2019年05月19日
子宮頸がんは撲滅可能、不作為は罪
(まさにタイトル通り!責任はだれが取るのか?)
子宮頸がんは撲滅可能、不作為は罪
神戸大学微生物感染症学講座感染治療学分野教授 岩田健太郎
2019年04月01日 05:55
研究の背景:ワクチンとがん検診で達成可能な子宮頸がんの撲滅
子宮頸がんは(当然)女性の疾患だが、世界で毎年50万人以上が罹患していると見積もられる。
女性人口10万人当たり14件の発生である。
古典的な2価、あるいは4価のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンで
70〜84%の子宮頸がんを予防でき、
最新の9価のワクチン(日本未承認のGardasil 9)であれば
90%の予防効果があるとされる。
ただし、HPVワクチンは一度ウイルス感染が起きてしまうと予防効果は期待できない。
よって、既に感染している女性についてはがん検診(スクリーニング)が重要となる。
従来はPAPスメアを用いた細胞診でスクリーニングが行われていたが、HPVを直接検出する方法の方がベターだ。
婦人科医などの診察がなくても、自分で検体を得ることができるのもHPV検査の利点だ。
がん検診は先進国で63%、途上国で19%のカバー率と言われている。
ちなみに日本の場合は4割程度と、先進国の中では受診率が低い。
http://www.gankenshin50.mhlw.go.jp/campaign_30/outline/low.html
世界保健機関(WHO)は2018年に、子宮頸がんの将来的な撲滅を目標に掲げた。
ヒト・ヒト感染をするHPVの特徴を考えると、これは理論的には達成可能であろう。
では、この目標は具体的に、いつ達成可能なのであろうか。
これが今回紹介する研究のテーマである。
さまざまなパラメータにおける数理モデルを活用し、
子宮頸がん撲滅を具体的なものとする「まれながん閾値(rare cancer threshold、女性10万人当たり年間6例と定義されている)と「さらに低い閾値」(lower threshold、女性10万人当たり年間4例)を、「いつ」達成するかを計算したのである。
Simms KT, Steinberg J, Caruana M, Smith MA, Lew J-B, Soerjomataram I, et al. Impact of scaled up human papillomavirus vaccination and cervical screening and the potential for global elimination of cervical cancer in 181 countries, 2020-99: a modelling study. The Lancet Oncology. 2019 Mar 1;20(3):394-407.
研究のポイント:6つの対策シナリオの効果をシミュレーション
感染症は、病原体が他者に伝播することで「感染可能性のある感受性者」→「感染者」→「患者」へと移行していく。
その移行プロセスをモデル化し、既存のデータをベースに微分方程式を活用した感染症数理モデルが感染症流行予測に用いられている。
今回の研究も、基本的には同様の手法を用いたものである(詳しくは論文のSupplementary filesにあり。
私は北海道大学の西浦博教授のもとで数理モデルを10日ほど合宿形式で勉強させていただいたが、
この領域の専門家ではないので、学理の理解は十分でないことを白状しておく)。
データの基となったのは、世界181カ国での、2012年の国際がん研究機関(IARC)の国別、年齢別データである。
子宮頸がんは、国ごとの貧富の差や教育レベルで発生率が異なる。
そこで本研究では、人間開発指数(human development index;HDI)という指標を採用。
平均余命、教育、1人当たりの収入を用いたコンポジットな指標であるHDIに基づき、
各国を4つの階層に分類している(very-high、high、middle、low)。
日本は欧米諸国やオーストラリア、シンガポール、韓国などとともに「very high」に属する。
豊かで教育レベルが高く、長寿の国ということだ。
ワクチン・タイプのウイルスに対するHPVワクチンの効果は女性では100%、
男性(米国などでは男性に対しても積極的に接種している)では90%の効果という前提で計算された。
そして、現状よりさらに対策をスケールアップさせるという前提で、6つのシナリオが想定された。
