2016年08月16日

第324回 露国興信所






文●ツルシカズヒコ




 一九二〇(大正九)年十二月十二日の夕方、近藤栄蔵が近藤憲二に案内されて鎌倉の大杉宅にやって来た。

 近藤栄蔵は日本社会主義同盟の大会に出席するために、神戸から上京していた。

 高津正道『旗を守りて』によれば、ロシア共産党の極東責任者のヴォイチンスキーから二千円を受け取っていた大杉は、この金を元にアナ・ボル共同戦線の週刊新聞の発刊を計画していた。

 大杉が堺と山川に相談すると、ふたりは承諾しなかったが、コミンテルンの在上海機関からの金なので、大杉もそのまま引き下がるわけにはいかず、

「それでは誰か適当な人を推薦してもらいたい。僕はアナで、ボルのことは知らないんだから」

 と堺と山川に頼んだ。

 そしてふたりが大杉に推薦したのが、近藤栄蔵と高津正道だった。

 近藤栄蔵と大杉は初対面だったが、近藤栄蔵はこの大杉との初対面をこう書いている。

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 (大杉の目玉は)ちょっと見たところでは怖ろしい眼であるが、深くみると、懐しみのある、すこぶる魅惑的な眼である。

 日本人には珍しい表情の眼で、栄蔵はロシアへ渡ってから、トロツキーの眼が有名で、彼にじっと見詰められると、女は気が遠くなるという話をきかされたが、大杉の眼は多少トロツキーのものに似ていた。

 大杉が女で騒動をおこし、危うく殺されかけたのも無理はなかったと思う。

 ……鎌倉で大杉の顔を見るまでは、労運社の運動に参加するかどうか、ぜんぜん決めていなかった。

 いろいろ大杉の計画や周囲の事情を調べてから、おもむろに決意するつもりでいた。

 ところが初対面のわずか二、三分の間に、そして何も仕事の話がでないうちに、栄蔵の肚はきまってしまった。

 この男なら一緒に仕事ができる、と彼は直覚的に知ったのである。

 大杉の方でも栄蔵が彼の運動に参加するかどうかを、あらたまった形で訊ねようとしなかった。

 それは問わずとも知れた既定の事実であるかのような素振りであった。

 大杉から話が切り出されないから、栄蔵もそれには一言もふれなかった。

 まったく以心伝心で事は決してしまったのである。


(『近藤栄蔵自伝』/ひえい書房/一九七〇年)





『日録・大杉栄伝』によれば、十二月二十五日、大杉は有楽町の露国興信所の一室を病室兼事務所として借り、翌日、鎌倉からひとりだけでそこに移った。

 英字新聞『ジャパン・アドバタイザー』の貸室広告で探したのだが、露国興信所はしかつめらしい名称だが、実はロシア人の営む下宿屋である。

 麹町区有楽町三丁目一番の松本貿易会社の三階を借り切った一室で、翌年から発行する週刊『労働運動』(第二次)の臨時編集室も兼ねていた。

 警視庁はその三階の一室を正面から監視することができる、中央自動車の二階を借り受けて監視を始めた。

 大杉だけが鎌倉の家を出たのは、彼の体調がすぐれなかったからだ。

「病室から」(『労働運動』一九二一年一月・二次一号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/『大杉栄全集 第14巻』)と「大杉栄の死を救ふ」によれば、前年の暮れからこの年の三月にかけての豊多摩監獄での入獄が、大杉の健康を害したようだ。

 大杉は夏に引いた風邪がなかなか抜けなかった。

 秋になって、十年来のかかりつけの医師、奥山伸の診察を受けた大杉は、肺患再発の兆候があると診断された。

 鎌倉にいては三田の奥山医院に通うのに不便であり、日本室では室温を高く保てないという奥山のアドバイスに従った結果が、この大杉の「ひとり引っ越し」だった。

 奥山は大杉に、ストーブで室温を充分に暖めることができる西洋室の「病室」での絶対安静を厳命し、さもなくば、命の保証はできないと嚇(おど)かした。





 ……おしつまつてから、奥山氏の勧告どほりに東京で病室を造つて寝てゐる事になりました。

 そして夜や非常に寒い日は絶対に外出せず、昼間もなるべく出ないで寝てゐることと云ふ注意にも出来るだけ従つてゐたやうです。

 もつとも室は大抵ストオヴで夜も昼も七十度以上の温度を保つてゐましたから、外には寒くて出られなかつたやうです。

 一週に一度か二度、鎌倉に帰つて来ましても昼間縁側で日向ぼつこが出来る間はいゝのですが暮れかゝると頻りにさむがつて、大抵は、朝来て夕方かへるやうにしてゐた位です。

 それなしでは一刻もゐられなかつた大好きな煙草も、有楽町の病室へ移つた日からフツツリと止めてしまひました。

 そして、丁度始めたばかりの『週刊労働運動』の仕事の為めに、兎角(とかく)に安静が保てないのが、よほど疲れさせてゐました。


(「大杉栄の死を救ふ」/『野依雑誌』一九二一年六月号・第一巻第二号/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)


「七十度」は華氏、摂氏二十一度である。

 煙草好きの大杉は葉巻、金口(きんぐち)、ネヴィカットを好んで吸っていた(近藤憲二『一無政府主義者の回想』)。





 大杉が借りた露国興信所の一室の下宿代を負担したのは東京毎日新聞社の社長・藤田勇だったが(近藤憲二『一無政府主義者の回想』)、『日録・大杉栄伝』によれば、このころ大杉は『東京毎日新聞』の客員記者になった。

 社としては宣伝を狙い、大杉は「捨扶持」をもらう利を取った。

 一九二二(大正十一)年の元日から『東京毎日新聞』一面の年始挨拶に名を連ね、二月六日まで「無政府主義の父ーーミシェル・バクウニンの生涯」を連載した。

 大杉が『東京毎日新聞』客員記者を離籍したのは、一九二三(大正十二)年七月である。

『日録・大杉栄伝』によれば、この年の秋ごろ、部落問題に取り組んでいた阪本清一郎が大杉宅を来訪した。

 阪本は西光万吉とともに社会主義同盟に加盟し、奈良県から上京すると、山川と大杉を訪問し部落問題に関する意見交換をしていた。



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 16:35| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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