2018年02月15日
プリンスグロリア6ワゴン V43A-1
どうもです。
先月は毎年恒例のニューイヤーミーティングがありましたね。
自分はここ数年は足が遠のいてしまっているので今回も不参加でした。
最近のニューイヤーの盛り上がり具合はどうなんでしょうか?
気にはなりますが、知り合いが相次いで参加をやめてしまったので縁がなくなってしまいました。
・・・さて、前回よりだいぶ間が開いてしまいましたが今回はプリンスグロリア6ワゴンについて書いてみます。
プリンスネタは久しぶりですが、そもそも6ワゴンとはどんなクルマなのか?
よく分からない方もいると思うので、少し詳しく書いてみます。
グロリア6ワゴン(V43A-1)は1962年の9月にフルモデルチェンジをした2代目グロリアシリーズに設定されていたワゴンタイプの4ナンバー商用車でして、紛らわしいですがワゴンと言いながら実質はバンなんですね。
発売は1964年(昭和39年)の5月で、同時期にはS44PグランドグロリアやS41Sグロリア6(6気筒エンジン搭載の廉価版)なども発売されていますね。
元々プリンスは以前からスカイウェイというバンタイプの車種を販売していましたが、6ワゴンは実質的にその後継車に当たると思います。
ご存じない方もいるかもしれませんので少しだけ詳しく書きますと、この40系グロリアの発売以前はスカイラインとグロリアは兄弟車だったので車格は同じでした。
左がALSIDスカイライン(写真は1500ccモデルですが1900ccも車体は同じ)左はBLSIPグロリア
このスカイラインがグロリアのモデルチェンジ後にはスカイラインスーパー(S21)を経て全く新しいファミリー志向の新型(S50系)へモデルチェンジして車体が小さくなります。
当然スカイウェイもモデルチェンジ(V51)して小型化しましたので、以前のスカイウェイのサイズと言う意味ではこの6ワゴンが後継車なのだろうなと思った次第です。
モデルチェンジをしたV51スカイウェイよりもワンサイズ上の車格を持ったこの6ワゴンですが、どのような購買層を想定していたのか気になるところ。
そのヒントは当時のカタログにあります。
この頃のバンタイプの車は商用車でありながら休日には自家用車としても使われるというのが前提でしたので、カタログの写真にもレジャーや家族揃ってお出かけというシチュエーションがたびたび出てきます。
左は「カーゴルームにもソフトな内張り」 右は「週末をおはこびします」の見出し
プリンスは他社よりも高級志向のメーカーでしたので、純粋な商用車としてよりもちょっと生活に余裕のある家族向けに売り込みたかったのかもしれないですね。
左 「グロリア6ワゴンは乗用車」 右 「10センチ→スライド〈移動〉 これはプリンスのパテントでリアシートがスライドするようになっていました。
当時クルマを持てるのは一部のお金持ちか自営業の人たちで、一般家庭にとってはまだまだ高嶺の花でした。
モータリーゼーション黎明期であるこの頃は買えたとしても軽自動車か、または普段仕事に使っているバンや小型トラックを自家用車として休日に乗る、と言うのが当たり前の時代です。
今のように一家に一台どころか一人一台の時代とは違って、一台で何役もこなす必要があったわけですのでバンタイプの需要はそれなりに多かったのではと推測できます。
(とは言いながらも、市場そのものが今よりも小さいので台数としてはそれほどでもないのでしょうけど)
当然各メーカーもバンタイプは各種ラインナップしており、トヨタはクラウンのバンタイプであるマスターラインを、日産はセドリックバンをそれぞれ初代の頃から販売していました。
トヨタは他にもコロナライン(コロナのバンタイプ)やパブリカバン、日産もダットサントラックのバンタイプ(ブルーバードの商用車版といえるもの)をラインナップしており、他メーカーも大なり小なり各車必ずと言ってよいほど商用バンは揃えていました。
その中で新たに発売されたグロリア6ワゴンはどのようなポジションだったかと言うと、マスターラインやセドリックバンと競合するクラスでしたので当然のこととして当初から熾烈な戦いが予想されました。(勝手な推測です)
そこでプリンスは他社にはない特徴を持たせます。
乗用車ライクで高級感のある内外装は当然のこととして、最大の特徴は他社にはないOHC6気筒エンジンの搭載でした。
プリンスは他社やそれまでの自社製スカイウェイにもなかった6気筒エンジンを商用ワゴンに搭載したのです。
それまでのOHV4気筒1900ccのG2ではなく、前年に発売されたスーパー6用のOHC6気筒2000ccのG7の圧縮比を8.8から8.3に落とした最高出力100PS(スーパー6は105PS)のレギュラー仕様を新たに設定、マスターラインやセドリックバンに比べて遥かにハイパワーな高級商用ワゴンが誕生したのでありました。
しかし、性能的には上記2車に比べてアドバンテージを持った6ワゴンでしたが、当然価格的には高くなってしまったために販売面では不利に働き、マスターラインとセドリックバンほどの台数は売れませんでした。
販売網の弱さもあって余計台数が出なかったのだとは思うのですが、何故6気筒に拘ったんでしょうね?
