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2023年12月19日

2023年12月19日 九星  無料 今日の運命

文殊菩薩   7.png
20231219

四緑木星の日

縁談、商談の来訪者あり。言動をつつしみ話を進めると良い。いつも良い日、皆良い人。こんな心境を養いたい。
再生の週 成の日

過去の積み重ねが達成される日。
さらに新しいことへの興味が芽生える日でもあるので、実現に向けたプランを立てたり、イメージをふくらませるとよいでしょう。
周囲からの助けに恵まれる日でもあるので、小さな情報でもキャッチする積極的な姿勢を心がけてください。

 

 

 



 

勢至菩薩




偉大な智慧の光を持つ菩薩



勢至菩薩(せいしぼさつ)とは?




正しくは大勢至菩薩といいます。智慧の光ですべてのものを照らし、人々を迷いや苦しみから救うとされています。大勢至菩薩と表記されることもあります。智慧とは物事のあり方を正しく見極める力・判断力を意味します。

 

阿弥陀如来の右脇侍として観音菩薩と共に三尊で表され、独尊で祀られることはほとんどありません。

 

浄土信仰の高まりとともに流行する来迎形式の阿弥陀三尊の場合、観音菩薩が死者の霊をのせる蓮台を持ち、勢至菩薩が合掌をする姿でつくられます。その姿勢は、立像・坐像のほかにひざまずいた姿の跪像もみられます。



ご利益




智慧明瞭、家内安全、除災招福のご利益があるとされています。午年の人々を守る守護本尊であり、午年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるともいわれています。



勢至菩薩(せいしぼさつ)の像容




手を合わせているか水が入っている水瓶(すいびょう)を持っている姿が一般的です。



太陽
正位置・・・幸運。成功。物質的にも幸福な姿。到達。獲得。幸福な結婚。恋愛の成熟。情熱。出産。期待した妊娠。繁栄。有名人。人気。出世。再会。仲直り。生命力。古い観念にとらわれない人物。自然児。大自然。南国への旅。新婚旅行。
逆位置・・・結婚生活のトラブル。婚約破棄。仕事上や家庭内の損失。中絶。流産。難産。孤独。独裁。わがままからくる人間関係の失敗。

ウェイト解説
正位置・・・物質的な幸福。幸運な結婚。満足。
逆位置・・・正位置と同じだが、意味が弱くなる。



















2月19日 (火曜)
月齢
5.99
Moon
潮汐
中潮

月名(旧暦日)
上弦の月
(弓張月)





posted by gomabon at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 運命学

2023年12月17日

今日の運命

六白金星の日

新しい企画を持った人との接触あり。気が高ぶり争いが起りやすい。負けるは勝ち。怒ったら損、自己を誇るなかれ。心豊かにほのぼのと。









不動明王 破壊と再生を司り、悪を滅する








不動明王(ふどうみょうおう)とは?

語源は「動かない守護者」を意味し、インド神話のシヴァ神の別名です。シヴァは暴風雨の威力を神格化したもので、破壊的な災害を起こす半面、雨によって植物を育てます。その破壊と恵みの相反する面は不動明王にも受け継がれているのです。不動明王は仏法の障害となるものに対しては怒りを持って屈服させますが、仏道に入った修行者には常に守護をして見守ります。



大日如来の化身として、どんな悪人でも仏道に導くという心の決意をあらわした姿だとされています。特に日本で信仰が広がり、お不動様の名前で親しまれています。そして、五大明王の中心的存在です。五大明王とは、不動明王を中心に降三世明王(ごうざんぜみょうおう)・軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)・大威徳明王(だいいとくみょうおう)・金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)の5体のことを指し、不動を中心に東西南北に配されます。不動明王の脇侍として八大童子のうちの矜迦羅(こんがら)・制多迦(せいたか)の2童子が配されることも多いです。ちなみに不動明王の持っている龍が巻きついている炎の剣が単独で祀られている場合があります。不動明王の化身とされ、倶利伽羅竜王(くりからりゅうおう)などと呼ばれています。

ご利益

除災招福、戦勝、悪魔退散、修行者守護、厄除災難、国家安泰、現世利益のご利益があるとされる。また、酉年生まれ守り本尊です。酉年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるといわれています。

不動明王(ふどうみょうおう)の像容

背の低い、ちょっと太めの童子型の造形が多く、怒りの表情をしています。目は天地眼(てんちげん)といって右目を天に向けて左目を地に向けていますよ。口は牙上下出といって右の牙を上に出して左の牙を下に出しています。炎の光背を背にし、手には剣と羂索(けんじゃく)を持っています。剣は大日如来の智慧の鋭さを表現しています。羂索とは煩悩を縛り悪の心を改心させる捕縛用の縄のことです。



http://cyber-price.com/buddha/



Buddha Japan journal
日本の仏教を発信します
Send Japanese Buddhism

ニルヴァーナを智慧と慈悲をめざす。

"Nirvana aims for wisdom and compa

2023年12月16日

Samatha Vipašyanāの瞑想法  目を閉じて、心を開く: インドの瞑想、サマタ・ヴィパッサナーの魔法"

健康とホルモンの科学2222.png
 

  • ビバシュヤナーは、Samatha Vipaśyanā(瞑想法)の一部であり、インドではこの用語が使われていた。

  • 「瞑想」という言葉は、明治になって新たに作られたもので、それ以前の古い密教の書物には見られない。

  • 古い密教の書物において、「奢摩他毘舎那」が瞑想を指しており、これが瞑想の本質を表現した言葉として感心されている。

  • 「毘鉢舎那」と「サマタ」は瞑想の技法であり、心を一点に集中させ、境界を超えて想念をめぐらすことを指す。

  • 阿含経典において、シャマタとビパシュヤナーについて説明され、これらは瞑想法の基本であり、深遠できわめがたいものとされている。


Samatha Vipašyanāの瞑想法

「瞑想」という言葉は、どこから出たのであろうか?

日本語の「瞑想」を、辞典から引いてみると、

「目を閉じて静かに考えること。 現前の境界を忘れて想像をめぐらすこと」

『広辞苑』岩波書店)

「目を閉じて心を静め、無心になって想念を集中させること(明治期につくられ

「目を閉じてじっと考えること。 沈思黙考・ 黙想」

Meditation 「黙想 (熟考すること。 特に宗教的な黙想。 瞑想」

(『大辞林』 三省堂)

(『日本語大辞典』講談社)

コンサイス英和辞典』 三省堂)

わたくしたち、瞑想を本格的に修行しているものからみると、いずれも、もの足 りない感じがする。

さきにわたくしは、“瞑想はインドにおいて非常に古くからおこなわれていた" と書いたが、では、インドでは、瞑想をなんとよんでいたのだろうか?

い。

を開いて、

インドでは、Samatha Vipaśyanā とよんでいたのである。

瞑想という語は、『大辞林』にあるように、明治になってつくられた言葉であっ て、それ以前の古い密教の書物をみると、瞑想という語は、いっさい見あたらな

わたくしは、密教を、最初、 独学で勉強をはじめたのであるが、古い密教の書物

「奢摩他毘舎那 こそ、密教の肝要なり」

という文字にぶつかって、目をパチクリさせたものである。

いろいろ調べて、これが瞑想のことだと知った。そして、瞑想という漠然とした ものではなく、瞑想そのものの本質をズバリ表現した言葉であることに感心した。 この言葉は、瞑想の本質とその技法を、ズバリそのまま表現しているのである。 他とは、心を一点一境に集中して、いささかも散乱させないこと。

毘鉢舎那は、現前の境界をはなれて、さまざまな想念をめぐらすこと。

ともに、瞑想の技法である。 瞑想は、じつに深遠にしてきわめがたいものである 技法としては、この二つに帰する。

阿含経典のなかに、シャマタとビパシュヤナーについてつぎのように説かれてい るところがある。

瞑想法の入門書として最適なので、本書も、ここから解説をはじめることにす

脳と心の革命 42

 

 

https://youtu.be/UJcYVQWWKk0?si=0qW4EmEfefPXyGF4https://youtu.be/HLzbsOmnQ8E?si=wpJZQijO07bJPSoA

 

 
posted by gomabon at 07:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 瞑想

2023年12月16日 九星  無料 今日の運命

阿弥陀如来  5.png
20231216

七赤金星の日

人より協力の依頼を受けたりする日。金運、喜び事あるも調子に乗って酒色に乱れぬよう心すべき日。小利に迷わず自他喜びを共にする心掛けも大切。


再生の週 衰の日

決断力の鈍る日。
交渉事や契約は避けて、先送りしたほうがよいでしょう。
悩みや迷いがあっても、ひとりで答えをだそうとせずに、相談できる人に打ち明けることで、正しい解決の糸口が見つかります。







 

 

 

 

大日如来 すべての生き物の根本となる仏


 

 


大日如来(だいにちにょらい)とは?




大日とは「大いなる日輪」という意味です。太陽を司る毘盧舎那如来がさらに進化した仏です。密教では大日如来は宇宙の真理を現し、宇宙そのものを指します。また、すべての命あるものは大日如来から生まれたとされ、釈迦如来も含めて他の仏は大日如来の化身と考えられています。

 

大日如来には悟りを得る為に必要な智慧を象徴する金剛界大日如来と、無限の慈悲の広がりを象徴する胎蔵界大日如来という2つの異なる捉え方があります。金剛とはダイヤモンドのことを指し、智慧がとても堅く絶対に傷がつくことがないことを意味しています。また、胎蔵とは母親の母胎のようにすべての森羅万象が大日如来の中に包み込まれている様を意味しています。この2つが揃って大日如来を本尊とする密教の世界観が出来上がるのです。



ご利益




現世安穏、所願成就。また、未・申年生まれ守り本尊です。



大日如来(だいにちにょらい)の像容




本来、如来は出家後の釈迦の姿をモデルとしているため装飾品は身に付けていませんが、大日如来だけは別格で豪華な装飾品や宝冠を付けています。また、螺髪(らほつ)ではなく、髪を結い上げています。

 

金剛界、胎蔵界の姿でそれぞれ印の形が違います。金剛界の大日如来は、左手の人差し指を立て、その人差し指を右手で包みこむ智拳印の印相をしています。一方、胎蔵界の大日如来は、腹の前で両手の全指を伸ばして組み合わせる定印です。


 

 
.世界
正位置・・・最も強く、最も良い意味(78枚のタロットカードの中で…)。目的の達成。念願の成就。結婚。恋愛。職業などの成功。世界一周のような大旅行。完全。成功。人格者。精神の高揚。超能力や霊力の会得。名声。極楽往生。
逆位置・・・挫折。不完全。物質への未練。旅や変革への不安。婚約破棄。

ウエイト解説
正位置・・・約束された成功。報酬。旅。出国。飛行。場所の移動。
逆位置・・・惰性。固定。頑迷。永続。



















12月15日 (金曜)
月齢
2.35
Moon
潮汐
大潮

月名(旧暦日)
三日月






 
posted by gomabon at 03:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 運命学

2023年12月15日

2023年12月15日 九星  無料 今日の運命 

大日如来  3.png
20231215

八白土星の日

 内輪もめが起こりやすい。格別慈悲心が大切の日。もうけ話は損失となりやすい



再生の週 栄の日

何かを始めるのに適した日。
リスクのあることや、躊躇していたことにも果敢にチャレンジすることで、良い結果が現れます。
全く未知の分野であっても積極的に挑戦してください。
自分に自信をもって、少しオーバーなくらいの気持ちで臨むとよいでしょう。



大日如来 すべての生き物の根本となる仏


 

 


大日如来(だいにちにょらい)とは?




