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2016年01月16日

旅について

今日は小さな旅をしています。

普段の街から離れて、知らない風景が通りすぎるのを車窓から眺めてみたり、初めて渡る橋の上から川の流れを眺めてみたり…。

また、この自分の知らない街で、どんな人たちが日常を過ごし、どんなドラマがあるんだろうかとか想いを巡らせてみたり…。

色々な刺激が入ってくるのがよく分かり、あまりアクティブに過ごさない私でも、なんだか楽しい気がします。

ライフネット生命の代表取締役の出口治明さんの本「人生を面白くする本物の教養」の中では、旅を教養の源の一つとして位置付けています。
"旅の最大の効用は「百聞は一見に如かず」にあります。"
"人間は目で文字を読み、耳で人の話を聞くことで情報を得ると思ったら大間違いです。人は常に五感で情報を得ているのです。"

確かにそうです。実際に体で感じてみなければ分からないことは多いです。それに体で感じてみて初めて、"腑に落ちる"感覚を得られるのでは、つまり経験が自分のものになるということが、あるんじゃないかと思います。

用意されたスポットだけでなく、それ以外のものも少しでも多く感じて、この小さな旅を楽しいものにしたいと思います。

という日記のような記事でした。
posted by 霧島もとみ at 2016年01月16日 | Comment(0) | TrackBack(0) | そこはかなきこと

2016年01月11日

棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか 棚橋弘至(文庫版)


面白く読めるとともに、なるほどと唸るところも多い良書です。
スポーツ本というよりも、プロレスエッセンスのあるビジネス書と言えるのではないでしょうか。

では簡単に紹介します。

この本は「新日本プロレス」に関する物語ですが、私はプロレスのことはほとんど知りません。
前知識としては、「かつてアントニオ猪木やジャイアント馬場が現役のときは物凄く人気があったが、K-1や総合格闘技がブームになるなか次第に人気が低迷し、その後どうなったかは全然知らない」といったレベルです。顔を知っているレスラーといえば、時々テレビのバラエティ番組に出てくる高田(出てこいやーのモノマネをケンコバがしているのは間接的にたくさん見ていました)や蝶野くらい。
著者の棚橋さんは、失礼ながら「1回見たことがあったかなあ?」というくらいでした。

そんな私がこの本を手に撮ったのは、「なぜ新日本プロレスを変えることができたのか」というタイトルと、プロレスラーらしからぬスーツでビシっと決めたビジネススタイルの棚橋さんの写真にグッと興味を惹かれたからです。
「プロレス?・・・そういえば低迷してたんだよなあ。それが変わった?人気を取り戻したのか?これはちょっと面白いかもしれないなあ」
といったところでしょうか。

書中では、プロレスの世界に強い憧れを持って飛び込んだ筆者が、新日本プロレスの低迷と正面から向きあい、悩みながら道を切り開いてきた過程が書かれています。
決してプロレスラーとしての才能に恵まれていた訳ではないと考えた著者が、何よりも努力、そして知恵と工夫を、信念を貫きながらプロレスと真正面から向き合っていく姿はシンプルに格好良いです。
その姿がありありと描かれていて、気が付くと、すっかり著者に感情移入して「棚橋=オレ」的な状態で読んでいました。
最後までページを捲る手が止まりませんでした。
”プロレスラー棚橋”の物語としてだけでも単純に面白い本です。

また、棚橋は一貫して「プロレス=興行=ビジネス」と捉え、それをどう盛り上げていくかという視点を持っていました。
低迷していく新日本プロレスをどう盛り上げるか?会社の中の人間を一社員の立場からどう変えていき(これが一番むずかしいことですよね・・・)、どう観客を惹きつけていくか?これらの課題に真正面から取り組んできたエピソードが書中で語られます。
ここにビジネス書としてのエッセンスが濃く現れています。

