2019年02月09日
ゾフルーザが欲しい!救急現場は大変!
救急現場は大変!
主訴「ゾフルーザが欲しい」
2019/1/31 薬師寺 泰匡(岸和田徳洲会病院救命救急センター)
インフルエンザが日本全国に蔓延しており、年末年始から救急外来においても多くの患者さんを見かけるようになりました。
「家で寝ていてもいいのだけれどインフルエンザかどうか心配で受診した」という人に対しては、正直、家で寝ていればいいのにと思っています。
個人的にもそうしますし……。
そして今年は「主訴:インフルエンザかどうか心配」に加えて、
「主訴:ゾフルーザが欲しい」という人が増えているように思います。
ゾフルーザとは、ご存じ抗インフルエンザウイルス薬のバロキサビルの商品名です。
おなじみのタミフル(一般名オセルタミビル)に代表されるノイラミニダーゼ阻害薬は、複製されたウイルスの遺伝子が細胞から離散するのを防ぐのに対し、バロキサビルはウイルスの転写を阻害しますので、増殖そのものを防ぐという点で非常に注目を浴びています。
そして、1回の内服で済むという点も人気のポイントでしょう。
昨年3月の発売以降、一気にトップシェアに上り詰めています。なんと、2018年度のゾフルーザの国内売上高は約130億円を見込んでいるようです。すごいぜゾフルーザ。
ゾフルーザのエビデンス
すごいぜと言っておいて、僕個人はこの薬剤に今のところそこまでの愛着を持っていませんし、自分がインフルエンザに罹患しても飲みたいと思っていません。なにせエビデンスが乏しすぎます。
ゾフルーザ=バロキサビルの研究としては、第3相試験であるCAPSTONE-1 trialが挙げられます。
日本と米国において、2016年12月から2017年3月までにインフルエンザ様症状を呈した12〜64歳を対象とした研究で、バロキサビル、オセルタミビル、プラセボを2:2:1で割り付けた二重盲検ランダム化対照試験(RCT)です(未成年はバロキサビルとプラセボを2:1に割り付け)。
日本からの患者が80%弱で、日本人にとってありがたいエビデンスとなり得るわけですが、年齢層が限定的な点は注意が必要です。
また、入院を要するような重症例、抗菌薬治療が必要な感染合併例やハイリスク集団※は除外されている点も注意を要します。
※ハイリスク集団:妊婦や出産後2週以内の女性、施設入所者、喘息を含む慢性呼吸器疾患患者、神経疾患患者、心疾患患者、血液疾患患者、内分泌疾患患者(糖尿病を含む)、腎疾患患者、肝疾患患者、代謝疾患患者、免疫不全患者、BMI≧40、体重40kg以下、入院を要する疾患を合併
肝心の解析結果です。バロキサビルはプラセボと比較して中央値で26.5時間早く(53.7時間 vs. 80.2時間)症状を緩和するというものでした。
オセルタミビルとは有意差がありませんでした。
また解熱までの時間はバロキサビルとプラセボを比較すると、24.5時間 vs. 42.0時間で、こちらも半日以上短くなっています(何もせんでも2日以内に解熱するとも言えますが)。
また通常の健康状態に戻るまでの時間は129.2時間vs.168.8時間と、バロキサビル群で短くなっていますが有意差はなかったようです。
これだけ見ると、効果ありと思いたいところなのですが、患者の9.7%に変異型のウイルスが見つかっております。
最近も実際の患者から耐性ウイルスが見つかったということで話題になっておりました(関連記事)。
変異ウイルスは活性エンドヌクレアーゼ部位の特定のアミノ酸置換を起こしており、バロキサビル感受性が11〜57倍低下しているとされます。
そしてCAPSTONE-1試験において、
5日目のウイルス検出率は
変異のないウイルスのバロキサビル群患者で7%、
変異のあるバロキサビル群患者で91%、
プラセボ群患者で31%でした。
つまり、変異型のウイルスに感染した状態でバロキサビルを服用すると、何もしなかった(プラセボを服用した)人以上にウイルスが高率に残存するのです。
テレビでは「ウイルスの排出が抑えられるから周囲への感染もしなくなる」というような言説が流れていたようですが、どうなっているんでしょうか。
