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2021年09月09日

ポール・ディラック
【1902年生まれ-9/9原稿改定】

「ディラック」の原稿を投稿します。原稿文字数は2098文字です。また、アマゾンアソシエートのリンク掲載に関して最後に記載しました。アマゾン関連の作業は嫁任せでしたがサイトの運営として記載します。読者満足度を考え関連書籍を記載します。作業として7月からの四半期で登場場所別に再考しています。この後、時代別のリライトを行います。また、学術論文を読む時には英語必須、他国の方と議論の時にも英語必須です。少しでも話せるようになる機会は大事ですので、オンライン英会話をご紹介しています。別途、個別の人物の追加もトピックスのご紹介もしていきたいです。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。


作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】


【1902年8月8日生まれ ~ 1984年10月】



イギリスのディラックは


とても謙虚で無口な人でした。


ノーベル賞が決まった際には、


有名になる事を恐れて受賞の辞退を


考えていた様です。そんな人なのですが、


20世紀初頭の天才達がひしめく中で


ファインマンハイゼンベルクシュレディンガーなど


と量子力学を確立します。特にシュレディンガーとは


同じタイミングでノーベル賞を受賞します。


ディラックの人柄を考えるにあたり少し、


その家族について言及します。


ディラックが10代後半の時期にスイスから


家族は国籍を移しています。そしてディラックの


性格形成を語っていく上で家庭環境は大きな要素


だったようです。まず1924年にディラックの


兄が自ら命を断っています。


色々考えた末だったのでしょうか。


ディラック自身も、その父と会話し辛い


場面が多々あったようです。そして、


極端に無口な人になっていったようです。


しかしディラックは、闇に沈まずに数学を駆使して輝かしい成果を残しています。特にデルタ関数やブラケット記法は素晴らしいのです。そんな足跡を沢山残しました。


デルタ関数は超関数の仲間で
積分を使って定義されます。
多分野で有用である関数ですが、
物理の分野では観測に伴い、
波束が収束する様子が表現出来るのです。
数学上ではヘビサイド関数を表現出来ます。
現象は捉え方次第で色々な観測が出来て
周波数軸の観点で物事を考える時と
実座標軸(長さの観点)で考える時と
数式上の表現が異なります。
工学的にこの視点を応用した解析も
実用上で非常に便利に利用されていて
市販品のアナライザーで簡単に
業務解析をする事が出来ます。


ブラケット記法とは日本語で「括弧」
の記号を使った表記です。その定式化では
カギカッコ<>の形の 「<」 の部分
だけを「ブラベクトル」と呼び
カギカッコ<>の形の 「>」 の部分
だけを「ケットベクトル」と呼びます。
非常に分り易い表現でブラの部分がベクトル量
に相当してケットの部分が、それと作用するベクトル量に相当する定式化です。作用する前のケットが固有値を持つ場合に固有状態を持つと表現されます。ここでのベクトルがヒルベルトベクトル(無限次元に対応)であることが学部時代の私にとって感動的でした。一瞬にして物理量に対応する状態が記述された気がしました。一次元が線で、二次元が平面で、三次元が立体空間だというくらいしか想像がつかなかった高校時代から想像は大きく膨らみ、いきなり無限次元に話が拡張したのです。一つのベクトルが多くの情報を担います。他方でデルタ関数は観測が一瞬にして波束の収縮を引き起こす様子を表現していると思います。こうした定式化をディラックは進め、理論から提唱される物質を考え出しています。具体的に反物質と呼ぶ存在がいくつも提唱され、見つかっています。反物質は寿命が通常の物質より若干短かったりしますので日常的ではありませんが、粒子の生成消滅を論じたりする際に大事な要素です。陽子には反陽子があり中性子には反中性子があります。


そして、何よりディラックは無口な人です。多くの成果を出していく中で各国の物理学会で招待する動きがあって日本にも来ていたようです。ただ性格が性格でですので余り逸話が残っていません。「仁科さんとお茶飲んだ時に・・・」みたいな話が残っていないのです。無論、歳下の朝永さんとか湯川さんは尚更の事、話しづらかったと思えます。話しかけても無言だったのでしょう。多分オランダでも日常会話はほとんどなかったと思われます。ケンブリッジでは「1Dirac」という単位を使われていました。仲間内での意味としては
「1Word/1Hours」が「1Dirac」に相当して
一時間あたりに単語二つを使ったら「2Dirac」消費されたとして換算されました。ディラックは一時間に数Dirac程度しか言葉を残さなかったそうです。


しかし、そんなディラックは真面目な性格、人を騙さない性格もあって周囲から大事にされていた様子が伺われます。このブログのTOP画面で使っている集合写真でも真ん中の列の中央に居ます。若き天才ディラックをアインシュタインやキューリ夫人が尊重して「君の研究は素晴らしい。これからも頑張って下さいよ!」といった気持で尊重しているような気がするのです。そして、
ディラックはイギリスの伝統を受け継いだ人でもあります。
ケンブリッジではルーカス教授職を務めました。この名誉は初代・アイザック・バローから始まり二代目・アイザック・ニュートンと続き、最近では宇宙論で名を成したS・W・ホーキング博士が受け継いでいます。





以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
問題点に対しては
適時、返信・改定をします。


nowkouji226@gmail.com


2020/08/17_初稿投稿
2021/09/09_改定投稿


詳しくはコチラへ→【テキストポン】


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E・マッハ
【1838年生まれ-9/9原稿改定】

「マッハ」の原稿を投稿します。原稿文字数は4205文字です。また、アマゾンアソシエートのリンク掲載に関して最後に記載しました。アマゾン関連の作業は嫁任せでしたがサイトの運営として記載します。読者満足度を考え関連書籍を記載します。作業として7月からの四半期で登場場所別に再考しています。この後、時代別のリライトを行います。また、学術論文を読む時には英語必須、他国の方と議論の時にも英語必須です。少しでも話せるようになる機会は大事ですので、オンライン英会話をご紹介しています。別途、個別の人物の追加もトピックスのご紹介もしていきたいです。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】【1838年2月18日 ~ 1916年2月19日】