この本は「新日本プロレス」が題材でしたが、そこで起きた物語は実は他の分野でも多くのことにあてはまるんじゃないかと感じました。
「一番良かった時代」を思い、今は時代がなあ・・・と考えている分野・人たちは多くあるように考えます。
右肩上がりの成長は望めず、人口が減少する中でパイはどんどん減少し、娯楽は多様化して完全な買い手市場と化している。
その中でどうやったら自分のビジネスを広げていけるか?
それを棚橋さんはプロレスの中で実現したということであり、そしてまた、同じように自分たちも実現できるということなのかもしれません。

だとすると、棚橋さんの本書で語られる「新日本プロレス」そして「棚橋弘至」物語は、同じように自分自身の周りでも、ステージを変えていつでも表れる可能性があるっていうことです
もし、今の自分の立ち位置に棚橋がいたらどのように立ち向かうだろう?
よし・・・いっちょやってやるか!的な勇気を貰えたように思います。
どんな事でも考え方一つ、行動次第で変えることができるんだよ、俺はこうしてきたんだよという素敵な物語でした。

また、棚橋さんの人間性も好きになりました。
書中で書かれていた「同棲している彼女がいながら、別の交際していた女性に背中を刺される事件」には???でしたが、まあ、若さゆえの過ちなんですかね(汗)。

須藤元気さんもそうだったように感じましたが、格闘家と呼ばれる人たちは、自分の精神・肉体ととことん向き合っていく職業だからでしょうか?野性的といったイメージよりも遥かに理知的で、物事をよく見て考えているなあと感じました。
(勿論人によるところも大きいとは思いますが)

印象に残ったフレーズを最後にいくつか引用したいと思います。

”リング上でマイクを手にしてしゃべる時、僕は必ず「エネルギーのある言葉」を選んで使う。
「ありがとう」なら「感謝してます!」と言い換える。”(237P)

”情報は一度告知したくらいでは伝わらない”(141P)

”すかさず僕は猪木さんに言った。「僕が新しいパイを持ってきます!」”(197P)
タグ:棚橋弘至

テレビの音がうるさいと感じる時

私はテレビっ子です。
子供の頃から当たり前にテレビを見て育ち、アニメやドラマに嵌まり、ゲームに嵌まり、これまでの人生の中で一体何時間あのブラウン管(今は液晶画面ですね)を見つめてきたか分かりません。
もう脳髄の奥まで「テレビ」という存在が浸透していて、朝起きたら3番目くらいにすることはテレビのスイッチを入れることだったりします。

ここまで行くとテレビ好きというかもうテレビ中毒です。

ところが最近、テレビを「うるさいな」と思う時が増えてきました。
そんな時は、何かテレビの音やら光やらが、自分の中に土足でズケズケと踏み込んでくる邪魔者のような存在に感じてしまっています。

何故でしょう?あれだけ好きなテレビだったのに。
考えてみると、それはテレビ以外の事を考える時間が増えてきたからだと思います。仕事のこと、世の中の事、ブログのこと、気が付けば自分の思考に没頭しているなんて事も増えてきました。そんなときにテレビが点いていると、思考のどこかがザワザワ落ち着かない感覚を覚えます。

そして「うるさい」と感じてしまいます。

別にその時はテレビを見ている訳ではないんですよ。意識して聞いているわけでもありません。
なのに「うるさい」と感じてしまう。
これは、意識して見ていなくても、聞いていなくても、脳が視覚・聴覚を通して入ってくる情報に対して無意識に処理能力を働かせているということなんだと思います。自分の意識とは無関係な生理的作用なんでしょうね。調子の良い時(体・精神ともに)は気にならないレベルなのかもしれませんが、少し余裕がなかったりすると、てきめんにこれが分かり、相当イライラすることもあります。

だとすると、やるべきことは簡単ですよね。
テレビのスイッチを切ればいいんです。そうしたら脳に入ってくる情報量が必然的に少なくなりますから、目の前の作業に自然と集中できる、パフォーマンスを上げることが出来るはずです。
勉強するときにテレビを見ながらする人はそういないですよね?だとしたら、日常生活を送る際にも、私のようなテレビジャンキーの人は、まずテレビのスイッチを切ってみることから生活を改めてみたら、負担を減らした生活が送れるかもしれません。

テレビのスイッチを消して、
自分のやる気スイッチを入れよう!

