 すると、墓場からは、死んだ人間たちが次々に蘇ったのだった。生前に権力や財力を独り占めにしたまま、大往生した有力者たちも復活した。罪を裁かれる事もなく、ついに最後まで逃げ切って、天寿を全うした極悪人たちも蘇った。彼らは、無理やり生き返らされて、再び、この世で、世界最後の日に付き合わされる事になったのだ。
 だが、生き返ったのは、そんなあからさまな悪人ばかりではなかった。あらゆる、全ての人間が死の世界から引き戻されたのである。いっさいの例外は認められなかった。この世に誕生した人間は、全員、復活させられて、世界最後の日に、あらためて、その人生の報いを受けさせられる事となったのである。

 もはや、死ですらもが、罪からの逃げ場所ではなくなったのだ。

 周囲の慣習に流されて、自分も、ささいな悪事(嘘とかイジメとか悪口とか)をしていた人々は、必死に抗議しだした。ーーこの程度の悪を行なっていたのは、私たちだけじゃない。きっと、他の人もしていたはずなのだ。実際、私だって、他人からいじめられたし、嘘もつかれたし、悪口も言われてきた。お互い様なのだ。私が悪いと言うのであれば、私をいじめた奴らだって、いっしょに非難されるべきだ。私ばかりが責められるのは、納得がいかない。まず裁かれるのは、私を苦しめた奴らからだ。

 そして、空からは、恐怖の大王・神が降りてきたのだった。神は大声で怒鳴った。
「お前たち人間は、自分たちが、なぜ滅ぼされる事になったのか、まだ、その理由が分からないのか!どうして、自分の罪は自分の罪だと素直に認めない?なぜ、自分の罪の原因を、他人のせいにしたりするのだ?そうやって、悪事の責任を皆でなすりつけ合った結果が、今日の日なのだ。お前たちが訴えた通りになってしまったのだ。皆で、他人が悪いと言い合ったから、世界の全てが裁かれて、滅びてしまう事になったのだ。悪い事をしたのがイケナイのではない。そうやって、自分の罪まで他人に押し付け合うような事をしたからこそ、そのような形で、全世界で責任を取る事になったのだ」

 神のおごそかな言葉の前には、誰一人として、言い返す者はいなかったのだった。

posted by anu at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説
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