後発メーカーとして他社にない特徴を!と言った考え方であえて4気筒を発売しなかった可能性はありますが、もしかすると4気筒だと車重の問題で動力性能的に満足のいく性能が出ないと考えたのかもしれません。
前モデルのV23よりもやや重くなっており、他社の同サイズのクルマに比べて相対的に重かったプリンスでしたので、どうせならパワーに余裕がある6気筒を乗せてしまえ!となったのかも。
ただし、後年日産吸収後にモデルチェンジされたA30系グロリアに設定されたのはワゴンから名称がバンに変わり、エンジンも6気筒と4気筒が選べるようになりました(グロリアバンデラックスが6気筒G7、グロリアバンは日産製の4気筒H20エンジンを搭載)
結局6ワゴンはS4グロリアのモデル最後まで生産されましたが、残存数はかなり少なめでイベント等でも見掛けることのある台数はせいぜい2〜3台程度です。
その中でも最近良くイベントで出会う事の出来るベージュの6ワゴン(V43)は元々2型を1型仕様に仕上げたクルマで、細部まで拘って丁寧に直したクルマです。
以前から知っているクルマですが、現オーナーさんのところに来る前から5ナンバーで登録されていたので排ガス規制の対象にはならないで済んだのはラッキーだったと思います。
他にもブルー系のV43が2台、九州と関東にいますがイベントで見る機会は少ないですね。
特に九州のクルマは写真でしか見た事がないので、機会があれば一度見てみたいですね。
(九州に行く機会がないんで難しいですけどね)
もう一台はプリンス系のクラブの方所有の個体で、こちらもかなり綺麗にされているようです。
以前は他にも山梨ナンバーのオレンジのメタリック塗装で軽くカスタムされた個体がいましたね。
そのほかには長い事旧車ショップを彷徨っていた2トーンカラーのV43がいましたが、今はどうなったんでしょう?
もう一台千葉のショップにあるベージュのV43はどうなったかな?
このクルマ、元を辿ると世田谷にあったFLEXで販売されたクルマのようです。
ただ、現在書類がないという噂を聞いているのでその後どうなったのか気になるところですが台数自体が少ないワゴンですので、一台でも多く走行可能な状態を維持してもらいたいと思いますね。(勝手な事を言ってますけど)
因みにですが、あのV43のリアバンパーはセダン用が付いているようです。(本来ワゴンは専用バンパー)
もうひとつ、余談ですが随分前に知人が救急車仕様のV43の部品取りを所有していました。
モノが物だけに走行距離も少なく、かなりの上物でしたがこちらも残念なことに書類が出なくて、最終的にはバラバラにされて旅立ったようです。
(数年前にオールドタイマーで紹介された車とは別のもです)
ところで総生産数はいったいどれくらいだったんでしょう?
