外に出てみると、深夜に雨が降ったのだろうか、前庭に引き詰められた芝が濡れて朝日に光っていた。
濡れたシートをウエスで拭ってから跨がると、1/8ほどアクセルを開けてセルボタンを押す。
2秒ほどモーターが咳き込むような音をさせると、248cc単気筒4バルブのOHCエンジンが目を覚ました。オートチョークのせいで2000rpm辺りでタコメーターが安定すると、荷物のバッグを取りにペンションの玄関に戻ってオーナー夫妻に挨拶をする。「お気をつけて」「有り難うございます」の会話から、荷物をタンデムシートに括りつけ、このツーリングのため新調したARAIのジェットヘルをかぶりグローブを左手からはめる。グローブは必ず左手から。無事故を約束するおまじないだ。
再度シートに跨がる頃にはアイドリングは1000rpm弱に落ち着いて、130kg弱の斜体を起こしサイドスタンドをブーツの踵で蹴り出すとツーリング2日目がいよいよスタートする。
ツーリングは2日目の朝が最高だ。
何故って、しっかり睡眠を取って昨日の疲労が癒された眼前には、ワインディングロードが既に用意されているから。しかもクルマは殆ど走っていない。木々に囲まれたクリアな舗装道路で、キレイな空気を肺にいっぱい吸い込んできらめく朝日を浴びながらいきなりコーナーに飛び込める。これが東京からだったら、クルマの排気ガスを浴びながら少なくとも2時間は走り続けなくてはならない。そろそろお尻が痛く感じる頃にやっと坂道のコーナーにさしかかる。
別に飛ばし屋じゃないけれど、どんなに疲れていても目の前に50~70km/hくらいで曲がれるコーナーが現れると俄然元気が出る。
それが、朝一番から味わえるって最高の気分だ。ヘルメットの中で気持ちいい〜!って思わず叫んでいる。
スタートから20分くらいは、ワザと高めのギアを選んで低めの回転でコーナー立ち上がりの振動を楽しむ。単気筒エンジンならでは快感だ。そろそろ目が慣れてきた頃、ちょっとスピードを出してみる。次は結構鋭角な右コーナーだ。僕はどうも右コーナーが苦手。バイク雑誌で読んだ記憶があるけれど、日本人は圧倒的に左コーナーの方が得意なんだって。でも西洋人はそうでは無いらしい。日本は左側通行だから?じゃあ同じ左側通行のイギリスは?心臓の位置のせい、なんて説も聴いたことあるけど基本人間は皆一緒のはずだけど。
コーナーが近づくにつれ、フロントブレーキ8リア2の割合で減速しつつ4−3−2とシフトダウン。
ほんの少しお尻をシートの右側にずらすと共に、左ステップに力を入れて右ステップは爪先を軽く乗せちょっと右肩を前方に出す。と同時にぐっと車体を右に倒してセンターラインの少し内側にクリッピングポイントを設定。極力視線は遠くに向けてアクセルをエンジン回転上昇と同調する様にやさしく開けて行く。車体が直立しかかった時点で3速4速とシフトアップ。
シフトアップの際にギアペダルのかき上げ方向に力を入れて、クラッチを切らずにほんの少しだけアクセルを戻すとキレイにシフトアップできる事は、片山敬済のライテク本で学んだテクニックだ。
上りの直線のあと次は左コーナが迫ってくる。こっちは自然と左肩が前に出て右コーナーの時より多めに左に尻をずらし顔は路面に対して並行になる。気分はケニーロバーツだ。リーンしてから立ち上がりのスロットオープンでリアタイヤのトレッドの左端が外へほんの少し右に流れた事を感じられたら満足だ。もちろんフロントでカウンター切る程のレベルじゃ無いけれど・・・。
そうやって林間のコーナーをしばらく楽しんでいるうちに、標高もどんどん上がってくる。すると前方がぱっと開け、一面の緑の絨毯が広がってくる。熊笹だろうか?青い空と緑一面の地面のコントラストが太陽の光を浴びて一層強まってきた。
そして熊笹の中を更に進むと素晴らしい景色が現れる。
一度止まって一休みしようか?眼下に広がる素晴らしいワインディングは休みのあとのお楽しみとすると決めた僕は、展望駐車場にCBを入れてキーを左に回しイグニッションをOFFにした。
ペンションを出てから2時間以上ノンストップで走り続けた僕は、ヘルメットを脱いでタンクバッグからJUST(※1)を1本取り出して火をつけた。
仕事のこと、人間関係のこと、ガールフレンドのこと、流れる雲を眺めながらとりとめもなく考える。
お昼ご飯はどこで食べようか?これから訪れる別所温泉にはミーヨは現れるのだろうか?
♬かなえられない あこがれ、翼さえあったなら あの雲のあとついてゆきたい (雲の行方に/山下達郎)
さあ、そろそろ涎が出るほどのワインディングに身を委ねて車体をリーンしに出発しよう。
この時間になると上ってくる対向車線のバイクも増えてくる。すれ違うとき8割方のライダーはピースサインを出してくれる。(※2) 左手をクロスして出す左側通行ならではのピースサインは、バイク乗りにしか分からない連帯感だ。
その左手にはめたCASIOのデジタルウォッチを見るとまだ11時。
至福の時間はまだまだ続く。
※1 このJUSTの香りってタバコをやめて40年近く経つけど今でもはっきり覚えている。当時で一番軽いタバコだった筈だ。妙に甘ったるい臭いがして、周りにいる奴から嫌がれた記憶がある。
それはともかく実はタバコを止める時、一番シンドイだろうなと思ったことは食事のあとの一服ではなく、ツーリング中の小休止で吸えなくなる事だった。最もタバコが美味しく感じられたのはこの瞬間だったのだ。
※2 中型免許を取って初めてツーリングに行ったとき、すれ違うバイクがみんなピースサインをしてくれた事に感激したのをよく覚えている。今でもすれ違いのピースサインってするんだろうか?
2020年12月17日
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