2021年04月23日
イジメを撃退する念彼観音力 A 世尊
通常の解釈
世尊は妙相具わりたまえり。我今重ねて彼を問いたてまつる。
荘厳なお姿の釈迦如来様、重ねて、また私はあの人のことをお聞きします。仏子、何の因縁があって
観世音と言う名で呼ぶのですか?
イジメられっこのあなたへ
まず、ここでは、いじめっ子でもいじめられっ子でも、(未成年がこのページを見れることを祈ります。)
いじめられっ大人でも、恥じることはありません。仏様の前で、観音様の前では皆平等な仏子です。
そうして、イジメられていることは、ただ苦しいのです。苦しいので仏様にすがります。まず、ここを抑えましょう。
ですから、これから先、私が「イジメられっこ」とあなたを呼んでも怒らないでください。私は今、世界最悪のイジメられ親父なのです。あんなにひどいイジメを受けている奴の話を聞いてやるか?くらいでお願いします。
このあなたの気持ちをケアするような生ぬるい文章は、今後度々挟みますが、これが本題ではありません。
いじめられっ子的な解釈
まず、ここの「世尊」から数編(一遍を5文字かける4行と考えてください)はいじめられっ子的解釈は出来ないのですが、まずは世尊=ブッダ、お釈迦様、釈迦如来が現れ、そこに、無尽意というやや、しつこい周りの空気を読まない感じの、しかし熱心な菩薩、(ボサツとは、これから悟りを得て如来になる前の段階の仏様です。)が、観世音菩薩のことに興味を持ち、熱心に色々と聞いているのです。
この流れで、この観世音菩薩普門品偈が登場し、ここから偈(げ)という歌と言うか、詩と言うかそれが始まるのです。
この部分は、実は聞いたことがあるかもしれませんが、妙法蓮華経というお経の25番目のところで、観世音菩薩(観音様と言った方が、聞いたことがあるのでは?観自在菩薩とも言います)について語っている部分で、これを独立して観音経と読んでいます。その中の偈の部分をこれから、読んでいきます。
ここで彼とは常に観世音菩薩のこととなります。
「偉大なるお釈迦様、お願いします。彼は、観世音菩薩は、一体何故、観世音菩薩と呼ぶのですか〜?」
次回、お釈迦様が回答します。今回はここまで
合掌
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