例えば、2020年以降の12歳女児へのワクチンカバー率を全世界的に80〜100%に高める、
ターゲットとなる女性の70%に検診(HPV検査)がなされるなどの、
いろいろな指標を基につくられたシナリオだ。
さて、結果である。
まず「現状維持のまま」のシナリオだと、子宮頸がんは増える。
2020年には60万人の患者発生だが、2069年には130万人に増える。
人口増加と加齢が増加の原因だ。
この間に、総計4,440万人に子宮頸がんが発生するという。
現行のHPVワクチン接種が行われなければ、この数はさらに130万人増える。
これが、今すぐに「男女」へのワクチン接種(9価)を徹底し(80〜100%)、
HPV検査でのがん検診を高率で行えば、
数千万の子宮頸がんを回避できるというのが、
今回の研究の結果である。
2045〜49年までに
very high HDI国家で、
2055〜59年までにhigh HDI国家で、
2065〜69年までにmedium HDI国家で、
2085〜89年までにlow HDI国家で、
子宮頸がん発生率が女性10万当たり6例に下がると見積もられた。
そして、日本も属するvery high HDI国家では、今世紀末までにこの数字が0.8まで下がる。
現在、日本ではHPVワクチンを全く打っていない。
が、今からアグレッシブにワクチン接種とスクリーニングをすれば、
2055〜60年までに撲滅指標となる10万人当たり4例を達成でき、
2099年までに子宮頸がん発生率は女性10万人当たり0.8となる。
ちなみに、現状維持(今のまま)だと9.8と高いままだ(Supplementary files)。
私の考察と臨床現場での考え方:現状維持で新規患者を増やし続けるのか?
HPV感染を原因とする子宮頸がんは、感染のブロックで減らすことができ、最終的には撲滅できるはずだ。
天然痘のように。
このシナリオは、既に国際的には十分に共有されている。
よって、議論の主眼は「どのように、どの規模で、どのスピードで、どこから金を集めて」という方法論の問題になる。
要するにゴールは既に設定されていて、そこに到達するまでのロードマップのつくり方が問題となる。
本研究は、ロードマップのつくり方の複数シナリオとそのもたらす結果を示したシミュレーションというわけだ。
このようなシミュレーションは、医学の領域ではまだあまり行われていない。
が、地震や洪水といった災害領域では盛んである。
私は、神戸大学都市安全研究センターという災害対策の拠点に所属している。
だから、他領域でのシミュレーションを時々勉強させていただいている。
医学領域もタコ壺化せず(今はとてもタコ壺だが)、
他領域から学ぶこうした試みをもっともっと行うべきだと思う。
さて、本研究が教えてくれるのは「現状維持ではダメだ」である。
現状維持では子宮頸がんは増え続ける。日本もまた例外ではない。
ところが、日本はワクチン接種の仕組みすら整っておらず、
「定期接種なんだけど積極的に勧奨しない」という訳の分からない状況になっている。
さらにいえば、日本ではGardasil 9がまだ承認されていない。
国際的には「痛い」ワクチンを3回から2回に減らそうという議論も進んでいるが、
ここでも日本は取り残されている(https://www.wakuchin.net/vaccine/hpv.html)。
日本は昔からワクチン後進国だが、今なお周回遅れの後進国なのだ。
現状維持ではダメだ。
本研究のメッセージはこれに尽きる。
よって、現状維持ではない、別のシナリオを選択せねばならない。
そのために、関係諸氏のアクションが必要だ。
政治や行政、メディア、そしてわれわれ医療者が積極的に本問題にコミットし、「今のままではないシナリオ」を選び取るよう仕向ける必要がある。
しつこいようだが繰り返す。
新たな患者を増やし続けている、現状維持という不作為は罪なのである。
岩田 健太郎(いわた けんたろう)
1971年、島根県生まれ。
島根医科大学卒業後、沖縄県立中部病院、コロンビア大学セントルークス・ルーズベルト病院、アルバートアインシュタイン医科大学ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学大学院医学研究科教授(微生物感染症学講座感染治療学分野)・神戸大学医学部付属病院感染症内科診療科長。
著書に『悪魔の味方 − 米国医療の現場から』『感染症は実在しない − 構造構成的感染症学』など、編著に『診断のゲシュタルトとデギュスタシオン』『医療につける薬 − 内田樹・鷲田清一に聞く』など多数。