なんてね。
posted by 霧島もとみ at 2016年01月11日 | Comment(0) | TrackBack(0) | そこはかなきこと

2016年01月10日

最近のライトノベルについてという話

飲み会の席で「最近のライトノベルについて」という話題になりました。

ライトノベルという響きはとても好きです。
一時期はライトノベルを好きで読んでました。

「ロードス島戦記」
「魔術師オーフェン」
「ブギーポップは笑わない」
「フォーチュン・クエスト」

が、”ライトノベル”と聞いて私が思い出す読書歴ですね。
読んでいたころの甘酸っぱい冒険心がくすぐられて、ちょっと懐かしいです。
主人公が悩みながら、苦労を重ね、知恵と力、勇気で道を切り拓いていくというストーリーが多かったような気がします。

ところが若い人に聞くと、最近のライトノベルでは

「主人公がチートで最強」
「主人公はモテる気は全くないのに、やたらと異性にモテる」
「その異性からは『こんなに好きなのになんで気付いてくれないの!』というように思われている」


という設定が多いそうです。

「えっ、そんな話を読んで、何が面白いの!?」と思わず聞き返すと、
「私も分かりませんが、でも、そういう話が多いですよ」ということで、今のライトノベルにどっぷり浸かっている意見は聞けず、参考にはなりませんでしたが・・・

この話を聞いた時に思い出したのは、ドラゴンクエストUの「もょもと」の事です。
この名前にピンと来る人は少なくとも30代以上でしょう。
そう、ファミコンのドラクエUです。
ドラゴンクエストUで復活の呪文を「ゆうてい みやおう きむこう ほりいゆうじ とりやまあきら ぺぺぺぺ・・・・・」と入力すると、主人公が「もょもと」というレベルがかなり高い状態でスタートできるという裏ワザがありました。
まさにチートです。
序盤〜中盤では全く無敵で、あらゆる敵をあっさり倒してしまうその強さを最初は「面白がり」ましたが、やがてそのゲームバランスの崩れた強さに「これ何が面白いの?」と白けてしまいました。

この「もょもと」と同じ状態が今のライトノベルで流行っているのだとしたら、これは、私が読むとしたら相当面白くないんじゃないかと思います。いや、最初は面白いと思いますよ。でもそれはあくまで物珍しさだけであって、どっぷりと嵌り込むような面白さ、ドキドキはらはらとか、そういう面白さとは違うんでしょうね。

何でしょうね、時代の流れなんでしょうか?
「楽して勝ちたい」
「自分は何もしないのに異性の方から寄ってきて欲しい」
という甘えた欲望を満たすような手段にライトノベルが成り下がってしまっているとしたら、かつてのライトノベルファンとしては、何とも悲しい限りです。

私は、「ライトノベルは面白いんだ!文学や漫画とは表現方法が違うだけで、人間の感動が込められた芸術なんだ!」と声を大にして世界の中心で叫びたいです。

ただ今はそれを叫ぶことしか出来ない、単なる読み手でしかない。
自分の無力さを噛み締めながら、じゃあ何が出来るんだ?ということを自分に問いかけたとき・・・

とりあえずは昔読んだ面白い本を紹介することくらいかな?
うーん、弱いですね・・・
ま、考えていきたいです。
posted by 霧島もとみ at 2016年01月10日 | Comment(0) | TrackBack(0) | そこはかなきこと

2016年01月07日

ガンダム 鉄血のオルフェンズ について

ガンダムは幾つかの作品以外は大抵見ています。
が、最近になるにつれ「これはちょっとなあ・・・」と感じることが多くなり、なんだか年を取ったなあ・・・若さゆえの過ちだったのかなあ・・・なんて不安に駆られていたのですが、

「鉄血のオルフェンズ」

かなり面白いと思います!

