2017年12月06日
小池知事に激怒 ゼネコン「豊洲の乱」
2017/12/5 6:30日本経済新聞 電子版
小池知事に激怒 ゼネコン「豊洲の乱」
築地市場の移転先である豊洲市場(東京都江東区)で「ゼネコンの乱」が起きている。来年7月までに終えなければならない追加工事で、ゼネコンが示す工事費が東京都が算出した予定価格より高いだけでなく、入札辞退も相次いでいるのだ。国政選挙で大敗した東京都知事、小池百合子にまた難題が降りかかっている。不信の原点はどこにあるのか。
■「プライドはないのか」
1日、開会した東京都議会。都は豊洲市場の土壌汚染対策の追加工事の発注を、競争入札ではなく随意契約に切り替えることを検討し始めた。随意契約は入札に比べて透明性や競争性に欠ける。都知事の小池は今年6月に公共工事の入札改革を始めたばかりで、早々の逆もどりとなる。いったい何が起きているのか。
「どんなふうに見積もりをしているんでしょうか」――。関係者によると、11月上旬、都の担当者がゼネコン各社の取引先の資材メーカーなどに聞き取りを実施した。10月末に開札した豊洲の追加工事5件中、4件が入札不調、つまり入札が成立しなかったのだ。
4件のうち2件は鹿島と大成建設が予定価格の1.7倍から2倍を上回る価格で入札に参加していた。予定価格とは、いわば都側が出す見積もり金額で、「これ以上出さない」という落札価格の上限。通常はこの予定価格を下回る範囲で業者が競争し、最も低い金額を提示した者が落札する。
公共工事については口を閉ざす首脳が多い中、入札に参加した鹿島、清水建設、大成の3社のうちの1社の幹部は苦しい胸の内を明かした。「社内でも追加工事への応札は見送ろうという声は大きかった。でも、最後までやりきるべきだという声もあった。入札参加は苦渋の判断の結果だ」。あきらめたと言われたくはないが、不採算受注であれば社内にも説明できない。鹿島、大成、清水3社の応札価格にはこうしたメッセージが込められている。
「4億円の工事で1億円単位の赤字などありえない」(ゼネコン大手幹部)今後につながる工事なら赤字でも取りに行くことがあるが、豊洲の工事は終盤で次の発注も見当たらない。「都の工事の積算能力こそ、問題なのではないか」(同幹部)というわけだ。
別のゼネコン首脳はもっと手厳しい。「そもそも大手3社はなぜ、今回の追加工事の入札に参加したんだ。プライドはないのか」と声を潜めて憤る。3件の工事は11月20日に当初の予定価格を4割上回る価格での再入札が公示されたが、現時点で開札はない。
なぜここまでこじれたのか。発端は昨年12月にさかのぼる。
■アタマの黒いネズミ
16年夏の都知事就任後、小池は豊洲市場への移転延期を表明した。巨額で不透明な費用、情報公開の不足。加えて建物下に土壌汚染対策の盛り土がなされていないことが発覚し、豊洲問題は都政をブラックボックスとする小池改革の象徴となった。
もうひとつ小池が問題視したのが都発注の公共工事の価格の高さだ。都議会自民党のドンと呼ばれた内田茂都議(当時)が関係する企業が豊洲の工事を受注していたこともあってゼネコン業界も「豊洲利権」のやり玉にあがった。
「アタマの黒いネズミがいっぱい見つかった。入札の方式はどうなんですか」。16年12月2日、小池は五輪施設の会場見直しが不調に終わったことを問われるとこう発言。明示はしていないが「アタマの黒いネズミ(=主人のモノをかすめ取る不忠者)」に自分たちが含まれているとゼネコン側は受け取った。
小池の念頭にあったのは、都知事が猪瀬直樹から舛添要一に変わった13年から14年にかけての3棟の入札工事だ。この工事は13年11月の入札が決まらず、14年2月に2回目の入札が実施された。その間に都の担当者はゼネコン各社の取引先などへヒアリングもした。結果、予定価格は1回目を60%上回る1000億円超に再設定された。3棟をそれぞれ1社だけしか入札しない「1社入札」で鹿島、清水建設、大成の3社を筆頭とするJV(共同企業体)が予定価格の99%台で落札した。