自分の資料では全体を把握できませんが、1型のみであれば凡その生産台数の確認は可能です。
66年度版パーツリストを見ると1型の車両番号はV43-1から6837までとなっており、商用車としてはかなり少ない台数に思います。
2型がV43-6838からとなっているので上記の番号までと判断しましたが、全てが販売にまわされたのかは分かりません。
2型の最終番号はいったいどれくらいなのかも自分の持っている資料では判明しないのですが、個人的には1型2型を合わせたトータルでも2万台は超えていないだろうと考えています。
2型にチェンジしたこの時期のプリンスは合併が決まって販売台数も落ちていた頃ですので、1型ほど台数が出ているとは考えにくいです。
なので下手をすると1.5万台位が良いところなのかも知れません。
(割と最近ですが、初年度登録が67年というV43をサルベージしたという知人から話を聞きましたが、その個体の車両番号は9000番台だったということなので私が思っているよりも生産数は少ないかもしれません)
今見てもかなりスマートで格好良い車だと思うのですが、上位二社には敵いませんでした。
カッコいいだけでは売れないということですね。
今回はカタログをフルで掲載してみました。
取り込みが大変なので次はここまで出来ないかも・・・
ではまた
先月は毎年恒例のニューイヤーミーティングがありましたね。
自分はここ数年は足が遠のいてしまっているので今回も不参加でした。
最近のニューイヤーの盛り上がり具合はどうなんでしょうか?
気にはなりますが、知り合いが相次いで参加をやめてしまったので縁がなくなってしまいました。
・・・さて、前回よりだいぶ間が開いてしまいましたが今回はプリンスグロリア6ワゴンについて書いてみます。
プリンスネタは久しぶりですが、そもそも6ワゴンとはどんなクルマなのか?
よく分からない方もいると思うので、少し詳しく書いてみます。
グロリア6ワゴン(V43A-1)は1962年の9月にフルモデルチェンジをした2代目グロリアシリーズに設定されていたワゴンタイプの4ナンバー商用車でして、紛らわしいですがワゴンと言いながら実質はバンなんですね。
V43最初期のカタログ表紙 初版は39年の3月となっており実際の発売時期より2ヶ月早い。 この後7ヶ月ほどで改訂版が出るのですが、表紙と一部の写真が差し替えられたくらいで内容的には変わっていません。 機会があればそちらの写真もいずれアップしたいと思います。 |
発売は1964年(昭和39年)の5月で、同時期にはS44PグランドグロリアやS41Sグロリア6(6気筒エンジン搭載の廉価版)なども発売されていますね。
元々プリンスは以前からスカイウェイというバンタイプの車種を販売していましたが、6ワゴンは実質的にその後継車に当たると思います。
ご存じない方もいるかもしれませんので少しだけ詳しく書きますと、この40系グロリアの発売以前はスカイラインとグロリアは兄弟車だったので車格は同じでした。
このスカイラインがグロリアのモデルチェンジ後にはスカイラインスーパー(S21)を経て全く新しいファミリー志向の新型(S50系)へモデルチェンジして車体が小さくなります。
当然スカイウェイもモデルチェンジ(V51)して小型化しましたので、以前のスカイウェイのサイズと言う意味ではこの6ワゴンが後継車なのだろうなと思った次第です。
モデルチェンジをしたV51スカイウェイよりもワンサイズ上の車格を持ったこの6ワゴンですが、どのような購買層を想定していたのか気になるところ。
そのヒントは当時のカタログにあります。
最初のページです。 「高速時代の6気筒・高級ワゴン」と紹介されています。 |
次のページ 「機動力が買われるワゴン」 なんだかよく分からないシチュエーションですが、バンドメンバーがドラムセットを積んでいるところでしょうか? あまり仕事臭さは感じられないですね。 |
この頃のバンタイプの車は商用車でありながら休日には自家用車としても使われるというのが前提でしたので、カタログの写真にもレジャーや家族揃ってお出かけというシチュエーションがたびたび出てきます。
Gloria6Wagon Family-Car Camping-Car Business-Car Touring-Car 一台で何役もこなせると言いたいのでしょうか |
