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2018年06月22日

医者『一郎と美香』


課題「医者」









『一郎と美香』








               
   登場人物

松山一郎(39)産婦人科医

岩崎美香(33)岩崎財閥の若奥様

田伏久美(37)看護師
















○誠仁病院・全景

   大きな白い建物

○同・診察室

   松山一郎(39)と岩崎美香(33)が座って話している。

   田伏久美(37)が近くに立っている。

   松山はメガネにマスク。

松山「ご結婚されて、何年になりますか?」

美香「10年です……」

   松山はパソコンに打ち込んでいく。

松山「治療は何年前から?」

美香「5年です……」

松山「どの辺まで進みましたか?」

美香「体外受精を7回トライしました」

松山「なるほど。以前はどの病院に?」

美香「愛栄病院と山能クリニックです」

松山「なぜ、うちの病院へ来られたのですか?」

美香「それは……」

   美香はチラリと久美を見る。

松山「田伏さん、ちょっと外してもらえますか?」

   久美は、はいと言って診察室を出る。



hanashiroagi.jpeg



   松山はマスクをとって、

松山「美香!久しぶりだなー!元気だったか?……じゃないか……」

美香「ううん。元気だったよ!一郎兄ちゃん!ぜんぜん変わってないね!あ、でもメガネ」

   松山はメガネを外しながら、

松山「勉強し過ぎてな。あはは。それより、よく俺のいる場所わかったな」

美香「園長先生に聞いたの。一郎兄ちゃんがお医者さんになったって。しかも産婦人科の。まさか自分がお世話になる

なんておもってもみなかったけど……一郎兄ちゃんならなんとかしてくれるかもって」

松山「おいおい、俺は神様じゃないんだぞ。こどもは授かりものだ。人間が作るもんじゃない。最近の不妊治療はどうも

好かん。俺のやり方とはちょっと違う」

   美香、吹き出す。

美香「一郎兄ちゃん、変わってないね」

松山「そうかあ?美香だって、5歳のときと全然変わってないぞ。入って来たときびっくりした。でもきれいになったなあ」

   と、ノックの音がして、久美が入ってくる。

久美「先生、早く検査を」

   松山はメガネとマスクをして、

松山「ああ、はいはい、やりましょう。じゃあ、下着を脱いで台に上がってください」


hanaazisiroro.jpeg




○同・医局
   デスクが10個ほど並んでいる。

   松山がデスクで検査結果とにらめっこしている。

   松山の手には万年筆が握られている。

   それを離れた所から見ている久美。

○同・診察室

   松山と美香が対座している。

   近くに久美が立っている。

松山「先日行った子宮の検査で、頸部に腫瘍が見つかりました。手術をすれば完治するでしょう。ただ、どこまで浸潤し

ているかによります。当然、不妊治療はお休みせざるをえません」

   美香は目を大きく見開いて、

美香「そんな……がん?……」

松山「大丈夫。きっと治りますよ」

美香「困ります!今年こどもができなければ離婚されてしまいます!不妊治療を中止しないでください!手術なんかした

くありません!」

   立ち上がる美香を、久美が座らせる。

久美「岩崎さん、落ち着いてください」

松山「まずは病気を治すことに専念しましょう」

美香「イヤです!先生、一郎兄ちゃん、お願い!跡取りを生まないといけないの!がんはこどもを産んでから治しま

す!」

   松山が、美香の顔の前で両手をパン!と叩く。

   美香が驚いた顔をする。

松山「どんな事情があるか分からないが、自分の命を大切にしない人間に、大事な命が授かるとは思えないな。美香の

命は美香だけのものではないんだよ」

   美香、泣き出す。

美香「私が死んだって、誰も悲しまないよ。親に捨てられた命だもの。一郎兄ちゃんならわかるでしょう?」

   松山、頭をかく。

松山「……わからないな。ご主人に愛されているんだろう?ご主人に悪いと思わないのか?」

美香「主人はとっくに愛人に取られてしまったわ。私は跡継ぎを産むことだけが仕事なの。生きている意味があるの。こ

どもが産めないなんてわかったらすぐに捨てられる」

   窓の外、雨が降り出す。

松山「てっきり幸せなんだと思ってた。家柄もいい、金持ちと結婚したってきいて。……俺が幸せにしてやってれば……」

久美「先生、しっかりしてください」

   久美が松山の肩をたたく。

   松山、ハッとして、

松山「美香、そんな旦那こっちから捨ててやれ!妻はこどもを産むための機械じゃないんだ。美香ならいくらでもやり直

せる!俺が保証する。まずはがんを治すことに専念しよう、な!」

   美香、涙をふいて。

美香「わかりました。手術、受けます。先生、よろしくお願いします」


hanaazi0601.jpeg




○同・手術室

   手術台に横たわる美香。

   外科医が麻酔医に合図する。

   麻酔医がうなずく。

   手術が始まる。

   ガラスの向こうで松山が万年筆を握りしめている。

○同・病室

   ベッドに横たわる美香。

   松山がきて、美香の手を握る。

   美香が目を覚ます。

美香「手を握られるのなんて久しぶり」

松山「俺も、久しぶり」

   照れて手を離す二人。

美香「一郎兄ちゃんは結婚してるの?」

松山「バツイチ」

美香「こどもは?」

松山「ひとり」

美香「男の子?」

松山「女」

美香「名前は?」

松山「……みか」

美香「えっ?」

   美香が上半身を起こそうとする。

松山「ほらほら、寝てなきゃダメだろ」

   松山が美香の肩を押す。

松山「初恋の相手の名前を自分のこどもにつけるなんてダサイだろ」

美香「うん。でも、なんかうれしい」

松山「かみさん、あ、もとかみさん、『あなたの心の中にはずっとほかの女がいる!』ってでていった」

美香「まさか……」

松山「その、まさか」

   窓の外、紅葉した樹木から葉が落ちる。

○同・診察室

   松山が万年筆でカルテに記入している。

   久美がきて、

久美「先生、そのペン誰にもらったんですか?」

松山「ああ、これ?」

久美「当ててみましょうか?」

松山「いい」

   久美は唇をかんで、

久美「岩崎さんだけはやめて」

松山「……」

久美「わたし、あなたと別れないから」

松山「……」

   久美は、万年筆を取り上げてゴミ箱に捨てる。

松山「あーーー」



hana-azisaimurasaki.jpeg





○同・病室

   美香はベッドで本を読んでいる。

   松山がきて、

松山「よう、何読んでんだ?」

美香「三浦しをん」

松山「だれだそれ?」

美香「医学書ばっかり読んでないで、たまには小説も読んだ方がいいよ」

   松山はメガネに触れて、

松山「科学的根拠はあるのか?」

美香「しらない。それより……」

松山「ん?」

美香「がん、もう治ったかな?」

松山「正直、まだわからん」

   美香、下を向く。

   と、益富がベッドの下から花束を取り出す。美香の表情がパッと明るくなる。

松山「とりあえず、手術成功おめでとう」

美香「ありがとう」

   美香、花束を受け取る。

松山「と、離婚おめでとう」

   美香、吹き出す。

美香「まだ離婚してないよ」

松山「早く離婚しろよ。男なんか星の数ほどいるんだぞ」

美香「そんなに簡単じゃないわ」

   と、久美が入ってきて、

久美「岩崎さん、ご主人がいらっしゃいましたよ」

   松山は入り口の方を見る。




※この物語はフィクションです。









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