大日とは「大いなる日輪」という意味です。太陽を司る毘盧舎那如来がさらに進化した仏です。密教では大日如来は宇宙の真理を現し、宇宙そのものを指します。また、すべての命あるものは大日如来から生まれたとされ、釈迦如来も含めて他の仏は大日如来の化身と考えられています。

 

大日如来には悟りを得る為に必要な智慧を象徴する金剛界大日如来と、無限の慈悲の広がりを象徴する胎蔵界大日如来という2つの異なる捉え方があります。金剛とはダイヤモンドのことを指し、智慧がとても堅く絶対に傷がつくことがないことを意味しています。また、胎蔵とは母親の母胎のようにすべての森羅万象が大日如来の中に包み込まれている様を意味しています。この2つが揃って大日如来を本尊とする密教の世界観が出来上がるのです。



ご利益




現世安穏、所願成就。また、未・申年生まれ守り本尊です。



大日如来(だいにちにょらい)の像容




本来、如来は出家後の釈迦の姿をモデルとしているため装飾品は身に付けていませんが、大日如来だけは別格で豪華な装飾品や宝冠を付けています。また、螺髪(らほつ)ではなく、髪を結い上げています。

 

金剛界、胎蔵界の姿でそれぞれ印の形が違います。金剛界の大日如来は、左手の人差し指を立て、その人差し指を右手で包みこむ智拳印の印相をしています。一方、胎蔵界の大日如来は、腹の前で両手の全指を伸ばして組み合わせる定印です。


 

 
.世界
正位置・・・最も強く、最も良い意味(78枚のタロットカードの中で…)。目的の達成。念願の成就。結婚。恋愛。職業などの成功。世界一周のような大旅行。完全。成功。人格者。精神の高揚。超能力や霊力の会得。名声。極楽往生。
逆位置・・・挫折。不完全。物質への未練。旅や変革への不安。婚約破棄。

ウエイト解説
正位置・・・約束された成功。報酬。旅。出国。飛行。場所の移動。
逆位置・・・惰性。固定。頑迷。永続。



















12月15日 (金曜)
月齢
2.35
Moon
潮汐
大潮

月名(旧暦日)
三日月






 
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2023年12月14日

人間の体は緻密な化学工場  The human body is a dense chemical factory

人間の体は緻密な化学工場
阿含仏教・超能力の秘密

栄養学に関する書物を読むたびに、私はいつも思うのであるが、人間の体はじつに緻密に
組み立てられた化学工場だということである。
それは、良質の材料(食物)をあたえてやれば良質の製品(心・体)をつくり出すし、祖
雑な材料をあたえてやれば、お粗末な製品しかつくらない。万に一つも違わない。
「あなたは、あなたが食べたもの、そのものである」
と著名な栄養学者、ロジャー・J・ウィリアムズ博士はいう。
ウィリアムズ博士は、パントテン酸の発見者であり、葉酸の先駆的研究者で、栄養学界の
ノーベル賞ともいうべき、ミードージョンソン賞の受賞者である。
博士はいうのである。
私たちの体の中には、私たちが食べたもの以外のものから作られるものは何一つ存在
しないということは、学問的に真実です。私たちの体は細部にいたるまですべて、須故

ら摂り入れた材料を用いて作られなければなりません。
体は、食べた食物の質しだいで良くも悪くも作られます。
人間と同じように、動物の発育状態や活力、健康、敏捷性、魅力は、彼らが受けとる
栄養しだいです。賞を取った猫や犬は充分に栄養を与えられており、普通に牧草を食べ
て飼育された牛は入賞しそうもないということは、偶然ではありません。
人間も、ふつうの栄養をとっていたのでは、どんな賞にも入賞できそうもないのである。
それどころか、悪い栄養をとっていたら、もっと悲惨なことになる。
ウィリアムズ博士は、つぎのような例をあげる。
栄養のない食べ物は、人間の性格を損なうことがあるでしょうか。こんなことがあり
ました。
イギリスのロンドンにある救世軍で、十一歳から十五歳までの十七人の少女たちの食
事が改善された時に、彼女らの怠慢な行動と態度が著しく改善されました。この少女だ

ちは、白いパンとマーガリンと安いジャムと多量の甘い紅茶、それにいくらかの缶詰や
加工した肉を常食としていました。この食事で、彼女たちは互いによく口論やけんかを
し、権威者に反抗しました。また、彼女たちはものうげで怠惰に見えました。少女たち
の食事がいろいろな種類の新鮮な野菜と果物、乳製品、そして新鮮な肉を含むものに変
えられてから、彼女たちは、『マイーフェアレディ』のイライザードウリットルのような
変容をしました。にきびはなくなり、頬はバラ色になり、態度は非常に快活になって、
口論も少なくなりました。退屈し、ものうげで、弱っていく代わりに、まわりの世の中
のことに興味をもち、自分自身の生活のプランを立て始めました。
また、イギリスで行われたラットを使った実験では、動物研究において可能なかぎり
厳密に管理された状態のもとで、次のような研究結果を得ました。この実験で、二十匹
のラットを一つの大きなかごの中に入れ、栄養のある食べ物を与えました。彼らは皆、
元気で、つやが良く健康に成長し、かなりの時間を毛づくろいに費やしました。
別に他の二十匹のラットを、もう一つの大きなかごに入れ飼育しました。しかし怠惰
な少女たちの最初の食事を餌として与えました。二、三日のうちに、ラットの毛は光沢
を失い始め、ぼさぼさになりました。また、非常に神経質になり、互いに咬み乙口い、か

に殺され食べられてしまいました。終いには、お互いの身を守ってやるために、一匹ず
つ別のかごに移さなければなりませんでした。
この研究結果は、非行少年少女を持つ世の親たちに、つよい関心を促すものというべきで
はなかろうか。
しかし、いったい、食べ物の中の何か、こういう現象を起こすのであろうか?
食べ物を見てみよう。
成長と生命維持の化学物質
学者は、われわれがとる食べ物を、つぎのように分析した。(表2参照)
これを、ロジャー・ウィリアムズ博士は、「成長と生命維持のための化学物質」とよんでい

われわれが、生命を維持し、成長するためには、ぜったいにこれらの物質が必要なのであ

われわれは、外界からとり入れたこれらの物質を材料にして体の構成物質をつくり、また、
体内でこれらの物質が分解するときに生ずる化学的子不ルギーを利用して、あらゆる生活活動
成長と生命維持をおこなっているわけである。
多量栄養素
微量栄養素

このような体外からの栄養物質(これを。栄養素”という)の摂取と、体内でそれを利用
する過程を、「栄養」とよぶのである。
そこで、表示されているこれらの栄養素を種類別に大約すると、つぎのようになる。
糖 質(炭水化物)
脂 質(脂肪)
タンパク質
ミネラル
ビタミン
となる

糖質、脂質、タンパク質を「多量栄養素」とよび、ミネラル、ビタミンを「微量栄養素」
とよぶ。
ビタミンやミネラルのような微量栄養素は、それ自体が子不ルギーを供給することはない。
多量栄養素が子不ルギー源となる。
ただし、それは、微量栄養素が十分に摂取されている場合にかざる。
(そこで、余談だが、多量栄養素をとり入れた食事をろくにとらず、栄養的に十分でないイ
ンスタントーラーメンかなにかを食べて、そのあと、ビタミンのカプセルや錠剤をひとつか
み口に投げこんで、栄養をとったと思っているのは、ナンセンスそのものだということがお
わかりであろう)
生命を守る四〇の鎖
いま、。多量”。微量”という言葉が出てきたが、それでは、どれをどれくらい多量に、ど
れをどれくらい微量にとったらよいのか?
その大体の分量は学問的に決定づけられている。しかし、中には、必要であることはわか。将来、変更される可能性のあるものなど、いろいろである。
しかし、いずれにしてもこれらの栄養素は、「必須栄養素」あるいは「不可欠栄養素」とよ
ばれ、一つでも欠けると、われわれの生命維持は不可能になる。
ウィリアムズ博士は、これら必須栄養素の一つ一つを「環」とみたとき、栄養素とは、こ
の環がつなかってできた鎖のようなものだといっている。
四〇の環をつなぎ合わせた鎖が、たとえどの環の一つでも弱かったら、その鎖はそこから
切れてしまって、鎖は役に立だない。他の三九の環がどんなに強靭であっても、一つの環が
切れたら、それはもう鎖ではない。
それはまた、こういう例えもできるだろう。
ここに四〇枚の板からできあがったタルがあるとする。(図1)
四〇枚の板のどれ一枚でも、必要量のレベル以下の部分に穴があると、すべての栄養素は、
そのレベル以下になってしまって、欠乏するのである。
だから、必要量はみなちがうけれども、必須栄養素はそれぞれ必要量の100ハーセント
をみたさなければならないのである。つまり、タルに穴をあけてはいけないのである。

臓、肺、脳、神経は、いずれもタンパク質からできているか、あるいは、タンパク質にその
機能の多くを頼っているのである。
それに、生物に必須の化学反応を触媒する酵素も、タンパク質でできている。
食物としてとり入れられたタンパク質は、タンパク消化酵素によって、アミノ酸にまで分
解され、小腸の内壁から血液中にとり入れられる。そして「門脈」という名の太い血管を通
って、肝臓にたどりつく。
肝臓はそれを、自分自身の組織タンパクに同化する一方、血清タンパクを合成する。あま
ったアミノ酸はそのまま肝臓をはなれ、血中アミノ酸として全身をめぐる。そしてその一部
はアミノ基をうばわれて、糖質や脂質となり、あるいは子不ルギー化するのである。
われわれが、牛肉を食べて、その牛肉のタンパク質がそのまま体内にとり入れられて、筋
肉になるのではない。牛肉のタンパク質は消化管内で、構成成分であるアミノ酸にまで分解
されたのち、体内に吸収されるのである。
生物の体は、これらとり入れたアミノ酸を、自分の持つ遺伝情報(DNA)に従ってつないって、コブラやハブの力を持つことを期待するのはナンセンスなのである。要するに、虎
もコブラも、そのアミノ酸を活用するだけのはなしである。
このように、食品のふくむタンパク質は、アミノ酸にまで分解して血液中に入り、さまざ
まな形ではたらくのであるが、その分解作用をするのが酵素である。まさに、酵素がなくて
ははじまらないのだが、その酵素がまたタンパク質なのである。
また、タンパク質の重大なはたらきの中に「抗体」がある。
抗体は血液中の重要なタンパク質で、感染や病気から、われわれを守るはたらきをする。
抗体をふくむ免疫組織というのは、風邪の原因であるウイルスの猛攻撃とか、侵入してく
るバクテリア(細菌)にたいする体の中での防御体制である。
私たちの周囲を、何十億という有害な微生物がとりまいており、抗体はつねにたたかって
いるのである。
そのほか、ホルモンの多くがタンパク質である。
あとでのべるが、仏陀の成仏法では、ある特殊なホルモンを湧出して力を発揮する技法を
使う。この修行に入ったときには、タンパク質の必要量を、一五パーセントから二〇パーセ
ント増加させなければならない。

ぎ合わせ、自分固有のタッパク質を合成するのである。だから、虎の肉を食ったからといっ
て、虎のように強い筋肉や心を持つことはできないし、コブラやハブをいくら食っむいらヒ
タンパク質とアミノ酸

さて、ところで、「毎日、適当量のタンパク質」という言葉が出てきた。
。適当量”とは、いったいどれ位の分量なのか?
それをのべる前に、もう少しタンパク質の性質についておはなししなければならな
いうのは、分量の数字を出す前に、その内容がまず問題だからである。
読者の中には、ことによると、タンパク質とアミノ酸の関係について、よくわからないで
いる人がいるかもしれない。タンパク質ならタンパク質、アミノ酸ならアミノ酸と、割り切
ってくれたらいいじやないか、なぜ、そんなにゴチャゴチヤとこんがらかっているんだ、と
腹を立てている人もいるかもしれない。ここのところをはっきり理解しないと、これから先、
なにを話してもムダになってしまう。
タッパク質は分子から成り立っているが、それでは、典型的なタンパク分子は、いったい
どんな形をしているのだろうか?
まず、ここに二〇種類の異なる形をしたビーズ玉があって、それが五〇〇個、一定の順序
でつながり、それがらせん状をつくって、さらにまがりくねって球形とか卵型になっているこのとき、それぞれのビーズ玉がアミノ酸なのであり、ビーズ玉が連結してびっしりつま
った球形とか卵型の複雑な構造をしているものが、天然タンパク分子とよぶものなのである。
つまり、アミノ酸の集合体を、タンパク質とよぶわけだ。だから、タンパク質は、いろい
ろな構造のものが、無数にある。
ビーズ玉(アミノ酸)が五〇〇個くらいのものもあるし、また最も単純なタンパク質とし
て知られている牛のインシュリン(ふつう、糖尿病治療に使う)は一九種のビーズ玉を五一
個しか持っていない。また、およそ三〇〇〇個のビーズ玉からできているタンパク質もある
し、二万個のものもある。一般的にタンパク質は比較的大きい分子からできているが、これ
でもまだ目に見える位の大きさではない。
タンパク質の種類が途方もなくたくさんあるのは、ビーズ玉の数や種類をいろいろと変え
ることができるからである。
コー種類のビーズ玉を使って全体がいつも二八八個になるようタンパク質をつくっていく
と、なんとその順列組み合わせは、一〇〇の三〇〇乗個あり、つまり、その数だけ異なるタ
ンパク質ができる計算になる。この途方もない数字は、全地球上の原子の総数よりも多いの

The human body is a dense chemical factory
Secrets of Ao Buddhism and super power

Every time I read a book about nutrition, I always think, but the human body is actually precise
It is an assembled chemical factory.
If you give a good quality material (food), it will create a good product (mind / body)
If you give a rough material, you can make only poor products. There is no difference.
"You are what you ate"
Says prominent nutritionist Dr. Roger J. Williams.
Dr. Williams is a discoverer of pantothenic acid, a pioneering researcher of folic acid,
He is the winner of the Meadow Johnson Award, which can be called the Nobel Prize.
Dr. says.
There is nothing in our body that is made from anything other than what we eat
Not to do is academically true. Our bodies are all down to the details