プリンスは他社よりも高級志向のメーカーでしたので、純粋な商用車としてよりもちょっと生活に余裕のある家族向けに売り込みたかったのかもしれないですね。
当時クルマを持てるのは一部のお金持ちか自営業の人たちで、一般家庭にとってはまだまだ高嶺の花でした。
モータリーゼーション黎明期であるこの頃は買えたとしても軽自動車か、または普段仕事に使っているバンや小型トラックを自家用車として休日に乗る、と言うのが当たり前の時代です。
今のように一家に一台どころか一人一台の時代とは違って、一台で何役もこなす必要があったわけですのでバンタイプの需要はそれなりに多かったのではと推測できます。
(とは言いながらも、市場そのものが今よりも小さいので台数としてはそれほどでもないのでしょうけど)
当然各メーカーもバンタイプは各種ラインナップしており、トヨタはクラウンのバンタイプであるマスターラインを、日産はセドリックバンをそれぞれ初代の頃から販売していました。
トヨタは他にもコロナライン(コロナのバンタイプ)やパブリカバン、日産もダットサントラックのバンタイプ(ブルーバードの商用車版といえるもの)をラインナップしており、他メーカーも大なり小なり各車必ずと言ってよいほど商用バンは揃えていました。
その中で新たに発売されたグロリア6ワゴンはどのようなポジションだったかと言うと、マスターラインやセドリックバンと競合するクラスでしたので当然のこととして当初から熾烈な戦いが予想されました。(勝手な推測です)
そこでプリンスは他社にはない特徴を持たせます。
乗用車ライクで高級感のある内外装は当然のこととして、最大の特徴は他社にはないOHC6気筒エンジンの搭載でした。
「日本でただひとつ=ハイパー6エンジン」 6気筒・2000cc・OHC・100馬力 |
プリンスは他社やそれまでの自社製スカイウェイにもなかった6気筒エンジンを商用ワゴンに搭載したのです。
それまでのOHV4気筒1900ccのG2ではなく、前年に発売されたスーパー6用のOHC6気筒2000ccのG7の圧縮比を8.8から8.3に落とした最高出力100PS(スーパー6は105PS)のレギュラー仕様を新たに設定、マスターラインやセドリックバンに比べて遥かにハイパワーな高級商用ワゴンが誕生したのでありました。
しかし、性能的には上記2車に比べてアドバンテージを持った6ワゴンでしたが、当然価格的には高くなってしまったために販売面では不利に働き、マスターラインとセドリックバンほどの台数は売れませんでした。
販売網の弱さもあって余計台数が出なかったのだとは思うのですが、何故6気筒に拘ったんでしょうね?
後発メーカーとして他社にない特徴を!と言った考え方であえて4気筒を発売しなかった可能性はありますが、もしかすると4気筒だと車重の問題で動力性能的に満足のいく性能が出ないと考えたのかもしれません。
前モデルのV23よりもやや重くなっており、他社の同サイズのクルマに比べて相対的に重かったプリンスでしたので、どうせならパワーに余裕がある6気筒を乗せてしまえ!となったのかも。
ただし、後年日産吸収後にモデルチェンジされたA30系グロリアに設定されたのはワゴンから名称がバンに変わり、エンジンも6気筒と4気筒が選べるようになりました(グロリアバンデラックスが6気筒G7、グロリアバンは日産製の4気筒H20エンジンを搭載)
結局6ワゴンはS4グロリアのモデル最後まで生産されましたが、残存数はかなり少なめでイベント等でも見掛けることのある台数はせいぜい2〜3台程度です。
その中でも最近良くイベントで出会う事の出来るベージュの6ワゴン(V43)は元々2型を1型仕様に仕上げたクルマで、細部まで拘って丁寧に直したクルマです。
以前から知っているクルマですが、現オーナーさんのところに来る前から5ナンバーで登録されていたので排ガス規制の対象にはならないで済んだのはラッキーだったと思います。
他にもブルー系のV43が2台、九州と関東にいますがイベントで見る機会は少ないですね。
特に九州のクルマは写真でしか見た事がないので、機会があれば一度見てみたいですね。
(九州に行く機会がないんで難しいですけどね)
もう一台はプリンス系のクラブの方所有の個体で、こちらもかなり綺麗にされているようです。
以前は他にも山梨ナンバーのオレンジのメタリック塗装で軽くカスタムされた個体がいましたね。
そのほかには長い事旧車ショップを彷徨っていた2トーンカラーのV43がいましたが、今はどうなったんでしょう?
