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2013年09月08日
手紙を讀み終つた細君の
 手紙を讀み終つた細君の、その赤黒い、肉附いた、盆のやうな大きな顏が、火のやうに赤くなつてゐた。そして幅の廣い肩に波を打たして、凝と手紙の上へ眼を落してゐた。その顏がまた、彼の惘乎となつた眼の前に、室いつぱいに擴大されて行くやうな變異な相貌となつて、おつ被ぶさつて來るやうに見えた。彼はすつかり、窒息的な呼吸遣ひに陥いつてゐた。呼氣が延び、

鼻孔が擴がつて、そして輕い咳と共に流れ出るやうに出て來るどろ/\した痰汁を、爐の隅に置いてある眞鍮の痰吐きに吐いてゐた。そして油汗の浸染んだ、土色を帶びた青い顏は、苦悶と、すつかり頼り無げの表情から、酷く引歪められてゐた。
「……奇病患者とは實に恐れ入つた言葉だね。……あゝ苦しい! ……寢よう……」
 やがて彼はふら/\と起ちあがつて、次ぎの室の、厚い藁蒲團の中に埋まるやうになつて眠つてゐる七つになる長男の傍へ這入つて行つたが、
「あゝ苦しい。……あれを拵へて持つて來て呉れ――重吉の持つて來て呉れた葉つぱを。……飮んで見よう……」
 彼は絶望的に、呻くやうに、嗄がれた聲して呼んだ。
 村の老人の持つて來て呉れた喘息の妙藥だといふ蓬の葉の乾したのを、細君は茶袋から出して土瓶で煎じた。そして其の煎じた汁を、湯呑みへ一杯、悶絶せんばかりに苦しんでゐる彼の枕元へ持つて行つた。
 彼は腹這ひになりながら、眼をつぶつて一口二口味ふやうに啜つて、顏をしかめた。そして自分を憫れむやうな頼りなげな苦笑を洩らした。
「……變な味……」
「もう一杯持つて來て見ませうか?」
「いやもう澤山だよ……」
 彼は斯う云つて、夜具の襟に頤を埋めて、眼をつぶつた。そして何といふことなし、瞼の裏に涙の浸染んで來るのを覺えて、ちよつとの間ながら病苦の薄らいで行くやうなうと/\した氣持になりかけた。
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Posted by salchan at 16:33 | この記事のURL
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