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2024年10月02日

小出昭一郎
10/2改訂【分かり易い教科書|金属錯塩の光スペクトルを研究】

こんにちは。コウジです。
小出昭一郎の原稿を改訂します。


今回の改定点はリンク切れ情報の改定です。
また、細かい文章も再考しています。しっかり正確に。
そして沢山情報が伝わるように努めます。


分光器
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【1927年3月25日生まれ ~ 2008年8月30日没】


小出昭一郎は多くの専門書を残した事
で知られています。東京に生まれ
東京帝大で学びました。第5回
ソルベー会議が開かれた年に生まれています。


教育に時間を捧げた人生だったのでしょうか。研究成果としては余り伝わっていません。ただ、金属錯塩の光スペクトルを研究していたようです。そこで手掛かりとして錯体について調べを進めてみます。錯体とは広義には、「配位結合や水素結合によって形成された分子の総称」(Wikipedia)狭義には、「金属と非金属の原子が結合した構造を持つ化合物」です。(Wikipedia)


何だか亀の甲羅みたいな記号が沢山出てきます。
そこからもう少し考えてみると、
光の吸光や発光に伴い対象物資内の
「状態遷移に関する情報」が得られるのです。
そしてそこから、電磁気特性や、
触媒の効果が理解出来るかと。


具体的に主な錯体としては
アンミン錯体_テトラアンミン銅錯体_[Cu(NH3)4]^2+
シアノ錯体_ヘキサシアニド鉄錯体_[Fe(CN)6]^4-[Fe(CN)6]^3+
ハロゲノ錯体-テトラクロリド鉄錯体_[Fe(CN)6]^4-[FeCl4]-
ヒドロキシ錯体 - アルミン酸_[Al(OH)4]-(または_[Al(OH)4(H2O)2]-
などがあるようです。


ただ、当時の日本物理学は
本丸を攻めきれてはいなかったのですね。
そう感じるのは現象整理に終始した研究内容
であると思えるからです。しかし、しかし、
私はその関心の中に大事なものを感じます。
たとえば対称性を考える時にこうした研究が
大いに有益だかと思えるからです。


プランクの黒体輻射理論発表から数十年がたち、
欧州ではハイゼンベルグが1925年に書いた論文を皮切りに
急速に各国
で議論が拡大されていた時代です。


小出昭一郎の暮らした敗戦国日本は
戦前・戦後の混乱の中で情報がどこまで
取れていたのでしょうか。また日本で、
どんな議論がされていたのでしょうか。


リアルタイムで議論が進まない環境で、
ソルベー会議等の成果をタイムラグのある中で
把握しています。学会誌を見る度に興奮した筈です。


小出昭一郎はそんな中でも量子力学の
理解を進め国内に広めていたのです。
そして、何より後進を育てていたのです。
小出昭一郎は多くの教科書で
物理の世界を紹介していました。
イメージを作ってくださいました。



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問題点には適時、返信・改定をします。


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(2021年11月時点での対応英訳)


Shoichiro Koide left behind many specialized books
Is known for. He was born in Tokyo and studied at Tokyo Imperial University. He was born in the year the 5th Solvay Conference was held.


Was he a life devoted to education? The results of his research have not been well communicated. However, he seems to have been studying the optical spectrum of metal complex salts. So he goes on to investigate the complex as a clue. In a broad sense, a complex is a "generic term for molecules formed by coordination bonds or hydrogen bonds" (Wikipedia). In a narrow sense, it is a "compound having a structure in which metal and non-metal atoms are bonded" (Wikipedia).


There are many symbols like the shell of a turtle. If you think about it a little more, you can get information about the state transition in the object as the light absorbs and emits light. And from there, can we understand the electromagnetic characteristics and the effect of the catalyst?


Specifically, the main complex
Ammine complex_Tetraamminecopper complex_ [Cu (NH3) 4] ^ 2 +
Cyanide complex_Hexacyanide iron complex_ [Fe (CN) 6] ^ 4- [Fe (CN) 6] ^ 3 +
Halogeno Complex-Tetrachloroauric Acid Complex _ [Fe (CN) 6] ^ 4- [FeCl4]-
It seems that there are hydroxy complexes – aluminate _ [Al (OH) 4]-(or _ [Al (OH) 4 (H2O) 2]-, etc. However, Japanese physics at that time was not able to attack Honmaru. It was.


Decades have passed since the announcement of Planck's theory of blackbody radiation, and in contrast to the times when discussions were taking place in other countries, Japan, the defeated country where Shoichiro Koide lived, was able to obtain information in the prewar and postwar turmoil. Was it?
In an environment where discussions do not proceed in real time, we grasp the results of the Solvay Conference with a time lag. Every time I read an academic journal, I should be excited.


Even so, Shoichiro Koide promoted his understanding of quantum mechanics and spread it throughout the country.
And, above all, he was raising the younger generation.
Shoichiro Koide introduced the world of physics in many textbooks.



