旧下関英国領事館(きゅうしものせきえいこくりょうじかん)は山口県下関市唐戸町に現存する国内最古の領事館用途の建築である。1906年(明治39年)12月に竣工した煉瓦造2階建。1999年(平成11年)5月に国の重要文化財に指定された。
歴史
日清戦争後、朝鮮半島の政治経済的重要性に鑑み、駐日英国公使アーネスト・サトウの本国への具申により、1901年(明治34年)9月13日、英国政府は下関赤間町26番地に領事館を開設した。管轄区域は山口、広島、福岡、大分の4県で、初代領事はフランク・ウィリアム・ウオルター・プレイフェア(Frank William Walter Playfair)。ほどなく西南部町の瓜生商会内へ移転、手狭になったため下関市から提供された敷地に建てられたのが現在の旧下関英国領事館である。
領事館建設にあたっては、英国工務局上海事務所の建築技師長ウィリアム・コーワン(William Cowan)が当地を訪れ、敷地調査の上、設計に取りかかった。工務局のロンドン本局は1903年の設計案を却下、1905年の案に対してはベランダやペディメントの変更を指示した。しかし、本局生え抜きの技師長だったコーワンは1905年案を押し通し、クィーン・アン様式[要出典]の設計を完成させた。日露戦争終戦後の1906年(明治39年)1月に神戸から[要出典]工事管理者を雇い着工、同年12月に竣工した。
大陸の権益に関わる日英同盟(1902年締結、1923年失効)と、大陸との交通の接点である下関に置かれた領事館の活動期間はほぼ一致する。1922年(大正11年)5月、下関英国領事館は長崎英国領事監督下の領事事務館になり、下関英国瓜生商会支配人のロバート・マッケンジー(Robert Mckenzie)が下関領事事務官、同商会のトーマス・キャンベル・ロバートソン(Thomas Campbell Robertson)が領事事務官不在中の領事事務官代理として執務した。1940年(昭和15年)11月には臨時在長崎英国領事館出張所となり事務を執る者を置かなくなった。
第二次世界大戦後の1954年(昭和29年)、建物は下関市に300万円で買収された。以降、下関警察署唐戸地区出張所(1958〜1968年)、下関市考古館(1970〜1986年)として使用された。1987年に下関市指定有形文化財(建造物)に指定、1989年から一般公開された。1999年5月13日には国の重要文化財の指定を受け、2008年からの保存修理に伴う休館を経て2014年7月の再オープン後は記念館・市民ギャラリー等、公共の施設として利用されている。
施設
本館
1階 - 展示スペース
2階 - ミーティングルーム、喫茶&パブ
屋根裏部屋
附属屋 - ギャラリー
利用情報
開館時間 - 本館1階:9時〜17時、2階喫茶&パブ:10時〜18時、附属屋ギャラリー:9時〜22時
休館日 - 火曜、年末年始、臨時休館あり
アクセス - JR山陽本線 下関駅から サンデン交通バスで7分、「唐戸」下車すぐ
情報
旧名称 下関英国領事館、下関市考古館
用途 記念館、ギャラリー、カフェ
旧用途 領事館
設計者 ウィリアム・コーワン(英国政府工務局上海事務所建築技師長)
建築主 イギリス帝国
管理運営 下関市
構造形式 レンガ造、桟瓦葺、本館2階建、附属屋平屋建
敷地面積 558.03 m2
建築面積 248.2(本館170.6、附属屋ギャラリー77.6) m2
延床面積 410.91(本館329.97、附属屋ギャラリー80.94) m2
着工 1906年(明治39年)1月
竣工 1906年(明治39年)8月9日上棟
所在地 〒750-0005
山口県下関市唐戸町4-11
座標 北緯33度57分25秒 東経130度56分35.5秒座標: 北緯33度57分25秒 東経130度56分35.5秒
文化財 国の重要文化財
指定・登録等日 1999年(平成11年)5月13日
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