予定調和的に再入札を実施して競争条件のない1社入札で好条件で折り合う――。小池は、こうした過程に癒着や利権の影を感じたのだろう。だが調査の結果、都は16年10月の都議会で談合の事実は確認できないと結論づけた。ゼネコン側は当時を振り返り、別の環境変化があったことを指摘する。
13年は日本の建設業界が転機を迎えた時期だ。東日本大震災の復興工事の本格化に加え、9月に決まった東京五輪誘致で再開発機運が急速に高まった。13年度の国内建設投資額は06年度以来の50兆円台に乗った。需要の急回復で資材価格は急騰し、人手も足りない状況に陥った。
大林組副社長の原田昇三は、「13年以前は、仕事欲しさにひとつの入札案件に複数社が参加していたが、その後はまったく違う」と語る。国交省は人件費の見積もりに使う「労務単価」を13年度に12年度比15.1%引き上げた。過去最大の上昇幅だったが、それでも全国の公共工事ではゼネコンが求める価格に至らない入札不調が続出。都も同様。この環境下で豊洲の入札予定価格60%引き上げは起きた。
週休2日の工程に理解を求める山内隆司・日建連会長(大成建設会長)
■当時の事情を知らずに
入札が1社入札になったのも特殊な事情があったと反論の声がある。3社はそもそも建物を建設する前の土壌汚染対策工事を同じ工区で担当していたが、当時、豊洲の土壌汚染が初めてクローズアップされ、都は議会対策もありもっと土を掘り起こす追加工事を発注した。
結果土壌工事が長引き、本来工期が分離されている建物工事と重なってしまった。各工区にはそれぞれ3社の仮囲いもしてある。「継続している工事に他社が入れば作業効率や品質が落ちる」という建設業界の常識で1者入札になったという主張だ。
「当時の事情に触れぬまま、金品をかすめ取る泥棒のように言われては、今後も都の案件で何を言われるかわからない」(ゼネコン首脳)。「プライドはないのか」という強い発言には汚名を着せた小池知事への強い怒りがある。
市場移転スケジュールにのっとれば、追加工事は来年7月までに終えなければならない。入札不調で時間に余裕はなくなった。入札をあきらめて随意契約にしたとしても、工期設定という新たな関門が待ち受ける。
ゼネコン大手が会員の日本建設業連合会(東京都中央区)が10月にまとめた「週休2日実現行動計画試案」。この中に建設業界の働き方改革への決意を示した一文がある。「週休2日を犠牲にするような不当に短い工期での受注(工期ダンピング)を断固排除しなければならない」という表現だ。
もちろん好況に沸く今だからこそ言えるセリフで、建設需要がピークアウトすればまた公共工事に群がるのがゼネコンの性質だ。しかし今後は状況が変わる。現場で働く技能労働者の深刻な高齢化だ。
就業者に占める55歳以上の割合は16年に33.9%で、全産業の29.3%を上回る。一方で29歳以下の割合は全産業の16.4%を下回る11.4%。今後10年で100万人強が高齢化で離職する見通しだ。現在のような仕事を選べる状況から、仕事があっても受注できない将来が目前に迫っている。
■建設業界も週休2日を
そのためには、賃金を引き上げるだけでなく他産業のように週休2日を当たり前のようにしなければならないという認識が建設業界で日増しに高まっている。日建連会長の山内隆司は「発注者には週休2日の工程について理解していただきたい。建設業界も生産性向上に取り組むが、早く建設してほしいという要望にはプレミアムのプライスを出してもらうしかない」と語る。
都の幹部は入札不調について「ゼネコンは入札に参加しているし、そっぽを向いているわけではない。価格が折り合っていないだけ」と話す。一方準大手ゼネコン首脳は、「注目度が高い豊洲の追加工事だけに、建設会社の働き方改革の覚悟も試されることになる」。都が現場に負担を強いる工期を設定すれば、都の案件は請け負いにくくなる――。こう言いたげだ。=敬称略(岩野孝祐)
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