2024年10月01日

西島 和彦
10/1改訂【素粒子のパラメターであるストレンジネスを提唱】

こんにちは。コウジです。
西島 和彦の原稿を改訂します。


今回の改定点はリンク切れ情報の改定です。
また、細かい文章も再考しています。しっかり正確に。
そして沢山情報が伝わるように努めてます。


物質の究極像
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【1926年10月4日生まれ ~ 2009年2月15日没】



 西島和彦の生い立ち


西島和彦は茨城県に生まれました。
東大を卒業後に大阪市立大学で教鞭
をとります。その後、イリノイ大学の後に
東京大学、京都大学で教鞭をとります。


そんな経歴の中において、西島和彦の業績として特筆すべきは
ストレンジネスの提唱でしょう。ストレンジネスは
素粒子の性質を吟味していく中で有用な概念です。


西島和彦が活躍した当時は電荷量バリオンといった
値が知られていたようですが、それに加えてストレンジネスといった
パラメターを西島和彦は導入して、素粒子の性質を語る
礎を固めていったのです。



  素粒子と西島和彦


西島和彦が素粒子を考えていく中で、特定の粒子と反粒子が
対になって生成される場合が多く見受けられたりしましたが、
そのメカニズムは説明されていませんでした。


生成にかかる時間を考察して、
反応の中間に存在するであろう中間子を考察
していったのです。保存される量として質量の他に別の量を
考えていき、散乱断面積の計算を追従し辻褄(つじつま)
の合う理論を構築します。果てしない思考の作業です。


西島和彦は学生時代に中野董夫、
マレー・ゲルマンとストレンジネスを法則化
しました。強い相互作用や電磁相互作用
において反応の前後でストレンジネスが
保存されるのです。そうした物理量を一つ一つ
生み出していく事がとても大事です。



 西島和彦とストレンジネス


西島和彦らが考え出したストレンジネスは直接観測にかかる
ものでは無く、反応の前後で、ストレンジクォークと
反ストレンジクォークの数を使って定義されます。


そして、ストレンジネスを使った中野西島ゲルマン・モデルは
坂田模型やSU3と呼ばれるモデルへ、クォークモデルと繋がり
素粒子の振る舞いを明らかにしていくのです。


そして、統一的な現象理解へと繋がるのです。




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History of Kazuhiko Nishijima


Kazuhiko Nishijima was born in Ibaraki prefecture.
He teaches at Osaka City University after graduating from the University of Tokyo
Take. Then he came after the University of Illinois
He teaches at the University of Tokyo and Kyoto University.


In such a career, the most notable achievement of Kazuhiko Nishijima is the advocacy of strangeness. It seems that values ​​such as charge amount and baryon were known at that time


while examining the properties of elementary particles, but in addition to that, Kazuhiko Nishijima introduced parameters such as strangeness and the foundation for talking about the properties of elementary particles. Was solidified.



Elementary particles and Kazuhiko Nishijima


While Kazuhiko Nishijima was thinking about elementary particles, it was often seen that specific particles and antiparticles were formed in pairs, but the mechanism was not explained. He considered the time it took to generate and the mesons that would be in the middle of the reaction. He considers other quantities in addition to mass as the quantity to be conserved, and follows the calculation of the scattering cross section to construct a theory that fits the bill. He is an endless task of thinking.


Kazuhiko Nishijima made strangeness a law with Tadao Nakano and Murray Gell-Man when he was a student. Strangeness is preserved before and after the reaction in strong and electromagnetic interactions. It is very important to create such physical quantities one by one.



Kazuhiko Nishijima and Strangeness


The strangeness devised by Kazuhiko Nishijima et al. Is not directly related to observation, but is defined using the number of strange quarks and anti-strange quarks before and after the reaction.


Then, the Nakano Nishijima German model using strangeness connects with the quark model to the Sakata model and the model called SU3, and clarifies the behavior of elementary particles.


And it leads to a unified understanding of the phenomenon.



2024年09月30日

小柴昌俊
9/30改訂【やればできる|素粒子の一つであるニュートリーを観測】

こんにちは。コウジです。
小柴昌俊の原稿を改訂します。


今回の改定点はリンク切れ情報の改定です。
また、細かい文章も再考しています。しっかり正確に。
そして沢山情報が伝わるように努めてます。


ニュートリーノで探る
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【1926年9月19日生まれ ~ 2020年11月12日没】



小柴昌俊と新しい分野


小柴昌俊は物理学の新しい分野を切り開いた先人でした。


2020/11/12の夜に老衰の為、東京都内の病院で


お亡くなりになりました。大きな仕事を


成し遂げた後での享年94歳の大往生です。


小柴昌俊は物質の基本元素を構成する素粒子の1つである
ニュートリノを観測にかける事に成功しました。
その結果をもとに今ではニュートリノ天文学
という新しい分野を確立しています。



基本粒子ニュートリーノ 


ニュートリーノは星の進化過程で発生する基本粒子です。


驚いたことに、ニュートリーノを観測にかけたのは、
小柴昌俊が東京大学を定年退官する一月前の観測でした。


強運を指摘された小柴氏は
「運はだれにでも等しく降り注ぐが、捕まえる準備を
しているのか、していないのかで差がつく」(のですよ)、
と反論しました。強運の一言で片づけられないほど
沢山の実験をして、議論をして、下準備をしてきたから、
このように語れたのでしょう。
その前に沢山の知恵を巡らしてみたのでしょう。


東京大学宇宙線研究所に所属している梶田隆章は
小柴昌俊の弟子にあたりますが、ニュートリーノに
質量がある事を示しノーベル賞を受けています。


また、戸塚洋二も小柴昌俊の弟子にあたります。
小柴昌俊は朝永振一郎から可愛がられた若かりし時代を経て
梶田隆章教授、戸塚洋二教授を育てたのです。



小柴昌俊のカミオカンデ


晩年の小柴昌俊は岐阜県飛驒市にある鉱山地下、1000メートルに
3000トンの水を使った、巨大装置である通称「カミオカンデ」
を建設し、天体からのニュートリノを観測することに世界で初めて
成功しました。その装置ではニュートリーノが飛来する方向、
観測した時刻、エネルギー分布を明確に検出します。


その装置を使い小柴昌俊は実際に観測をしました。
カミオカンデの主目的はニュートリーノではありません
でしたが、ニュートリーノも観測したい、
という2段作戦で成功を得たのです。


執念の男・小柴昌俊はそうした結果を使い
ニュートリーノ物理学を進めたのです。
何より彼は大変な努力家でした。
そして温かい人柄で他人に接し、テレビでの
言動を覚えている人は多いのではないでしょうか。 


そして情熱家でした。科学に対する限りない愛を感じます。
そんな男が大きな仕事を成し遂げた後、
静かな眠りに落ちたのですね。


大きなお悔やみを申し上げます。合掌。




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Masatoshi Koshiba and new fields


Masatoshi Koshiba was a pioneer who pioneered a new field in physics. He died at a hospital in Tokyo on the night of November 12, 2020 due to senility. He is 94 years old after completing a big job.