マッハの人生


以前ご紹介した石原さんはアインシュタイン直後の時代の一人、今回はご紹介するエルンスト・マッハはアインシュタインに影響を与えた一人です。その存在と考え方は当時の物理学会と思想に大きな影響を与え、後の認識論に影響を与えました。ボルツマンプランクがマッハの議論の土台を参照して独自の論理を展開していきます。マッハは最終的には国の政治に参加していたようです。そんな議論を進めたマッハの業績はとても大きいと思います。また、マッハは最初の科学史家だと言われています。昔から正しいと言われてきた科学に関わる方法論を一つ一つ再定義・確認して議論していったのです。



マッハの業績と独自性


エルンスト・マッハはオーストリアに生まれた


物理学者です。その研究範囲は


数学・物理学・感覚分析・心理分析に及びます。


マッハの残した業績はまさにパラダイム
シフトと呼べます。それは時間と空間の
概念に対しての挑戦でした。そもそも、
ニュートン以降の時代に、空間の概念は
絶対空間・絶対時間しかありませんでした。
背景として神様の概念に端を発する世界観
があったのです。宇宙も自然も神の作り
たもうた産物だと万人が考えていました。


所がマッハの考え方は徹底的に相対的です。
マッハの考え方によると空間は全て相対的で絶対空間という概念は設けません。論理的に考えて絶対空間の意義を感じない所が凄いのです。時間に関しても同様で絶対空間で流れる時間に意義を感じていません。後に議論される双子のパラドックスを知ると、複数の系を考える時にもっと我々には設定が必要な筈なのですが、そこまで議論を進めるべきなのです。


アインシュタインはそこを考え抜き相対論
に至ります。新しい考えを哲学的思考
方法で打ち出し、明確なメッセージ
を伝えたマッハの業績は素晴らしかったです。
晩年のマッハをアインシュタイン
表敬訪問しています。


 

マッハの進めた認識改革


またマッハは物理学に於ける認識の変革


にも大きく関わりました。ボルツマン


プランクらの実在論に対してマッハは


実証主義を展開し、自然に対する測定を


通じた認識の問題を議論しました。


観測者の感覚を重視した認識に対して


独特の立場をとっています。事物を認識


するのは認識者であって「個人個人の


感覚を通じて認識する過程」を含めて


マッハは議論を進めていったのです。


音速をこえる時の画像は万人に説得力を持ちます。
Photography of bow shock waves around a brass bullet, 1888


 ↑ cf;Wikipedia  パブリック・ドメイン ↑


我々は未だに音速を表現する際に「マッハ」


という単位で彼の名前を使い続けています。


それは後世・我々が出来た小さな評価、


とも言えるのでは無いいか、と私は思っています


論敵も多かったマッハでしたが、しっかりと


今に残る確かな足跡を残しています。



〆最後に〆


以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが
必ず返信・改定をします。


nowkouji226@gmail.com


2020/08/13_初稿投稿
2021/09/09_改定投稿


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【英訳】



Mach life


Mr. Ishihara, who I introduced earlier, was one of the people immediately after Einstein, and Ernst Mach, who I will introduce this time, was one of the people who influenced Einstein. Its existence and way of thinking had a great influence on the Physical Society of Japan and ideas at that time, and influenced later epistemology. Boltzmann and Planck develop their own logic by referring to the foundation of Mach's argument. It seems that Mach eventually participated in national politics. I think Mach's achievements in promoting such discussions are very large. Mach is also said to be the first historian of science. He redefined, confirmed, and discussed science-related methodologies that have long been said to be correct.



Mach achievements and uniqueness


Ernst Mach is an Austrian-born physicist. His research interests cover mathematics, physics, sensory analysis, and psychological analysis.


The achievements left by Mach are just a paradigm
You can call it a shift. It's time and space
It was a challenge to the concept. in the first place,
In the post-Newton era, the concept of space was
There was only absolute space and time.
A world view that originates from the concept of God as a background
There was. The universe and nature are made by God
Everyone thought it was a product of humanity.


However, Mach's way of thinking is completely relative.
According to Mach's idea, all spaces are relative and do not have the concept of absolute space. It is amazing that I think logically and do not feel the significance of absolute space. The same is true for time, and I don't feel the significance of time flowing in absolute space. Knowing the twin paradox that will be discussed later, we should have more settings when considering multiple systems, but we should proceed to that point.


Einstein thinks about it and comes to the theory of relativity. Mach's achievements in delivering his new ideas in a philosophical way and delivering a clear message were wonderful. Einstein pays a courtesy visit to Mach in his later years.



Mach's cognitive reform


Mach was also heavily involved in the transformation of cognition in physics. Mach developed positivism against the realism of Boltzmann, Planck and others, and discussed the problem of cognition through measurement of nature.


He takes a unique position on the observer's sense-oriented perception. It is the recognizer who recognizes things, and Mach proceeded with the discussion, including the process of recognizing things through individual senses. Images when the speed of sound is exceeded are persuasive to everyone.


We still continue to use his name in the unit "Mach" when expressing the speed of sound. I think it can be said that it is a small evaluation that we have made in posterity.


He was Mach, who had a lot of controversy, but he has a solid footstep that remains.