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2020年12月21日
平成切手メジロ50円の分室局欧文印(成田国際空港局第2旅客ビル内分室)
今回も前回同様に成田空港の分室印ですが、前回が改称前の最終日で今回はその翌日の改称後の初日印です。この消印は第2ターミナルビルですが第1ターミナルの分室も別に存在しています。しかし今はコロナ過の中で、成田空港は閑散としているのでしょうね。消印は成田国際空港局第2旅客ビル内分室の初日欧文印です。
(局の変遷)
・1985年11月1日〜1992年12月5日=新東京国際空港郵便局 北ウイング分室
・1992年12月6日〜2004年3月31日=新東京国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2004年4月1日〜2007年9月30日=成田国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2007年10月1日〜2012年9月30日=日本郵便 成田国際空港支店 第2旅客ビル内分室
・2012年10月1日〜2013年6月30日=成田国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2013年7月1日〜=成田郵便局 空港第2旅客ビル内分室
(局の変遷)
・1985年11月1日〜1992年12月5日=新東京国際空港郵便局 北ウイング分室
・1992年12月6日〜2004年3月31日=新東京国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2004年4月1日〜2007年9月30日=成田国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2007年10月1日〜2012年9月30日=日本郵便 成田国際空港支店 第2旅客ビル内分室
・2012年10月1日〜2013年6月30日=成田国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2013年7月1日〜=成田郵便局 空港第2旅客ビル内分室
2020年12月17日
平成切手メジロ50円の分室局欧文印(新東京国際空港局第2旅客ビル内分室)
今回の消印は現存する分室印です。局の変遷を見てもわかりますが、施設の名称が変わるたびに局名も変わっていきます。郵便局の宿命ですがその度に消印も変更なりますが、成田空港がこれほど名称変更になっているのを知る人は少ないのではないでしょうか。消印は新東京国際空港局第2旅客ビル内分室の最終日欧文印です。
(局の変遷)
・1985年11月1日〜1992年12月5日=新東京国際空港郵便局 北ウイング分室
・1992年12月6日〜2004年3月31日=新東京国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2004年4月1日〜2007年9月30日=成田国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2007年10月1日〜2012年9月30日=日本郵便 成田国際空港支店 第2旅客ビル内分室
・2012年10月1日〜2013年6月30日=成田国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2013年7月1日〜=成田郵便局 空港第2旅客ビル内分室
(局の変遷)
・1985年11月1日〜1992年12月5日=新東京国際空港郵便局 北ウイング分室
・1992年12月6日〜2004年3月31日=新東京国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2004年4月1日〜2007年9月30日=成田国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2007年10月1日〜2012年9月30日=日本郵便 成田国際空港支店 第2旅客ビル内分室
・2012年10月1日〜2013年6月30日=成田国際空港郵便局 第2旅客ビル内分室
・2013年7月1日〜=成田郵便局 空港第2旅客ビル内分室
2020年12月14日
平成切手メジロ50円の分室局欧文印(広島中央局郵政局内分室)
前回に引き続いて、平成メジロ50円への欧文印で同じような刻印ですが今回は分室印です。一見では見分けが付きませんが局の変遷を見ていくとわかるようです。この分室も2003年(平成15年)4月1日の郵政民営化に伴い郵政局の名称がなくなり分室名が変更になっています。消印は広島中央局郵政局内分室の最終日欧文印です。
(局の変遷)
・1944年8月6日〜1949年9月14日=広島駅前郵便局 広島逓信局内分室
・1949年9月15日〜1958年10月31日=広島駅前郵便局 郵政局内分室
・1958年11月1日〜1964年4月19日=広島郵便局 郵政局内分室
・1964年4月20日〜2003年3月31日=広島中央郵便局 郵政局内分室
・2003年4月1日〜2004年3月29日=広島中央郵便局 東白島分室
(局の変遷)
・1944年8月6日〜1949年9月14日=広島駅前郵便局 広島逓信局内分室
・1949年9月15日〜1958年10月31日=広島駅前郵便局 郵政局内分室
・1958年11月1日〜1964年4月19日=広島郵便局 郵政局内分室
・1964年4月20日〜2003年3月31日=広島中央郵便局 郵政局内分室
・2003年4月1日〜2004年3月29日=広島中央郵便局 東白島分室
2020年12月10日
平成切手メジロ50円の郵政局内欧文印(東海郵政局内郵便局)
今回の消印は分室局が廃止され新設された郵政局内印です。名古屋中央局郵政局内分室から東海郵政局内局(日本郵政グループ名古屋ビル1階)へ設置され、その後ビルの老朽化による建て替えにより、名古屋丸の内三郵便局へ改称されました。郵政民営化に伴い郵政局という名称はなくなりました。消印は局最終日印です。
(局の変遷)
・1938年4月21日〜1949年6月25日=名古屋中央郵便局 逓信局内分室
・1949年6月26日〜1996年3月31日=名古屋中央郵便局 郵政局内分室
・1996年4月1日〜2003年3月31日=東海郵政局内郵便局
・2003年4月1日〜=名古屋丸の内三郵便局
(局の変遷)
・1938年4月21日〜1949年6月25日=名古屋中央郵便局 逓信局内分室
・1949年6月26日〜1996年3月31日=名古屋中央郵便局 郵政局内分室
・1996年4月1日〜2003年3月31日=東海郵政局内郵便局
・2003年4月1日〜=名古屋丸の内三郵便局
2020年11月26日
平成切手ミカドアゲハ15円の分室局欧文印(岐阜北局簡易保険事務センター内分室)
平成切手ミカドアゲハ15円は平成6年4月25日に、ウソ130円・サギソウ190円・タツツボスミレ430円と共に発行されました。第3種障害者定期刊行物50グラム迄と第4種通信教育100グラムまでという限定された対応切手であったため、実逓印は少なくほとんどの消印は注文消しになります。消印は岐阜北局簡易保険事務センター内分室の欧文印です。
(局の変遷)
・1973年2月19日〜1973年2月18日=岐阜郵便局 保険局内分室
・1973年2月19日〜1984年6月30日=岐阜北郵便局 保険局内分室
・1984年7月1日〜2013年3月23日=岐阜北郵便局 簡易保険事務センター内分室
(局の変遷)
・1973年2月19日〜1973年2月18日=岐阜郵便局 保険局内分室
・1973年2月19日〜1984年6月30日=岐阜北郵便局 保険局内分室
・1984年7月1日〜2013年3月23日=岐阜北郵便局 簡易保険事務センター内分室
2020年11月16日
平成切手カルガモ90円の分室局丸型印(名古屋中央局埠頭分室)
平成6年1月24日の郵便料金改正に伴い、1月13日に定形書状重量便用として発行されたのが平成切手カルガモ90円です。他の用途しては外信船便書状20グラムまでや航空書状(アジア・オセアニア)25グラムまでに適応額面がありますが、国内用としては第3種障害者定期刊行物750〜800グラムまでという稀少な郵便物のみです。消印は名古屋中央局埠頭分室の丸型印、料金改正初日印になります。
(局の変遷)
・1966年4月1日〜2007年3月31日
(局の変遷)
・1966年4月1日〜2007年3月31日
2020年10月19日
平成切手ヤマセミ80円の分室局丸型印(一宮局駅内分室)
駅内分室は「尾張一宮駅」内を指しておりJR東海の東海道本線の駅になります。名鉄一宮駅と並行に位置し一体的なターミナルとなっており、名鉄との区分のため必要がある場合には「JR一宮駅」とも呼ばれています。この分室印は長く使用されたものの4文字という短い名称であるため、消印を一目見て分室と判断するのが難しいようです。
(局の変遷)
・1951年10月1日〜1996年5月13日一宮郵便局 駅内分室<
・1996年5月14日〜=一宮七夕郵便局
(局の変遷)
・1951年10月1日〜1996年5月13日一宮郵便局 駅内分室<
・1996年5月14日〜=一宮七夕郵便局
2020年10月15日
平成切手コチドリ110円の分室局欧文印(第二霞ケ関局中央合同庁舎第3号館内分室)
中央合同庁舎第3号館は東京都千代田区霞が関二丁目にある日本の中央省庁の合同庁舎です。地下一階に設置されていた分室が第二霞ケ関局中央合同庁舎第3号館内分室です。この分室は総務省と警察庁が入居している施設のため警備がしくなっていおり、局にアポを取っておかないと入ることでも出来ない場合があったようです。短期間使用ですので注文消し以外での収集が難しいようです。
(局の変遷)
・2001年1月9日〜2004年4月12日
(局の変遷)
・2001年1月9日〜2004年4月12日
2020年10月12日
平成切手コチドリ110円の分室局欧文印(東京中央局財務省内分室)
財務省は2001年(平成13年)1月6日に、中央省庁等改革基本法により、大蔵省を改編改称して発足しました。金融行政は内閣府の外局として新設された金融庁に全面的に移管されました。その際に改称したのが「東京中央局財務省内分室」です。消印は改称3日後の注文消しです。
(局の変遷)
・1956年10月1日〜2001年1月5日=東京中央郵便局 大蔵省内分室
・2001年1月6日〜2007年7月29日=東京中央郵便局 財務省内分室
・2007年7月30日〜 2012年3月31日=千代田霞が関郵便局 財務省内分室
(局の変遷)
・1956年10月1日〜2001年1月5日=東京中央郵便局 大蔵省内分室
・2001年1月6日〜2007年7月29日=東京中央郵便局 財務省内分室
・2007年7月30日〜 2012年3月31日=千代田霞が関郵便局 財務省内分室
2020年10月01日
大仏航空70円の分室局櫛型印(阿倍野局阿倍野橋分室)
阿倍野局阿倍野橋分室は、1948年9月6日 に阿倍野区阿倍野筋1丁目から現在の同区阪南町東二丁目19番地へ移転されたため、移転元に設置されたのが阿倍野橋分室になります。2007年10月の郵政民営化に伴い親局が浪速局へ変更になるまで、実に60年近く存在した分室のため消印は多く存在します。
(局の変遷)
・1948年9月6日〜2007年7月29日=阿倍野郵便局 阿倍野橋分室
・2007年7月30日〜2012年3月31日=浪速郵便局 阿倍野橋分室
(局の変遷)
・1948年9月6日〜2007年7月29日=阿倍野郵便局 阿倍野橋分室
・2007年7月30日〜2012年3月31日=浪速郵便局 阿倍野橋分室