Masatoshi Koshiba succeeded in observing neutrinos, which are one of the elementary particles that make up the basic elements of matter. Based on the results, we are now establishing a new field called neutrino astronomy.



Elementary particles Nutrino


Nutrino is an elementary particle generated during the evolution of stars.


Surprisingly, it was one month before Masatoshi Koshiba retired from the University of Tokyo that he went to observe Nutrino. Mr. Koshiba, who was pointed out for good luck, argued, "Luck falls equally on everyone, but it makes a difference whether you are preparing to catch it or not." I've done so many experiments, discussions, and preparations that I can't put away with just one word of luck.
I think he said this.
Before that, I think I tried a lot of wisdom.


Takaaki Kajita, who belongs to the Institute for Cosmic Ray Research, the University of Tokyo, is a disciple of Masatoshi Koshiba, but has received the Nobel Prize for showing that Nutrino has mass. Yoji Totsuka is also a disciple of Masatoshi Koshiba. Masatoshi Koshiba raised Professor Takaaki Kajita and Professor Yoji Totsuka after a young age loved by Shinichiro Tomonaga.



Masatoshi Koshiba's Kamiokande


Masatoshi Koshiba was the first in the world to succeed in observing neutrinos from celestial bodies by constructing a huge device known as "Kamiokande", which uses 3000 tons of water at 1000 meters underground in a mine in Hida City, Gifu Prefecture. bottom. The device clearly detects the direction in which the nutrino arrives, the time of observation, and the energy distribution.


Masatoshi Koshiba actually made observations using the device. Kamiokande's main purpose was not Nutrino, but he succeeded in a two-stage operation in which he wanted to observe Nutrino as well. Masatoshi Koshiba used these results to advance Nutrino physics. Above all, he was a hard worker. And he was a passionate person. He feels an endless love for science. After such a man did a big job, he fell asleep quietly, didn't he? He has great condolences. Gassho.



2024年09月29日

江崎玲於奈
9/29【トンネル効果を応用してポテンシャル障壁を突破】

こんにちは。コウジです。
江崎玲於奈の原稿を改訂します。


今回の改定点はリンク切れ情報の改定です。
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トンネル効果
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【1925年3月12日生まれ ~ 【ご存命中】 】



概説


江崎玲於奈は先の世界大戦時代の物理学者です。
2025年の3月に100歳になられるはずです。
電子デバイスを発明してスゥエーデンのグスタフ国王から
ノーベル賞を受けています。


量子力学を深く理解して、その原理を応用した
トンネル効果を応用したデバイスを作り出しています


因みに、このグスタフ国王って面白い人で、
結婚式の披露宴にABBAを呼んだら新曲の
ダンシング・クィーンを披露してくれて、
それが世界的な大ヒットになったという逸話なんかがあります。


その国王が26歳で初めてノーベル賞を手渡した一人が
江崎玲於奈だったのです。別の一人はブライアン・ジョゼフソン
でした。1973年、江崎玲於奈48歳の時でした。


そこで彼は国王に『自然科学の成果を称える式典では
「人種や差別無く」違った国から人々が集まってくるのだ』
、と喜びを伝えました。



江崎玲於奈の業績


デバイス工学においてミクロの性格を応用することは
とても重要です。対象としているデバイスの中で量子的な
性格が顕著に表れる部分を応用すると従来の考えでは
予測できなかったような機能が使えるようになったのです。


具体的にはゲルマニウムを対象として考えた時に、
そのPN接合幅に注目します。


そこにおける伝導電子の波動的側面が伝導率に関わり、
接合幅を薄くしていった時に量子効果が表れたのです。
接合幅を薄くしていった時に、、、、
(ポテンシャルを考えた時に)
通過できない筈の場所を電子が
通過するイメージです。


実空間で想像して、「ポテンシャルの壁」を何故か
通過してしまう実験系を考えてみて下さい。
まさに量子的な効果なのです。



晩年の江崎玲於奈


江崎玲於奈は学者という立場で活躍した後、
筑波大学等で教育者として活躍しています。


第2の人生をしっかり歩んでいて、
とても尊敬出来ます。


更に語りたい部分はありますが、江崎玲於奈氏はご存命中なのでここまでと致します。更新のたびに幾つかのサイトでご存命であると確認していますが、少しでも長生きして頂きたいです。書き足したい気持ちはありますが、半面で今は少しでも静かに長生きして頂きたいと思っています。


2024年9月時点で99歳。
最高齡の日本人ノーベル賞受賞者
としてご存命中です!!