子宮頸がんは撲滅可能、不作為は罪
神戸大学微生物感染症学講座感染治療学分野教授 岩田健太郎
2019年04月01日 05:55
研究の背景:ワクチンとがん検診で達成可能な子宮頸がんの撲滅
子宮頸がんは(当然)女性の疾患だが、世界で毎年50万人以上が罹患していると見積もられる。
女性人口10万人当たり14件の発生である。
古典的な2価、あるいは4価のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンで
70〜84%の子宮頸がんを予防でき、
最新の9価のワクチン(日本未承認のGardasil 9)であれば
90%の予防効果があるとされる。
ただし、HPVワクチンは一度ウイルス感染が起きてしまうと予防効果は期待できない。
よって、既に感染している女性についてはがん検診(スクリーニング)が重要となる。
従来はPAPスメアを用いた細胞診でスクリーニングが行われていたが、HPVを直接検出する方法の方がベターだ。
婦人科医などの診察がなくても、自分で検体を得ることができるのもHPV検査の利点だ。
がん検診は先進国で63%、途上国で19%のカバー率と言われている。
ちなみに日本の場合は4割程度と、先進国の中では受診率が低い。
http://www.gankenshin50.mhlw.go.jp/campaign_30/outline/low.html
世界保健機関(WHO)は2018年に、子宮頸がんの将来的な撲滅を目標に掲げた。
ヒト・ヒト感染をするHPVの特徴を考えると、これは理論的には達成可能であろう。
では、この目標は具体的に、いつ達成可能なのであろうか。
これが今回紹介する研究のテーマである。
さまざまなパラメータにおける数理モデルを活用し、
子宮頸がん撲滅を具体的なものとする「まれながん閾値(rare cancer threshold、女性10万人当たり年間6例と定義されている)と「さらに低い閾値」(lower threshold、女性10万人当たり年間4例)を、「いつ」達成するかを計算したのである。
Simms KT, Steinberg J, Caruana M, Smith MA, Lew J-B, Soerjomataram I, et al. Impact of scaled up human papillomavirus vaccination and cervical screening and the potential for global elimination of cervical cancer in 181 countries, 2020-99: a modelling study. The Lancet Oncology. 2019 Mar 1;20(3):394-407.
研究のポイント:6つの対策シナリオの効果をシミュレーション
感染症は、病原体が他者に伝播することで「感染可能性のある感受性者」→「感染者」→「患者」へと移行していく。
その移行プロセスをモデル化し、既存のデータをベースに微分方程式を活用した感染症数理モデルが感染症流行予測に用いられている。
今回の研究も、基本的には同様の手法を用いたものである(詳しくは論文のSupplementary filesにあり。
私は北海道大学の西浦博教授のもとで数理モデルを10日ほど合宿形式で勉強させていただいたが、
この領域の専門家ではないので、学理の理解は十分でないことを白状しておく)。
データの基となったのは、世界181カ国での、2012年の国際がん研究機関(IARC)の国別、年齢別データである。
子宮頸がんは、国ごとの貧富の差や教育レベルで発生率が異なる。
そこで本研究では、人間開発指数(human development index;HDI)という指標を採用。
平均余命、教育、1人当たりの収入を用いたコンポジットな指標であるHDIに基づき、
各国を4つの階層に分類している(very-high、high、middle、low)。
日本は欧米諸国やオーストラリア、シンガポール、韓国などとともに「very high」に属する。
豊かで教育レベルが高く、長寿の国ということだ。
ワクチン・タイプのウイルスに対するHPVワクチンの効果は女性では100%、
男性(米国などでは男性に対しても積極的に接種している)では90%の効果という前提で計算された。
そして、現状よりさらに対策をスケールアップさせるという前提で、6つのシナリオが想定された。
例えば、2020年以降の12歳女児へのワクチンカバー率を全世界的に80〜100%に高める、
