2019年01月18日
森鴎外の「山椒大夫」のバラツキについて4
場面2
「お前は誰の子じゃ。何か大切な物を持っているなら、どうぞおれに見せてくれい。おれは娘の病気の平癒(へいゆ)を祈るために、ゆうべここに参籠(さんろう)した。すると夢にお告げがあった。左の格子(こうし)に寝ている童(わらわ)がよい守本尊を持っている。それを借りて拝ませいということじゃ。けさ左の格子に来てみれば、お前がいる。どうぞおれに身の上を明かして、守本尊を貸してくれい。おれは関白師実(もろざね)じゃ」 A1B2C2D2
厨子王は言った。「わたくしは陸奥掾正氏(むつのじょうまさうじ)というものの子でございます。父は十二年前に筑紫の安楽寺へ往ったきり、帰らぬそうでございます。母はその年に生まれたわたくしと、三つになる姉とを連れて、岩代の信夫郡(しのぶごおり)に住むことになりました。そのうちわたくしが大ぶ大きくなったので、姉とわたくしとを連れて、父を尋ねに旅立ちました。越後まで出ますと、恐ろしい人買いに取られて、母は佐渡へ、姉とわたくしとは丹後の由良へ売られました。姉は由良で亡くなりました。わたくしの持っている守本尊はこの地蔵様でございます」こう言って守本尊を出して見せた。 A1B1C1D2
師実は仏像を手に取って、まず額に当てるようにして礼をした。それから面背(めんぱい)を打ち返し打ち返し、丁寧に見て言った。 A1B1C2D2
「これはかねて聞きおよんだ、尊い放光王地蔵菩薩(ほうこうおうじぞうぼさつ)の金像(こんぞう)じゃ。百済国(くだらのくに)から渡ったのを、高見王が持仏にしておいでなされた。これを持ち伝えておるからは、お前の家柄に紛(まぎ)れはない。」 A1B1C2D1
「仙洞(せんとう)がまだ御位(みくらい)におらせられた永保(えいほう)の初めに、国守の違格(いきゃく)に連座して、筑紫へ左遷せられた平正氏(たいらのまさうじ)が嫡子に相違あるまい。もし還俗(げんぞく)の望みがあるなら、追っては受領(ずりょう)の御沙汰もあろう。まず当分はおれの家の客にする。おれと一緒に館(やかた)へ来い。」A1B1C2D1
花村嘉英(2018)「森鴎外の「山椒大夫」から見えてくるバラツキについて」より
「お前は誰の子じゃ。何か大切な物を持っているなら、どうぞおれに見せてくれい。おれは娘の病気の平癒(へいゆ)を祈るために、ゆうべここに参籠(さんろう)した。すると夢にお告げがあった。左の格子(こうし)に寝ている童(わらわ)がよい守本尊を持っている。それを借りて拝ませいということじゃ。けさ左の格子に来てみれば、お前がいる。どうぞおれに身の上を明かして、守本尊を貸してくれい。おれは関白師実(もろざね)じゃ」 A1B2C2D2
厨子王は言った。「わたくしは陸奥掾正氏(むつのじょうまさうじ)というものの子でございます。父は十二年前に筑紫の安楽寺へ往ったきり、帰らぬそうでございます。母はその年に生まれたわたくしと、三つになる姉とを連れて、岩代の信夫郡(しのぶごおり)に住むことになりました。そのうちわたくしが大ぶ大きくなったので、姉とわたくしとを連れて、父を尋ねに旅立ちました。越後まで出ますと、恐ろしい人買いに取られて、母は佐渡へ、姉とわたくしとは丹後の由良へ売られました。姉は由良で亡くなりました。わたくしの持っている守本尊はこの地蔵様でございます」こう言って守本尊を出して見せた。 A1B1C1D2
師実は仏像を手に取って、まず額に当てるようにして礼をした。それから面背(めんぱい)を打ち返し打ち返し、丁寧に見て言った。 A1B1C2D2
「これはかねて聞きおよんだ、尊い放光王地蔵菩薩(ほうこうおうじぞうぼさつ)の金像(こんぞう)じゃ。百済国(くだらのくに)から渡ったのを、高見王が持仏にしておいでなされた。これを持ち伝えておるからは、お前の家柄に紛(まぎ)れはない。」 A1B1C2D1
「仙洞(せんとう)がまだ御位(みくらい)におらせられた永保(えいほう)の初めに、国守の違格(いきゃく)に連座して、筑紫へ左遷せられた平正氏(たいらのまさうじ)が嫡子に相違あるまい。もし還俗(げんぞく)の望みがあるなら、追っては受領(ずりょう)の御沙汰もあろう。まず当分はおれの家の客にする。おれと一緒に館(やかた)へ来い。」A1B1C2D1
花村嘉英(2018)「森鴎外の「山椒大夫」から見えてくるバラツキについて」より
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