〆最後に〆


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Overview


Leo Esaki was a physicist from the previous World War era. She invented the electronic device and received the Nobel Prize from King Gustav of Sweden. She has a deep understanding of quantum mechanics and is creating devices that apply the tunnel effect that applies that principle. By the way, there is an anecdote that King Gustav was an interesting person, and when he invited ABBA to a wedding reception, he performed a new song, Dancing Queen, which became a big hit worldwide. Leo Esaki was the first person to hand over the Nobel Prize at the age of 26. Another was Brian Josephson. In 1973, Leo Esaki was 48 years old. So he rejoiced to the King, "At ceremonies celebrating the achievements of the natural sciences, people come from different countries" without race or discrimination. "



Achievements of Leo Esaki


It is very important to apply the micro character in device engineering. By applying the part of the target device where the quantum character appears prominently, it became possible to use functions that could not be predicted by conventional thinking. Specifically, when considering germanium, pay attention to its PN junction width. The wave-like aspect of the conduction electron there is related to the conductivity, and the quantum effect appears when the junction width is narrowed. It is an image of electrons passing through places that should not be able to pass when considering the potential. Imagine in real space and think of a system that somehow passes through the "potential wall". It's just a quantum effect.



Leo Esaki in her later years


After Leo Esaki was active as a scholar, she is active as an educator at the University of Tsukuba. She has a solid second life and she is very respectable. There is something I would like to talk about, but since Leo Esaki is still alive, I will end here. She wants to add more, but on the other hand she wants her to live a little quieter and longer.




2024年09月28日

中嶋 貞雄
9/28改訂【日本で超電導現象の土台を作っていた人|低温電子物性】

こんにちは。コウジです。
中嶋 貞雄の原稿を改訂します。


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超伝導
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 物理学者の中嶋貞雄


映画監督で似た名前の方が居ますが
映画監督の方は貞夫と書きます。
物理学者の中嶋さんは貞雄と書きます。
中嶋貞雄は私が昔使っていた量子力学での
教科書の著者でした。(発行元は岩波書店)


東京大学を卒業後に名古屋大で教授を務め、
東大物性研の所長を務めています。
超伝導現象の理論化に先鞭をつけた方です。


超電導の議論史の中で有名な
エピソードがありますのでご紹介します。



 バーディンと中嶋貞夫


中嶋貞雄は低温物理の物性に関わる研究をしていきました。
そんな中で
名古屋で会議が開かれ、くりこみ理論を応用した
低温電子物性の議論をします。
その話にアメリカのバーディーン
が着目し、
講演内容のコピーを中嶋に求めました。


その時点ではカメリー・オネスの発見した超伝導現象は
実験的に示されていま
したが理論的な説明はなされてません。
バーディーンはそれを作ろうとしていたのです。


個別電子のモデルはありましたがその電子が
集団励起していく姿は誰も想像していませんでした。


中嶋はきっと研究の方向性に自信を持った事でしょう。
半導体の大家と一緒に現象を追求したのです。
後に名古屋駅で
バーディンにコピーを渡します。


バーディンは帰国後に英訳し、共同研究者であるクーパー・
シュリーファーと共に
考察を進め、クーパー対のアイディア
を盛り込み、
BCS理論を完成させます。日本でなくアメリカ
で生まれた事が残念ですが、
そうした議論の端緒は
日本でも芽生えて
いたのです。



 科学技術と我々


私は科学技術は人類が共有する財産だと思っています。
それだから、
コピーを届けた中嶋貞雄の行為は正しかった
と感じています。これからの若い研究者達も知を共有して
育んで欲しいと思います。
そうした行為が、
最後には日本の発展に
繋がっていくと信じています。
そして、世界人類の発展に繋がっていくと信じています。


最後は信念とか、
宗教っぽい話になりましたが
感動・情熱から繋がる話
ではないでしょうか。




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Physicist Sadao Nakajima


There is a movie director with a similar name, but I write that as Sadao. This is written as Sadao. Sadao Nakajima was the author of a textbook on quantum mechanics that I used to use. (Published by Iwanami Shoten) He is a professor at Nagoya University after graduating from the University of Tokyo, and is the director of the Institute for Solid State Physics of the University of Tokyo. He was a pioneer in theorizing superconducting phenomena. I would like to introduce a famous episode in the history of superconductivity discussions.



Birdin and Sadao Nakajima


Sadao Nakajima has been conducting research related to the physical properties of low temperature physics. Under such circumstances, a conference will be held in Nagoya to discuss low-temperature electronic properties applying the renormalization theory. Bardeen of the United States paid attention to the story and asked Nakajima for a copy of the lecture. At that time, the superconducting phenomenon discovered by Kamerlingh Ones was experimentally shown, but no theoretical explanation was given. Bardeen was trying to make it.


Nakajima must have been convinced of the direction of his research. He later gives a copy to Birdin at Nagoya Station. After returning to Japan, Bardeen will translate it into English, discuss it with his collaborator Cooper Schriefer, incorporate ideas for Cooper vs., and complete the BCS theory. It's a pity that I was born in the United States instead of Japan, but the beginning of such discussions was also budding in Japan.



Science and technology and us


I think science and technology are a property shared by humankind. Therefore, I feel that Sadao Nakajima's act of delivering the copy was correct. I hope that young researchers in the future will share their knowledge and nurture them. I believe that such actions will eventually lead to the development of Japan. And I believe that it will lead to the development of humankind in the world.


At the end, it was a belief or a religion-like story, but I think it is a story that connects with emotion and passion.