ていうか、ウイルス排出期間が抑えられたとして、本当に周囲への感染抑止効果はあるのでしょうか? はなはだ疑問です。
ゾフルーザのその後
ともあれ、これらのエビデンスと、テレビで流れているゾフルーザ無敵説との間には、個人的にはギャップを感じています。
僕としては研修医にも、「処方するなと言わないけれども、現状のエビデンスを踏まえた上で、よく患者と話した上で処方しなくてはならないと伝えています。
オセルタミビルに比べると格段に高いですし、体重が80kgを超えていれば倍額になります。
これもよくよく考えたいところ。お金を払って有症状期間を延長させるなどということになったら目も当てられません。費用対効果もよく考えて治療法を選択できるようにお話ししたいものです。
実際に、救急外来には何人もの「主訴:ゾフルーザが欲しい」という人が訪れています。
本当に重症な人の対応をしつつも、毎回エビデンスや有害事象、耐性株などの話をするのは、心が折れそうになります。
患者さんの希望というのはそれなりの圧力があるものですし、目の前の患者さんの説明に時間を取ると、次に待っている患者さんもストレスです。
どうしてこうもゾフルーザを欲しがる人が世の中に溢れたのでしょうか。
以前、「主訴:ラピアクタを打ってほしい」という人が増えた時期がありました。
そのときのことを考えても、やはりこれは塩野義製薬のプロモーションの賜物と言えるのではないでしょうか。
さすがです。
もはやステルスとはいえない露骨なマーケティングが功を奏しているとしか思えません。
あまり言うとただの嫌味みたいになってしまうのでこの辺で。ゴルゴ13を派遣されてしまうかもしれません。
すでにタミフルなど、既存のノイラミニダーゼ阻害薬に耐性をもつウイルスも登場していることを考えると、ゾフルーザでなくてはならないという局面も出てくるかもしれません。
せっかくの素晴らしい薬剤ですから、安易に耐性化を助長するような使用法を吹聴するのではなく、息の長い治療薬として活躍できるようにしてほしいというのが個人的な願いです。
主訴「ゾフルーザが欲しい」
2019/1/31 薬師寺 泰匡(岸和田徳洲会病院救命救急センター)
インフルエンザが日本全国に蔓延しており、年末年始から救急外来においても多くの患者さんを見かけるようになりました。
「家で寝ていてもいいのだけれどインフルエンザかどうか心配で受診した」という人に対しては、正直、家で寝ていればいいのにと思っています。
個人的にもそうしますし……。
そして今年は「主訴:インフルエンザかどうか心配」に加えて、
「主訴:ゾフルーザが欲しい」という人が増えているように思います。
ゾフルーザとは、ご存じ抗インフルエンザウイルス薬のバロキサビルの商品名です。
おなじみのタミフル(一般名オセルタミビル)に代表されるノイラミニダーゼ阻害薬は、複製されたウイルスの遺伝子が細胞から離散するのを防ぐのに対し、バロキサビルはウイルスの転写を阻害しますので、増殖そのものを防ぐという点で非常に注目を浴びています。
そして、1回の内服で済むという点も人気のポイントでしょう。
昨年3月の発売以降、一気にトップシェアに上り詰めています。なんと、2018年度のゾフルーザの国内売上高は約130億円を見込んでいるようです。すごいぜゾフルーザ。
ゾフルーザのエビデンス
すごいぜと言っておいて、僕個人はこの薬剤に今のところそこまでの愛着を持っていませんし、自分がインフルエンザに罹患しても飲みたいと思っていません。なにせエビデンスが乏しすぎます。
ゾフルーザ=バロキサビルの研究としては、第3相試験であるCAPSTONE-1 trialが挙げられます。
日本と米国において、2016年12月から2017年3月までにインフルエンザ様症状を呈した12〜64歳を対象とした研究で、バロキサビル、オセルタミビル、プラセボを2:2:1で割り付けた二重盲検ランダム化対照試験(RCT)です(未成年はバロキサビルとプラセボを2:1に割り付け)。
日本からの患者が80%弱で、日本人にとってありがたいエビデンスとなり得るわけですが、年齢層が限定的な点は注意が必要です。
また、入院を要するような重症例、抗菌薬治療が必要な感染合併例やハイリスク集団※は除外されている点も注意を要します。
※ハイリスク集団:妊婦や出産後2週以内の女性、施設入所者、喘息を含む慢性呼吸器疾患患者、神経疾患患者、心疾患患者、血液疾患患者、内分泌疾患患者(糖尿病を含む)、腎疾患患者、肝疾患患者、代謝疾患患者、免疫不全患者、BMI≧40、体重40kg以下、入院を要する疾患を合併
肝心の解析結果です。バロキサビルはプラセボと比較して中央値で26.5時間早く(53.7時間 vs. 80.2時間)症状を緩和するというものでした。
オセルタミビルとは有意差がありませんでした。
また解熱までの時間はバロキサビルとプラセボを比較すると、24.5時間 vs. 42.0時間で、こちらも半日以上短くなっています(何もせんでも2日以内に解熱するとも言えますが)。
また通常の健康状態に戻るまでの時間は129.2時間vs.168.8時間と、バロキサビル群で短くなっていますが有意差はなかったようです。
これだけ見ると、効果ありと思いたいところなのですが、患者の9.7%に変異型のウイルスが見つかっております。
最近も実際の患者から耐性ウイルスが見つかったということで話題になっておりました(関連記事)。
変異ウイルスは活性エンドヌクレアーゼ部位の特定のアミノ酸置換を起こしており、バロキサビル感受性が11〜57倍低下しているとされます。
そしてCAPSTONE-1試験において、
5日目のウイルス検出率は
変異のないウイルスのバロキサビル群患者で7%、
変異のあるバロキサビル群患者で91%、
プラセボ群患者で31%でした。
つまり、変異型のウイルスに感染した状態でバロキサビルを服用すると、何もしなかった(プラセボを服用した)人以上にウイルスが高率に残存するのです。
テレビでは「ウイルスの排出が抑えられるから周囲への感染もしなくなる」というような言説が流れていたようですが、どうなっているんでしょうか。
ていうか、ウイルス排出期間が抑えられたとして、本当に周囲への感染抑止効果はあるのでしょうか? はなはだ疑問です。
ゾフルーザのその後
ともあれ、これらのエビデンスと、テレビで流れているゾフルーザ無敵説との間には、個人的にはギャップを感じています。
僕としては研修医にも、「処方するなと言わないけれども、現状のエビデンスを踏まえた上で、よく患者と話した上で処方しなくてはならないと伝えています。
オセルタミビルに比べると格段に高いですし、体重が80kgを超えていれば倍額になります。
これもよくよく考えたいところ。お金を払って有症状期間を延長させるなどということになったら目も当てられません。費用対効果もよく考えて治療法を選択できるようにお話ししたいものです。
実際に、救急外来には何人もの「主訴:ゾフルーザが欲しい」という人が訪れています。
本当に重症な人の対応をしつつも、毎回エビデンスや有害事象、耐性株などの話をするのは、心が折れそうになります。
患者さんの希望というのはそれなりの圧力があるものですし、目の前の患者さんの説明に時間を取ると、次に待っている患者さんもストレスです。
どうしてこうもゾフルーザを欲しがる人が世の中に溢れたのでしょうか。
以前、「主訴:ラピアクタを打ってほしい」という人が増えた時期がありました。
そのときのことを考えても、やはりこれは塩野義製薬のプロモーションの賜物と言えるのではないでしょうか。
さすがです。
もはやステルスとはいえない露骨なマーケティングが功を奏しているとしか思えません。
あまり言うとただの嫌味みたいになってしまうのでこの辺で。ゴルゴ13を派遣されてしまうかもしれません。
すでにタミフルなど、既存のノイラミニダーゼ阻害薬に耐性をもつウイルスも登場していることを考えると、ゾフルーザでなくてはならないという局面も出てくるかもしれません。
せっかくの素晴らしい薬剤ですから、安易に耐性化を助長するような使用法を吹聴するのではなく、息の長い治療薬として活躍できるようにしてほしいというのが個人的な願いです。
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