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2020年09月03日

歴史94・徳川家康(とくがわいえやす)

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 豊臣秀吉(とよとみひでよし)が亡くなったあと、勢力争いが始まります。

 石田三成(みつなり)の西軍と、徳川家康の東軍が、天下分け目の戦(いくさ)をします。

 それが、1600年の関ヶ原(せきがはら)の戦いです。

 場所は岐阜県になります。

 家康はこの戦いに勝ち、全国を支配します。

 そして1603年、朝廷から征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任命され、江戸に幕府を開きました。

 ここから江戸時代が、約260年続きます。

 ちなみに当時、豊臣秀吉の子・秀頼(ひでより)が大坂城に住んでいました。

 勢力を持ち続けていたことに不安を感じた家康は、二度の戦(大坂冬の陣・夏の陣)を仕掛けます。

 これによって秀頼が滅び、敵対する勢力がなくなります。

プチプチ情報

 家康が将軍を退任するとき、書き留められたといわれる人生訓(遺訓)を紹介しましょう。

 人の一生は 重荷を負(をひ)て 遠き道をゆくが如し いそぐべからず

 不自由を常とおもへば 不足なし

 こころに望(のぞみ)おこらば 困窮したる時を思ひ出(いだ)すべし

 堪忍(かんにん)は 無事長久(ぶじちょうきゅう)の基(もとい)

 いかりは敵とおもへ

 勝事(かつこと)ばかり知(しり)て まくる事をしらざれば 害其身(がいそのみ)にいたる

 おのれを責(せめ)て 人をせむるな

 及ばざるは 過ぎたるよりまされり


 大体意味は取れると思いますが、最後の文章がよくわからないでしょう。

 やり過ぎるより、足りないぐらいのほうがよい。

 そんな意味です。

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感想(2件)



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コロ丸
塾講師・文筆業をしています。 塾では、小・中学生を教えています。イラストは素人なので、ヘタなのは勘弁してください。 『簡単中学歴史』、『勉強嫌いの勉強法』、『受験勉強の戦略』を電子書籍で出しています。
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