2019年02月02日
『ゾフルーザは本当に夢の薬?』 抗インフルエンザ薬の使い方
抗インフルエンザ薬について科学的にわかりやすく書いてあります!インフルエンザについてもよくわかります!
健康な成人はインフルエンザにかかっても、2−3日、高熱、倦怠感、頭痛、関節雨痛が苦しめられますが、1週間もすれば治ります。
抗インフルエンザ薬は、発熱後48時間以内に服用すれば、症状が1日早く治まるというメリットはあります。
発症して5日間、かつ、解熱後まる2日経過すれば、登校しても良いという『学校法』に準拠して、職場でも休職が必須です。
抗菌剤でも問題になっていますが、耐性ウイルスの出現が10%弱ある『ゾフルーザ』
増殖したインフルエンザウイルスが、細胞から出芽する際に、膜を合成させないようにする、タミフルに代表されるノイラミニダーゼが効かない時の切り札として温存すべきと、下記の記事では紹介されています。
私も賛成です。
『ゾフルーザは本当に夢の薬?』
抗インフルエンザ薬の使い方
2019/1/24 岡 秀昭(埼玉医科大学総合医療センター)
『そもそも、インフルエンザと臨床診断した場合に抗インフルエンザ薬を全例に処方すべきなのでしょうか?』
私は、特に健康な成人において、抗インフルエンザ薬は必須ではないと考えています。
なぜならば、抗インフルエンザ薬の効果は極めて限定的である一方で、
一定確率で副作用のリスクがあり、
確実にコストが余計にかかるからです。
米国感染症学会のガイドラインでも、低いエビデンスレベルと推奨度で条件付きで考慮するとなっています1)。
健常者への抗インフルエンザ薬の効果としては、
48時間以内に投与された場合、
プラセボと比較し、わずかに解熱など症状の改善が早まるとのエビデンスがあります2)。
しかし、合併症を防いだり、死亡率を下げたりという効果報告は結果が割れており、
十分に証明されていません。
効果はあるとしてもごく僅かで、特に合併症のリスクが少ない患者ではほとんど差がないと考えてよいでしょう。
また、一定数で吐き気、下痢、呼吸困難など副作用が認められます3)。
少しでも早く症状が改善することに価値を感じる先生もおられるかもしれませんが、
合併症や死亡のリスクの少ない患者層に一律に抗インフルエンザ薬を処方してしまえば、
医療費の高騰や耐性ウイルスを増やす懸念もあります。
つまり、健常者への抗インフルエンザ薬を一律処方することはリスクとベネフィットのバランスが悪いと私は考えています。
ただ、ここには価値観の問題も関わりますので、
患者にメリットとデメリットを説明した上で処方するかを決めるのが現実的でしょう。
もし処方するならば発症後48時間以内(できればもっと早く)に、というのが原則であり、
早期の投与が症状短縮により有効です。
一方でリスク因子を有する患者(表1)は、積極的に抗インフルエンザ薬を処方すべきです。
リスクのある患者では、発症後48時間を超えていても、処方を検討してもよいでしょう。
表1 抗インフルエンザ薬の積極的な投与が推奨される合併症のハイリスク患者(米国感染症学会ガイドラインを基に作成)
・『5歳未満の小児(特に2歳未満)』
・『65歳以上の成人』
・『喘息を含む慢性気道疾患、心血管疾患(高血圧は除く)、腎疾患、肝疾患、糖尿病を含む代謝疾患、てんかんを含む神経疾患』
・『免疫抑制薬服用者やHIV感染者』
・『妊婦や出産後』
・アスピリンを使用中のライ症候群リスクがある人
・BMI 40kg/m2以上の肥満者
・『高齢者施設に居住する人』
抗インフルエンザ薬を処方する場合、迅速検査の結果は必須ではありません。
抗インフルエンザ薬の恩恵は投与が早い方が大きいため、翌日に再診させて再検査する必要もありません。
もし先生が臨床症状からインフルエンザを強く疑い、抗インフルエンザ薬を処方すると判断しているならば、薬を処方して自宅静養を指示すべきです。
翌日の再診再検査は、患者さんもつらく、コストもかかり、周囲への感染拡大のリスクにもなるため、良いことはあまりないのです。
抗インフルエンザ薬は何を処方すべきか?