2024年09月27日

P・アンダーソン
9/27改訂【”More is different”と語った物性論の大家】

こんにちは。コウジです。
アンダーソンの原稿を改訂します。


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 物性論の大物、アンダーソン博士


その名の綴りは”Philip Warren Anderson”。


物性研究で有名なアンダーソン博士をご紹介します。


所属研究機関としてはハーバード大で学びベル研・ケンブリッジ大・
プリンストン大学
で勤務しました。米国や英国の綺羅星が並んでます。
素晴らしい研究人生です。


アンダーソンの研究で先ず思いつくものは
アンダーソン局在です。


無秩序系における電子の基本的な性格で、物性論の一つの基礎原理
になっています。
その理論では電子が実空間上で局在した状態は
非局在の状態と明らかに異なりエネルギー的に区別されます。



 アンダーソンと磁性


当たり前ですが、超電導の話で出てくる位相空間での局在と
実空間でのアンダーソン局在は明確に区別する必要があります。
アンダーソン局在では電子が空間的に局在するので、
電気伝導について考えた時に
「固体中の電子が電導に寄与しなくなる」という事実が大事です。
導体が不導体に近いづいていくのです。


更にアンダーソンは、長さ・時間のスケールを変換する理論を
スケーリング理論として展開して
理論を発展させたのです。


また、磁性を紐解く解釈も行っています。こういった業績を評価され、
アンダーソンは
ノーベル物理学賞を受賞しています。
とある研究によると、論文引用の頻度から評価してアンダーソンは世界で
「最も創造的な物理学者」だという位置づけを得ています。


そしてアンダーソンは 東京大学から名誉博士号を贈られています。
その記念として
物性研で記念植樹されていたようですが、
赤坂・防衛省の近くでしょうか。柏でしょうか。
何時か見に行きたいと思います。


最後に、アンダーソンの
残した言葉を一つご紹介します。


”More is different”


アンダーソンは多様性の中から秩序を拾い出していました。皆さんも多様性に怯まないで下さい。寧ろ、多様性の中で
逍遥する心持で複雑怪奇の中で物事の本質を探って下さい。


数学的な手法に拘って、何度も検算を繰り返してみても良い
と思えます。数学はあくまで現実のモデル化なのですが、
本質に近いことが多いです。また、
別解を探してみると面白いかもしれません。

少しでも多くの手法で考え続けて下さい。私も励みます。



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Dr. Anderson, a big figure in condensed matter theory


The spelling of the name is "Philip Warren Anderson". Introducing Dr. Anderson, who is famous for his research on physical properties. As his research institute, he studied at Harvard University and worked at Bell Labs, Cambridge University, and Princeton University. He is lined with Great Britain in the United States and Britain. He has a wonderful research life.


The first thing that comes to mind in Anderson's research is Anderson localization. It is the basic character of electrons in a chaotic system, and is one of the basic principles of condensed matter physics. According to the theory, the state in which electrons are localized in real space is clearly different from the delocalized state and is energetically distinguished.



Anderson and magnetism


Obviously, it must be clearly distinguished from the localization in topological space mentioned in the story of superconductivity. In Anderson localization, electrons are spatially localized, so the fact that "electrons in a solid no longer contribute to the Hall of Fame" is important when considering electrical conduction. The conductor is getting closer to the non-conductor.


In addition, Anderson developed his theory by developing the theory of transforming the scale of length and time as a scaling theory.


He also interprets magnetism. In recognition of his achievements, Anderson has won the Nobel Prize in Physics.


According to one study, Anderson is positioned as the "most creative physicist" in the world, judging by the frequency of his dissertation citations.


Anderson has received an honorary doctorate from the University of Tokyo. It seems that a commemorative tree was planted at the Institute for Solid State Physics as a memorial, but is it near the Akasaka Ministry of Defense? Is it Kashiwa? I would like to go see it someday.


Finally, Anderson's
I would like to introduce one word he left behind.


“More is different”


Anderson was picking order out of diversity. Don't be scared of diversity. Rather, explore the essence of things in a complex mystery with a feeling of wandering in diversity. I think it's okay to repeat the checkup many times, regardless of the mathematical method. Mathematics is just a modeling of reality, but it is often close to the essence. Also, it may be interesting to look for another solution. Keep thinking in as many ways as you can. I also encourage you.


2024年09月26日

南部 陽一郎
9/26改訂【自発的対称性の破れを使って素粒子を研究|大戦時はレーダー研所属】

こんにちは。コウジです。
南部 陽一郎の原稿を改訂します。


今回の改定点はリンク切れ情報の改定です。
また、細かい文章も再考しています。
しっかり正確に。そして沢山伝わるように努めてます。



対称性の破れ
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【1921年1月18日生まれ ~ 2015年7月5日没】

 戦時下の南部陽一郎


南部 陽一郎は第二次世界戦時に理学を志しました。
まさに時は戦時中。彼の頭脳は武器製造に貢献できる
と判断されて陸軍のレーダー研に配属されました。


戦時下ではどんな研究をしていたんでしょうね。
そして、どんな気持ちだったのでしょうね。


戦争の前後で東京帝国大学で研究を進めます。
戦後、南部 陽一郎は朝永 振一郎のグループで研究を続けます。
そして物質を構成する原子を考えていき、
今に続く素粒子論を完成させていきます。



南部陽一郎と自発的対称性


 南部陽一郎の新規性は真空概念の再考でしょう。


「特定の対称性をもった物理系がエネルギー


で色々な状態を考えた時に的に、より


安定な真空状態に自発的に落ち着く」のです。


BCS理論でのクーパ対生成はこの考え方


に従っています。電子対の生成が「安定」です。


中間子をひもとき、素粒子間の総合作用を考え、
その形成に関して実験事実と、つじつまの合う
理論を展開していきます。


そうした研究を重ね南部陽一郎は「自発的対称性の破れ」で
ノーベル賞を受賞しています。


南部陽一郎の話の組み立てとしては、
強磁性体の自発磁化状態(外部からの磁場無しで
内部磁気モーメントを揃えている状態)が温度上昇に伴い
磁化を失う状態を考え、ラグラジアンを巧みに使い
素粒子に適用しているのです。


