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2021年03月02日

天孫の日向降臨に關する疑問に就いて その2

之を説明せる諸説
是れ實に古來史家の説明に苦しみし所なり。
随って從來學者の之に關して下したる解説を見るに、孰れも不徹底の憾あるを免れず。
鴨祐之大八洲記に邊要を論じて曰く、「火瓊瓊杵尊日向の高千穂峯に天降り給ふ、これ邊要を守り給はんが爲なり。
運鴻荒に屬し、時草昧に鐘(あた)れり。
故に蒙以て正を養ひ、此の西偏に治すとは、正に此れを言へり。
古事記に曰く、邇邇藝(ににき)命竺紫ノ日向に天降り坐し、詔してのたまはく、此の地は韓國に向へりと、是を以て上世大宰府を置いて、以て邊寇を戌る所なり」と。
又長谷士清は日本書紀通證に於て此の説を補ひ、蓋し伊弉諾尊禊祓の蹤を追ひ、三女~降居の基に依り給へりとなす。
又久米邦武博士は、「神武帝以前の都は日向なり。
日本を統治するには甚西に偏したり。
又朝鮮を兼治するに筑紫の香椎港、又は出雲の杵築港等こそ相應の地なるべし。
何の故に日向には都せられしや、是を究明するも亦緊要の疑問なり。
古事記に瓊瓊杵尊の奠都を記して、『於是詔之、此地向韓國、眞來通笠沙之御前而、朝日之直刺國(たださすくに)、夕日之日照國也。故此地甚吉』とあれば、日向奠都の假初ならぬを知るべし。
『向韓國』は朝鮮渡海に便なるなり。
『夕日之日照』は常世國へ渡海に便なるなり。
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