2015年01月06日
我が子を可愛いと思えなくなったのはいつ頃からだろう?
お元気ですか?
年末からずっとエリンパと1号は
各学校に提出する願書や
自己紹介カードなどの作成に追われています。
今も2人で、
明日郵送する願書を一生懸命書いています。
エリンパは本当に家族思いなのよ。
こういう細かい作業って
面倒がるパパさんは多いと思うんだけど、
リアンマがあまりにも頼りないせいで
エリンパに随分と負担をかけてしまってます。
独身男性のみなさん、
お嫁さんをもらう時はよーーーく
相手の能力を見極めましょうね。
さもないとエリンパのように
一生苦労しますよ…。
さて、本題です。
もしも世の中にこんなダメブログを
リピートしてくださっている方が
いらっしゃるとしたら、
お気づきかもしれませんが。。。
リアンマとエリンパって。。。
1号と2号に対する愛情のかけ方が違わない?
って思われたのではないでしょうか???
それってね、
あながち間違いではなくて、
結構事実だったりします。
で、いつからこんなに愛情が不公平になったのだろうか。。。
色々思い出してみたんだけど、
はっきりとこの日から!ってのは無いんですね。
何となく。。。
少しずつ。。。
段々と。。。
そうなって行った気がします。
子供が成長してくると、
可愛いとか愛おしい気持ちにも変化があります。
まるで愛玩動物みたいだった可愛さから
親の思うようには行かなくなり、
それぞれの個性が浮き彫りになり、
親子でも相性が合う合わないなどが出てきたりします。
それに、一男一女を育てていると
男女で愛情の形も違います。
男子には期待もあるために少し厳しく当たるようになり、
女子には段々と小生意気になったり、おしゃれに気を使ったり
そんな様子が何とも微笑ましく映ります。
これは我が家が、最初が男子だったからというのが大きいです。
妹のところは最初が女子だったため、娘にはかなり厳しく
息子にはデレデレですもん。
(エリンパは話にならないのでこの際置いておいて)
リアンマが1号に愛情を持てなくなったのは
いつの頃からなのか?
多分、アスペルガー症候群だと分かって
その特徴が顕著になって来た5年生くらいからではないかな?
4年生、5年生と2年連続の学級崩壊のクラスでは
子供達が無法地帯に投げ込まれているような状態で、
1号も軽いイジメにあっていたし、
挙句に反抗期にも突入して、彼自身も色々問題をおこしたりして
手がかかりすぎるくらい手のかかる子供だったのと、
自分の思い描いていた理想の育児との落差に
勝手に失望感を覚えていたことが原因だったのではないかと思います。
そして、ピークは去年の今頃かな。
リアンマ自身が現状に耐えられなくなり
家出した頃です。
あの頃の親子関係は最悪でした。
一緒の空間にいることに嫌悪感すら感じていました。
もうダメだと思った朝、
児童相談所に電話したことは以前書きましたが、
あの時、実は1号をシェルターに入れようと思ったのです。
このまま一緒にいたら、
多分リアンマは1号を虐待死させてしまうと思ったからです。
1号に手を挙げてしまうことで
自己嫌悪感も凄まじかったのに
1号が何かと煽って来るのでまた手を挙げてしまう。
それに耐えられなくなると今度は無視していました。
ネグレクトですね。
そう言ういろんな自己嫌悪とジレンマが
積りに積もってどうにかなりそうでした。
もちろん、1号には1号なりの悩みが沢山あることも知っていたし、
学校でも海外帰りということで何かと嫌味を言われていた事も聞いていました。
別に本人が望んで海外に住んでいたわけではないのにね。
子供というのは実に残酷です。
また、公立中学というのは
転校生に対して一切のフォローがないことも
1号や私達両親をひどく失望させました。
事実、教科書や副教材が転入後3ヶ月以上経っても
揃えてもらえてなかったんですよ。
こちらから何度も何度もプッシュして、
やっと揃ったのは2月に入ってからでした。
1号もテストの範囲が副教材からも出題されると分かっていても
持っていないから勉強が出来ないとか、
ちょっと英語が出来るからという理由で
それがイジメの理由になっていたとか、
今にして思えば可哀想なことの連続でした。
家に帰れば何かと牙を剥く母親がいるし、
自分の身の置き場が無かっただろうと。
今になってとても可哀相な事をしてしまったと思うのですが、
あの頃は日々の様々なことすべてが
負のスパイラルを産み出し、
もはやリアンマにとって1号は
邪魔な存在以外の何者でもない存在でした。
そして、事あるごとにに暴力をふるってしまう自分が
恐ろしくて恐ろしくて
いよいよシェルターへ避難させようと思い
電話した児童相談所でしたが、
お母さんが実家に何日か避難する方が良いと言われてしまいました。
また、その日はたまたま精神科の受診日だったので
主治医にも現状を相談しました。
あっさり実家に帰る事を勧められて
結局実家に帰りましたが、
結果的にはこれで良かったです。
少しずつ冷静になって行き、
1号の立場や現状に気持ちを向けられるようになって行きました。
そして、家に戻る頃には
あんなに一緒にいたくないと思った我が子を
再び大切に思えるようになりました。
今、ご自分のお子さんと一緒にいるのが辛い、
しんどい、
愛せないとお悩みの方、
思い切ってしばらく離れてみるのも悪くないです。
むしろオススメです。
血の繋がった子供でも
冷却期間てあった方が良い場合があると
つくづく思った出来事でした。
そして、最悪の状況を脱した現在は、
相変わらずたいして可愛いとも思っていませんが、
健気に受験勉強を頑張っていたり、
実は2号に対してとても優しいお兄ちゃんだったり
良いところを沢山見るようにしています。
そして、折に触れ
口に出して良いところを褒めます。
恥ずかしいらしく、素直に聞いてくれないけど
それはそれでいいの。
やっとやっと、
1号のことも大事な我が子だと
再び思えるようになって来ました。
同じように悩んでいる方がいたら
元気を出して欲しいな。
明けない夜は無い
歌の文句みたいだけど、
ホントだから。
一緒に頑張りましょうね。
ではでは。
最後までお付き合いくださいましてありがとう ございます。
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