雪消月に平泉駅から歩き訪ねる 世界遺産 中尊寺(ちゅうそんじ)です。
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JR北上駅から東北本線に乗り、平泉駅に到着。
駅を出ると、どんよりとした天気の中、雪がちらついていた。
駅前の通りから県道300号線に入り、ひたすら真っ直ぐ歩く。
積雪のない歩きやすい道を25分ほどかけて進むと、中尊寺の参道入口が現れる。
参道入り口の向かい側で、中尊寺参拝者を見守っているかのようにあるのが「弁慶の墓」。
主君 源義経を敵の攻撃から防ぐため、立ちはだかって絶命してもなお、その場に立ち尽くしたという武蔵坊弁慶の逸話が残っている。
「弁慶の立ち往生」があった義経・弁慶終焉の地は、平泉だったのだ。
見過ごしてしまいがちではあるが、弁慶の墓は目と鼻の先にあるので、中尊寺参拝前に是非立ち寄っておきたい。
参道の半ば、月見坂を登り切ると、左側に迎えるのが「弁慶堂」。
源義経と弁慶の木像が安置され、天井一面には綺麗な草花の天井画が描かれているようだ。
お堂の中には立ち入らなかったものの、正面軒下を飾る龍の彫り物が素晴らしく、目が惹きつけられる。
また訪れた際には中へ上がらせていただきたい。
地蔵院や薬師堂を通り過ぎ、本坊表門をくぐれば「本堂」がお目見え。
広々とした境内には、立派な松の木や蓮の池があり、落ち着いた雰囲気が心を平安にする。
お堂に祀られるのは、ご本尊 阿弥陀如来像だ。
本尊両側には不滅の法灯が立っており、祭壇にあるロウソクの火は、毎朝この不滅の法灯から灯されているらしい。
元火は、比叡山にある天台宗の総本山 延暦寺から、1958年に中尊寺へ分燈されたものだという。
さらに数分歩き、たどり着くのが「金色堂(こんじきどう)」だ。
周囲に静かな庭園が広がる中、金色堂を格納する覆堂が、参拝客の来訪を静かに待ち受ける。
讃衡蔵・経蔵・旧覆堂と共通の拝観券を800円で買い求め、いざ金色堂の参拝へ。
屋根から床まで、全て金箔で作られた金色堂の姿は圧巻。
柱や梁に細工された螺鈿の装飾は、あまりにも美しく、感嘆の声が漏れる。
国宝である金色堂は、中尊寺創建当初の姿を今に伝える建造物で、1124年(天治元年)に奥州藤原氏初代清衡公によって上棟された。
初代の清衡公をはじめ、2代の基衡公、3代の秀衡公、そして4代の泰衡公の亡骸が今も安置されているようだ。
奥州藤原氏3代の栄華を伝える、貴重な文化遺産である金色堂。
撮影禁止であるため、自身で足を運び、至高の仏堂をしっかりと目に焼き付けたい。
金色堂から旧覆堂へ進む間には、松尾芭蕉の銅像が、句碑と共に建立されている。
1124年(天治元年)に完成した金色堂を、1689年(元禄2年)に参拝した芭蕉が詠んだ、「五月雨の 降り残してや 光堂」という句。
現在は、茅葺屋根を使ったお堂である旧覆堂からコンクリート建築の覆堂に移り、句を詠んだ当時とは保管状況が異なる。
コンクリート造の建物に守られ、空調設備が整い、参拝料を集めて維持管理をする。
輝き続ける金色堂を、今は「必死に残している」ようだ。
中尊寺の参拝を終え、平泉駅に戻る。
電車の到着を待つ間、駅の近くにある「菓子工房 吉野屋」に立ち寄った。
地元岩手県産の牛乳と卵を使用した、濃厚なクリームたっぷりのシュークリームを看板商品に掲げる吉野屋。
時刻は夕方で、人気のシュークリームは既に売り切れていた。
お土産として定番の、香ばしい胡桃使用の餡をもちで包んだ平泉銘菓、「辨慶力餅(弁慶力餅)」を買い求める。
お土産用に箱入りのものを1箱、電車待ちの時間で食べる用にばら売りのものを1つ購入。
香ばしい胡桃がほんのり甘い求肥に包まれている和菓子は、もちもちとした食感がくせになり、何口でもいけそうだ。
平泉の世界遺産を堪能したあとは、平泉の甘味も堪能し、平泉の歴史を訪ねる旅を終えた。
改稿・編集 会長HT
詳しくは以下のリンクを参照してください。
中尊寺 https://chusonji.or.jp/
菓子工房 吉野屋 https://www.yoshinoyasweets.com/
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