2017年10月16日
革命家チェ・ゲバラ 革命にかけるエルネストな思い
オダギリジョー主演の「エルネスト」という映画が公開されましたが、
この映画はボリビアでの革命を舞台にしています。
この革命はキューバの大革命家チェ・ゲバラの革命から派生したものです。映画を楽しむためにキューバ革命やチェ・ゲバラについてかなり知識が必要なので、ぜひこの記事を読んでから映画を見ることをオススメします。(ネタばれ部分もあるのでまっさらな目線で見たい方は他のサイトへ。)また公開が落ち着けば映画の感想やアクティブ少女的見解で解説を創りたいと思います。
映画の原作はこちら。
映画のタイトルにもなっている“エルネスト”という言葉。”エルネスト”という単語はスペイン語で“真剣”という意味なのです。この単語にはチェ・ゲバラならではの深い意味がありました。
オダギリジョー演じる日系主人公にチェ・ゲバラは”エルネスト”という名前を与えました。そして革命時にはその名を使うようにさせました。主人公は医学生なのですが、チェ・ゲバラも医師でした。同じ医学を志す者として期待していたのかもしれません。
”エルネスト”という言葉、実はチェ・ゲバラの名前の一部なんです。”真剣”という意味だけでなく、チェ・ゲバラの本名でもあり、より深い意味として“目的を決めたうえでの真剣”という意味で映画の中では使われていると考えられます。
キューバ革命を成功させた大革命家として世界的に有名すぎるチェ・ゲバラ。実は生まれはアルゼンチンなのですが、元々身体が病弱なため、キューバで育ちました。
そしてアメリカなどの大国から自分の国を守るため、軍人として革命を起こした英雄として世界中から尊敬されています。英雄家としての上のイラストを見たことがある人は多いのではないのでしょうか。
「チェ」という意味は実はキューバでは「よぅ」とか「やぁ」とかそういった意味があります。なので、「やぁ。ゲバラだよ。」と言った「チェ」を他の国の人たちが面白がって「チェ・ゲバラ」と呼んだのです。
彼の生きた時代は、第二次世界大戦が終わり、アメリカが絶大な力を持ち、ソ連と冷戦を行っていた時期でした。彼の祖国キューバがソ連とアメリカの大戦の地として核兵器戦争の危機にあったことを知っている方は多いのではないでしょうか。歴史的には「キューバ危機」と呼ばれています。第二次世界大戦で日本におとされた原爆の恐ろしさを知っていたゲバラをはじめとするキューバの人たちはどれほどの恐怖だったでしょうか。そしてキューバ政府に知らされることなくソ連とアメリカ間で停戦協約がなされており、結果的にキューバは必要以上の恐怖におびえることになりました。
キューバの国のことをキューバ政府に知らせなかったということに、欧米に国を馬鹿にされたと感じたチェ・ゲバラは、欧米に権利を侵されることのない中南米の自由を理想に掲げて命をかけました。
「2つ、3つ、もっと多くのベトナム(反帝国主義人民戦争)を作れ」という彼の言葉に象徴されるように、彼は世界のトップにたち、戦争をしまくるアメリカに立ち向かい向かいました。(ちなみにベトナムは、世界で唯一アメリカに負けなかった国です)
彼は、Niconのフィルムカメラを愛用しており、どこに行くにもこのカメラを持ち歩いていました。革命家にならなければ写真家になっていたと公言しているほどです。
チェ・ゲバラのフィルターを通した世界を覗いてみてください
また、愛煙家でもあり、故郷原産であるパイプや葉巻きを喫っていました。
フランスの作家レジス・ドブレは、革命軍に帯同した際のゲバラの印象を「好感は持てないが、驚嘆に値する人物」と評しています。
他にも哲学者のジャン=ポール・サルトルからは「20世紀で最も完璧な人間」、
ジョン・レノンには「あの頃、世界で一番格好いいのがチェだった」と。、
カストロには「道徳の巨人」「堅固な意志と不断の実行力を備えた真の革命家」と評されています。
逆に親米・反共主義の諸国・人々の間では評価されていません。
彼は、医師であったと言いましたが、ブエノスアイレス大学で医学を学びました。そして在学中の1951年に年上の友人のアルベルト・グラナードとともにオートバイで南アメリカをまわる放浪旅行をしています。
また、来日した時に大阪市内のホテルで繊維業者と会う予定だったのですが、宿を密かに抜け出して夜行列車で広島に向かいました。広島までの列車や道のりも自分で調べました。
また、自由を愛していたので、旅人に愛されるわけはこういった理由かもしれません。
・私のことを冒険家というのなら、たしかにそうだ。しかし、私は違うタイプの冒険家だ。自分の真理を証明するためなら、命も賭ける冒険家だ。
・未来のために今を耐えるのではなく、未来のために今を楽しく生きるのだ。
・明日死ぬとしたら、生き方が変るのか?
あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なのか。
・もし私たちが空想家のようだと言われるならば、救い難い理想主義者だと言われるならば、できもしないことを考えていると言われるならば、何千回でも答えよう、「そのとおりだ」。
この映画はボリビアでの革命を舞台にしています。
この革命はキューバの大革命家チェ・ゲバラの革命から派生したものです。映画を楽しむためにキューバ革命やチェ・ゲバラについてかなり知識が必要なので、ぜひこの記事を読んでから映画を見ることをオススメします。(ネタばれ部分もあるのでまっさらな目線で見たい方は他のサイトへ。)また公開が落ち着けば映画の感想やアクティブ少女的見解で解説を創りたいと思います。
映画の原作はこちら。
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エルネスト とは
映画のタイトルにもなっている“エルネスト”という言葉。”エルネスト”という単語はスペイン語で“真剣”という意味なのです。この単語にはチェ・ゲバラならではの深い意味がありました。
価格:1,512円 |
エルネストに込めたチェ・ゲバラの思い
オダギリジョー演じる日系主人公にチェ・ゲバラは”エルネスト”という名前を与えました。そして革命時にはその名を使うようにさせました。主人公は医学生なのですが、チェ・ゲバラも医師でした。同じ医学を志す者として期待していたのかもしれません。
”エルネスト”という言葉、実はチェ・ゲバラの名前の一部なんです。”真剣”という意味だけでなく、チェ・ゲバラの本名でもあり、より深い意味として“目的を決めたうえでの真剣”という意味で映画の中では使われていると考えられます。
チェ・ゲバラという人物
キューバ革命を成功させた大革命家として世界的に有名すぎるチェ・ゲバラ。実は生まれはアルゼンチンなのですが、元々身体が病弱なため、キューバで育ちました。
そしてアメリカなどの大国から自分の国を守るため、軍人として革命を起こした英雄として世界中から尊敬されています。英雄家としての上のイラストを見たことがある人は多いのではないのでしょうか。
「チェ」という意味は実はキューバでは「よぅ」とか「やぁ」とかそういった意味があります。なので、「やぁ。ゲバラだよ。」と言った「チェ」を他の国の人たちが面白がって「チェ・ゲバラ」と呼んだのです。
彼の生きた時代は、第二次世界大戦が終わり、アメリカが絶大な力を持ち、ソ連と冷戦を行っていた時期でした。彼の祖国キューバがソ連とアメリカの大戦の地として核兵器戦争の危機にあったことを知っている方は多いのではないでしょうか。歴史的には「キューバ危機」と呼ばれています。第二次世界大戦で日本におとされた原爆の恐ろしさを知っていたゲバラをはじめとするキューバの人たちはどれほどの恐怖だったでしょうか。そしてキューバ政府に知らされることなくソ連とアメリカ間で停戦協約がなされており、結果的にキューバは必要以上の恐怖におびえることになりました。
キューバの国のことをキューバ政府に知らせなかったということに、欧米に国を馬鹿にされたと感じたチェ・ゲバラは、欧米に権利を侵されることのない中南米の自由を理想に掲げて命をかけました。
「2つ、3つ、もっと多くのベトナム(反帝国主義人民戦争)を作れ」という彼の言葉に象徴されるように、彼は世界のトップにたち、戦争をしまくるアメリカに立ち向かい向かいました。(ちなみにベトナムは、世界で唯一アメリカに負けなかった国です)
写真家 チェ・ゲバラ
彼は、Niconのフィルムカメラを愛用しており、どこに行くにもこのカメラを持ち歩いていました。革命家にならなければ写真家になっていたと公言しているほどです。
チェ・ゲバラのフィルターを通した世界を覗いてみてください
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また、愛煙家でもあり、故郷原産であるパイプや葉巻きを喫っていました。
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著名人からの評価
フランスの作家レジス・ドブレは、革命軍に帯同した際のゲバラの印象を「好感は持てないが、驚嘆に値する人物」と評しています。
他にも哲学者のジャン=ポール・サルトルからは「20世紀で最も完璧な人間」、
ジョン・レノンには「あの頃、世界で一番格好いいのがチェだった」と。、
カストロには「道徳の巨人」「堅固な意志と不断の実行力を備えた真の革命家」と評されています。
逆に親米・反共主義の諸国・人々の間では評価されていません。
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旅人に愛されるわけ
彼は、医師であったと言いましたが、ブエノスアイレス大学で医学を学びました。そして在学中の1951年に年上の友人のアルベルト・グラナードとともにオートバイで南アメリカをまわる放浪旅行をしています。
また、来日した時に大阪市内のホテルで繊維業者と会う予定だったのですが、宿を密かに抜け出して夜行列車で広島に向かいました。広島までの列車や道のりも自分で調べました。
また、自由を愛していたので、旅人に愛されるわけはこういった理由かもしれません。
チェ・ゲバラの名言
・私のことを冒険家というのなら、たしかにそうだ。しかし、私は違うタイプの冒険家だ。自分の真理を証明するためなら、命も賭ける冒険家だ。
・未来のために今を耐えるのではなく、未来のために今を楽しく生きるのだ。
・明日死ぬとしたら、生き方が変るのか?
あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なのか。
・もし私たちが空想家のようだと言われるならば、救い難い理想主義者だと言われるならば、できもしないことを考えていると言われるならば、何千回でも答えよう、「そのとおりだ」。
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