It must be made from the materials that you have taken.
Your body can be made good or bad depending on the quality of the food you eat.
As with humans, they receive the growth status, vitality, health, agility, and charm of animals
It depends on nutrition. Award-winning cats and dogs are well nourished and normally eat pasture
It is no coincidence that cattle raised in the past are unlikely to win.
人間 Humans are not likely to win any award if they are normally nourishing.
On the contrary, if you have bad nutrition, you will be more miserable.
Dr. Williams gives the following example.
食 べ 物 Doesn't unnutrition food harm human character? There is such a thing
It was.
The food of 17 girls from 11 to 15 years old in the Salvation Army in London, England
When things improved, their lazy behavior and attitude improved significantly. This girl

Chi, white bread, margarine, cheap jam, lots of sweet tea, and some canned
The processed meat was a regular meal. In this meal, they often quarrel and quarrel with each other
And rebelled against the authority. They also looked lazy and lazy. Girls
Meals have changed to include various types of fresh vegetables and fruits, dairy products, and fresh meat
Since they were taken, they were like Eliza dow liter of “My Fair Lady”
Changed. Acne is gone, cheeks are rosy, attitude is very cheerful,
There was less quarrel. Instead of being bored, ugly and weakening, the world around you
I was interested in this and started to plan my own life.
Also, in experiments using rats in the UK, as much as possible in animal research
The following results were obtained under strictly controlled conditions. In this experiment, 20 animals
Of rats in a large basket and fed nutritious food. They are all
He was healthy, glossy and healthy, and spent a lot of time grooming.
Separately, another 20 rats were reared in another large basket. But lazy
The first meals of the young girls were fed. Within a few days, the rat's hair is shiny
I started losing my life and became frustrated. Also, they become very nervous and bite each other,

I was killed and eaten. At the end, in order to protect each other,
I had to move it to another basket.
[This research result should encourage the parents of the world who have delinquent boys and girls.
I wonder.
However, what exactly does this happen in food?
Let's take a look at the food.
Chemicals for growth and life support
Scholars analyzed the food we take as follows. (See Table 2)
This is what Dr. Roger Williams calls "chemicals for growth and life support."

All of these substances are necessary for us to maintain life and grow.

We made these substances from the outside world to make body constituents,
Any living activity using the chemical energy generated when these substances decompose in the body
It is growing and sustaining life.
Macronutrient
Micronutrients

Ingestion of nutrients from outside the body (this is called nutrients) and use it in the body
This process is called “nutrition”.
Therefore, if these nutrients that are displayed are roughly summarized by type, it becomes as follows.
Sugar quality (carbohydrate)
Fat quality (fat)
protein
mineral
vitamin
Become

Sugars, lipids, and proteins are called “macronutrients”, and minerals and vitamins are “micronutrients”.
Called.
∙ Micronutrients such as vitamins and minerals themselves do not supply offspring.
Macronutrients are a source of child urgency.
(However, it does not matter if micronutrients are sufficiently consumed.)
(Therefore, it's a digression, but don't take a meal with macronutrients and it's not nutritionally sufficient.)
Eat instant noodles or something, then one vitamin capsule or pill
It is nonsense itself that you think you have nourished by throwing it in your mouth.
Will understand)
40 chains protecting life
Now. The word “a lot” came out, but then how much, how much,
How small should I take this?
The approximate amount is determined academically. But what do you need? There are various things that may change in the future.
However, in any case, these nutrients are called “essential nutrients” or “essential nutrients”.
If even one is missing, our life cannot be maintained.
When Dr. Williams sees each of these essential nutrients as a “ring”,
It is said to be like a chain made by connecting the rings.
If the chain that joins the 40 rings is weak in any one of the rings,
The chain is broken and the chain is useless. No matter how strong the other 39 rings are,
If it runs out, it is no longer a chain.
It can also be like this.
Suppose here is a tar made of 40 plates. (Figure 1)
If any one of the 40 plates has a hole below the required level, all nutrients
It is below that level and is deficient.
So, although the required amount is different, each essential nutrient is 100 Harcent of the required amount.
It is necessary to see. In other words, don't pierce the tall.

The organs, lungs, brain, and nerves are all made of protein, or
They rely on lots of features.
Furthermore, enzymes that catalyze chemical reactions essential to living organisms are also made of proteins.
∙ Protein taken in as food is separated into amino acids by protein digestion enzymes
Is taken up into the blood from the inner wall of the small intestine. And through a thick blood vessel called the portal vein
I get to the liver.
The liver synthesizes serum proteins while assimilating it into its own tissue proteins. Ama
These amino acids can leave the liver and travel throughout the body as blood amino acids. And part of it
The amino group is squeezed into sugars and lipids, or becomes unruly.
We eat beef and the beef protein is taken into the body
It does not become meat. Beef protein breaks down into the constituent amino acids in the digestive tract
And then absorbed into the body.
It is nonsense that the organism's body expects it to have the power of a cobra or hub by connecting these incorporated amino acids according to its own genetic information (DNA). In short, the tiger
Neither cobra nor just use the amino acid.
In this way, the protein contained in food is broken down into amino acids and enters the blood.
Although it works in its original form, it is the enzyme that breaks it down. There is no enzyme
It doesn't start, but the enzyme is also a protein.
Also, “antibodies” are among the important functions of proteins.
Antibody is an important protein in the blood that protects us from infection and disease.
The immune system, including antibodies, is the onslaught of viruses that cause colds
It is a defense system in the body against bacteria.
There are billions of harmful microorganisms around us and antibodies are always struggling
It is.
In addition, many hormones are proteins.
As will be described later, in Buddha's adult Buddha method, there is a technique that brings out a special hormone to exert its power.
use. When entering this training, the required amount of protein is reduced from 15 percent to 20 percent.
Must be increased.

Join them together to synthesize their own tapacities. So just because you ate the tiger meat
You can't have strong muscles and mind like a tiger, and you can eat a cobra or hub
Protein and amino acid

By the way, the word “appropriate amount of protein every day” came out.
. How much is the “appropriate amount”?
!Before we can talk about it, we have to talk a little more about the nature of proteins
This is because the content is the first problem before giving out the quantity.
Some readers probably don't understand the relationship between proteins and amino acids.
There may be some people. Protein is protein and amino acid is amino acid.
I ’m not sure if you ’d like me, why I ’m so confused.
Some people may be angry. If you do n’t understand this point clearly,
No matter what you talk about, you get wasted.
Tapac is made up of molecules, but what are typical protein molecules?
What shape is it in?
First of all, there are 20 kinds of bead balls with different shapes, and they are 500 pieces in a certain order.
In this time, it forms a spiral, and it turns further into a sphere or egg shape, and at this time, each bead ball is an amino acid, and the bead ball is connected and tight
Those that have a complicated spherical or egg-shaped structure are called natural protein molecules.
That is, an aggregate of amino acids is called a protein. So proteins are different
There are countless things with various structures.
There are about 500 beads (amino acids), and the simplest protein
Cattle insulin (usually used to treat diabetes) uses 19 kinds of bead balls
I only have it. Some proteins are made of approximately 300,000 beads.
And there are 20,000 items. In general, proteins are made up of relatively large molecules.
But it's still not visible.
There are a tremendous variety of protein types that change the number and type of beads.
It is because it can be.
!Produce protein so that the whole is always 28 using beads of Kou type
The number of permutations is one hundred thirty thousand, that is, different numbers
This is a calculation that can produce high quality. This tremendous number is more than the total number of atoms on the earth.
posted by gomabon at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 運命学

2023年12月14日  九星  無料 今日の運命

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20231214

九紫火星の日

金銭問題、女性にかかわる苦労あり。人に背反されることあり。派手な苦労をする日。
再生の週 胎の日

来世を表す生まれ変わりの日。
積極的な行動には向かない日ですが、先々の予定を立てるには最適です。
近い未来だけでなく、漠然とでも将来のビジョンを思い描き、小さな準備からでも始められると、必ず結果が現れるでしょう。






 

 

 

 

 

勢至菩薩 偉大な智慧の光を持つ菩薩


 

 

勢至菩薩




偉大な智慧の光を持つ菩薩



勢至菩薩(せいしぼさつ)とは?




正しくは大勢至菩薩といいます。智慧の光ですべてのものを照らし、人々を迷いや苦しみから救うとされています。大勢至菩薩と表記されることもあります。智慧とは物事のあり方を正しく見極める力・判断力を意味します。

 

阿弥陀如来の右脇侍として観音菩薩と共に三尊で表され、独尊で祀られることはほとんどありません。

 

浄土信仰の高まりとともに流行する来迎形式の阿弥陀三尊の場合、観音菩薩が死者の霊をのせる蓮台を持ち、勢至菩薩が合掌をする姿でつくられます。その姿勢は、立像・坐像のほかにひざまずいた姿の跪像もみられます。



ご利益




智慧明瞭、家内安全、除災招福のご利益があるとされています。午年の人々を守る守護本尊であり、午年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるともいわれています。



勢至菩薩(せいしぼさつ)の像容




手を合わせているか水が入っている水瓶(すいびょう)を持っている姿が一般的です。


 
節制
正位置・・・職業上の成功。業績をあげる。社会的な名声を意味する。名家。宝石。大邸宅。倹約。蓄財。生命力。(気象上で)風が出てくる。名誉。誇りをうる。高潔な人格。芸術家。超能力。精神的なものと肉体的なものが一致した恋愛。社長。高給生活者。勝負師。
逆位置・・・短気、頑固。わがまま。贅沢。浪費。恋愛上の孤独。夢想的な恋愛。賭博。風にさまたげられる。強風。生命力や活力の浪費。

ウェイト解説
正位置・・・経済。中庸。倹約。管理。適切。
逆位置・・・教会。宗教。宗派に関すること。ときには質問者自身やその将来の結婚相手が宗教関係者かもしれない。不調和。不幸な組み合わせ。利害の衝突。



















12月14日 (木曜)
月齢
1.02
Moon
潮汐
大潮

月名(旧暦日)
二日月
(既朔)






 

 

 
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2023年12月13日

仏教未体験者への招待:興味津々なる仏教の世界"

 

  1. 人類が抱える問題: 殺し合い、奪い合い、憎み合い、有害物質の急速な拡散。

  2. 原因はヒトの愚かさ: リンネの「知恵あるヒト」とシヤルルーリシエの「愚かなヒト」の対比。

  3. ヒトの二面性: 賢い知恵ある面と愚かで弱い面が混ざり合った矛盾した存在。

  4. ホモーサピエンスの現状: 殺し合い、奪い合い、憎み合いがエスカレートし、知能の向上が必要。

  5. 必要なものは高度な知能: 科学や技術だけでなく、知能革命が人類にとって最も必要なもの。

  6. 教育の無力さ: 知能を高めるのではなく、知識を広げるだけであるとの主張。

  7. 宗教の限界: 高度な知能を持つ未来社会では宗教が不要であり、宗教意識は常識になるべきだと説く。

  8. 未来社会とホモーエクセレンス: 未来社会では人類はホモーエクセレンスとホモーサピエンスに分かれる。

  9. ホモーエクセレンスの特徴: 未来人は特殊な能力を持ち、脳発速度係数三・九を有すると予測される。

  10. 歴史を振り返り: 人類の進化と絶滅の歴史を rep sapiensに焦点を当てながら整理。

  11. 未来人の教育: 未来人は現代人と同じく教育を受け、その進化した知能を発揮すると期待される。

  12. 現代人の限界: ホモーサピエンスの知能が極限に達し、新しい文明の必要性が主張される。

  13. 集団自殺の危機: 現代人の集団自殺による絶滅が地上で展開しているとの警告。

  14. 未来社会の到来: 新しい文明が生まれ、ホモーサピエンスとホモーエクセレンスが共存する時期が来ることを予測。


人類がいまかかえている問題を見てみよう

人類がいまかかえている問題を見てみよう。
―殺し合い、奪い合い、憎み合い、傷つけ合いI−そして地球上に急速にひろがりっつある
有害物質―。それらはどこに原因があるのであろうか? わかりきったことである。
それは、ヒトが愚かなためである。
人類学者リンネは、人間を分類して「知恵あるヒト」と学名をつけた。
生川学者シヤルルーリシエは、愚かなヒト、ホモースツルッスと名をつけた。ノーベル賞受賞
者のリシエは、その著、「人間−この愚かなるもの」の序文で、人類のかずかずの愚行をつぎ
っぎとあげ、実にあれかえったおろかな動物であるとして、超愚人類と呼びたいところだ
が、まあ、最上級の形容詞はがまんして、愚人類ぐらいでかんべんしておこうと書いている。
たしかに、ヒトには、この二つの面がある。賢い知恵ある面と、愚かで弱い面と、二つの面が
ひとつにまざり合っている矛盾した生物が、まさにヒトであるということなのだが、いま、われ
われの周囲をながめてみると、ホモーサピエンスは全く影をひそめ、ホモースツルチッシムスが
妖怪のごとく横行している。
殺し合い、奪い合い、憎み合い、傷つけ合いI−、
それは次第にエスカレートしてゆく。科学と技術はヒトの力を無限に拡大したが、同時に、ヒトの殺戮と搾取と憎悪と闘争をも無限に増大させた。このままでは、問もなく、ホモーサピエン
スは絶滅する。