現在承認されている抗インフルエンザ薬には4つの系統、7つの薬剤があります。
3つの系統とは、
ウイルスの脱核を阻害するM2蛋白阻害薬(アマンタジン((商品名シンメトレル他))はA型インフルエンザにしか効果がない上、既に耐性ウイルスが多くを占めているため、原則使用しません。また、ポリメラーゼ阻害薬としてファビピラビル((アビガン))が承認されていますが、催奇形性があるため、国が使用を判断したときのみに投与が認められており、日常診療で使うことはありません)、
ウイルスで複製された遺伝子が細胞外へ出るための酵素を阻害するノイラミニダーゼ阻害薬、
ウイルスのRNA合成を阻害するキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬とポリメラーゼ阻害薬です。
現在、インフルエンザ治療に用いる薬剤の中心はA型B型のいずれにも有効なノイラミニダーゼ阻害薬が中心なっています。
米国感染症学会のガイドラインでもノイラミニダーゼ阻害薬を単剤で使用することが推奨されています1)。
我が国では、ノイラミニダーゼ阻害薬として、
内服薬のオセルタミビル(タミフル他)、
吸入薬のザナミビル(リレンザ)、ラニナミビル(イナビル)、
点滴薬のペラミビル(ラピアクタ)の4剤が承認されています。
それぞれの特徴を見ていきましょう。
最も広く使われているオセルタミビルは一時期、投与後の異常行動や飛び降りが問題になりましたが、
その因果関係は否定的と判断されており、
今シーズンからは10歳代への投与差し控えも撤回されました。
そのため、安全性が最も明瞭で評価されている薬剤ということになります。
さらに臨床試験も最も豊富であり、2018年6月からはジェネリックも登場しており、最も安価です。
ラニナミビルは1回吸入で治療が完結する便利な薬剤ですが、
海外では臨床試験でオセルタミビルに対する非劣性が証明できず、発売されていません3)。
またオセルタミビルに比べ発熱期間が長いことも報告されるなど
効果がオセルタミビルに対して低いと考えられます。
また、吸入薬は局所投与となるため、
重篤なインフルエンザ、喘息のような気道過敏性がある患者や吸入困難な患者への投与は制限されてしまいます。
ただし、オセルタミビル耐性ウイルスには効果があります。
ザナミビルもオセルタミビル耐性ウイルスには効果があり、ウイルス耐性も起きにくいですが、吸入薬であることなどから、あまり我が国では用いられていません。
ペラミビルは点滴薬であり、
重症例や内服吸入ができない症例に使える薬剤と期待していますが、
そのエビデンスが乏しいところが問題です。
重症例では経管チューブからオセルタミビルを投与する方が良いかもしれません。
またオセルタミビル耐性ウイルスには交差耐性を有するため、こちらにも注意が必要です4)。
以上から、オセルタミビルが最もエビデンスが豊富であり、安全性、コストをトータルに考えると、現時点では私は原則としてオセルタミビルを第一選択薬として推奨します。
『ゾフルーザ』はメディアでは大きく扱われているが…
では、昨年発売されたバロキサビル(ゾフルーザ)はどうでしょう?