特に独特なのが、世界観もありますが、妙に”大人”な台詞が多いことです。
登場人物の年齢層は比較的低いはずなんですが・・・
例えば、

「タービンズでストレス溜まってんだ。
 目の前に乳をぶらぶらさせてる女がいて、触れないんだぜ〜」


とか、

「おめえ、なんかツヤッツヤのテッカテカだなー」
「いやあ、久し振りにいい汗かいたっつーかさー」
「俺も大人になりましたんで」


ちょっとガンダムっぽくない台詞で笑ってしまいました。
というか夕方5時のテレビにはそぐわない”大人”の下ネタだろ!と突っこんでいると、今度は

「男の度量は愛の大きさで決まる」

とか

「これはあんたが決めることだ。
 俺が最初に人を殺した時に似ている。その後の生き方を大きく変える決断だ」


とか、

きっちり決める台詞も入れてくる。

面白いなあ。

オルガが仲間内ではリーダーを演じているのが、ナゼの前ではすっかり子供っぽくなってたりと、色々と見どころが多いです。なんか人間臭いガンダム・・・

また、ガンダムバルバトスのデザインが格好良いです!

ソロモン72支柱をガンダムの名前の元ネタに使っているのも渋いなあと思います。
「マギ」好きな自分としては、バルバトスと聞くと「ムー・アキレウス」をすぐに連想してしまいますが・・・
posted by 霧島もとみ at 2016年01月07日 | Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ

2016年01月05日

睡眠時間の確保・・・

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ふと、睡眠時間を削ってしまっている自分に気が付きます。

どうも色々本を読んでいると、睡眠時間を確保することの重要性について結構触れられています。
適切な睡眠時間を確保することでパフォーマンスが向上し、結果として、睡眠時間を削るよりも効率が良くなると。
「何よりも睡眠時間の確保に気を使う」とまで言い切る人もいるくらいです。

しかし自分自身を省みると、全く出来ていません。
なぜ出来ていないだろうか?とちょっと考えると、それはすぐに分かります。

時間を無駄にしているからです。

格好良く言えば「タイムマネジメントが出来ていない」のです。

例えばツムツムに熱中していたら20分が過ぎてしまった。
ちょっと漫画を読んだら20分過ぎてしまった。

本も読みたい。
筋トレもしたい。
食器洗いはしなければならない、洗濯も・・・としていると、あっという間に時間は過ぎ、気が付けば今日も深夜2時を回っていました。
そして今もブログの記事を書いています。

つまり計画性が無いのです。
そして物事の優先順位も付けられていない。これを解決しなければ睡眠時間の確保なんて夢です。

まずは時間が有限であることを強く認識すること。
次に、その中で自分が出来ることは限られていることを知り、優先順位をつけること。
時間が不足するものは諦めること。
ということが必要なのかもしれません。
そう考えると、今年の目標の一つに「睡眠時間の確保」というものを加えてみると、メリハリの付いた生活を送ることのできるきっかけになるかもしれないな、と、今思いました。
posted by 霧島もとみ at 2016年01月05日 | Comment(0) | TrackBack(0) | そこはかなきこと

2016年01月04日

「年末年始はテレビが面白くないねえ」という不満の言葉について


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※記事とは全く関係のない正月のイメージ写真です。。。


この言葉、聞いたことがありませんか?
そういえば毎年誰かから聞いている気がするなあ・・・と思い、今回の年末・年始に個人的に統計を取ってみました。

対象は40歳以上の女性3人。
(母数少なっ・・・!)

なんと・・・

100%でした。

全員が口を揃えたように「あれよね、年末年始はテレビが面白く無いね」と言ってしまいました。
きっと世間にもそう言ってしまう人が(特に年配には)多いんじゃないかと思います。

でもね、決してそんなことは無いんですよ。
年末年始に向けてどの局もここぞ!と勝負をかけてきていますし、マンネリ化しているなーと感じるものもそれなりに、新しい企画ものは新鮮味があって、結構面白いんです。特に年末年始の深夜番組はアツイですよ。
ただ、見てみなければその面白さは伝わりません。