もう一台千葉のショップにあるベージュのV43はどうなったかな?
このクルマ、元を辿ると世田谷にあったFLEXで販売されたクルマのようです。
ただ、現在書類がないという噂を聞いているのでその後どうなったのか気になるところですが台数自体が少ないワゴンですので、一台でも多く走行可能な状態を維持してもらいたいと思いますね。(勝手な事を言ってますけど)
因みにですが、あのV43のリアバンパーはセダン用が付いているようです。(本来ワゴンは専用バンパー)
もうひとつ、余談ですが随分前に知人が救急車仕様のV43の部品取りを所有していました。
モノが物だけに走行距離も少なく、かなりの上物でしたがこちらも残念なことに書類が出なくて、最終的にはバラバラにされて旅立ったようです。
(数年前にオールドタイマーで紹介された車とは別のもです)
ところで総生産数はいったいどれくらいだったんでしょう?
自分の資料では全体を把握できませんが、1型のみであれば凡その生産台数の確認は可能です。
66年度版パーツリストを見ると1型の車両番号はV43-1から6837までとなっており、商用車としてはかなり少ない台数に思います。
2型がV43-6838からとなっているので上記の番号までと判断しましたが、全てが販売にまわされたのかは分かりません。
2型の最終番号はいったいどれくらいなのかも自分の持っている資料では判明しないのですが、個人的には1型2型を合わせたトータルでも2万台は超えていないだろうと考えています。
2型にチェンジしたこの時期のプリンスは合併が決まって販売台数も落ちていた頃ですので、1型ほど台数が出ているとは考えにくいです。
なので下手をすると1.5万台位が良いところなのかも知れません。
(割と最近ですが、初年度登録が67年というV43をサルベージしたという知人から話を聞きましたが、その個体の車両番号は9000番台だったということなので私が思っているよりも生産数は少ないかもしれません)
今見てもかなりスマートで格好良い車だと思うのですが、上位二社には敵いませんでした。
カッコいいだけでは売れないということですね。
今回はカタログをフルで掲載してみました。
取り込みが大変なので次はここまで出来ないかも・・・
ではまた
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昭和39年から今まで大切に維持されてきたのですね。
それを諸事情から手放さなければならなくなってしまったとの事。
残念ですね・・・
通常旧車を売買する際には、旧車専門店へ売却、個人売買にて買い手を捜す、オークションに出品する、という方法が一般的です。
希望の金額や相手を確認したいなど、色々と事情があるとは思いますのでどの方法が良いとは一概には言えません。
もし宜しければ車の状態などもう少し詳しくお教えいただければ幸いです。
ご迷惑でなければ直接メールでのやり取りも可能ですので、ご覧になられていたら再度コメントをいただければこちらよりご連絡差し上げますのでご検討ください。
私の父が昭和39年に新車で購入。今日までワンオーナーで、ナンバーは【横浜 5】です。
34年前私が二十歳の時にフルレストアをして、家族皆で守り続けて車検も切らさずきました。
もちろん、今も現役です。
しかし、一昨年 父が亡くなり何とか保持していこうと思っていましたが、諸事情により手放すことを決めました。
どなたか大切にして頂ける方にお譲りしたいと思うのですが、どうしたら良いでしょうか?
良いアイデアがあれば教えて下さい。