また彼は量子色力学や紐理論でも成果を上げています。



そういえば、


南部洋一郎は私が学生時代に使っていた教科書の著者でした。
その時点で米国の国籍を得ていた記憶
があり、
研究者に対しての日本での待遇に疑問を抱いたものです。


私は理論物理学の研究室に所属して居ましたが、
卒業後も研究を続けて研究者として身を立てている仲間は
今では数えるほどしかいません。多くは私のように、
民間の会社に所属して物理学とは全く関係のない業務に従事しています。


少子化という流れもありますが名誉職としての教授に対して
日本社会の扱いは低いとも感じていました。
狭き門である事に加えて扱いが低いのです。
そして、南部陽一郎のような優秀な頭脳は
どんどん海外に流出していきます。 


それだから


南部 陽一郎がアメリカに帰化した気持ちは


少しは理解出来る気がするのです。




以上、間違い・ご意見は
以下アドレス迄お願いします。
適時、返信改定をします。


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2020/09/10_初版投稿
2024/09/26_改定投稿


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Yoichiro Nambu during the war


Yoichiro Nambu aspired to his research during World War II. However, the time is during the war. Judging that his brain could contribute to the manufacture of weapons, he was assigned to the Army's Radar Lab. What kind of research did he do during the war? And what was your feeling? Before and after the war, he pursued research at the University of Tokyo. After the war, Yoichiro Nambu continued his research with Shinichiro Tomonaga's group. And he thinks about the atoms that make up matter, and completes the theory of elementary particles that continues to this day.



Spontaneous symmetry with Yoichiro Nambu


Yoichiro Nambu's novelty would be a rethinking of the vacuum concept. ・ "When a physical system with a specific symmetry considers various states with energy, it spontaneously settles into a more stable vacuum state." Cooper pair production in BCS theory follows this idea. The electron pair generation is stable.


We will consider the overall action between elementary particles when using mesons, and develop a theory that is consistent with experimental facts regarding the formation of mesons. After repeating such research, Yoichiro Nambu won the Nobel Prize for "spontaneous symmetry breaking". As for the construction of Yoichiro Nanbu's story, considering the state in which the spontaneous magnetization state of the ferromagnet (the state in which the internal magnetic moments are aligned without an external magnetic field) loses magnetization as the temperature rises, the Lagradian is skillfully used. It is applied to particles. He has also been successful in quantum chromodynamics and string theory.



by the way,


Yoichiro Nanbu was the author of the textbook I used when I was a student. I remember he had American citizenship at that time
I was skeptical about the treatment of researchers in Japan. I belonged to the laboratory of theoretical physics, but now there are only a few colleagues who continue their research after graduation and become researchers. Many, like me, belong to a private company and engage in work that has nothing to do with physics.


Although there is a trend toward a declining birthrate, I also felt that the treatment of Japanese society was low for professors as honorary positions. In addition to being a narrow gate, it is not easy to handle.


that is why


I feel that I can understand the feeling that Yoichiro Nambu was naturalized in the United States.


2024年09月25日

竹内均
9/25改訂【科学の啓蒙活動を続けた初代Newton編集長】

こんにちは。コウジです。
竹内均の原稿を改訂します。


今回の改定点はリンク切れ情報の改定です。
ご覧ください。(以下原稿)



科学雑誌NEWTON
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【1920年7月2日生まれ ~ 2004年4月20日没】


 竹内均のメガネ


私の中での竹内均さんのイメージは


特徴的な眼鏡かけたTVコメンテーターでした。


実際、
竹内均さんは文筆活動中もあんな感じだったそうです。
沢山本を出していますが、作業はテープレコーダ
への録音一辺倒です。文章に起こす秘書さんが居て
一緒に作業します。独特の書き方ですね。




それでもお人柄から悪い印象は持ちません。
人から好かれる性格ですね。竹内均は自分に厳しくて
子供に優しい人だったと言われています。


独特の喋り口調が印象的で通り易い声で
聴きやすいリズムで人に語りかけていました。


子供向けの伝記を沢山、監修していて
キューリー夫人伝」とか「エジソン伝」とかの表紙に
小さく竹内均の名前が入っていたりしました。


そんな啓蒙活動を考え続けて初代NEWTON編集長
として日本の一般向け教育書を作っていきます。

ちなみに、
非常に名前が似ていると思える方で
竹内薫さん
という方が居まして、私は時々混同してしまいます。
失礼。。。
本人がツイッターでコメしているように
「親戚ではありません(笑)」



 民衆と竹内均


物理学の理解には個人の勉強も必要ですが、
学問の性質上、万物を人がどう考えるか
(モデル化していき理解するか)
という論点が欠かせません。


個人が理解するという考え方と同時に日本人が、
そして人類が理解していくというプロセスが欠かせません。


大衆にも理解出来る物理モデルが作れた時に理論は出来上がる
のです。ギブスの文章を書くときに協調しましたが
「数学者と物理学者の視点は異なる」のです。


数学は論理として完結しているモデルであれば
現実と対応が付かないでも問題がないです。
そんなものです。


物理学は絶えず現実と対応する理論を作らないと
意味がありません。特定の事例で有効でも
大衆が間違えやすい理論を構築できないのです。


竹内均はそういった民衆との対話をとても大事にしていました。

 竹内均と地球物理学


竹内均の仕事を考えていくと寺田寅彦の系譜です。
具体的には直接の講義・指導を受けていない孫弟子
にあたります。


地球物理学に関心を持って、特にプレートテクトニクス理論
を広く広めています。実際に地面が少しずつ動いていく様子
を伝える際に物理学者として地球の内部構造や
境界面での様子を伝えたのです。
深い知見を持って伝えたのです。


そして何より、

竹内均さんの独特の「優しい言葉」で伝えたのです。


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2021/07/04_初版投稿
2024/09/25_原稿改定


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Hitoshi Takeuchi's glasses


The image of Hitoshi Takeuchi in me is

It is a commentator with characteristic glasses.