バロキサビルは1回服用するだけでよい便利な新規抗インフルエンザ薬であり、マスコミ報道では「患者の97%が要求する」とのデータも提示されていました。
ただ、その患者さんのニーズが新薬の利益だけでなく、
不利益も理解した上でなければ、
それは科学に基づいた医療ではなく、
単なるマーケティングの成功にすぎません。
科学的に見ると、
重症化リスクの低い患者への投与では、オセルタミビル投与時と比較して臨床的な改善効果は非劣性でした5)。
つまり、薬の効き具合では引き分けなのです。
ウイルスの減少スピードはバロキサビルの方が速かったというデータから、
1回の投与で完結することと合わせてバロキサビルを勧める医師もいるようですが、
あくまで重要なのは治験時の1次エンドポイントである臨床効果の改善なのです。
仮に1歩譲って、副評価項目のウイルスの抑制が高いことを評価するとしても、
薬価が高いことや、
まだ長期使用の副作用の懸念があること、
1日1回投与で半減期が長いため、
副作用出現の際に重症化したり治癒が遅れることが懸念されます。
実際に筆者はバロキサビルによると思われる遷延した薬疹を既に経験しています。
また、治験時に『9.7%の薬剤耐性ウイルスが出現』していることにも注視しなくてはなりません5)。
この薬剤に対してウイルスが急速に耐性化する懸念があるのです。
バロキサビルの利点は、1回投与で完結できるだけではありません。
オセルタミビルのようなノイミラミニダーゼ阻害剤に耐性となったウイルスや、
人類に脅威となる高病原性の新型ウイルス出現の際の治療薬としても使用できる可能性があるにもかかわらず、
「1回投与で便利なため患者が希望する」という理由だけでその切り札を失ってもよいのでしょうか?
オセルタミビル耐性ウイルスを過度に懸念するのも、理由にはなりません。
流行するウイルスの動向には注意が必要ですが、
国立感染症研究所からの情報では
2018シーズンのタミフル耐性ウイルスの検出は解析株では存在せず、まれなようです6)。
以上から筆者はバロキサビルを現時点で推奨しません。
一部の有名病院ではこのような理由から本薬剤の採用を見合わせているのです
(関連記事:亀田がゾフルーザの採用を見合わせた理由)。
日本感染症学会も、日本小児科学会も本薬剤の位置付けは不明確として積極的な推奨を見送っていることも留意すべきでしょう7)、8)。
新薬の利益、不利益を客観的に評価して慎重に処方する姿勢が大切ではないでしょうか。
なお、米国感染症学会では、今回のガイドライン策定後にゾフルーザが承認されたため、
今回のガイドラインでは推奨の有無については言及していません。
過去に発売後、副作用で消えた抗菌薬が幾つもあります。
また新薬の安易な処方が薬剤耐性(AMR)の原因の1つと指摘されています。
過去の歴史に反省なく、新薬であるゾフルーザがいきなり処方シェアを拡大するようならば、
この国のAMR対策が成功するのかはなはだ疑問です。
むしろ、今シーズンに抗インフルエンザ薬を使うならば、
ジェネリックが利用できるようになり、10歳代への使用も可能となった今こそ、オセルタミビルを選択すべきではないでしょうか。
※ なお、岡氏は塩野義製薬より、診療科への奨学寄付金を受けている。他の抗インフルエンザ薬の販売メーカーからの資金提供は受けていない。
【参考文献】
1)米国感染症学会「Clinical Practice Guidelines by the Infectious Diseases Society of America」(2018)
2)Cochrane Database Syst Rev 2014;4:CD008965 PMID:24718923
3)Biota Reports Top-Line Data From Its Phase 2 "IGLOO" Trial of Laninamivir Octanoate(2014)
4)Takashita E,et al.Antivirai Res.2015;117:27-38.
5)Hayden FG,et al. N Engl J Med 2018;379:913-23.