いま、人類にもっとも必要なものはなにか?
それは高度の知能である。
この地上に展開する恐るべき大愚行は、なによりもまず人類の知能が低いところに原因する。
いま、人類に必要なものは、科学でもなければ技術でもない。革命でもなければイデオロギー
でもない。人種闘争でもなければ階級闘争でもない。そんなものはなんの役にも立たぬ。

何十回、革命を起こしても、何百回、闘争をくりかえしても、人類の知能がいまの水準にある
かぎり、それはむなしい儀式のくりかえしに過ぎぬ。
歴史をみてみよう。機械と技術、科学と文明と称するものがいくら進歩発達しても、おろかな
人間たちの行動パターンは少しも変わっていない。つねに、憎み合い、殺し合い、奪い合う、こ
のパターンのくりかえしではないか。どこに変化が見られるか。
若ものよ。エネルギーのむだな燃焼をやめたまえ。革命を思うなら、全人類の知能革命に前進せよ。
ネアンデルタールの昔から、ヒトの知能は一歩も前進していない。なによりもまず人類の知能を高めねばならぬ。
ホモースツルチッシムスを絶滅せよ。そうせぬかぎりわれわれにもはや未来はない。それはすでに秒読みの段階に入っている。
このとき、ここに、ヒトを改造し、社会機構を一変させる技術がある。この技術は、ふるき社会体系をすべて解体し
、そこから生まれるあたらしい文明は、次元をひとつ超えるだろう。この
技術によってのみ、世界はよみがえり、この革命だけが全人類を破滅から救う。
若ものよ。君たちはなぜこれに視線を向けぬのだ。
なぜ、君たちは、この、地上いまだかつて比類なき壮大にしてドラマチックな革命に情熱をたらぬのだ。

教育?
それは無力である。
それは知能を高めるものではなく、ただ、知識をひろげるだけのものに過ぎない。
教育は、ただ、その人の本来持っているところの知識をひろげるだけで、知能そのものを高め
はしない。知能を高める技術とは、ものを教え、ものをおぼえさせることではなく、おぼえる能
力そのものを高めるシステムでなければならない。馬鹿はいくら教育したって馬鹿である。馬鹿
に教育はまったく無力だ。馬鹿を利口にするためには特別の技術がなければならぬ。

宗教?
それは、知能ひくきものたちの愚行をなんとか良心にうったえて思いとどめさせようとするブ
レーキに過ぎず、知能を高めるためのなんの力も技術もない。念仏をとなえ、題目を高唱し、経
典教学をそらんじ、神のみ名を呼んでも、心の安らぎ、なぐさめ、信念というたぐいのものは得
られても、知能そのものが高くなるということはない。
最高度に進化発達した知能を持つ未来社会に、宗教という特別な分野はなくなるだろう。高度

の知能怯局度に発達した倫理観、道徳意識をともなうから、現在の宗教や、宗教家あたりが説い
ている「教え」など、まったく低俗な、次元の低い幼稚なものとしてかえりみられず、宗教意識
はごくあたりまえの常識になってしまって、ことさらにカミやホトケを念ずることなどなくなる
だろう。ヒトが、カミ、ホトケとびとしくなるのである。
そういう未来社会が、すぐ足もとに来ていることに君は気づくべきだ。
今までとはまったく構造の変わった社会体系があらわれようとしていることを、君は知らねばならぬ。
君はそれを疑うのか? ではいおう。
もしもI。
そういう高度の知能が出現しないかぎり、世界は間もなく終わるだろう。ホモーサピエッスが
今の知能水準であるかぎり、もはや、ヒトに未来はない。ホモーサピエッスの文明はすでに限界
に達した。 だかI。
未来社会があるとすれば、どうしてもそれは、高度なまったく新しい社会でなければならぬのだ。
D−超・ヒトtL脳発速度係数三・九
もう間もなくやってくる未来社会で、人類は二つの種属にわかれるだろう。
それは、二つの民族でもないし、二つの階級でもない。二つの種属である。
そうして、その二つの種属は、しばらくのあいだ共存するけれども、間もなくその一方はおとろえ、急速にこの世界からすがたを消してゆくだろう。
そういうと、人類が二つの対立を示すのは、なにも未来社会にかぎったことではなく、いまだってそうではないかと、いくつかの例をあげる人がいるかも知れない。
たしかに、それは、有色人種と白色人種、自由社会と共産圏社会、富める者と貧しき者、支配
する者とされる者、と、いくつか、かぞえることができるだろう。
だが、ちがうのだ。
そういう分類とはまったく異質の区分が、ごく近い将来、われわれの世界にあらわれようとしている。そういう動きが、すでに現在おこりつつある。
それは、二つのヒト属である。
あたらしい人類とふるい人類.
ひとつは普通の現代人、ホモーサピエンスHomo sapiensである。これがふるい人類だ。
もうひとつは、特殊な能力を身につけた未来人、ホモーエクセレンスHomo eχcellens であ
る。つまりあたらしい人類だ。
ホモ・廿ピエンスとは、ほかならぬわれわれ自身のことであるが、ホモーエクセレッスとは、
どういうヒトか?
ホモーエクセレンスとは、ホモーサピエンスが持だない特別な能力を身につけた「優秀なるヒト」という意味である。ある人たちは、この未来人に、ホモーイッテリダンス(聡明なるヒト)と
いう名をつけている。
では、この優秀なる未来人、ホモーエクセレンスは、どういう特殊な能力を持っているのか?
彼の持ついくつかの特長をあげてみよう。
「未来の種属、超・ヒトは、おそらく、三・九という脳発速度係数を持つだろう」
と、世界的に著名な人類学者、パリ大学のジョルジューオリヴィエ教授は、その著「ヒトと進
化、過去現在そして未来」のなかでこう語りはじめる。
「(こういうきわめてすぐれた生物の能力を、それよりはるかに劣ったわれわれが、あれこれい
うことはできないが)とにかく、この超・ヒトの知的能力は、辛うじて想像することができる。
それは、たとえば、
1 第四次元の理解。
2 複雑な全体をとっさに把握する能力。
3 第六感の獲得。
4 無限に発展した道徳意識の保有。
5 とくにわれわれの悟性には不可解な精神的な特質。
などである。
わたしは、脳発速度係数三・九をもつ生き物の体のかたちや、すばらしい知能や、われわれに
はとうてい理解できない行動がどんなものであるかは、想像力のゆたかな人達にまかせることに
する。われわれがメクラであるのに対して、われわれの後継者たちは千里眼の持ち主なのだろう
から」(芦沢玖美訳・みすず書房刊)
と述べている。
オリヴィエ教授は、出版社の紹介文によるとフハリ大学理学部人類学教授であり、人類学、解
剖学のかず多い論文のほかにいくつかの著書を持ち、そのなかでも「人類学的解剖学」はフラン
ス学士院宣を受けた。自己の専門分野の研究に多くの業績をあげているばかりでなく、若い研究
者の育成にも心をそそぎ、フランス人類学の名実ともにすぐれた指導者である”と記されている。
まさに、当代一流の科学者であるといわねばならない。
その科学者が未来人ホモーエクセレンスの出現を、このように予告しているのである。著者
が、なんの根拠ももたず、ただいたずらに鬼面ひとをおどろかす筆をとっているのではないの
だ。それはかならずやってくる。では1、そのホモーエクセレンスは、いったい、どこから、

いつやってくるのだろうか?
未来人、ホモーエクセレンスの到来は、歴史の必然であるとオリヴィエ教授はいう。
では人類の歴史をたどってみよう。
まずあらわれたのは、オレオピテクス、ラマピテクスから進化してきたオーストラロピテクス
(猿人)であった。が、しばらくして、ピテカントロプスーエレクトス(原人)がこれにとって
かわった。しかし、まもなく、ネアンデルタール人(旧人)がやってきて、そのあとを継ぎ、彼らの時代はおよそI〇万年ちかくつづく。
けれども、今から四、五万年ほど前、かなり進んだ知能を持つクロマニョッ人(新人)が出現
すると、彼らは急速に姿を消して絶滅してしまった。しかしそのクロマニョッ人も、今から一万年ほどまえに、オーストラロイド(ジャワ、
モンゴロイド(中国)、ネグロイド(アフリカ)、コーカソイド(ヨーロッパ)というあたらしい現世人類の種のなかにあわただしく消滅してしまった。こ
れは、歴史のごく表面にあらわれているだけの事実で、このほかにも、いくっかの知られざるヒト・属、あるいはその分枝が、無数にあらわれ
歴史をつくる間もなく消滅していったと考える学者はかず多い。
ある著名な科学者は、ひとつの種の寿命はI〇〇万年だと語り、ホモーサピエッスは出現以
来、間もなくこの年令に達するはずだという。そうして、オリヴィエ教授もまた「いま、われ
われが、われわれの後継者であるつぎの人類のことを考えるのは、まったく筋みちの立ったことりあるLといっているのだ。

だがI、
いったいその新しいビトは、いっあらわれるのか?
一万年さきか? 二万年?・
だいたい、ホモーサピエンスのつぎの人類なんて、それはちょうどあの太陽がいつか燃えつき
てしまうぞ、というのと同じことで、空想ではないにしても、おそらくそれは天文学的数字のは
るか未来の出来事にちがいなく、そんな心配をしているほどわれわれはヒマ人ではない、とあな
たはいうかも知れない。
とんでもない
そんなことをいっていたら、それこそあなたは、〃間抜け”になってしまうぞ。’
オリヴィエ教授は、生物学の進化の法則の上に立ってこう予一日するのだ。
「……未来のヒトは間もなく不意に来ることになる」
え? そんなに早く? とあなたはびっくりするだろう。だが、あなたはここでさらにもっと
びっくりしなければならないのだ。
というのは!―、
この新しいヒト、ホモーエクセレンスは、″間もなく不意に来る″のではなく、それはもうす

でにこの地上に来ているのである。この地球上に、はるか以前からすでに出現しているのだ。
いつからII?
いつからだとあなたは思うか?
昨日から?

日から?
では、去年?
それは五〇〇〇年よりもっと以前からなのである!

EIホモーエクセレンスの資格
ここにひとつの技術がある。
その技術によって訓練すると、ヒトはだれでもいくつかのすぐれた力を持つようになる。
その力をあげてみよう。

1極度に発達した知能IIいちど目にふれ、いちど耳にしたことは、ぜったいに忘れること
のない〜憶力。どのように複雑な構造でも組織でも、瞬間的に分析し、推理し、理解し
て、本質を把握してしまう演鐸と帰納の力。コトバという間接思考を経ない純粋思考から発する超飛躍的な創造力。
それは、ヒトの平均知能をI・〇とナるならば、おそらく、二・五から三・五に達するであろう。このグループの最高の頭脳は、やすやすと四次元を理解する。
ニ 感覚器官の増幅−彼は、不可視光線(赤外線、紫外線)を見ることができ、超音波を間く
ことができる。その異常感覚と高度の知能の結合からくる予知力。それらは、自分の肉体
を思うままに統御する能力からくる。
三 環境の制御と創造1思うままに自分を変え、他人を動かし、集団や環境を、自分の理念
の通りに創造してゆく。
四 物質を超え、物質を自由に統御する力。
五 無限に発達した道徳意識。
だいたい、以上の能力である。
これを、前の項で述べたオリヴィエ教授の未来人、ホモーエクセレンスの持つ能力とくらべて
みよう。
それは、おどろくほど酷似している、というよりも、そっくりそのままといったほうがよいの

それは`県乱が`オリヴィエ説をそっくりそのままう
つし持ってきたのではないのか、と。
そうではないのだ。それは、むしろ、私のほうがいいたいことだ。私は、最初、オリヴィエ教
授がこの特殊技術の存在を知っていP1 9の技術の習得を未来人の貧緋ごしたのではないかと思
ったくらいなのである。もちろん、それは、そうではなく、オリヴィエ教授は学術的に、未来人、この暗黙の一致を、あなたはどのように考える
つたくらいなのであるの能力をそのように予測したのにちがい江いがヽこの暗黙の一致を、だろうか?
もっとも、オリヴィエ教授は、実際にこの特殊技術の存在を知っていて、その上に立ってホモしり把力を、このように書いたのである、ということも考えられたいことではな
アメリカやヨーロッパで知ヽむしろ、アメリ’エクセレンスの能力を、このよう られ、高く評価されはじめているのだからI。
しかし、それはとにかくとして、実際に、こういう能力をヒトにあたえる特殊な技術が、数千
年も前からこの地上に存在し、それはそのまま現在も一部の人びとの間に伝えられているという
ことは、まぎれもない事実である。いや、現に、その技術の訓練を受け、そういう能力を身につけた人びとがたん人かいる。
つまりホモーエクセレンスは、すでにこの地上にあらわれつつあるということである。それは、ま
だ、ごくわずかな数ではあるけれどもI。
未来人、ホモーエクセレンスは、これからさき、長い時間をかけて進化の結果あらわれてくる
『Iユータット
のでもないし、突然変1 体としてフランケンシュタインの怪物のごとく登場するのでもない。そ
れは、ひとつの特殊な人間開発技術により、ホモーサピエンス自身が変身するのだ。それは自然
に生まれてくるのではなく、つくられるのだ。
もっとも、いちばん最初にあらわれ恕ホモーエクセレンスは、あるいは一種のミユークットで
あったかも知れない。あるいは、未来社会への環境適応の結果あらわれた超・ヒトの先行者であ
ったのかも知れぬ。ちょうど、ネアンデルタール人の群れのなかに出現した最初のクロマニョッ
人のようにI。
ルーガリックの法則によると、すでに存在する属のなかでの新しい種の形成は、三〇〇年から
六〇万年の時間を要するという。今から五〇〇〇年まえという数字は、ホモーエクセレッスの先
行者があらわれて、ホモーサピエンスのなかに次第に新しい同族の種属を形成してゆくのにちょうど手頃な時間である。
最初のホモーエクセレンスは非常に孤独であったろう。彼はその持てるすぐれた能力ゆえに、
おのずと、予言者となり、指導者となり、教育者とならざるを得なかった。また、彼は、その持
つ異常な能力によって、数千年さきの未来を洞察し、ヒトの歴史の上における彼自身の位置をさ

とったにちがいない。
彼は、まだ低い段階のホモーサピエンスたちを教育するための「教え」を説くと同時に、これ
からやがて次第にあらわれてくる同 族たちを教育するためのカリキュラムもつくった。
彼は、周囲に何人かの崇拝者を持った。そのなかからすぐれた素質を持つ者をえらんで、彼は
このカリキごフムで訓練した。あるいは、その弟子たちのなかには、彼と同じホモーエクセレクト。だが、あまりにも高度
スのヽなその開発技術は、ひろく受け入れられるためにはあまりに難解で、入びとの進歩と熟成のため
の時が必要であった。その長い間、この技術は、しばしば、誤解されたり、誹談されたり、あるいは分裂の危機を迎えた。けれども、その技術が滅亡しよ
いは分裂の ホモーエクセレンスがあらわれて、これを継いだ。この技術は、このようにして、ひろく世にうけいれられ
る時を静かに待った。多くの人びとが、この技術を必要とし、受け入れようと努力しはじめる時期を静かに待った。 いまII、その時がきたようである。
ホモーサピエンスは生物としてその限界に到達した。いま、この世界を覆う混乱と当惑と憎悪
は、なによりも、それをものがたるものである。つぎにくるものは絶望でしかない。いまこのひ
ろい世界に、一瞬たりとも生命の危険を感ぜずして生きている入開かひとりもいない。あなた自身そうであろう。
つねに機械と技術―科学がその危機を乗り越えてきた。しかし、いまは、その機械
と技術が先頭に立って人間に打撃を加えている。 もう「さきは見えて」しまった。
ホモーサピエンスの知能がっくり出した文明は極限に達した。もしもこの世界が生き残ろうと
望むならば、あらたな文明が生まれ出なければならない。ホモーサピエンスの生み出したものは
すべて、科学も技術も宗教も、芸術さえも限界に達した。倫理も道徳も崩壊した。古い人類は必
死に古い文明にしがみついているけれども、これらはすべて過去の世界のものになった。
限界に達した生物がさいごにえらぶ道は「集団自殺」である。いま、その集団自殺が地上に展
開している。環境汚染と公害と戦乱−すべてホモーサピエンス自身がっくり出したものであ
る。結局、ホモーサピエンスは集団闘争による集団自殺によって絶滅するであろう。
見よ。宗教ですら闘争の仲間に加わった。最も進歩的だと称するこの国の宗教団体は最も闘争的である。
すべての生物かたどる最後の道を、ホモーサピエンスはっいにたどりはじめたということであろう。
陶汰がはじまっているのである。滅びるべきものは滅び去るがよい。それでヒト・属は絶えは
しない。あたらしい種の胎動がここにある。あたらしい文明と古い文明、ホモーサピエンスとホ
モーエクセレンスはしばらくのあいだ共存するであろう。それは三世代から七世代つづく。ネア

ンデルタールとクロマニョンの共存は、一〇〇世代から一五〇世代つづいた。ネアッデルタールが消滅するのにそれだけかかった。われわれの共存は、促進されてごくわずかの時間で完了す
る。五〇年から一五〇年これだけの時間のうちに、滅びるべきものは滅びるだろう。
そのあとに、ホモ・エクセレンスはあたらしい科学、あたらしい技術、あたらしい宗教、あたらしい芸術をつくり出す。それは、ホモーサピエンスとは比較にならぬ高度の知性と悟性が生み
出したあたらしい次元のものである。
ところでお聞きするのだが、あなたは、ネアンデルタールか、クロマニョンか?

―殺し合い、奪い合い、憎み合い、傷つけ合いI−そして地球上に急速にひろがりっつある
有害物質―。それらはどこに原因があるのであろうか? わかりきったことである。
それは、ヒトが愚かなためである。
人類学者リンネは、人間を分類して「知恵あるヒト」と学名をつけた。
生川学者シヤルルーリシエは、愚かなヒト、ホモースツルッスと名をつけた。ノーベル賞受賞
者のリシエは、その著、「人間−この愚かなるもの」の序文で、人類のかずかずの愚行をつぎ
っぎとあげ、実にあれかえったおろかな動物であるとして、超愚人類と呼びたいところだ
が、まあ、最上級の形容詞はがまんして、愚人類ぐらいでかんべんしておこうと書いている。
たしかに、ヒトには、この二つの面がある。賢い知恵ある面と、愚かで弱い面と、二つの面が
ひとつにまざり合っている矛盾した生物が、まさにヒトであるということなのだが、いま、われ
われの周囲をながめてみると、ホモーサピエンスは全く影をひそめ、ホモースツルチッシムスが
妖怪のごとく横行している。
殺し合い、奪い合い、憎み合い、傷つけ合いI−、
それは次第にエスカレートしてゆく。科学と技術はヒトの力を無限に拡大したが、同時に、ヒトの殺戮と搾取と憎悪と闘争をも無限に増大させた。このままでは、問もなく、ホモーサピエン
スは絶滅する。

いま、人類にもっとも必要なものはなにか?
それは高度の知能である。
この地上に展開する恐るべき大愚行は、なによりもまず人類の知能が低いところに原因する。
いま、人類に必要なものは、科学でもなければ技術でもない。革命でもなければイデオロギー
でもない。人種闘争でもなければ階級闘争でもない。そんなものはなんの役にも立たぬ。

何十回、革命を起こしても、何百回、闘争をくりかえしても、人類の知能がいまの水準にある
かぎり、それはむなしい儀式のくりかえしに過ぎぬ。
歴史をみてみよう。機械と技術、科学と文明と称するものがいくら進歩発達しても、おろかな
人間たちの行動パターンは少しも変わっていない。つねに、憎み合い、殺し合い、奪い合う、こ
のパターンのくりかえしではないか。どこに変化が見られるか。
若ものよ。エネルギーのむだな燃焼をやめたまえ。革命を思うなら、全人類の知能革命に前進せよ。
ネアンデルタールの昔から、ヒトの知能は一歩も前進していない。なによりもまず人類の知能を高めねばならぬ。
ホモースツルチッシムスを絶滅せよ。そうせぬかぎりわれわれにもはや未来はない。それはすでに秒読みの段階に入っている。
このとき、ここに、ヒトを改造し、社会機構を一変させる技術がある。この技術は、ふるき社会体系をすべて解体し
、そこから生まれるあたらしい文明は、次元をひとつ超えるだろう。この
技術によってのみ、世界はよみがえり、この革命だけが全人類を破滅から救う。
若ものよ。君たちはなぜこれに視線を向けぬのだ。
なぜ、君たちは、この、地上いまだかつて比類なき壮大にしてドラマチックな革命に情熱をたらぬのだ。

教育?
それは無力である。
それは知能を高めるものではなく、ただ、知識をひろげるだけのものに過ぎない。
教育は、ただ、その人の本来持っているところの知識をひろげるだけで、知能そのものを高め
はしない。知能を高める技術とは、ものを教え、ものをおぼえさせることではなく、おぼえる能
力そのものを高めるシステムでなければならない。馬鹿はいくら教育したって馬鹿である。馬鹿
に教育はまったく無力だ。馬鹿を利口にするためには特別の技術がなければならぬ。

宗教?
それは、知能ひくきものたちの愚行をなんとか良心にうったえて思いとどめさせようとするブ
レーキに過ぎず、知能を高めるためのなんの力も技術もない。念仏をとなえ、題目を高唱し、経
典教学をそらんじ、神のみ名を呼んでも、心の安らぎ、なぐさめ、信念というたぐいのものは得
られても、知能そのものが高くなるということはない。
最高度に進化発達した知能を持つ未来社会に、宗教という特別な分野はなくなるだろう。高度

の知能怯局度に発達した倫理観、道徳意識をともなうから、現在の宗教や、宗教家あたりが説い
ている「教え」など、まったく低俗な、次元の低い幼稚なものとしてかえりみられず、宗教意識
はごくあたりまえの常識になってしまって、ことさらにカミやホトケを念ずることなどなくなる
だろう。ヒトが、カミ、ホトケとびとしくなるのである。
そういう未来社会が、すぐ足もとに来ていることに君は気づくべきだ。
今までとはまったく構造の変わった社会体系があらわれようとしていることを、君は知らねばならぬ。
君はそれを疑うのか? ではいおう。
もしもI。
そういう高度の知能が出現しないかぎり、世界は間もなく終わるだろう。ホモーサピエッスが
今の知能水準であるかぎり、もはや、ヒトに未来はない。ホモーサピエッスの文明はすでに限界
に達した。 だかI。
未来社会があるとすれば、どうしてもそれは、高度なまったく新しい社会でなければならぬのだ。
D−超・ヒトtL脳発速度係数三・九
もう間もなくやってくる未来社会で、人類は二つの種属にわかれるだろう。
それは、二つの民族でもないし、二つの階級でもない。二つの種属である。
そうして、その二つの種属は、しばらくのあいだ共存するけれども、間もなくその一方はおとろえ、急速にこの世界からすがたを消してゆくだろう。
そういうと、人類が二つの対立を示すのは、なにも未来社会にかぎったことではなく、いまだってそうではないかと、いくつかの例をあげる人がいるかも知れない。
たしかに、それは、有色人種と白色人種、自由社会と共産圏社会、富める者と貧しき者、支配
する者とされる者、と、いくつか、かぞえることができるだろう。
だが、ちがうのだ。
そういう分類とはまったく異質の区分が、ごく近い将来、われわれの世界にあらわれようとしている。そういう動きが、すでに現在おこりつつある。
それは、二つのヒト属である。
あたらしい人類とふるい人類.
ひとつは普通の現代人、ホモーサピエンスHomo sapiensである。これがふるい人類だ。
もうひとつは、特殊な能力を身につけた未来人、ホモーエクセレンスHomo eχcellens であ
る。つまりあたらしい人類だ。
ホモ・廿ピエンスとは、ほかならぬわれわれ自身のことであるが、ホモーエクセレッスとは、
どういうヒトか?
ホモーエクセレンスとは、ホモーサピエンスが持だない特別な能力を身につけた「優秀なるヒト」という意味である。ある人たちは、この未来人に、ホモーイッテリダンス(聡明なるヒト)と
いう名をつけている。
では、この優秀なる未来人、ホモーエクセレンスは、どういう特殊な能力を持っているのか?
彼の持ついくつかの特長をあげてみよう。
「未来の種属、超・ヒトは、おそらく、三・九という脳発速度係数を持つだろう」
と、世界的に著名な人類学者、パリ大学のジョルジューオリヴィエ教授は、その著「ヒトと進
化、過去現在そして未来」のなかでこう語りはじめる。
「(こういうきわめてすぐれた生物の能力を、それよりはるかに劣ったわれわれが、あれこれい
うことはできないが)とにかく、この超・ヒトの知的能力は、辛うじて想像することができる。
それは、たとえば、
1 第四次元の理解。
2 複雑な全体をとっさに把握する能力。
3 第六感の獲得。
4 無限に発展した道徳意識の保有。
5 とくにわれわれの悟性には不可解な精神的な特質。
などである。
わたしは、脳発速度係数三・九をもつ生き物の体のかたちや、すばらしい知能や、われわれに
はとうてい理解できない行動がどんなものであるかは、想像力のゆたかな人達にまかせることに
する。われわれがメクラであるのに対して、われわれの後継者たちは千里眼の持ち主なのだろう
から」(芦沢玖美訳・みすず書房刊)
と述べている。
オリヴィエ教授は、出版社の紹介文によるとフハリ大学理学部人類学教授であり、人類学、解
剖学のかず多い論文のほかにいくつかの著書を持ち、そのなかでも「人類学的解剖学」はフラン
ス学士院宣を受けた。自己の専門分野の研究に多くの業績をあげているばかりでなく、若い研究
者の育成にも心をそそぎ、フランス人類学の名実ともにすぐれた指導者である”と記されている。
まさに、当代一流の科学者であるといわねばならない。
その科学者が未来人ホモーエクセレンスの出現を、このように予告しているのである。著者
が、なんの根拠ももたず、ただいたずらに鬼面ひとをおどろかす筆をとっているのではないの
だ。それはかならずやってくる。では1、そのホモーエクセレンスは、いったい、どこから、

