月曜日。半分の月がのぼる空二次創作の日です。
詳しく知りたい方は例の如くリンクのWikiへ。
中古価格 |
―3―
「ほら、あーん。」
「ん。」
皆にも覚えはないだろうか。風邪をひいて気が弱くなっている時など、妙に誰かに甘えるというか、頼りたい気分になった事は。
どうやら、今の里香がそれらしい。
最初の方こそ持ち前の気丈さで気を張っていた様だが、何かの拍子にたがが外れてしまった様だ。
境目は多分、先にあった睡眠の時間。
何か夢を見ていた様だが、それが原因だろうか。
何て事を考えながら、僕はれんげでお粥をすくっては里香の口に運んでいた。
「熱ッ、ちゃんと冷ましてよ!!バカ裕一!!」
「あ、わ、悪ぃ!!」
でもまぁ、こんな風に甘えられる事事態は悪い気はしない。
何ていうか、この娘は僕のものだという実感というか、独占欲みたいなものが満たされて、妙な充足感がある。
・・・何か少し、危ない思考かもしれないが・・・。
「ちょっと、バカみたいにお粥ばっかりよこさないでよ!!ちゃんとオカズも食べさせて!!」
「・・・は、はい!!」
・・・いや、やっぱり僕がM気質なだけかもしれない・・・。
「もう、いいのか。」
「うん。」
里香は鍋の3分の1ほどのお粥を食べて、箸を置いた(いや、箸持ってたのは僕の方だけど)。
けどまぁ、カレイの煮付けも半分食べたし、良しとしよう。
「食器、台所に片付けておいて。」
「分かった。」
言われたとおり、食器を片付けて戻って来ると、里香が布団の中で何かモジモジしている。
ん?何だと思っていると、唐突にこんな事を言ってきた。
「裕一、本が読みたい。」
「え、あ、本か?どれだ?」
「『失われた世界(ロスト・ワールド)』。」
言われた題名を、本棚から探す。
「何してんの?」
「いや、だから本を・・・」
「ある訳ないじゃない。持ってないんだから。」
・・・どういう事だ?
「借りてきて。」
「は、はぁ!?」
「図書館に行って、借りて来てって言ってるの。」
「いや、だってオレはお前の看病を・・・」
里香が、布団の中からギロリと睨んでくる。
う・・・この目は、まずい!!
「何よ。病人の頼みを聞くのも看護人の役目でしょ?それとも、嫌だって言うの?」
視線の剣呑さが増してくる。これ以上逆らったら、家から追い出されかねない。
「わ、分かったよ!!」
僕はそう言うと、重い腰を上げた。
本の題名が書かれたメモ用紙を受け取りながら、里香の携帯を彼女の枕元に置く。
「いいか、何かあったり、具合悪くなったりしたら、直ぐ連絡するんだぞ?」
「うん。」
「遠慮すんなよ。我慢するんじゃないぞ?」
「うん。」
「ホントにホントだぞ!?絶対に我ま・・・」
「分かったってば!!早く行って!!」
そんな声といっしょに、冷凍蜜柑が飛んできた。
「いた!!いたた!!分かった!!分かったって!!」
僕は慌てて部屋の外に出ると、「行ってくる!!」と言って戸を閉めた。
「やれやれ・・・。」
僕はぼやきながら、自分が携帯を持っている事をしっかりと確認して、家を出た。
図書館は、里香の家から見れば僕らの通う高校よりは近い位置にある。
つまりは、自転車で行けばさして時間のかかる距離ではないという事になる。
それでも、図書館でご注文の本を探す時間なんかを考えれば、やはりそれ相応の時間はかかるだろう。
少しでも早く戻れる様に、僕は足に力を込め、ペダルを踏む速さを上げた。
景色がだんだんと、見覚えのある風景へと変わっていく。
「・・・なんか、懐かしいな・・・。」
回りの景色を眺めながら、僕は妙な感慨を覚えていた。
里香と出会ってまだ間もない頃、僕は彼女の命令でこの道を病院から歩いて図書館に通った。
病院と図書館の距離は、里香の家と比べれば近い。
だけど、あの時僕は入院中。当然、今みたいに自転車なんてものはなく、僕は徒歩で図書館に向かった。凍てつくような冬の冷気の中で、その道程を酷く長く感じたものだ。
ついでに言えば、その際に借りてくる本を間違えるなどという失態を犯し、もう一度図書館にリターンさせられるという憂き目にあっている。全く、病人相手に酷い話もあったものだ。
もっとも、今となっては何もかも皆懐かしい記憶ではある。
そういえばあの日、図書館との往復で晩飯を食べ損ねた僕のために、里香が食事を取っておいてくれたのだった。いつもはまずい病院の食事が、その時に限ってはひどく美味く感じた。あの時、息もつかずがっつく僕の頭を撫でる里香の手の感触を、今でも昨日の事の様に思い出せる・・・。