In fact, he was like that during his writing activities.

I have published a lot of books, but the work is a tape recorder

It's all about recording to. There is a secretary who wakes up in the text

Work together It's a unique way of writing.

 

Still, I don't have a bad impression from my personality. It's a personality that people like. Hitoshi Takeuchi is said to have been a strict and child-friendly person. His unique speaking tone was impressive, and he spoke to people with an easy-to-listen voice and an easy-to-listen rhythm. I supervised a lot of biographies for children, and there was a small name of Hitoshi Takeuchi on the cover of "Mrs. Curie's biography" and "Edison's biography". Continuing to think about such enlightenment activities, as the first editor-in-chief of NEWTON, I will make educational books for the general public in Japan as well.

People and Hitoshi Takeuchi


Understanding physics requires individual study, but due to the nature of scholarship, the issue of how people think of everything (modeling and understanding) is indispensable. At the same time as the idea of ​​individual understanding, the process of understanding by the Japanese and humankind is indispensable. The theory is completed when a physical model that can be understood by the general public is created. I collaborated when writing Gibbs' writing, but "the perspectives of mathematicians and physicists are different." If mathematics is a model that is complete as logic, there is no problem even if it does not correspond to reality. That's it. Physics is meaningless without constantly creating a theory that corresponds to reality. Hitoshi Takeuchi cherished such dialogue with the people.

Hitoshi Takeuchi and Geophysics


Considering Hitoshi Takeuchi's achievements, it is the genealogy of Torahiko Terada. Specifically, he is his grandchild who has not received direct lectures or guidance. He has an interest in geophysics and is particularly widespread in plate tectonics theory. As a physicist, he told us about the internal structure and boundaries of the Earth when he actually told us how the ground was moving little by little. He conveyed it with deep knowledge. And above all, I conveyed it with Hitoshi Takeuchi's unique "gentle words."




2024年09月24日

久保 亮五
9/24改訂【線形応答理論を使ったフーリエ変換NMR理論を展開】

デジタルフーリエ変換
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【1920年2月15日生まれ ~ 1995年3月31没】



物理学者久保亮五


久保亮五と同名(漢字違い)の別人が居ますが、
以下記載は物理学者に関する文章で、ここでの
久保亮五は統計力学で
私が使った教科書の著者です。


私の指導教官は久保先生の講義を受けていたそうです。
そんな時代の
物理学者についての記載です。


久保亮五は学者肌の家で育ち、中国文学者であった
お父様の仕事で子供時代には台湾で生活しています。
高校まで台湾で過ごし、帰国後に旧制高校へ入学、
東大へ入学、その後に助手、助教授、教授をつとめました。



久保亮五の業績 


久保亮五の仕事で何より特筆すべきは物性論での成果です。
ゴムの弾性に関する研究と、線形応答理論を使った
フーリエ変換NMRへの応用研究があげられます。


単純に「実験屋さん」とか「理論屋さん」と区別出来ません。
どちらも深く兼ね備えている研究を久保亮五はしたのです。
試料の純度が実験結果に大きく関わるような実験を
沢山の試行錯誤を重ねて一つ一つ成し遂げてきたのです。


久保亮五の基礎理論を構築したNMRの概説を
一般の人向けに記し
てみたいと思います。
先ず
フーリエ変換理論は端的には
「時系列の波形を周波数を基準に考えた
波形に変換し
て解析する技術」です。


そうした「数学的に確立されているフーリエ変換」
を理論的基礎として電子回路で応用されています。
離散化された電気信号に対して回路上で
実質的に
マトリクス変換を加えます。



久保亮五とNMR 


診察で実際にNMRを使った経験のある人はNMRの中で
測定を受けている時を思い出してみてください。

(Credit:Pixabay)
頭の中を調べる時などに、強磁場を人間の頭部に
二次元的に与えます。
その時に大きな音がしますが、
音がしている時に「時系列でインパルス的な情報」
機械的に処理して「周波数応答に関する情報」を得ます。


作業として、吸収スペクトルを測定することで
各スピンの情報を集め、そこから
最終的には
断面の画像を処理します。
(Credit:Pixabay)


最終的な写真で見える画像は、
これらの処理の結果です。


そして今、久保亮五はこの世に居ませんが、
その仕事を応用したNMRは世界中の病院で
患者達の情報を集めています。きっと今、
この瞬間も医療行為の中
NMRの機械が動い
ています。


【参考:東大理学部での退官当時の広報




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2024/09/24‗改定投稿


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Physicist Ryogo Kubo


There is another person with the same name (different Chinese characters) as Ryogo Kubo, but the following is a sentence about a physicist, and Ryogo Kubo here is the author of the textbook I used in statistical mechanics. My supervisor took a lecture. This is a description of physicists of that era. Ryogo Kubo grew up in a scholarly-skinned house and lived in Taiwan as his childhood for his father's work. He spent his time in Taiwan until high school, and after returning to Japan he entered a high school, the University of Tokyo, and then an assistant, associate professor, and professor.



Achievements of Ryogo Kubo


The most notable thing about Ryogo Kubo's work is the result of condensed matter theory. His research on the elasticity of rubber and his applied research to Fourier transform NMR using linear response theory can be mentioned. I would like to write an overview of NMR that Ryogo Kubo thought about for the general public. First of all, the Fourier transform theory is simply "a technology that converts a time-series waveform into a waveform that is considered based on frequency and analyzes it." Such "mathematical established Fourier transform" is applied in electronic circuits as a theoretical basis. Substantially matrix transformation is applied on the circuit to the discretized electrical signal.



Ryogo Kubo and NMR


If you have actually used NMR in a medical examination, remember when you were taking measurements in it. A strong magnetic field is applied to the human head two-dimensionally when examining the inside of the head. There is a loud noise at that time, but the impulse-like information is mechanically processed in that time series to obtain information on the frequency response. As a result, the information of each spin is collected by measuring the absorption spectrum, and finally the image of the cross section is processed from there. The image you see in the final photo is the result of these processes.


And now, Ryogo Kubo is not in the world, but NMR, which applies his work, collects information on patients at hospitals around the world. I'm sure I'm collecting this moment as well.


2024年09月23日

アイザック・アシモフ
9/23改訂【「ロボット3原則」で有名なSF作家】

こんにちは。コウジです。
アシモフの原稿を改訂します。


今回の改定点はリンク切れ情報の改定です。
ご覧ください。(以下原稿)


ロボット戦士
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【1920年1月2日 ~ 1992年4月6日】



アシモフの人物像


今回、少し物理から離れます。アシモフは


「ロボット3原則」で有名なSF作家です。


具体的に3原則とは、


第1条:ロボットは人間に危害を与えてはならない。
また、その危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない.


第2条:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。


3条:ロボットは前掲第1条及び第2条に反する恐れがない限り、
自己を守らなければならない。


となります。


悪い人が善人を攻撃しなさいと命じたらどうなるか?
と考えていくと議論のネタになるのですが、
そうした考察を現代の我々は当然していかなければ
いけない段階に来ています。
鉄腕アトムも色々と悩んでいましたよね。


最近のウクライナ紛争ではドローンが強力な兵器となり、
白兵戦での戦局に影響を与えています。


平和利用として地雷探査ロボが活躍していますが、
殺傷能力を持ったロボットが戦う日も想定できます。
ロボットの動きは性格で素早いので殺傷能力が
どこまで期待できるのでしょう。怖いことです。


何故ならロボットに殺されていく貧しい国の人々が
想像出来るからです。尚更無念な死が現実として
迫ってきているのです。


過去に、人類は核兵器を具現化して
暗黒の歴史を作りました。悲劇は繰返しありません。


ロボットのもう一つの懸念は判断です。
今やAIで判断が進み、更に進化していけば
人間が初期設定を誤る時点でロボット群が
人間に不利益を働くかもしれません。
ロボットに悪意が無くとも不利益を働きます。 


実際のアシモフの研究分野としては生化学なのですが、
作家としての顔
の方が有名ですね。


また調べてみるとアシモフはロシア生まれでした。
リニアモーターカー
が走る今日の世界を見せてあげたいと、
個人的には考えてしまいます。また、もはやロボットも日常的ですよね。


そんな未来をアシモフは20世紀の初めにに予見していました。


20世紀の知見で機械化が進む未来を描き、進んだら
どうなるだろうと考えますが、
好ましい方向性を指摘して
大衆に問いかける。
つまり、科学の夢を投げかけていたのです。



アシモフの作家デビュー


アシモフは1938年に初めてのSF作品を雑誌に持ちかけて認められ、
1939年から作家デビュー
しています。


才能を認めるアメリカっぽいですね。
この年にコロンビア大学を卒業して大学院に進みます。


所謂、ロボット三原則などを提唱していますが、
時代は第二次大戦に向かう時代で
アシモフは学校を休学したりしています。


科学が知識を集めるスピードの速さにアシモフは驚愕していて、
社会が叡智を集結
する事を求めていました。
相変わらず分断
している世界をどう見るのでしょうか。



意外な結末


そして、意外な最後なのですが、アシモフは


1992年にHIV感染が元でこの世を去ってます。


心臓バイパス手術の時に使用された
輸血血液が感染源のようです。


本当に色々と経験してきた人生だったと思います。



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以上、間違い・ご意見は
次のアドレスまでお願いします。
最近は返信出来ていませんが
全てのメールを読んでいます。
適時返信のうえ改定を致しします。


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2020/08/24_初回投稿
2024/09/23_改定投稿



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(2021年11月時点での対応英訳)



Asimov's portrait


This time, I'm a little away from physics. Asimov is a science fiction writer famous for "Three Laws of Robotics". Biochemistry is the actual research field of Asimov, but his face as a writer is more famous. When I looked it up, Asimov was born in Russia. He personally wants to show us the world of today's maglev trains. Also, robots are no longer commonplace. Asimov foresaw such a future in the 20th century. He envisions a future of mechanization with his knowledge of the 20th century, and wonders what will happen if it progresses, but he points out a favorable direction and asks the public. In short, he was throwing a dream of science.



Asimov's writer debut


Asimov was recognized for his first science fiction work in a magazine in 1938, and has made his debut as a writer since 1939. He's like America, who recognizes his talent. He graduated from Columbia University this year and went on to graduate school.


He advocates the so-called Three Laws of Robotics, but Asimov is taking a leave of absence from school in the era of World War II. Asimov was amazed at the speed at which science gathered knowledge, and he wanted society to gather wisdom. How does he see the world that is still divided?



Unexpected ending


And, surprisingly, Asimov died in 1992 due to HIV infection. He seems to be infected with the transfused blood used during heart bypass surgery. I think he really had a lot of experience in his life.