いつやってくるのだろうか?
未来人、ホモーエクセレンスの到来は、歴史の必然であるとオリヴィエ教授はいう。
では人類の歴史をたどってみよう。
まずあらわれたのは、オレオピテクス、ラマピテクスから進化してきたオーストラロピテクス
(猿人)であった。が、しばらくして、ピテカントロプスーエレクトス(原人)がこれにとって
かわった。しかし、まもなく、ネアンデルタール人(旧人)がやってきて、そのあとを継ぎ、彼らの時代はおよそI〇万年ちかくつづく。
けれども、今から四、五万年ほど前、かなり進んだ知能を持つクロマニョッ人(新人)が出現
すると、彼らは急速に姿を消して絶滅してしまった。しかしそのクロマニョッ人も、今から一万年ほどまえに、オーストラロイド(ジャワ、
モンゴロイド(中国)、ネグロイド(アフリカ)、コーカソイド(ヨーロッパ)というあたらしい現世人類の種のなかにあわただしく消滅してしまった。こ
れは、歴史のごく表面にあらわれているだけの事実で、このほかにも、いくっかの知られざるヒト・属、あるいはその分枝が、無数にあらわれ
歴史をつくる間もなく消滅していったと考える学者はかず多い。
ある著名な科学者は、ひとつの種の寿命はI〇〇万年だと語り、ホモーサピエッスは出現以
来、間もなくこの年令に達するはずだという。そうして、オリヴィエ教授もまた「いま、われ
われが、われわれの後継者であるつぎの人類のことを考えるのは、まったく筋みちの立ったことりあるLといっているのだ。

だがI、
いったいその新しいビトは、いっあらわれるのか?
一万年さきか? 二万年?・
だいたい、ホモーサピエンスのつぎの人類なんて、それはちょうどあの太陽がいつか燃えつき
てしまうぞ、というのと同じことで、空想ではないにしても、おそらくそれは天文学的数字のは
るか未来の出来事にちがいなく、そんな心配をしているほどわれわれはヒマ人ではない、とあな
たはいうかも知れない。
とんでもない
そんなことをいっていたら、それこそあなたは、〃間抜け”になってしまうぞ。’
オリヴィエ教授は、生物学の進化の法則の上に立ってこう予一日するのだ。
「……未来のヒトは間もなく不意に来ることになる」
え? そんなに早く? とあなたはびっくりするだろう。だが、あなたはここでさらにもっと
びっくりしなければならないのだ。
というのは!―、
この新しいヒト、ホモーエクセレンスは、″間もなく不意に来る″のではなく、それはもうす

でにこの地上に来ているのである。この地球上に、はるか以前からすでに出現しているのだ。
いつからII?
いつからだとあなたは思うか?
昨日から?

日から?
では、去年?
それは五〇〇〇年よりもっと以前からなのである!

EIホモーエクセレンスの資格
ここにひとつの技術がある。
その技術によって訓練すると、ヒトはだれでもいくつかのすぐれた力を持つようになる。
その力をあげてみよう。

1極度に発達した知能IIいちど目にふれ、いちど耳にしたことは、ぜったいに忘れること
のない〜憶力。どのように複雑な構造でも組織でも、瞬間的に分析し、推理し、理解し
て、本質を把握してしまう演鐸と帰納の力。コトバという間接思考を経ない純粋思考から発する超飛躍的な創造力。
それは、ヒトの平均知能をI・〇とナるならば、おそらく、二・五から三・五に達するであろう。このグループの最高の頭脳は、やすやすと四次元を理解する。
ニ 感覚器官の増幅−彼は、不可視光線(赤外線、紫外線)を見ることができ、超音波を間く
ことができる。その異常感覚と高度の知能の結合からくる予知力。それらは、自分の肉体
を思うままに統御する能力からくる。
三 環境の制御と創造1思うままに自分を変え、他人を動かし、集団や環境を、自分の理念
の通りに創造してゆく。
四 物質を超え、物質を自由に統御する力。
五 無限に発達した道徳意識。
だいたい、以上の能力である。
これを、前の項で述べたオリヴィエ教授の未来人、ホモーエクセレンスの持つ能力とくらべて
みよう。
それは、おどろくほど酷似している、というよりも、そっくりそのままといったほうがよいの

それは`県乱が`オリヴィエ説をそっくりそのままう
つし持ってきたのではないのか、と。
そうではないのだ。それは、むしろ、私のほうがいいたいことだ。私は、最初、オリヴィエ教
授がこの特殊技術の存在を知っていP1 9の技術の習得を未来人の貧緋ごしたのではないかと思
ったくらいなのである。もちろん、それは、そうではなく、オリヴィエ教授は学術的に、未来人、この暗黙の一致を、あなたはどのように考える
つたくらいなのであるの能力をそのように予測したのにちがい江いがヽこの暗黙の一致を、だろうか?
もっとも、オリヴィエ教授は、実際にこの特殊技術の存在を知っていて、その上に立ってホモしり把力を、このように書いたのである、ということも考えられたいことではな
アメリカやヨーロッパで知ヽむしろ、アメリ’エクセレンスの能力を、このよう られ、高く評価されはじめているのだからI。
しかし、それはとにかくとして、実際に、こういう能力をヒトにあたえる特殊な技術が、数千
年も前からこの地上に存在し、それはそのまま現在も一部の人びとの間に伝えられているという
ことは、まぎれもない事実である。いや、現に、その技術の訓練を受け、そういう能力を身につけた人びとがたん人かいる。
つまりホモーエクセレンスは、すでにこの地上にあらわれつつあるということである。それは、ま
だ、ごくわずかな数ではあるけれどもI。
未来人、ホモーエクセレンスは、これからさき、長い時間をかけて進化の結果あらわれてくる
『Iユータット
のでもないし、突然変1 体としてフランケンシュタインの怪物のごとく登場するのでもない。そ
れは、ひとつの特殊な人間開発技術により、ホモーサピエンス自身が変身するのだ。それは自然
に生まれてくるのではなく、つくられるのだ。
もっとも、いちばん最初にあらわれ恕ホモーエクセレンスは、あるいは一種のミユークットで
あったかも知れない。あるいは、未来社会への環境適応の結果あらわれた超・ヒトの先行者であ
ったのかも知れぬ。ちょうど、ネアンデルタール人の群れのなかに出現した最初のクロマニョッ
人のようにI。
ルーガリックの法則によると、すでに存在する属のなかでの新しい種の形成は、三〇〇年から
六〇万年の時間を要するという。今から五〇〇〇年まえという数字は、ホモーエクセレッスの先
行者があらわれて、ホモーサピエンスのなかに次第に新しい同族の種属を形成してゆくのにちょうど手頃な時間である。
最初のホモーエクセレンスは非常に孤独であったろう。彼はその持てるすぐれた能力ゆえに、
おのずと、予言者となり、指導者となり、教育者とならざるを得なかった。また、彼は、その持
つ異常な能力によって、数千年さきの未来を洞察し、ヒトの歴史の上における彼自身の位置をさ

とったにちがいない。
彼は、まだ低い段階のホモーサピエンスたちを教育するための「教え」を説くと同時に、これ
からやがて次第にあらわれてくる同 族たちを教育するためのカリキュラムもつくった。
彼は、周囲に何人かの崇拝者を持った。そのなかからすぐれた素質を持つ者をえらんで、彼は
このカリキごフムで訓練した。あるいは、その弟子たちのなかには、彼と同じホモーエクセレクト。だが、あまりにも高度
スのヽなその開発技術は、ひろく受け入れられるためにはあまりに難解で、入びとの進歩と熟成のため
の時が必要であった。その長い間、この技術は、しばしば、誤解されたり、誹談されたり、あるいは分裂の危機を迎えた。けれども、その技術が滅亡しよ
いは分裂の ホモーエクセレンスがあらわれて、これを継いだ。この技術は、このようにして、ひろく世にうけいれられ
る時を静かに待った。多くの人びとが、この技術を必要とし、受け入れようと努力しはじめる時期を静かに待った。 いまII、その時がきたようである。
ホモーサピエンスは生物としてその限界に到達した。いま、この世界を覆う混乱と当惑と憎悪
は、なによりも、それをものがたるものである。つぎにくるものは絶望でしかない。いまこのひ
ろい世界に、一瞬たりとも生命の危険を感ぜずして生きている入開かひとりもいない。あなた自身そうであろう。
つねに機械と技術―科学がその危機を乗り越えてきた。しかし、いまは、その機械
と技術が先頭に立って人間に打撃を加えている。 もう「さきは見えて」しまった。
ホモーサピエンスの知能がっくり出した文明は極限に達した。もしもこの世界が生き残ろうと
望むならば、あらたな文明が生まれ出なければならない。ホモーサピエンスの生み出したものは
すべて、科学も技術も宗教も、芸術さえも限界に達した。倫理も道徳も崩壊した。古い人類は必
死に古い文明にしがみついているけれども、これらはすべて過去の世界のものになった。
限界に達した生物がさいごにえらぶ道は「集団自殺」である。いま、その集団自殺が地上に展
開している。環境汚染と公害と戦乱−すべてホモーサピエンス自身がっくり出したものであ
る。結局、ホモーサピエンスは集団闘争による集団自殺によって絶滅するであろう。
見よ。宗教ですら闘争の仲間に加わった。最も進歩的だと称するこの国の宗教団体は最も闘争的である。
すべての生物かたどる最後の道を、ホモーサピエンスはっいにたどりはじめたということであろう。
陶汰がはじまっているのである。滅びるべきものは滅び去るがよい。それでヒト・属は絶えは
しない。あたらしい種の胎動がここにある。あたらしい文明と古い文明、ホモーサピエンスとホ
モーエクセレンスはしばらくのあいだ共存するであろう。それは三世代から七世代つづく。ネア

ンデルタールとクロマニョンの共存は、一〇〇世代から一五〇世代つづいた。ネアッデルタールが消滅するのにそれだけかかった。われわれの共存は、促進されてごくわずかの時間で完了す
る。五〇年から一五〇年これだけの時間のうちに、滅びるべきものは滅びるだろう。
そのあとに、ホモ・エクセレンスはあたらしい科学、あたらしい技術、あたらしい宗教、あたらしい芸術をつくり出す。それは、ホモーサピエンスとは比較にならぬ高度の知性と悟性が生み
出したあたらしい次元のものである。
ところでお聞きするのだが、あなたは、ネアンデルタールか、クロマニョンか?

 

Let's look at the problems that humankind is facing.
-Killing, competing, hating, hurting each other-and rapidly spreading on the earth
Hazardous substance-. Where are they causing? This is what I understand.
That is because humans are stupid.
The anthropologist Linne classified humans and gave them the scientific name “wisdom humans”.
Ikukawa scholar Syaru Lulicier named the foolish human, homothrus. Nobel Prize winner
One of the authors, Rishie, was the first man in the book, "Human-This Stupid".
I want to call it a super foolish man because it is a terrible animal
However, he wrote that the highest adjectives would be confused and confused as much as fools.
Certainly, humans have these two aspects. The wise wisdom side, the foolish and weak side, and the two sides
The contradicting creatures that come together are exactly humans, but now we are
Looking around me, Homo Sapiens is completely shadowed, and Homo Tsuru Chissimus is
It is rampant like a youkai.
Kill, scramble, hate, hurt each other I-,
It will gradually escalate. Science and technology have expanded human power indefinitely, but at the same time have increased human slaughter and exploitation, hatred and struggle indefinitely. As it is, there is no problem, homo sapien
Su is extinct.

What is most necessary for humanity now?
It is a high degree of intelligence.
This terrible folly on earth is caused by the low intelligence of humanity.
What humanity needs now is neither science nor technology. Ideology if not a revolution
not. It is neither a racial struggle nor a class struggle. Such a thing is useless.

