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2016年03月29日

第57回 東洋のロダン






文●ツルシカズヒコ



 一九一二(大正元)年十二月二十七日、忘年会の翌々日、らいてうから野枝に葉書が届いた。


 昨夜はあんなに遅く一人で帰すのを大変可愛想に思ひました。

 別に風もひかずに無事にお宅につきましたか。

 お宅の方には幾らでも、何だつたら、責任をもってお詫びしますよ、昨夜は全く酔つちやつたんです。

 岩野さんの帰るのも勝ちやんの帰るのも知らないのですからね、併し今日は其反動で極めて沈んで居ります。

 そして何でも出来さうに頭がはつきりして居ります。

 今朝荒木氏宅へ引き上げ只今帰宅の処、明日当たり都合がよければ来て下さい。

 色々な事で疲れてゐるでせうけれど。


(「雑音(十九)」/『大阪毎日新聞』一九一六年/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』)

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 野枝はすぐにらいてうの書斎に行ってみた。

 忘年会の夜、「鴻之巣」に残ったみんなはそこに泊まり、翌朝、荒木の玉名館に引き上げたという。

 その日、野枝はらいてうの書斎で一日過ごした。

 年が押し迫って、雑誌の発送をすませてからは、別に用事もないので、野枝は家の狭い部屋で終日、読書をして過ごした。

 野枝は暮れから新年にかけて部屋に入りっきりで過ごしたので、青鞜の人たちの誰がどうしたというようなことも忘れがちだった。

 そのころ、野枝と辻は窮迫のどん底にいた。

 ペン先一本さえ買えないことがあったくらいなので、正月の年始に出かけようにも着替えるものさえなかった。

辻潤「ふもれすく」によれば「無産者の教師が学校をやめたらスグト食(く)へなくなる」ので「とりあへず手近な翻訳から始めて、暗中模索的に文学によつて飯を食ふ方法を講じようとしてみた」辻は、陸軍参謀本部の英語関係の書類を翻訳したり、ロンブローゾ『天才論』の英訳本の翻訳に取りかかった。

『天才論』の翻訳は前年六月に取りかかり三か月半余りで訳し終わり、秋ごろ出版予定だったが佐藤政次郎に紹介された本屋がつぶれ、その後出版社がなかなか見つからなかった。





 一九一三(大正二)年一月七日の朝、紅吉から野枝にハガキが届いた。

 大森町森ヶ崎の富士川旅館に宿泊しているらいてうから紅吉に手紙が届き、それには野枝に万年山の事務所に行ってもらい、郵便物に目を通してほしいとのことづてが書いてあったという。

 野枝はすぐに家を出て万年山に行き、郵便物を調べ、送られて来た新年の雑誌の中から目ぼしいものを抜き出し、それを抱えて夕方ごろ帰宅した。

 すると、また紅吉からハガキが届いていた。

 新年会について相談したいので、八日に紅吉の家に来てほしいとの文面だった。

 野枝が翌日の八日、紅吉の家に着いたのはかれこれ日が暮れた六時か七時ころだった。

 二階には神近、哥津、紅吉がいた。

 野枝と神近は以前、研究会で同席したことがあった。

 紅吉の父、尾竹越堂が来客とお酒を飲んでいた。

 越堂に紹介されたその来客は彫刻家の朝倉文夫だった。

 野枝たちもその酒の座に一緒に連なり、一座は賑やかにいろいろな話をした。





「東洋のロダン」とも称される彫刻家、朝倉は高村光太郎と並ぶ日本美術界の重鎮への道を歩み始めていた。

 実兄の渡辺長男(おさお)も彫刻家で、軍神広瀬中佐像は長男が制作、下部台座の杉野兵曹長の像は朝倉が制作した。

富本憲吉と一枝の家族の政治学(2)」によれば、谷中天王寺に住んでいた朝倉は尾竹越堂と近所付き合いをしていたが、一九一三(大正二)年秋の第七回文展に越堂の父親の倉松をモデルにした《尾竹翁》を出品することになり、当時、朝倉はしばしば越堂宅を訪れていたようだ。

 朝倉は後に、おそらくこの日のことだと思われる、回想を記している。


 ある日、越堂さんから招かれて『きょうは“新し い女”に酌をしてもらおう』ということで、紅吉、市子、 野枝の三女史が青鞜社の出版事務をしているのをつかまえて、越堂老が『青鞜社の事務は青鞜社でやれ、せっかく客を招いたからもてなせ』と大喝したもので、大いにご馳走になったのだが、越堂さんは『芸者の酌などというものはつまらんもので、 “新しい女”のお酌で飲む酒は天下一品』だとひどくごきげんだった。

 おそらく、この人たちのお酌で飲んだ人はあまりいないだろう。


(朝倉文夫「私の履歴書」/『日本経済新聞』一九五八年十二月連載/日本経済新聞社『私の履歴書 文化人6』一八八三年)





「どうも、家の一枝を連れて歩きますと、実に堂々としておりますな。たいがいの男は、これを見上げていきますので、それだけでも鼻が高いように思われますよ、ハハハハ」

 盃を手にしながら越堂が巨(おお)きな体を揺すって笑った。

「伊藤さんはおいくつです?」

 越堂は、野枝を見ながら言った。

「私ですか」

 野枝が答えかねていると横合いから、

「野枝さんは本当に老けて見られるのね、本当に当てた人はめったにないわ」

 と哥津が笑った。

「私が当ててみましょうか」

 朝倉も笑いながら、

「さあ、おいくつですかね。十九ですか、二十ですかね。一にはおなりにならないでしょう」

「当たりました。朝倉さんは偉いんですね。やはり血色やなんかで当てるのですか」

 紅吉が頓狂な声で朝倉の方に向いたので、みんな声を合わせて笑った。

 シンガポールやボルネオの視察に出かけたことのある、朝倉の南洋の話がみんなの興味を引いた。

 話題はそれからそれへと飛び、刺青の話になった。

「刺青なんて、一般には嫌われていますけれど、芸術的な画でも彫ればちょっとようござんすね」

 と誰やらが言い出した。

「そうですね、しかし人間はかなり倦きっぽいものですから、倦きなければいいけれど、取り替えるわけにはゆきませんからね」

 朝倉に考え深くそう言われてみると、なるほどそうかもしれない。

「けれども、私はこう思いますわ。本当に自分の一生忘れることのできないような人があれば、その人の名を彫るということは大変にいいように思います」

 神近のこの説に一番賛成したのは越堂だった。

 家の娘たちもこれから夫を選ぶ際は、そのくらいの真実な心意気が欲しいなどと、越堂がくどい調子でなんべんも繰り返して、紅吉を嫌がらせた。


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 20:55| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)など。
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