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2019年12月30日

土佐・朝倉城

朝倉城(あさくらじょう)
重松城 

高知県高知市朝倉にあった日本の城。
高知県指定史跡。

別名
重松城
城郭構造
山城
築城主
本山茂宗(もとやまむねしげ)
別名 本山梅慶(もとやまばいけい)

築城年
天文元年(1532年)頃?
主な城主
本山梅慶(もとやまばいけい)
本山茂辰(もとやましげとき)
廃城年
永禄6年(1563年)
遺構
曲輪、土塁
指定文化財
県指定史跡
位置
北緯33度32分57.9秒東経133度28分48.2秒

概要
高知市西部、高知大学西側の標高約100メートルの丘陵上に位置し、頂上のおよそ2000平方メートルの平坦地を本曲輪とし、周囲にも出丸を築いていた。

本山城主・本山茂宗は、大永(1521〜1527)年間に土佐中央部に進出した。朝倉城築城は天文元年(1532年)頃とも言われている。その後、長宗我部氏や土佐一条氏と土佐国の覇権をめぐって争い続けた。

永禄5年(1562年)には長宗我部元親が3,000人の兵を率いて当城を攻め、本山茂辰はこれを撃退した。しかし翌永禄6年(1563年)に本山城に退去した際に当城は焼かれ、廃城となった。


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