2016年04月28日
バッド・エデュケーション(2004年スペイン)
監督/ペドロ・アルモドバル
脚本/ペドロ・アルモドバル
製作/ペドロ・アルモドバル
出演者/ガエル・ガルシア・ベルナル、フェレ・マルティネス
about the movie
若き映画監督エンリケのもとに、かつての親友・イグナシオを名乗る男がやって来る。舞台俳優だというその男は、自らがしたためた脚本を手渡して去っていった。そこには、エンリケが少年時代を過ごした神学校での悲しい記憶が描かれていた。(wikipediaより引用)
review
さて、ようやく観に行って参りました、バッド・エデュケーション。「ミリオンダラー・ベイビー」以来どうも観たい映画が無く、劇場はごぶさたになっておりました。ミニシアター自体も久しぶりだったかな。自主上映団体に入っている友人が受付しておりました。は…東京国際映画祭の資料を借りっ放しになっている。すまぬ。
数少ない映画友とカフェー(語尾を上げて読んでくれ)で待ち合わせ、一時間ほどおしゃべりをしたあと鑑賞。久しぶりに映画に浸ることができて幸せ。彼女とは映画の前後には「語る会」をやるのが恒例になっているので(例…「キングアーサー」観賞後の「ランスロットを語る会」、「オペラ座の怪人」観賞後の「ラウルを語る会」など)映画は2時間ちょっとで済むイベントではなくなってしまっているのが現状。
ペドロ・アルモドバル監督の作品は他に「トーク・トゥ・ハー」「オール・アバウト・マイ・マザー」を観ている。「オールアバウト〜」なんかは、一番最初に観たときは全然良さがわからなかったんだけど、二度目に観た時はものすごく感動した。「トークトゥハー」もまた観たい。これは最初に劇場で観た時点でかなり良かったけど、また観たらもっと好きになるような気がしている。この監督は女性に視点を置いているというか、性(別)というものをひとつのポイントとして映画を作っている。「女性のための映画」っていうわけでもないけど。で、どれも重い。重いけどなんだかオシャレに仕上げてしまう人だと思う。オシャレというのは悪い意味でファッション的に扱ってるって事ではなく、題材はきちんと提示しつつ、見やすく仕上げてあるということで。全てが全て重いままのラース・フォン・トリアー監督とは違うという意味で。(トリアーを否定してるわけではありませぬ。彼も好きです。)
「分かる人だけ分かればよろし」的な作品になってないところもすごい。このへんは、アート寄りで自分の世界に入りすぎてる監督サリー・ポッターなんかよりも一般的に受け入れられやすいんじゃないだろうか。でも私はサリー・ポッターも好きですよ。自分の世界に入りすぎてる監督って否定されがちだけど、私はそういう監督を応援したい。観客に媚びてる映画作ってるよりもずーっといい。リュック・ベッソンとかよりは俄然タランティーノやグリーナウェイ、サリー・ポッター、フランソワ・オゾン、ティム・バートンなどなどを応援します。…そういえばグリーナウェイの新作ってどーなったんですか。
あ、ひとつペドロ・アルモドバルとサリー・ポッターとの差があるとするならばサリー・ポッターの作品はどれも「女性の女性による女性のための」感が溢れすぎてるところか。男性はちょっとヒクだろうな、と思っていますが実際どうなんでしょう、男性の方。とくに「オルランド」なんて私は大好きだけど、男の人は少女マンガ読まされるようなもんだろうか?といつも思う。性を扱った映画って女性男性によって見方が変わってくるに当たり前だけど、アドモアドル監督はそれを感じさせないような気がするのよ、不思議なことに…もっとも私は男性の感想はわかりませんが。
肝心のバッド・エデュケーションですが、ベルナル君の女装もさることながら、ちょっと前から目をつけていたフェレ・マルティネスもたっぷり拝むことができました。フェレ・マルティネスがスレンダーだったせいで、ベルナル君がむっちり見えてしまったのが可愛そうだ。相変わらず脱ぎっぷりはいいのでありました。ストーリーは、いわゆる「オチ」があったのに驚きました。「そして事実が最後に明かされる!」な映画は作らない監督だと思い込んでいた。それでも内容はぎっしりみっちりで見応えは充分。
それからこの監督の作品のアートディレクションはどれも良くて、チラシやパンフレットも毎回美しいですな。参考になります。で、今回パンフレットが売り切れておりまして、かなり哀しい。デザインどんなんだったんだろー。全国的に品薄だったらしいです。
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