2023年05月05日
【短編小説】『人形の翼が折れた日』1
<登場人物>
・香坂 凜生葉(こうさか りいは)
双子の姉
意志が強く、自分で決めたことを曲げない
過干渉な母と衝突し、遠方へ進学就職、実家と疎遠になる
・香坂 優羽葉(こうさか ゆうは)
双子の妹
姉と正反対で、おとなしく、人との衝突が苦手
過干渉な母に逆らえず、実家では人形のように支配される
・香坂 千映実(こうさか ちえみ)
双子姉妹の母親
自分に従順な優羽葉をかわいがり、
懐かない凜生葉を疎ましく思っている
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【第1話:人間を疎み、人形を愛でる】
私は香坂 千映実。
双子姉妹・凜生葉と優羽葉の母親。
2人とも美人だけど、性格は正反対。
姉の凜生葉は、
自分で決めたことを曲げない頑固な性格。
妹の優羽葉は、
おとなしくて自己主張をしない。
「私はそんな娘2人を平等に愛している」
と言いたいところだけど、実際にはそうもいかない。
私は2人が小さい頃から、
私に従順な優羽葉を溺愛し、
反抗的な凜生葉を疎ましく思っていた。
夫は会社経営者。
いくつもの支社を海外へ展開していて、
日本にはめったに帰ってこない。
たまに帰宅しても「疲れた」と言って寝ている。
夫はとても高収入なので、生活には困らない。
けど、仕事が好き過ぎて家庭を顧みないところがある。
子育てについて相談しても「任せる」としか言わない。
娘のこともだけど、何より私にかまってほしい。
あーあ…。
せっかく高収入の男性をゲットできたのに、
こんな冷えた夫婦関係なんて…。
だったら、満たされない私のアレコレを
少しくらい娘に満たしてもらってもいいよね?
夫への愚痴も、仕事や子育てのストレスも、
私の心のケアも。
まとめて娘にぶつけるくらい、
大目に見てくれてもいいでしょ?
夫のことなんて、半ば諦めているんだから…。
ーー
そんなわけで、
私は娘たちが男に頼らず生きていけるよう、
厳しく教育した。
千映実
「こんな成績じゃどこの大学にも入れない。」
「どこの会社も雇ってくれないよ。」
すべては、娘が”私みたいにならない”ため。
凜生葉はとにかく反抗的で、
小言を言うたびに私を睨みつけてきた。
千映実
(あーイヤだイヤだ…何なのよあの子…!)
(どうして優羽葉みたいにできないの…?)
(さっさといなくなればいいのに…!)
私がそう思うように、凜生葉も私を憎んでいた。
そして憎い私に成績をあーだこーだ言われるのが
よほど悔しかったみたい。
凜生葉はがむしゃらに勉強し、
高校卒業後に遠方の大学に合格して出ていった。
やっとウザい子がいなくなったわ!
優羽葉はというと、姉のようにはいかなかった。
私は”優羽葉のためを思って”
発破をかけ続けたのに、成績は低迷。
うーん…どうして?
能力は凜生葉と同じくらい高いはずなんだけど…。
優羽葉は大学受験どころか、
高校1年の途中から不登校になってしまった。
千映実
「ねぇ優羽葉?授業に付いていけなくなるよ?」
「家にいても将来のためにならないんじゃない?」
私だったら、
こんなことを言われたら急いで学校へ行くのに。
「人生勝ち組のはずが、冷え切った家庭」を
経験している私は”正しいこと”を言っているはずなのに…。
私がいくら言っても、優羽葉の不登校は続いた。
そしてついに高校を中退し、引きこもりになった。
ーーーーー
優羽葉が引きこもって2年が経った。
外界とは隔絶してしまっても、
姉の凜生葉とは連絡を取り合っていた。
優羽葉、どうして私と話す時はうつむくの?
凜生葉と通話している時は、あんなに笑顔なのに。
どうしてその笑顔を母に向けてくれないの?
凜生葉なんかより、
私の方がよっぽど優羽葉を愛しているのに…。
凜生葉
『お母さん、今年は妹の顔が見たいから帰省する。』
何度か、凜生葉からそんな連絡が来たけど、
千映実
(凜生葉の顔なんか、見たくもないわ…!)
「ごめんねー、その時期は旅行で不在なの。」
「お父さんの海外出張に付き合わなきゃいけなくて。」
私は適当な理由を付けて、
凜生葉を帰省させないようにした。
それでも『優羽葉が心配だから会いたい』と、
凜生葉は私へ連絡してきた。
私はそれさえ疎ましくなり、
ついに凜生葉からの連絡をブロックしてしまった。
千映実
「これでせいせいするわ。」
「あんな子のことより、可愛い優羽葉を救ってあげないと!」
ーー
私は、優羽葉を何とか社会復帰させようと奮闘した。
千映実
「幼馴染の●●ちゃん、名門大学に合格したそうよ。」
「あなただってそれくらい、やればできるでしょ!?」
「今からでも遅くないのに、どうして勉強しないの?」
「同じクラスだった●●ちゃん、大企業に就職したそうよ。」
「あなた悔しくないの?いつまでも引きこもっていて。」
「●●ちゃんみたいに社会の役に立ちたくないの?」
「お隣の●●ちゃん、お見合いするそうよ。」
「優羽葉にはいい相手いないの?」
「これじゃ孫の顔が見れないじゃない。」
「家事手伝いなんて、ニートって言われても仕方ないのよ?」
「引きこもっていたら、どんどん置いてけぼりになるじゃないの。」
「短時間のアルバイトでもいいから、何かやってみなさいよ。」
私はその他にも、
大学や専門学校のパンフレットを取り寄せた。
良い条件の求人情報を収集しては、
こんな仕事はどうかと紹介した。
”優羽葉のためを思って”。
千映実
「さぁ、進学でも就職でも、好きな方を選んで?」
(お金には困っていないんだから。)
優羽葉
『……お母さん…私……。』
千映実
「どうしたの?何か不満?」
「優羽葉の将来のためよ?」
優羽葉
『……わかった、見てみるね……。』
あの子、何か言おうとしていたけど、まぁいいわ。
愛する娘のためだもん、何でもしてあげなくちゃ!
未読のパンフレットが積み上がるにつれて、
優羽葉の口数が減っていった。
”なぜかわからない”けど、
ついに優羽葉は無言でうつむくだけになった。
それだけじゃない。
千映実
「優羽葉、あんなに瘦せていたかな…?」
最近はご飯もあまり食べなくなった。
千映実
(優羽葉…いったいどうして…?)
(どうして元気がなくなっていくの?!)
(こんなに愛情を注いでいるのに!)
私の優羽葉への愛は空回り。
理由がわからないまま、悶々とする日々が続いた。
こんなに”愛情深い母親の私”が、
十字架を背負うことになるなんて、思いもしないまま。
⇒【第2話:人形は旅立ち、人間は償う】へ続く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/11971986
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック