ちょいとビジネスの絡みでグラミー賞観る必要あったんです。
ちなみに以前の際は、オートバイのワールドGP観るための契約だったんですけどね。
ガードナー、ローソン、シュワンツ、レイニー、ドゥーハンの時代でした。
で、2020グラミー賞 ビリー・アイリッシュ。 グリーンに光るGUCCIカッコ良かったです。
あとはLIZZO、アリアナ・グランデ、テイラー・スイフト・・・正直さっぱり分かりませんわ〜(汗)
音的に殆ど聴いていないので何ともコメントのしようがありませんが、う〜んどうなんでしょう?
以前このブログでも書いている様に、1970年代前半に最もシンパシーを感じている自分にとっては、ひと言で言えばどれも音像が暗いです。リズムが殆ど人力じゃない=打ち込みばっかり。
でもしょうがないか、時代の趨勢?
それにロックンロール無いなぁ。でもグラミー賞ってロック部門ってあるみたいだからロックバンドはいるんでしょうけど。
ロックって流行ってないのかな?今の20代30代の人には。
そういえば去年Superflyのライブ観に行ったんですが、正直いうと面白くなかった。
あんなブログ書いたボクにとってもね。
それは、彼女がロックンロール、ハードロックもっと言えばローリングストーンズやらなくなっちゃったからなんです。バラードばっかで。アップテンポの曲もボクに言わせりゃありきたりでロックンロールしてない。
でも大多数のファンにとっては今演ってる音楽こそが彼女の魅力なのでしょう、きっと。
ボク以外にもSuperflyについてブログ書いている方いらっしゃいますが、結局はシングルヒットした曲の紹介ばかりになっちゃう。
Superfly 蔦谷じゃダメなんですよ、多保孝一じゃないと。
それは兎も角、自分の趣味としてはグラミー賞 音的に全く響きませんでした。
ところで、この数年巷で話題になっているCITY POPであります。
1980年前後の日本の<都会派>ロック〜ポピュラーミュージックが海外で話題になっているらしいんですが、
きっかけはこの曲。
韓国のDJがYouTubeにアップしてから4700万回以上が世界中で再生され、そのコメントの殆どが海外からのものだったり。時を同じくして大貫妙子のアナログを探しに来日したアメリカ人青年がテレビで紹介されたり。
このアルバムは来日外国人が探されているものの筆頭ではないでしょうか?
自分なりにその理由を考えてみました。
今回のグラミー賞をみても感じられる暗い音像と打ち込みやサンプリングばかりのリズムがベースの楽曲に対し、80年前後の洋楽志向の和製ポップス(死語)=「CITY POP」のグルーヴに富んだ人力のリズムと抑揚に富んだメロディ、そして綺麗なコーラスがそう言う音に初めて接した人達にとって、極めて新鮮に感じられているのではないでしょうか?
またそもそも今から40年も前の音作り=特にそのアレンジと録音が今聴いても全く古臭くありません。よく言われる「普遍的」なサウンドなのです。アナログ録音だったせいなのでしょうか?
(もちろんすべてが良かった訳でも普遍的な曲作りをされていた訳でもないし、今聴くと情け無い楽曲もありますが)
逆に90年前後の多くのポピュラーミュージック、ロックが洋・邦とも、今聴くと耳障りが悪く特にリバーブ(残響音)が不自然、もっと言えば不快に聞こえます。デジタル録音のせいなのでしょうか?それとも当時はその手の音像が好まれたのかな?
自分は単に1人の音楽ファンであって、作り手ではないので的確な説明は出来ませんが、一部のミュージシャン、レコーディングエンジニア達は2000年くらいからはデジタルを如何にアナログ=自然な音に近づける事に心血を注いでいるという話しも読んだことがあります。
まあ、小難しい事は置いといて、ひと言でいえばCITY POPは軽快で耳に心地よいサウンドだった、それが一部のDJ、マニアに発掘されて多くの人に受け入れられたと言うことですね。
私は今まで80回このブログで、あーだこーだ書いてきた訳ですが、どうしても「かつてはこうだったんだよ」という話しになりがちです。前回のフォードvsフェラーリもしかり、DEEP PURPLEの話しもしかり。それがともすれば自分より20歳、30歳、いやもっとお若い方にどう受け入れられているのか?が少し心配になる事があります。
でも、昨今のこのCITY POPブームに接するにつけ、60〜80年代前半の話しを若い人たちにもここでするのも意味あるかな?なんて思い始めています。
そう言う観点からすると山下達郎が40年前と基本同じ音楽をステージで同じ様に歌い、生音で演奏していること、そしてそれが今の20代30代にも非常に好意的に受け入れられている事は、時代が変わってもいいものをいいと捉える感覚は変わっていないんだなと思いました。
そう言えば10年くらい前にこんな事が有りました。
当時我が社には「クラブ」でDJやってた社員がおりまして、結構人気があったようです。そんな彼に1976年のDoobie BrothersのアルバムTakin' to the Streetの Wheels of FortuneやRioを聴かせたところ、「これヤバイっすよ!」「貸して下さい」って言って「クラブ」で披露したところ「とてもウケた」そうです。このアルバムはその彼が生まれる前の音源でした。
いちど聴いてみてください。皆さんの耳にはどう聞こえるのでしょうか?
事ほど左様に上質な音楽というものは、作られてから何十年を経たとしても時代の試練に打ち勝って、古臭くならないのです。
でも音楽というものは極めて個人的な趣味性が高いもので、例えばこのドゥービーズのRioに対して、いつも三代目みたいな打ち込みとファルセットばっかり聴いている若い女性には全く馴染めないのかも知れません。でもそれは仕方がないことだとは思ってますけど。
これから自分は自分自身まだまだ知らない過去の名曲を発掘し、それを楽しみ、さらにはこのブログを通じて、共感してもらえる人に発信できればと思います。更には新しいミュージシャン、新しい曲でも「いいものはいい」と受け入れられればいいですね。サブスクやシャザムなど便利な世の中になりました。
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