ターゲットとなる女性の70%に検診(HPV検査)がなされるなどの、
いろいろな指標を基につくられたシナリオだ。
さて、結果である。
まず「現状維持のまま」のシナリオだと、子宮頸がんは増える。
2020年には60万人の患者発生だが、2069年には130万人に増える。
人口増加と加齢が増加の原因だ。
この間に、総計4,440万人に子宮頸がんが発生するという。
現行のHPVワクチン接種が行われなければ、この数はさらに130万人増える。
これが、今すぐに「男女」へのワクチン接種(9価)を徹底し(80〜100%)、
HPV検査でのがん検診を高率で行えば、
数千万の子宮頸がんを回避できるというのが、
今回の研究の結果である。
2045〜49年までに
very high HDI国家で、
2055〜59年までにhigh HDI国家で、
2065〜69年までにmedium HDI国家で、
2085〜89年までにlow HDI国家で、
子宮頸がん発生率が女性10万当たり6例に下がると見積もられた。
そして、日本も属するvery high HDI国家では、今世紀末までにこの数字が0.8まで下がる。
現在、日本ではHPVワクチンを全く打っていない。
が、今からアグレッシブにワクチン接種とスクリーニングをすれば、
2055〜60年までに撲滅指標となる10万人当たり4例を達成でき、
2099年までに子宮頸がん発生率は女性10万人当たり0.8となる。
ちなみに、現状維持(今のまま)だと9.8と高いままだ(Supplementary files)。
私の考察と臨床現場での考え方:現状維持で新規患者を増やし続けるのか?
HPV感染を原因とする子宮頸がんは、感染のブロックで減らすことができ、最終的には撲滅できるはずだ。
天然痘のように。
このシナリオは、既に国際的には十分に共有されている。
よって、議論の主眼は「どのように、どの規模で、どのスピードで、どこから金を集めて」という方法論の問題になる。
要するにゴールは既に設定されていて、そこに到達するまでのロードマップのつくり方が問題となる。
本研究は、ロードマップのつくり方の複数シナリオとそのもたらす結果を示したシミュレーションというわけだ。
このようなシミュレーションは、医学の領域ではまだあまり行われていない。
が、地震や洪水といった災害領域では盛んである。
私は、神戸大学都市安全研究センターという災害対策の拠点に所属している。
だから、他領域でのシミュレーションを時々勉強させていただいている。
医学領域もタコ壺化せず(今はとてもタコ壺だが)、
他領域から学ぶこうした試みをもっともっと行うべきだと思う。
さて、本研究が教えてくれるのは「現状維持ではダメだ」である。
現状維持では子宮頸がんは増え続ける。日本もまた例外ではない。
ところが、日本はワクチン接種の仕組みすら整っておらず、
「定期接種なんだけど積極的に勧奨しない」という訳の分からない状況になっている。
さらにいえば、日本ではGardasil 9がまだ承認されていない。
国際的には「痛い」ワクチンを3回から2回に減らそうという議論も進んでいるが、
ここでも日本は取り残されている(https://www.wakuchin.net/vaccine/hpv.html)。
日本は昔からワクチン後進国だが、今なお周回遅れの後進国なのだ。
現状維持ではダメだ。
本研究のメッセージはこれに尽きる。
よって、現状維持ではない、別のシナリオを選択せねばならない。
そのために、関係諸氏のアクションが必要だ。
政治や行政、メディア、そしてわれわれ医療者が積極的に本問題にコミットし、「今のままではないシナリオ」を選び取るよう仕向ける必要がある。
しつこいようだが繰り返す。
新たな患者を増やし続けている、現状維持という不作為は罪なのである。
岩田 健太郎(いわた けんたろう)
1971年、島根県生まれ。
島根医科大学卒業後、沖縄県立中部病院、コロンビア大学セントルークス・ルーズベルト病院、アルバートアインシュタイン医科大学ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学大学院医学研究科教授(微生物感染症学講座感染治療学分野)・神戸大学医学部付属病院感染症内科診療科長。
著書に『悪魔の味方 − 米国医療の現場から』『感染症は実在しない − 構造構成的感染症学』など、編著に『診断のゲシュタルトとデギュスタシオン』『医療につける薬 − 内田樹・鷲田清一に聞く』など多数。
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