と、そこまで考えて、僕はあっと声を上げた。
「昼飯、食うの忘れてた・・・。」
気付いた途端、空っぽの胃袋がぐぅと鳴った。
―4―
自転車のお陰で、思ったよりも早く帰ってくる事が出来た。
肝心の本も、パソコン検索ですぐに見つけることが出来たし、全く文明の利器ってのは素晴らしいものだ。
「ただいまー。」
空腹も手伝って気が急いていた僕は、ろくに確認もせずに部屋の戸を開けた。
途端―
「―――!!」
「―――!!」
目に飛び込んできたのは、淡いピンクの下着と雪の様に真っ白い肌。
・・・里香が上着を脱ぎ、タオルで身体を拭いていた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
里香はポカンとし、僕は目の前の光景に釘付けになった。
一拍の間。
そして―
「――――――っ!!!」
盛大に響き渡る悲鳴。
それと同時に、機関銃の如く飛んでくる本や蜜柑やその他諸々。
僕は再び額に太宰治全集のジャストミートを受け(やっぱり角)、その場に崩れ落ちた。
「も、もう。ノックくらい、してよね。」
着替えたパジャマを整えながら、里香は熱とは別の意味で顔を赤くしていた。
「す・・・すいません。」
額に出来たたんこぶを擦りながら、僕は平謝りに謝った。
「ま・・・まぁ、いいわ。今度から気をつけてよね。」
数分後、やっと出たお許しの言葉に僕がほっとしていると、
「それはそうと、“遅かった”わね。」
里香がそんな事を言ってきた。
「え?そ、そうか?」
そう言って、僕は時計を見た。自転車のお陰で本を探す時間込みで数えても、時間は2時間くらいしかかかっていない。それなのに、「遅かった」と言うか。この女は。
見れば、里香は憮然とする僕を見ながらニヤニヤと笑っている。
その顔を見て、僕はふと思い至った。
さっき、道中で僕が思い出した様に、彼女も“あの頃”の事を思い出しているのかもしれない。
「本、あった?」
やっぱり、“あの時”通りの言葉。
なるほど。それならこちらも合わせよう。
「あったよ。」
僕も、“あの時”の言葉を繰り返しながら本を渡した。
本を受け取った里香が、クスクスと笑う。
つられて、僕もうはは、と笑った。
もっとも、何もかも前回と同じという訳じゃないぞ。同じ愚を二度繰り返す程、僕は愚かじゃない。今回は、所望の本を間違いなく・・・
「・・・何、これ?」
・・・へ?
里香の言葉に、僕はキョトンとなる。
何だ?何もそんな所まで再現しなくても・・・などと思いながら見ると、里香はジト目で僕を睨んでいた。
「何、これ?」
また言った。
先と違って、声が明らかに不機嫌だ。
な、何だ?何がまずかったんだ?
「な、何って・・・頼まれてた本・・・」
「何言ってんの!?」
怒鳴られた。
「これ、マイケル・クライトンの『ロスト・ワールド』じゃない!!」
「え?だって『ロスト・ワールド』だろ?読みたいっていったの。」
「これは『ジュラシック・パーク』の続編!!あたしが読みたいって言ったのはコナン・ドイルの『失われた世界(The Lost World)!!全然違うじゃない!!』
え?ええ!?何だ、それ!?
「そ・・・そんな事言われたって、同じ題名のがあるなんてお前・・・」
「メモに作者名も書いてたでしょ!?」
・・・はい?
慌ててメモを確認する。
本当だ。ちゃんと『作者 コナン・ドイル』って書いてある。
題名にばかり気をとられて、見落としていた。
里香がはぁ、と大きな溜息をついた。
「もう、全然成長してないじゃない。裕一のバカ。」
・・・返す言葉もありません。
しかし、という事はこの後くるのは・・・
「ちゃんと借りてきて!!」
ですよね・・・。
とりあえず、昼飯食ってからでいいか?なんて訊ける筈もなく、僕は空きっ腹を抱えたまま、もう一度図書館へ行く準備を始めた。
だけど―
「・・・と思ったけど、いいわ。」
「へ?」
意表をつかれた僕は、ポカンとして里香の顔を見た。
「いいって言ってるの。今から行き直してたら、夕方になっちゃうじゃない。裕一、お昼も食べてないでしょ?」
そう言って、里香は布団の中に潜り直した。
「はぁ・・・。」
拍子抜けした僕は、ただそう言うだけだった。
続く
【このカテゴリーの最新記事】