ちなみにですね、そう口を揃えて言っていた3人は、全員年末年始のテレビ番組を見て、大笑いしていましたけどね。。。
だからやっぱり面白いんですよ。

じゃあなぜ彼女たちは「年末年始はテレビが面白くない」と言ってしまうのでしょうか?
怖いのはこういう言葉が無意識に出ていることだと思います。

何が原因なんでしょうか?
一つは普段のテレビ番組が一旦中断されることへの不満でしょうか。
あるいは、普段目にしない「目新しい」番組を見ることへの抵抗が大きいのかもしれません。
どちらの場合でも言えることは、「普段と変わることへの抵抗」がこのようなテレビへの悪口になって表面化しているんでしょう。

これって、思考の硬直化の兆候じゃないか?とふと思いました。

私も気を付けたいと思います。

でも、そもそもテレビがつまらないならつまらないで他の事をすればいいし、話に華を咲かせてもいいし、楽しいことは他にいくらでもあるんですよね。
無意識のうちにテレビへの不満という形で感情が現れるということは、それだけテレビに依存しているということの現れかもしれません
今や数あるメディアの一つでしかないんですけれどね。

その点でも、気を付けたいです!

もし次の年末年始に、この台詞を聞いたり、または自分で言ってしまったりしたら、この記事のことを思い出していただけると面白いかも・・・です。
posted by 霧島もとみ at 2016年01月04日 | Comment(0) | TrackBack(0) | そこはかなきこと

2016年01月03日

やりたい事をすべてやる方法 須藤元気


元格闘家で、ダンスパフォーマンスユニット「WORLD ORDER」を立ち上げるなど多方面で活躍されている須藤元気さんの本です。

これまで何冊か須藤さんの書いたエッセイを読みましたが、スピリチュアルな中に少しオタクの香りが漂うユーモアが散りばめられていて、とても面白く読むことができ、何か人柄が表れている文章だなと好感を持っていました。

さて、この「やりたい事をすべてやる方法」です。

どちらかというと、いわゆるビジネス書的な風合いが強い内容になっています。
進もうとする分野の分析を冷静に行い、戦略・戦術を持って取り組んでいくということを須藤さんのエピソードを交えながら具体的に紹介しています。

読みやすい文体の中に、様々な経営者が書いてきたエッセンスに近いものが多々込められており、驚きです。
例えば「インターネットが世界を変えた」というのは堀江さんの本の中で何度も触れられていたことですが、須藤さんも同じことをこの本の中で書いていて、また実際に「WORLD ORDER」の戦略の中でインターネットを最大限に使ったことが挙げられています。
分かりやすい実例のエピソードを交えながらの説明はとても分かりやすく、イメージが湧いてくるような気がしました。

須藤さんの視点や言葉による、ちょっと違った切り口でビジネス書を楽しむことができる、なかなか良い本だと思います。
なにより安い!
500円+税の価値は十二分にあります!

2016年01月02日

頭のいい人は「短く」伝える 樋口 裕一


書店を散策している時に目に入って買いました。
600円+税と安かったのと、「4行メソッド」で短く伝えるというキーワードに惹かれて買ったものです。

というのも文章を書くのがなかなか苦手なのに、最近特に「短い時間で、要件を伝える文書を作る」という必要性に迫られていることが多くなってきているという感覚があったからです。

内容は・・・じっくりは読んでいません。
必要なノウハウが書かれているところを飛ばし読みして、その解説だとか根拠づけの場所とかは読まないという感じですね。
でもそれなりに価値はあったかな?と思います。
600円ですし、少しでも参考になることがあれば十分でしょう。

著者が訴えていることは「4行の定型文書を身につけることで文書力がつく」というもの。

というわけで4行でこの本を紹介してみることにします。

基本形の4行として紹介されている、
・問題提起
・意見提示
・展開
・結論
でいきます。

<問題提起>
この本は600円を出して買う価値がある本だったと思います。
<意見提示>
それは、この本に紹介されているメソッドを使うことで、文書を短くかつ早く作るスキルがコンマ数%でもアップすれば、600円は簡単にペイできるからです。
<展開>
実際に紹介されているメソッドは具体的で、パターン化されており、身に付けておくことは有用だと考えられます。
<結論>
文書を書くことがある人で、少しでも気になったら、迷わず読むべし。

