2008年04月30日 | Posted by のろ at 09:17 | 日々のコラム | この記事のURL |
弁慶の立往生
今日は、牛若丸こと源義経さんにとって運命の日です。
京の五条の橋の上で弁慶と対峙した牛若丸(義経)は、金色堂で有名な奥州藤原氏と密接な関係がありました。
義経さんは、兄の源頼朝さんと再会する前と平家を滅ぼした後の2度、奥州平泉の地に身を寄せていました。
平家を滅ぼした立役者であるにもかかわらず頼朝さんの怒りを買ったことから追われる身になった後の1189年の今日、藤原泰衡(ひでひら)によって平泉の地にて攻められて自害することとなります。有名な弁慶の立往生があったのも今日のことです。
去年の今頃、平泉の金色堂を見にいきました。金色堂の近くには、松尾芭蕉の銅像が立っていたのですが、「兵どもが夢の跡」というフレーズが今でも強く印象に残っています。