The human intelligence is at the current level no matter how many times it has revolutionized or hundreds of times
As long as it is a repetition of a wasteful ritual.
Let's look at history. No matter how much progress is made on what we call machinery and technology, science and civilization,
Human behavior patterns have not changed at all. Always hate each other, kill each other, scramble, this
Isn't the pattern repeated? Where can I see changes?
Young ones. Stop wasting energy. If you think of a revolution, move forward to the intellectual revolution of all mankind.
Since the days of Neanderthal, human intelligence has not made any progress. First and foremost, we must improve human intelligence.
Eliminate the homostruth sims. Unless we do so, we no longer have a future. It has already entered the countdown stage.
At this time, there is a technology that modifies humans and changes social mechanisms. This technology dismantles all social systems
The new civilization born from it will be one dimension higher. this
Only through technology will the world be restored, and only this revolution will save all mankind from destruction.
Young ones. Why aren't you gaze at this?
Why are you guys passionate about this unprecedented magnificent and dramatic revolution on earth?

education?
It is powerless.
It doesn't increase intelligence, it just expands knowledge.
Education simply increases the knowledge of what the person originally has and enhances the intelligence itself.
I do not. The technology to improve intelligence is not the ability to teach and remember things, but the ability to remember
It must be a system that enhances the power itself. A fool is a fool no matter how much you educate. fool
Education is completely powerless. In order to make a fool smart, there must be a special technique.

religion?
It is a buoy that tries to convince the conscience of the intelligence hunters with some conscience.
It's just a rake, and there is no power or technology to improve intelligence. You can become a Buddha, sing the subject,
Even if you call on the name of God, you won't be able to get peace of mind, nourishment, and belief.
Even if it is done, intelligence itself does not increase.
The special field of religion will disappear in a future society with the most advanced and advanced intelligence. Altitude

With the ethical and moral consciousness that has been developed to the degree of intelligence, the current religion and per-religious people preach
Religious consciousness, such as “teaching”, which is totally vulgar, low-dimensional childish
Will become common sense, and you won't have to worry about anything more
right. The human becomes addicted to Kami and Hotoke.
You should be aware that such a future society is just around the corner.
You have to know that a social system with a completely different structure is about to appear.
Do you doubt it? Let's go.
If I.
Unless such advanced intelligence emerges, the world will end soon. Jomo Sapies
As long as it is the current level of intelligence, humans no longer have a future. Homo Sapies civilization is already limited
Reached. Daka I.
If there is a future society, it must be an advanced and completely new society.
D-Super-human tL brain rate coefficient
In the upcoming future society, humanity will be divided into two species.
It is not two ethnic groups or two classes. There are two species.
So, the two species will coexist for a while, but soon one of them will soon come together and quickly disappear from this world.
In that case, it is not limited to the future society that the human race shows two conflicts, but there may be some people who still give examples.
Certainly, it is colored and white, free and communist, rich and poor, dominated
You can compare some with those who are supposed to be.
But it is different.
A completely different category from that is about to appear in our world in the very near future. Such a movement is already taking place.
It is two human genera.
New humanity and sieving humanity.
One is an ordinary modern person, Homo sapiens Homo sapiens. This is sieving mankind.
The other is a future person with special abilities, Homo Excellence Homo eχcellens.
The In other words, it is a new human race.
Homo 廿 Pience is nothing but our own, but Homo Excels is
What kind of person is it?
Homo excellence means “excellent humans” who have acquired special abilities that homo sapiens do not have. Some people say that to this future person, a homo-itelli dance
The name is given.
What kind of special ability does this excellent future person, Homo Excellence, have?
Here are some of his features.
"The future species, super-human, will probably have a brain rate coefficient of 3, 9"
The world-renowned anthropologist, Professor Georges Olivier of the University of Paris,
It begins to talk in this way.
"(We are all inferior to the ability of these great creatures.
Anyway, this superhuman ability is barely imaginable.
For example,
1 Understanding the fourth dimension.
2 Ability to quickly grasp the complex whole.
3 Acquisition of the sixth sense.
4. Infinitely developed moral awareness.
5 Especially spiritual traits that are inexplicable for our enlightenment.
Etc.
I want to give us the shape of a creature with a brain rate coefficient of 3, 9, wonderful intelligence,
It ’s up to the imaginative people to decide what kind of behavior they ca n’t really understand.
To do. Whereas we are Mekura, our successors are the owners of a thousand miles
(From Ayumi Serizawa, published by Misuzu Shobo)
It has said.
Prof. Olivier is a professor of anthropology at the Faculty of Science at Fuhari University, according to the publisher's introduction.
He has a number of books in addition to a large number of papers on anatomy, among which "Anthropological Anatomy"
Received a bachelor's mission. Not only has he made many achievements in his own field of research, but also young research.
"It is also an instructor who has a strong sense of French anthropology in the field of human anthropology."
It must be said that this is the first-class scientist of the day.
The scientist thus foretells the emergence of future homosexual excellence. Author
However, there is no basis, and I'm not just taking a brush that makes the devil face weird
It is. It always comes. So, 1, where did that homo excellence come from?

When will it come?
Professor Olivier says the arrival of the future, homo excellence, is inevitable in history.
Let's follow the history of mankind.
First of all, Australopitex has evolved from Oreopitex and Ramapitex
(Monkey). But after a while, Pitecantropus-electus
changed. Soon, however, the Neanderthals (old people) will come and take over, and their era will continue for about 10 million years.
However, about 4,000 to 50,000 years ago, Kuromanyo (newcomer) with considerably advanced intelligence appears.
Then they disappeared rapidly and disappeared. However, the Kuromanyok also had australoid (Java,
It disappeared rapidly among the new species of modern human beings: Mongoloid (China), Negroid (Africa) and Caucasian (Europe). This
This is just the fact that it appears on the very surface of history, and there are countless other unknown humans and genera, or their branches.
Many scholars think that it disappeared soon after making history.
A prominent scientist says that one species has a lifespan of 100 million years, and homosapies
It is said that this age will be reached soon. So Professor Olivier also said, “Now,
I think of the next human race that is our successor, L, who has always been in a struggle.

But I,
Will the new bit appear at all?
Is it 10,000 years old? 20,000 years?・
Mostly, the next humanity of Homo sapiens is that the sun will burn someday
It ’s the same thing, but if it ’s not fancy, it ’s probably an astronomical number.
It must be an event in the future, and we are not so humane that we are worried.
You might say.
No way
If you say something like that, you're going to be a fool.
Prof. Olivier stands on the evolutionary laws of biology for a day.
"... future people will soon come unexpectedly"
Huh? Is it so early? You will be surprised. But you are even more here
You must be surprised.
I mean! -
This new human, homo excellence, is not “coming soon”, it is

He has come to this earth. It has already appeared on this earth for a long time.
Since when II?
When do you think it is from?
since yesterday?
no
From the day?
Then last year?
That is from before 500 years!

E I homo excellence qualification
There is one technology here.
When trained with that technique, every human has some great power.
Let's raise that power.

1 Extremely developed Intelligence II
There is no memory. Analyze, infer and understand in any complex structure or organization
The power of deduction and induction that grasps the essence. It originates from pure thought that does not go through indirect thinking called Kotoba

 

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念覚支が七覚支法の中心

念覚支が七覚支法の中心


 

一つ目の「念の力を強化する」というのは、要するに、精神力というものを非常に強化する ということです。ただ単に「精神力」というと漠然としていますが、意志の力、知能の力、とい ったものを非常に強化する訓練です。

人間の精神作用というものは、知・情意、この三つから成り立っています。 知性・知能の力、 そして情緒的な働き、それから意志の力です。 要するに念の力を強化するというのは、この三つ 部門(知・情意の働きを強化し、しかも、そのいずれにも偏らないようにする、というこ とです。その結果として、「おもいが平らかになる」わけです。

人間の精神力というものは、この知・情意の働きから成り立っています。 ところが、これが 偏りやすいわけです。

夏目漱石(一八六七一九一六)の『草枕』の書き出しに、

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。 意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は

だから「知」というものに偏ると、とかく理屈っぽくなって角が立ちやすいわけです。 頭が非 常に良いと、知能の働きが強いですから、すぐに理屈でものを割り切ろうとします。

情に棹させば流されるそれはそうでしょう。 人情的になりすぎれば流されてしまいます。

では、意志が強かったらどうかというと、これは強情で、どうにもしかたがないということにな りますね。

ですから、知・情意それぞれの働きを強化し、高める、そういう修行です。 しかも、そのい ずれにも偏らないように平均化する、これが一番大切なことではありませんか?

知的にも非常に高度で、情緒面においても、いわゆる情操が豊かであるというように、芸術面 などでもよく理解することができる。 情的でない人というのは、無味乾燥になりやすいわけで す。芸術的なことはなにも分からない、話をしても少しも面白くない、洒落をいったってニコリ ともしない。今日、洒落を聞いて、三日ぐらいたって急に笑い出して、

「ああ、そうだったのか」

などというのでは、お話にならないでしょう。(笑)

意志が強いのは結構ですが、それが頑固になってしまうのではいけません。

ですから、知・情意の精神作用を非常に強化し、高めるという訓練をするわけです。 そして、 そのいずれにも偏らないということが大切です。

しかし、それだけではありません。念そのものの力を神秘的なまでに強化していきます。 一点 に集中した時に、火を発するほどの力を出します。 ですから、この念覚支の修行には「木の行」 と「火の行」、つまり滝行と護摩行が入ってきます。さらにはクンダリニー・ヨーガの修行も入 ります。これらによって、絶大で神秘的な念の力を体得するわけです。

そのように強力な念の力をもとにして、二つ目の「四念処観を実践する」 修行を行うわけです。 四念処の概略は既に説明しましたので、ここでは割愛しますが、念覚支の中心はこの四念処観

の修行であり、これによって「空観」を体得するわけです。この「空観」の体得によって、諸法 の実相が分かるようになります。つまり、「縁起の法」を如実に悟ることになるわけです。

この念覚支が、七覚支法の中の目玉といってよいでしょう。 いや、七科三十七道品の中でも、 代表的な修行です。


選び取ることが修行

二択 法覚支

これは、宗教、信仰、哲学というたくさんの教法、思想の中から真実なるものを選び出す、と いうことです。

「択」というのは、この場合は「ちゃく」と読みますけれども、普通は「たく」と読みますね。 「選択」の「たく」です。略さない旧字では「選擇」と書きますが、「選」も「えらぶ」、「掃」 も 「えらぶ」と訓読みします。

つまり、本当に真実なる教法を選び取る、ということです。この世の中には、さまざまな宗教、 信仰、思想があります。その中から真実なるものを選び取る。 そして、 間違ったものや偽りのも のを捨てる、取捨選択するということです。

そこで、この教法の選択というものが、果たして修行といえるのでしょうか? 正しい教法を選び取って、真実ではないもの、間違ったもの、正しくないものを捨て去る、それが修行なの でしょうか? 諸君も、そのような疑問を抱くのではないでしょうか? わたくしも最初、そう 思いました。

正しい信仰を選び取って、正しくないものを捨て去るということが修行というのは、どういう ことなのだろう? そう思ったことがありますけれども、考えているうちに、やはりそれは修行 なのだな、と思うようになりました。というのは、それが修行であるというのは、自分自身の勉 強、知能によってそれをなす、というところにあるわけです。

たとえば、次のようなことです。

お釈迦さまが出家されて、自分が悟りを開くに至るまでには、当時のさまざまな信仰や宗教、 いろいろなことを教える思想家・仙人、そういった方々に体当たりしてぶつかっておられるわけ です。いろいろな方に会って話を聞かれた上で、それが正しいか、正しくないか、ということを ご自分で一生懸命に考えられたということです。

そうして結局、当時のインドにあったところのあらゆる教え、宗教というものは、皆正しくな いという結論に達したわけです。お釈迦さまご自身の深い修行と勉強によって、そこに到達され たわけですね。

ですから、わたくしたちも、この択法覚支を実践し、自分自身の勉強と修行によって、本当に 真実なるものを選び取り、正しくないものは捨て去る、ということをしなければいけないのです。 例えるならば、瞑想一つ取っても、日本に、瞑想を教える学校みたいなところや、瞑想の先生、 そういったものがたくさんあるでしょう。 そのたくさんの瞑想の中から、どれが正しい瞑想法な

のか? どの先生が正しい瞑想法を教えているのか?ということを自分自身がはっきりと取捨 選択しなければいけない、ということです。

おそらく、自分自身の研究や勉強、あるいは修行によって取捨選択するという人は少ないでし ょう。たいてい評判を聞くだけです。

「あの阿含宗の瞑想というのはどうなの?」

「あれはいいよ」

といったり、

「あれは駄目だよ」

などという。

とか、

「瞑想ならばあそこがよいよ」

「いや、あちらがよいよ」

という人もいますが、その評判だけで決めてしまう人が多いわけです。

お釈迦さまがご在世の時代も、たくさんの宗教指導者がいましたが、お釈迦さまはありとあら ゆるいろいろな教法に自らぶつかって、調べられたわけです。瞑想についても、それが良いとか 悪いとか、人の評判などには惑わされませんでした。 ご自分がその瞑想を試してみて、これは良 いとか、これは悪いと判断し選択されたのです。

そういう意味で、 択法覚支というのは修行になるわけです。自分が修行をして確かめて、そし て選び取るということは、間違いなく修行になります。 そう思いませんか?