6)国立感染症研究所 抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランス
7)日本感染症学会ホームページ キャップ依存型エンドヌクレアーゼ阻害剤について
8)日本小児科学会ホームページ2018/2019シーズンのインフルエンザ治療
著者プロフィール
岡秀昭(埼玉医科大学総合医療センター総合診療内科・感染症科准教授)●おかひであき氏。
2000年日本大学卒。日本大学第一内科で研修後、横浜市立大学、神戸大学、東京高輪病院などを経て、2017年より現職。
健康な成人はインフルエンザにかかっても、2−3日、高熱、倦怠感、頭痛、関節雨痛が苦しめられますが、1週間もすれば治ります。
抗インフルエンザ薬は、発熱後48時間以内に服用すれば、症状が1日早く治まるというメリットはあります。
発症して5日間、かつ、解熱後まる2日経過すれば、登校しても良いという『学校法』に準拠して、職場でも休職が必須です。
抗菌剤でも問題になっていますが、耐性ウイルスの出現が10%弱ある『ゾフルーザ』
増殖したインフルエンザウイルスが、細胞から出芽する際に、膜を合成させないようにする、タミフルに代表されるノイラミニダーゼが効かない時の切り札として温存すべきと、下記の記事では紹介されています。
私も賛成です。
『ゾフルーザは本当に夢の薬?』
抗インフルエンザ薬の使い方
2019/1/24 岡 秀昭(埼玉医科大学総合医療センター)
『そもそも、インフルエンザと臨床診断した場合に抗インフルエンザ薬を全例に処方すべきなのでしょうか?』
私は、特に健康な成人において、抗インフルエンザ薬は必須ではないと考えています。
なぜならば、抗インフルエンザ薬の効果は極めて限定的である一方で、
一定確率で副作用のリスクがあり、
確実にコストが余計にかかるからです。
米国感染症学会のガイドラインでも、低いエビデンスレベルと推奨度で条件付きで考慮するとなっています1)。
健常者への抗インフルエンザ薬の効果としては、
48時間以内に投与された場合、
プラセボと比較し、わずかに解熱など症状の改善が早まるとのエビデンスがあります2)。
しかし、合併症を防いだり、死亡率を下げたりという効果報告は結果が割れており、
十分に証明されていません。
効果はあるとしてもごく僅かで、特に合併症のリスクが少ない患者ではほとんど差がないと考えてよいでしょう。
また、一定数で吐き気、下痢、呼吸困難など副作用が認められます3)。
少しでも早く症状が改善することに価値を感じる先生もおられるかもしれませんが、
合併症や死亡のリスクの少ない患者層に一律に抗インフルエンザ薬を処方してしまえば、
医療費の高騰や耐性ウイルスを増やす懸念もあります。
つまり、健常者への抗インフルエンザ薬を一律処方することはリスクとベネフィットのバランスが悪いと私は考えています。
ただ、ここには価値観の問題も関わりますので、
患者にメリットとデメリットを説明した上で処方するかを決めるのが現実的でしょう。
もし処方するならば発症後48時間以内(できればもっと早く)に、というのが原則であり、
早期の投与が症状短縮により有効です。
一方でリスク因子を有する患者(表1)は、積極的に抗インフルエンザ薬を処方すべきです。
リスクのある患者では、発症後48時間を超えていても、処方を検討してもよいでしょう。
表1 抗インフルエンザ薬の積極的な投与が推奨される合併症のハイリスク患者(米国感染症学会ガイドラインを基に作成)
・『5歳未満の小児(特に2歳未満)』
・『65歳以上の成人』
・『喘息を含む慢性気道疾患、心血管疾患(高血圧は除く)、腎疾患、肝疾患、糖尿病を含む代謝疾患、てんかんを含む神経疾患』
・『免疫抑制薬服用者やHIV感染者』
・『妊婦や出産後』
・アスピリンを使用中のライ症候群リスクがある人
・BMI 40kg/m2以上の肥満者
・『高齢者施設に居住する人』
抗インフルエンザ薬を処方する場合、迅速検査の結果は必須ではありません。
抗インフルエンザ薬の恩恵は投与が早い方が大きいため、翌日に再診させて再検査する必要もありません。
もし先生が臨床症状からインフルエンザを強く疑い、抗インフルエンザ薬を処方すると判断しているならば、薬を処方して自宅静養を指示すべきです。
翌日の再診再検査は、患者さんもつらく、コストもかかり、周囲への感染拡大のリスクにもなるため、良いことはあまりないのです。
抗インフルエンザ薬は何を処方すべきか?