・・・まだまだですね。
posted by 霧島もとみ at 2016年01月02日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本:実用書

2016年01月01日

日本くぎづけ大学に考える”言葉の力”

年末の特番ということで、日本テレビで放送されていた「日本くぎづけ大学」。

副題として「五郎丸ポーズ作った女性コーチが伝授するメンタルを強くする法」と名付けられ、番組の後半では、ワールドカップラグビー日本代表のメンタルコーチを務める荒木香織さんをゲストに迎え、今年流行した”ルーティン”に関するエピソードを紹介していきました。

この内容がとても良かったです。
”五郎丸ポーズ”という内容とは少し違うかもしれませんが、私はこの番組から”言葉の力”を一つ学ぶことが出来たと思います。

それはどういうことかといいますと・・・

まず、荒木さんが五郎丸ポーズを作り上げる過程で取り組んだ事は、
「感覚を文字に置き換える」
ということでした。

感覚は有意識・無意識を含めた情報を総合的に結びつけたもので、それぞれの人間に固有のものです。
また、絶えず移り変わり、形をとどめることがありません。
記憶という形で蓄積されていくとは思いますが、それを「感じたときの状態」で100%再現することはかなり難しいことだと思います。
それが感覚というものです。

番組では荒木さんが「文字で言うと?」「考えてる?」と五郎丸選手に繰り返し問いかける映像が流されていました。これは、その瞬間に「五郎丸選手が感じていた感覚」を後で再現すること、つまりルーティン化する手助けをしていた、という事なのだそうです。
これを聞いて、感覚という曖昧なものに、「言葉」というフレームを嵌め込むことで、記憶の中から再現することを容易にするための仕掛けが作れるのだろうなという事です。
分かりやすく言えば、トリガーとか、タグといった類のものだと思います。

感覚を単独で思い出すことはなかなか難しいです。
しかし、特定の言葉や行動に「その時感じていた感覚」を結び付けることができれば、次はその言葉や行動で「その時感じていた感覚」を呼び起こすことができるのならば、感覚の再現率は飛躍的に上がるのかもしれません。
(五郎丸選手もインタビューの中で「波が小さくなった」と話していました。これは感覚の再現率が上がったということの証だと思います)

これが私がこの番組から学んだ「言葉の力」です。

また、このエピソードが示唆するのは、「言葉」というものは一見共通の記号でありながら、実は個人個人に固有のものだという事です。
言葉にはそれぞれの個人が固有の記憶・感情をリンクさせているからです。
五郎丸さんに「ドレミファソラシド」という言葉が浮かび上がらせるイメージと、音楽家が「ドレミファソラシド」と聞いた時に浮かび上がらせるイメージとは、全く別のものになるはずです。

例えば「父」という言葉一つとっても、円満な家庭に生まれ育った人は何だか優しいイメージを連想するかもしれませんが、ギャンブル狂で家庭を壊してしまった父親を持つ子どもにしてみたら相当に暗いイメージを連想させるでしょう。

言葉を他人に対して使う際には、このことに留意しておくことで、話の「ズレ」を防げると思います。

ということで、「言葉」に対しての思考を深めるきっかけになる、良い番組でした。
面白かったです。
タグ:言葉
posted by 霧島もとみ at 2016年01月01日 | Comment(0) | TrackBack(0) | そこはかなきこと
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他人との距離感をいつも遠く感じながら生きてきました。高校の体育祭のフィナーレでは、肩を抱き合って大はしゃぎする光景に「何でこんなに盛り上がれるんだろう・・・?」と全く共感できませんでした。共感できない自分が理解できず、いつも悩んでいます。そんな私でも面白いと思うことはこの世界に一杯あります。それが私の生きる糧でした。面白いことが増えていけば、よりたくさんの人が楽しく生きられるはず。そんな世界を夢見ています。
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