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タグ / とさしちゆう

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香美郡山田氏 [2019/12/08 15:26]
山田氏は土佐の戦国時代、香美郡山田郷を領して「土佐七守護」の一人に数えられる有力国人領主であった。 香美郡楠目城または山田城とも言う。 山田氏は鎌倉時代のはじめ、香美郡宗我部郷に地頭として入部した大中臣(中原)秋家が、のちに山田郷に移って山田を称したことに始まると伝えられている。そもそも大中臣(中原)秋家は、甲斐武田氏の一族一条次郎忠頼の家臣であった。  甲斐武田一族は、源平争乱の時代に活躍したが、のちに源頼朝からその威勢を忌まれ、一条忠頼・板垣兼信・武田有義らの兄..
土佐七雄(とさしちゆう) [2017/05/08 08:59]
土佐七雄(とさしちゆう) 土佐七守護(とさしちしゅご)とは 室町時代末期から戦国時代にかけて土佐国に存在した7つの豪族の総称。 戦国時代土佐七雄勢力図 「土佐物語」には香美郡楠目城主・山田氏、 高岡郡法巌城(ほうごんじょう)片岡氏を加えた9氏が記されている 土佐七雄の成り立ち 土佐国は古来より罪人などが流される地であり、北を四国山脈に塞がれ、南は太平洋に面しているため、どこにも行けぬ陸の孤島であった。南北朝時代に細川頼益が守護代として入国し安定を..

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