現在承認されている抗インフルエンザ薬には4つの系統、7つの薬剤があります。
3つの系統とは、
ウイルスの脱核を阻害するM2蛋白阻害薬(アマンタジン((商品名シンメトレル他))はA型インフルエンザにしか効果がない上、既に耐性ウイルスが多くを占めているため、原則使用しません。また、ポリメラーゼ阻害薬としてファビピラビル((アビガン))が承認されていますが、催奇形性があるため、国が使用を判断したときのみに投与が認められており、日常診療で使うことはありません)、
ウイルスで複製された遺伝子が細胞外へ出るための酵素を阻害するノイラミニダーゼ阻害薬、
ウイルスのRNA合成を阻害するキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬とポリメラーゼ阻害薬です。
現在、インフルエンザ治療に用いる薬剤の中心はA型B型のいずれにも有効なノイラミニダーゼ阻害薬が中心なっています。
米国感染症学会のガイドラインでもノイラミニダーゼ阻害薬を単剤で使用することが推奨されています1)。
我が国では、ノイラミニダーゼ阻害薬として、
内服薬のオセルタミビル(タミフル他)、
吸入薬のザナミビル(リレンザ)、ラニナミビル(イナビル)、
点滴薬のペラミビル(ラピアクタ)の4剤が承認されています。
それぞれの特徴を見ていきましょう。
最も広く使われているオセルタミビルは一時期、投与後の異常行動や飛び降りが問題になりましたが、
その因果関係は否定的と判断されており、
今シーズンからは10歳代への投与差し控えも撤回されました。
そのため、安全性が最も明瞭で評価されている薬剤ということになります。
さらに臨床試験も最も豊富であり、2018年6月からはジェネリックも登場しており、最も安価です。
ラニナミビルは1回吸入で治療が完結する便利な薬剤ですが、
海外では臨床試験でオセルタミビルに対する非劣性が証明できず、発売されていません3)。
またオセルタミビルに比べ発熱期間が長いことも報告されるなど
効果がオセルタミビルに対して低いと考えられます。
また、吸入薬は局所投与となるため、
重篤なインフルエンザ、喘息のような気道過敏性がある患者や吸入困難な患者への投与は制限されてしまいます。
ただし、オセルタミビル耐性ウイルスには効果があります。
ザナミビルもオセルタミビル耐性ウイルスには効果があり、ウイルス耐性も起きにくいですが、吸入薬であることなどから、あまり我が国では用いられていません。
ペラミビルは点滴薬であり、
重症例や内服吸入ができない症例に使える薬剤と期待していますが、
そのエビデンスが乏しいところが問題です。
重症例では経管チューブからオセルタミビルを投与する方が良いかもしれません。
またオセルタミビル耐性ウイルスには交差耐性を有するため、こちらにも注意が必要です4)。
以上から、オセルタミビルが最もエビデンスが豊富であり、安全性、コストをトータルに考えると、現時点では私は原則としてオセルタミビルを第一選択薬として推奨します。
『ゾフルーザ』はメディアでは大きく扱われているが…
では、昨年発売されたバロキサビル(ゾフルーザ)はどうでしょう?
バロキサビルは1回服用するだけでよい便利な新規抗インフルエンザ薬であり、マスコミ報道では「患者の97%が要求する」とのデータも提示されていました。
ただ、その患者さんのニーズが新薬の利益だけでなく、
不利益も理解した上でなければ、
それは科学に基づいた医療ではなく、
単なるマーケティングの成功にすぎません。
科学的に見ると、
重症化リスクの低い患者への投与では、オセルタミビル投与時と比較して臨床的な改善効果は非劣性でした5)。
つまり、薬の効き具合では引き分けなのです。
ウイルスの減少スピードはバロキサビルの方が速かったというデータから、
1回の投与で完結することと合わせてバロキサビルを勧める医師もいるようですが、
あくまで重要なのは治験時の1次エンドポイントである臨床効果の改善なのです。
仮に1歩譲って、副評価項目のウイルスの抑制が高いことを評価するとしても、
薬価が高いことや、
まだ長期使用の副作用の懸念があること、
1日1回投与で半減期が長いため、
副作用出現の際に重症化したり治癒が遅れることが懸念されます。
実際に筆者はバロキサビルによると思われる遷延した薬疹を既に経験しています。
また、治験時に『9.7%の薬剤耐性ウイルスが出現』していることにも注視しなくてはなりません5)。
この薬剤に対してウイルスが急速に耐性化する懸念があるのです。
バロキサビルの利点は、1回投与で完結できるだけではありません。
オセルタミビルのようなノイミラミニダーゼ阻害剤に耐性となったウイルスや、
人類に脅威となる高病原性の新型ウイルス出現の際の治療薬としても使用できる可能性があるにもかかわらず、
「1回投与で便利なため患者が希望する」という理由だけでその切り札を失ってもよいのでしょうか?
オセルタミビル耐性ウイルスを過度に懸念するのも、理由にはなりません。
流行するウイルスの動向には注意が必要ですが、
国立感染症研究所からの情報では
2018シーズンのタミフル耐性ウイルスの検出は解析株では存在せず、まれなようです6)。
以上から筆者はバロキサビルを現時点で推奨しません。
一部の有名病院ではこのような理由から本薬剤の採用を見合わせているのです
(関連記事:亀田がゾフルーザの採用を見合わせた理由)。
日本感染症学会も、日本小児科学会も本薬剤の位置付けは不明確として積極的な推奨を見送っていることも留意すべきでしょう7)、8)。
新薬の利益、不利益を客観的に評価して慎重に処方する姿勢が大切ではないでしょうか。
なお、米国感染症学会では、今回のガイドライン策定後にゾフルーザが承認されたため、
今回のガイドラインでは推奨の有無については言及していません。
過去に発売後、副作用で消えた抗菌薬が幾つもあります。
また新薬の安易な処方が薬剤耐性(AMR)の原因の1つと指摘されています。
過去の歴史に反省なく、新薬であるゾフルーザがいきなり処方シェアを拡大するようならば、
この国のAMR対策が成功するのかはなはだ疑問です。
むしろ、今シーズンに抗インフルエンザ薬を使うならば、
ジェネリックが利用できるようになり、10歳代への使用も可能となった今こそ、オセルタミビルを選択すべきではないでしょうか。
※ なお、岡氏は塩野義製薬より、診療科への奨学寄付金を受けている。他の抗インフルエンザ薬の販売メーカーからの資金提供は受けていない。
【参考文献】
1)米国感染症学会「Clinical Practice Guidelines by the Infectious Diseases Society of America」(2018)
2)Cochrane Database Syst Rev 2014;4:CD008965 PMID:24718923
3)Biota Reports Top-Line Data From Its Phase 2 "IGLOO" Trial of Laninamivir Octanoate(2014)
4)Takashita E,et al.Antivirai Res.2015;117:27-38.
5)Hayden FG,et al. N Engl J Med 2018;379:913-23.
6)国立感染症研究所 抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランス
7)日本感染症学会ホームページ キャップ依存型エンドヌクレアーゼ阻害剤について
8)日本小児科学会ホームページ2018/2019シーズンのインフルエンザ治療
著者プロフィール
岡秀昭(埼玉医科大学総合医療センター総合診療内科・感染症科准教授)●おかひであき氏。
2000年日本大学卒。日本大学第一内科で研修後、横浜市立大学、神戸大学、東京高輪病院などを経て、2017年より現職。
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