2013年07月31日
「おばちゃん!」
「おばちゃん!」
と、呼んでみたが、返事はなかった。暫くして、また戸をたたいた。そして、セントルイスの前をはなれて、カラ子は雨に煙る木屋町の灯の方へ歩き出したが、急に踵をかえして、しかし、トボトボとその横丁をセントルイスの軒下へ戻って来た。
「おばちゃん!」
と、呼んでみたが、返事はなかった。暫くして、また戸をたたいた。そして、セントルイスの前をはなれて、カラ子は雨に煙る木屋町の灯の方へ歩き出したが、急に踵をかえして、しかし、トボトボとその横丁をセントルイスの軒下へ戻って来た。
「おばちゃん!」
こんどはもっと大きく、ずり落ちるスカートの紐をひきあげながら声を掛け、戸はたたかず、ガタガタとひっぱりながら、無理にこじあけようとしていると、酒くさい息がふっと上から落ちて来て、
「誰……?」
声は女だったので、そんなにびくっとせず、カラ子は黙って見上げると、よろよろ寄り掛って来て、
「なアんだ、君、京吉君の恋人……? おほほ……」
けたたましい笑い声はいつもの夏子だったが、しかし、今夜のセントルイスのマダムはいつになくぐでんぐでんに酔っていた。リベラルクラブの帰りであろうか、チャラチャラとした軽薄な身振りは、しかし、悔恨の色にぐっしょり濡れて、傘も持たなかった。
「君、今頃どうしたの……? 忘れもの? 京吉君を忘れたの……?」
夏子はカラ子の肩につかまって、ハンドバッグから合鍵を出そうとする手を泳がせていた。
「おばちゃん、京ちゃんどこへ行ったのか知らん……?」
ねえ、教えてよと、カラ子はもうキンキンした声だった。
「京ちゃんか……? 京ちゃん東京へ行っちゃったよ……おほほ」
口から出任せだったが、しかし、京ちゃんなんか東京へ行ってしまえという夏子の気持が、そう言わせていたのかも知れない。妖精 利口の猿が手を焼く
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