わたくしも最初は、

「正しい教法を選んで正しくないものを捨てるのが修行だ、というのはおかしな話だなあ」 と思って、じっと考えました。

しかし、お釈迦さまご自身がそうなされたことを知り、なるほどなと思ったのです。「阿含経」 によると、お釈迦さまはアーラーラ・カーラーマやウッダカラーマプッタというような、当時 の有名な宗教家に会ってお話を聞き、彼らが教えている瞑想法を実際に実践されました。その結 果、得るところはありましたが、これは最高のものではないということが分かり、お釈迦さまは そこから離れられたのです。

そのようにお釈迦さまは、当時のいろいろな宗教家の教えを聞き、さまざまな実践を行って、 取捨選択されていったのです。つまり、自分が実践することによって、それが正しいか、正しく ないかということを選択していくから、これは修行になるわけです。

ですから諸君も、本当の宗教・教法というものを、自分自身の勉強と判断と修行によって選択 していくことが大切なのです。 それが修行なのです。

しかし、それはなかなか難しいといえます。お釈迦さまのように、あちこち自分がぶつかって いくということはできないけれども、少なくとも、阿含宗の信徒諸君はわたくしの本を読んだり、 映画やパンフレットを見たりして、自分が選んで阿含宗に入ってきたわけです。

それだけ諸君は、勉強しているということでしょう。やはり、自分のそれまでのいろいろな経

験とか、いろいろなことから、

桐山靖雄が説いている阿含宗の

のは、どうやら本当らしい。

と判断したのだと思います。中には、それまでの宗教や信仰を捨てて、 阿含宗の門をたたいた 人もいるでしょう。それは、一つの修行を経てきているわけです。

ですからやはり、択法覚支になるのです。そういう気持ちで、この択法覚支というものを考え てみなければいけませんね。

 
posted by gomabon at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 運命学

「運気の謎を解明! 仏教で覗く、家庭や人間関係の因縁の舞台裏」

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  • 人はどんな因縁を持つか


 

  1. 家運衰退の因縁:

    • 家の運気が次第に衰退している家系に生まれた人が持つ因縁。

    • 運が悪く、力量や才能を発揮する場を持つことが難しい。



  2. 中途挫折の因縁:

    • 一応、成功に向かって進むが最後の一歩で失敗する因縁。

    • 気の弱い意志薄弱型と、気の強いが失敗しやすい型がある。



  3. 運気不定・浮沈の因縁:

    • 運気に根が生じず、浮沈変転して安定しない因縁。

    • 定まらない生活や職業、不安定な結婚生活が特徴。



  4. 肉親血縁相剋の因縁:

    • 肉親や血縁者同士がお互いの運気を損ねあい、不和が絶えない因縁。

    • 財産や利害関係がからんで深刻な争いが生じる。



  5. 霊的な障害:

    • これらの因縁には霊的な障害があり、怨念や横死した霊のホトヶが関与している。

    • 霊障を解かない限り、因縁は代々続く。成仏法が解脱の方法とされる。




 

 

 

 これから、人の持つ因縁について解説するが、それでは、そういう因縁というものが、

どうして人間にあるのか、ここでは、あるからある、というよりほかない。強いて聞かれ

るならば、それならあなたはどうしてそういう顔をしているのであるかと聞かれた場合、

あなたは何と答えるか? こういう顔をして生れてきたのだから、こういう顔をしている

のである、とでも答えるはかないではないか。原因はともあれ、人間は、それぞれ様々な

因縁を持って生れて来、様々な因縁を持って生きているのである。その因縁という現象を

分析、解説してみよう。理屈は抜きにして、一読するならば、必ず、思いあたることがあ

ろう。卵が先に生じたのか、鶏が先に生じたのか、それを知らなくても、卵を食べ、鶏肉

を賞味するにはこと欠かぬのである。詳しくはあとの方で説明する。ここでは、まず、人

間が誰でも持っている「因縁」の種類についてのべよう。

      かうんすいたい

0  家運衰退の因縁

 この因縁は、家運、つまり家の運気が次第におとろえてきている家系に生まれている人

が持つ因縁である。

 こういう人は、父、あるいは祖父の代までは、かなりの生活をした家に生れている人が

多い。祖父か父の代あたりから、次第に家運が傾いてきている。そうして、自分の代にな

ってからぱ、なお一層はっきりと運が悪くなっている。相当の力量、才能、手腕があるの

だが、それを発揮する場を持つことが出来ない。そういうチャンスを持つことが出来ない。

そうして、自分よりも劣った者が追い越してゆくのを、みすみす歯ぎしりしながら見送る

ことになる。

 たまにチャンスがめぐって来そうになると、人の妨害、邪魔に遭ったり、或いは自分の

思わぬミスや病気などで、せっかくのチャンスを失ってしまう。要するに、一言でいうと

運が悪いのである。実力がありながら、妙にめぐり合わせが悪く、ウダツがあがらない。

年をとるほど運気がおとろえ、生活が悪くなっていく。

 

の因縁から出てくるのが、次に掲げる

     ちゅうと ざせつ

@   中途挫折の因縁

 という因縁である。

 この因縁を持つ人は、何をやっても、一応、七、八分通りまでは順調に進むが、あとも

うI、二分というところで必ずダメになる。決して実らないのである。この因縁を、一

名、「虚花の命」というのは、「七重八重、花は咲けども山吹の、実のひとつだになきぞ悲

しき」という古歌の山吹の花と同様、花咲けども実らず、すべてムダ花であるというとこ

ろからきているのである。よそ目には華やかに見えて、内実は空しいのである。苦労した

あげく、さいごの収穫はごっそりと人に持ってゆかれてしまう。

 この因縁を持つ人は、わりあい運気(生命力)の強い人が多く、中途で挫折しては、ま

た立ち上って仕事をし、また七、八分通りで挫折して、そのままになるかと思うとまた立

ち上って、また挫折する、というように、七転八起の起伏のはげしい人生を送る人が多い。

そうして、結局は、挫折したままで終るのである。

 大体、因縁のあらわれ方には二通りあるのであって、その囚縁が、そのままその人の恍

格にあらわれている場合と、性格には全然あらわれない場合とがある。

 この中途挫折の因縁の場合も、この因縁がそのまま性格にあらわれて、非常に気の弱い

意志薄弱の型と、逆に、非常に気のつよい意志強固の型がある。

 意志薄弱のタイプは、何をやってもすぐにあきてしまって、ながつづきしない。気うつ

りがぱげしい。学業、職業、すべてがそうで、転々とする。文字通りの中途挫折、薄志弱

行の型である。

 もう一つのほうは、これと全く反対で、性格もつよく、意志も強固で、努力家でもある。

然るに、かえってその強さが人と相容れず、上の者と衝突したり、同僚と円満に協調出来

なかったりして、失敗し、挫折する。あるいは、ここ一番という大事なところで、きまっ

てつまらぬミスをしたり、人の誤解をうけたり、妨害をうけたりする。また、病気や怪我

などで手違いが生ずる、というように、必ずなにかしら障害が発生して、チャンスをつぶ

すのである。

 先日、わたくしを訪ねて来た人に、そういう人がめった。

 四十七、八歳の会社員で、立派な人物であったが、この人に、この因縁があったのであ

 

る。聞いてみると、今までに八回も勤め先を変えているという。意志強固の努力家型だが、

と思って聞いてみると、この人は、一流の財閥会社に勤めているのだが、系列の子会社に

出向させられると、その会社は、きまって、他に合併したり、業績不振で閉鎖させられて

しまうのである。本社にもどると、同期の社員で本社に居たままの者はかなり上の方に進

んでおり、処遇に困るので、また傍系の会社に出向重役として出される。するとまた、そ

の会社がおかしくなる、というわけで、今までがその繰り返しだったというのだ。

 念のためにいうが、それは、この人の経営の腕が悪いために、この人が行った会社がみ

んなダメになるというのではないのである(手腕という点からいえば、むしろ人並み以上

の手腕を持っているのである)。この人が行っても行かなくても、その会社はダメになるの

である。そういう会社に、この人は行かねばならぬような廻り合わせになってしまうのだ。

今度の会社もおかしくなってきているので、相談に来たのです、というのだが、典型的な

中途挫折の因縁のあらわれかたであった。

 薄志弱行タイプの場合は、すぐにあきたり、気移りしたりして白分から会社を転々とす

るが、意志強固タイプの場合は、自分でぱ一心に努力をして会社を変わるつもりはさらさ

らないのだが、他動的に転々と変わらざるを得ないようになってしまうのである。その人

のか字心、思劣、心構えなどに関係なく、結果は結尚おなじことになが、

因縁というものの、こわいところである。精神一到何小か成さざ‘ら人や、と気胆劣てみた

ところで、この因縁を持っていては、所詮、ダメなのだ。外的条件が許さないのである。

つねに転々として挫折する。

 昔から、よく、「人間には誰でも一生に三度はチャンスがある」といわれているが、運のないでも三度はチャンスがあるかわり、運のある者でも、三度以上そう何回もあるもの

ではない。人生ここ一番というチャンスを二、三度この因縁でつぶされてしまったら、も

うその人間は一生芽が出ないものと思わねばなるまい。そうして、この因縁のこわいとこ

ろは、この因縁は必ずその子に遺伝し、その場合、きまって親よりその子のほうが一段と

因縁の度を深めて悪くなってゆくことにあるのだ。

 この中途挫折の因縁が、そのようにして一段と強くなった場合、

 

 

運気不定・浮沈の因縁

という因縁になる。

 これは、運気に根が生じないので、そのため、浮沈変転してとどまらないのである。

 いわば、根無し草の人生である。居住、職業が定まらず、転々とする。一時的に幸運を

得ることがあっても、永続しない。一生、ホームレスか、それに近い境界となる。

 女性の場合、ちゃんとした結婚生活をつづけることが出来ない。再婚、三婚し、しかし

いくら結婚を繰り返しても、決して安定した夫婦生活を持つことは出来ない。

 「色情の因縁」のある場合は、不倫の関係に陥ったり、あるいは売春をする悲惨な因縁で

ある。

 

o  肉親血縁相剋の因縁

 これも、根本は、家運衰退の因縁から出てきているものである。

 この因縁は、肉親の者同士、血縁の者同士が、たがいに運気生命力を損ねあい、傷つけ

あって分散してゆくのである。

 毛利元就の「三本の矢」の教訓を逆にいって、おたがいに助けあい、協力しあってゆく

べき肉親血縁の者が、離散し、孤立して、次第に没落してゆく。

 まさに、家運衰退のあらわれである。

この因縁があると、同居している親子、兄弟など、血縁の噺が、年中不和で詐が絶えな

い。これは、血縁の者同士でお互いの運気(生命力)を損ねあい、傷つけあっているので、

無意識のうちに反発しあって争うのである。この場合、運気を傷つけあうといっても、必

ずしも表面立って争いをするとは限らない。ただ同じ屋根の下に住んでいるというだけで、

相手の運気(生命力)を損ねるのである。それはちょうど、何か目に見えない光線のよう

なものを放射しあって、相手の生命力を傷つけるように思われる。人間の生命というもの

は、自分を守るという自衛本能を持っているから、その本能がはたらいて、無意識のうち

に生命力を結集して相手に反発する。その結果として、相手の何でもないような動作や一

言一句が非常に気にさわる(神経が立っているので)。そこで静が始まるのである。肉親同

士で異常に仲が悪いのぱこのためである。それに加えて財産などの利害関係がからむと、

非常に深刻な争いに進展してゆく。

 この因縁のある家庭で、もし、同居の肉親同士が不和でなければ、家族の中に誰か一人、年中病気で苦しむ者か、極端に不運で運の開かぬ不遇の者が必ず出る。

 相当の才能、手腕がありながら、常にチャンスを逸したり、チャンスに恵まれない不遇

の人、あるいは長年病弱の人は、前記の「中途挫折の因縁」か、または、この「肉親血縁

相剋の因縁」によって運気(生命力)を剋害されているのではないかを疑ってみるべきで

ある。どちらかの因縁があったら、それを断ち切らぬ限り、いくら努力しても一生空転す

るばかりなのだ。

 この因縁を持つ人、(あるいはこの因縁のある家系)には、必ず、といっていいほど、霊

的な障害がある。つまり、三代か四代前に、その家(またぱ人)を強く恨んで亡くなった

怨念のホトヶがいるのである。

 また、横変死した人の霊障を受けている場食がほとんどである。

 前に述べた「家運衰退の因縁」、「中途挫折の因縁」、「運気不定・浮沈の因縁」は、いず

れも霊障のホトヶより生じていることが多い。

 この霊障を解かぬかぎり、この因縁は、何代でもつづく。

 成仏法によって、霊障のホトヶを解脱成仏させる以外に方法がないのである。

 

 

 

 

 

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