2021年01月05日
天孫降臨の年代 その1
第三章 天孫降臨
第二節 天孫の高千穂降臨
私按二、天孫降臨の年代
古傳に見ゆる年代
天孫瓊瓊杵尊が高千穂ノ峯に降臨し給ひしは、今より如何ばかりの古へにてありけん、もとより人意を以て測定し得べきにあらず。
日本紀には神武天皇の御語を録して、「天祖の降跡(あまくだり)ましてより、今にいたりて一百七十九萬二千四百七十餘歳」とあり。
然らば今より、百七十九萬五千餘年の昔に當れるなり。
此の數古書傳ふる所他にも多かりしものと見えて、弘仁歴運記には、「本紀等の諸書を案ずるに」として、同じ數を記したり。
更に倭姫命世紀には、瓊瓊杵尊の御代を三十一萬八千五百四十三年、彦火火出見尊の御代を六十三萬七千八百九十二年、鸕鷀草葦不合尊の御代を八十三萬六千四十二年、通計百七十九萬二千四百七十七年となし、帝王編年記には百七十九萬二千四百七十六年、又天~祇王代記には百七十九萬二千四百七十九年に作る。
此の他~代巻口訣、~皇正統記などの記する所小差なきにあらねど、其の基づく所皆同じきが如し。
然るに古事記には、彦火火出見尊高千穂ノ宮にましますこと五百八十歳とありて、前記倭姫尊世紀等の分割の數に合はざること甚だ遠し。
第二節 天孫の高千穂降臨
私按二、天孫降臨の年代
古傳に見ゆる年代
天孫瓊瓊杵尊が高千穂ノ峯に降臨し給ひしは、今より如何ばかりの古へにてありけん、もとより人意を以て測定し得べきにあらず。
日本紀には神武天皇の御語を録して、「天祖の降跡(あまくだり)ましてより、今にいたりて一百七十九萬二千四百七十餘歳」とあり。
然らば今より、百七十九萬五千餘年の昔に當れるなり。
此の數古書傳ふる所他にも多かりしものと見えて、弘仁歴運記には、「本紀等の諸書を案ずるに」として、同じ數を記したり。
更に倭姫命世紀には、瓊瓊杵尊の御代を三十一萬八千五百四十三年、彦火火出見尊の御代を六十三萬七千八百九十二年、鸕鷀草葦不合尊の御代を八十三萬六千四十二年、通計百七十九萬二千四百七十七年となし、帝王編年記には百七十九萬二千四百七十六年、又天~祇王代記には百七十九萬二千四百七十九年に作る。
此の他~代巻口訣、~皇正統記などの記する所小差なきにあらねど、其の基づく所皆同じきが如し。
然るに古事記には、彦火火出見尊高千穂ノ宮にましますこと五百八十歳とありて、前記倭姫尊世紀等の分割の數に合はざること甚だ遠し。
タグ:神武天皇
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