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2018年03月25日

ミニカーの思い出

どうもです。

早くも3月後半になってしまいました。

今年の花粉症は結構きつくて、今まで効いていた薬の効きが今年はイマイチ。
夜になると鼻が出てきて寝る時に鼻が詰まって苦しかったりします。

早く終われ!

・・・さて、今回は自分が今まで集めていたミニカーとの思い出について書いてみます。
一部以前書いたトミカリミテッドヴィンテージの記事と重複する部分が出てしまうかもしれませんが、続きと思って見て下さい。


そもそも自分は何故ミニカーが好きなのか?

そんな事をちゃんと考えた事って今まで無いですが、気が付いたら玩具はミニカーばかり欲しがっていました。

後はプラレールですね〜
プラレールも一時期は大量に保有してました。
ウチは男三兄弟なんで、自分だけじゃなくて弟たちも遊んでいたので、いつの間にか集まったようです。

気がつくと1つも残って無かったですけどね。

乗り物好きだった自分は自然とプラレールとミニカーに興味を持ったのでしょうが、親も手軽に買い与える事が出来たミニカーは楽だったのだろうと思います。
事実、それ以来車好きに育って今に至るわけで・・・

それと同じ頃に当然並行してプラレールもあったので、当時から既にクルマと鉄道のコラボも実施されていました(笑)


自分と違い、1つ下の弟の場合は主に「超合金」専門でしたが、流石に毎回は買ってもらえず、普段は自分と同じトミカマッチボックスを一台ずつ、という事が多かったです。
IMG_1584.jpg


殆どの場合ケンカしないようにと言う親の配慮からなのか、基本は二人に同じものを買ってくれてました。
(この頃まだ1番下の弟は生まれたばかり)

たまにお互いに好きなものを買ってもらえるときには、弟は超合金で自分はダイヤペットとかマッチボックスのキングシリーズなど、トミカよりも大きいサイズのミニカーを選んでましたっけ。

当時はトミカと同じような陳列方法でマッチボックスも売っていて(こちらのほうが元祖)、買ってもらえるときには毎回目移りしながら中々決められずにいたものでした。ディンキーコーギーなどのイギリス製の舶来品は高級だったのでまず買ってもらうことは無かったです(同じイギリス製でもマッチボックスのほうが自分は好きでした)

ざっくりとした分類になりますが、幼少の頃はトミカかマッチボックスがメインでたま〜にダイヤペット、小学生になった頃はそれにバンダイのエアポートシリーズが加わり、シンセイミニパワーシリーズや学研のグリップゼッケン等の建機がメインのミニカーシリーズも少しずつですが加わってきました。
他にトミカダンディなどもありましたね。

建設機械のミニカーは時代ですね。
あの頃は田中角栄の日本列島改造論の後で空前の建設ブームでしたから、それこそあちこちで工事をしていたから子供の目にも入りやすく、ミニカーにするにはうってつけだったんでしょう。


小学生の低学年の頃は誕生日やクリスマス、または極稀に親戚などに買ってもらうことがありましたが、4年生くらいになるともうその頃にはNゲージを始めていた事もあり、何か買ってもらえるときには最優先でNゲージを所望するようになっていたのでミニカーを買う事も減り、高学年になった頃にはどうしても欲しいものがあると自分の小遣いかお年玉で買うくらいになっていました。


当時の遊び方は主に室内の場合、畳の縁を道路に見立てて並べて遊んでいました。
建物が欲しいときには、これまた好きだったレゴブロックで作ってました。
消防署とかクルマに必要な建物がレゴで売られていて、それがトミカサイズにちょうど良い大きさだったんでいつも一緒に遊んでました。

弟もよく一緒に遊んでいたんですけど、弟の場合はちょとワイルドだったんでレゴを歯で分解するんですよね。
ちょっと組みつけが硬いと確かに分解しにくかったんですけど、そういう場合は弟はすかさず食いついて毟り取ってました。
お陰で我が家のレゴは歯形でガタガタ(笑)

まあ、弟の場合は本来超合金が好きなんですけど、買ってもらってしばらくするとロケットパンチとかを無くしてしまい、手首の無いマジンガーZとかが出来上がるわけです。
他にもグレンダイザーなんかだと気が付いたときには首〇ョンパになって頭が無くなってる訳です。
他にも鋼鉄ジーグだったりすると逆に胴体だけ残って磁石でくっついていた手足が行方不明になってて、映画「西太后」のワンシーンにあった手足を切られて甕に入れられてる女の人のような見るも無残な状態になってるんですね。(分からない人は無理に調べなくても良いと思います・・・)

そんな状態なんで最初のうちだけは楽しく超合金で遊んでるんですけど、そのうち物理的に遊べなくなってこっちで一緒にミニカー等で遊ぶわけです。

弟とは年齢が近かったので一番身近な遊び相手でしたのでよく一緒に遊んでいましたが、先ほども書いたようにワイルドだったので結構悪さもやりました。

あるときは母が買い物に出掛けた隙に二人で三面鏡の上に乗ってふざけていたら(何故そんな事をしたのか?・・・)三面鏡が倒れて二人揃って見事に下敷きになり、ガラスも割れてしまったので動く事も出来ずに母が帰宅するまでの間しばらく身動きが取れずにひたすら待っていたことも・・・
他にも近所の悪ガキ数人で近くの家にあった軽自動車(Nコロ)の屋根に上ってベコベコにしてしまったこともありました。
今なら訴訟ものですが、当時は子供たちの親が皆で弁償したらしいです。

弟は赤ん坊の頃からじっとしていなくて、よくゴミ箱を漁って散らかしていたのでそれを見た祖父がつけたあだ名が「ゴミラ」でした。
他にも空き地で割れたガラスの山に飛び降りてアキレス腱を切ったり、足漕ぎの車(ペダルカー)で掘割に落下して頭を激しく切って血まみれになったりと、中々のヤンチャ振りを発揮していました。
今では兄弟の仲でも一番落ち着いているのですが、今でもワイルドさの片鱗を見せる事がたまにあります。

何時だったかも、大型バイクで走行中に白バイに気付かずにブチ抜き、白バイ隊員に「舐めてるのか!?」とブチ切れられたりしたこともあり、相変わらずやってるなと思ったもんです。

まあ、弟の話はこの辺りにしてあげないとアレなんでおしまいにしてミニカーの話に戻りますが、子供なんでミニカーで遊ぶのは屋内だけではなくて屋外のほうが多かったりしますよね。
大人と違って、コレクションとして所有しているわけではないので思いっきり遊び倒す訳で、家の中から表の道路、公園の砂場に泥だらけの水溜り等々・・・ありとあらゆるところで遊びました。
何時だったか、海水浴にも持っていったことがありましたが、持って帰ってきた記憶が無いのでそのまま海に忘れたんだと思います。

結構ハードに遊んでいましたし、ちょっと壊れてるくらいが迫力があって好きだったりしたので幼少の頃に買ったミニカーは悉く廃車になって淘汰されていきました。

中学生になった頃には、小学6年の頃に買い集めたトミカで出ていたいくつかの旧車が残っているくらいでした。
既にこの頃から旧車に目覚めていたわけです。
その当時かろうじて残っていたのはダイハツミゼットやいすゞのボンネットバス、あとは極少数のトラックや乗用車等ですべてトミカだけでした。
マッチボックスのキングサイズ等は既に砂場の藻屑と化しており存在していませんでしたね。

しかしこれらも気が付くと無くなっていました。

高校生の頃に一度探してみたのですが、最後の頃に買ったやつは大事に箱ごと保管していたはずなのに見つかりませんでした。
たぶん誰かにあげてしまったんですね。

じつは高校生の頃になると、以前の記事で書いたように鉄道への情熱が冷めてしまった時期があり、再び車への興味が復活していた時期なんです。

ちょうどその頃、雑誌でミニカー専門店の存在を知ります。
ちょっと昔を思い出して気になっていたところ、たまたま高校の課外授業的なことで都内の上野近辺に行く機会に恵まれて、上野から割と近くにあった「ミニカーショップイケダ」に行って見ることにしました。
ミニカーショップはパラダイス!


模型等に殆ど興味の無い友人を引き連れて初めて訪問したミニカーショップは、まるで桃源郷のようでした(ちょっと大げさ)

大量のミニカーに圧倒されつつも、まさに夢のような状況に暫くはテンションが上がりっぱなしで、店内をそれこそ子供のように目を輝かせながら徘徊してしまいました。
結局この日は始めて見た特注トミカ(ここに来るまで存在自体知りませんでした)を衝動買いして店を後にしました。

その後すっかり嵌まってしまった自分は機会があればミニカーショップを訪れるようになり、いつしか興味は絶版品へと移っていきました。
その頃になると別のショップにも行くようになり、趣味に合致する品揃えのショップを見つけてからは基本そこばかり通うようになりました。

最初はトミカばかりでしたが、心の余裕が出来てくると昔欲しかったマッチボックスのキングサイズやレギュラーサイズの古いヤツ(スーパーファーストホイールになる以前のモデル)なども探し始めて、いくつかは実際に購入したりもしました。
IMG_1567.jpg
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ミニカーショップや旧車イベントで購入したKシリーズ
IMG_1573.jpg
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これは後期のシリーズですが、子供の頃のお気に入りだったものをオークションで見付けて入手
IMG_1582.jpg
こちらはレギュラーシリーズNo.48の新旧モデル

子供の頃遊んでいたのは左の「スーパーファースト」仕様



バンダイのエアポートシリーズは、実際のところそれほど人気があったシリーズではなかったようで、滅多にショップにも並んでいませんでしたが、たまに見つけるとJAL仕様ならば入手してました。
IMG_1587.jpg
IMG_1588.jpg

IMG_1589.jpg
エアポートシリーズはシリーズ物なのに箱のサイズがバラバラ

初期のモデルはイラストなんですが、後期のほうになると試作品?のようなモデルの写真になります

意外なことに他ではモデル化されていない車種があるんですが、これが結構似ていないという・・・
IMG_1590.jpg

これはニッサンエコーの救急車

おそらく他にはないでしょう

エアポート3.jpg
左からエコー、エルフ、レンジャー、ジュピター
エルフはともかく、他の3車種は貴重ですが・・・出来がねぇ・・・

グリップゼッケンはもう少し流通が少なくて、欲しいアイテムに当たることが無くて実際に購入したものは安かったから買っておいた、的なものだけです。
今は既に手放してしまいましたが、本当はちゃんと集めたいシリーズのひとつなんですよね。
建機関係に優れたアイテムが多くて個人的には好きなんですが、シリーズとしてはそれほど長くは続かなかったようです。

最後はシンセイミニパワーシリーズです。
このシリーズはグリップゼッケンよりもサイズが大きく、実際に実物と同じような動きが出来る事から砂場では圧倒的な人気を誇っていた建機ミニカーシリーズでした。
自分も大好きで幾つかはしばらく大事に持っていたのですが、いつの間にか他のミニカー共々消えてしまいました。
このシーリーズもたまに店頭に並んでいたんですが、既になかなかの価格が付いていたのでおいそれとは手が出せないものでした。

とは言いつつも、やはり欲しいものは欲しいわけで、小遣いが貯まるといそいそとショップへ出掛けては欲しいモデルを探すということを続けていました。

結局ほとんど手放すことに・・・


そんな感じで高校生だった10代後半の頃から20代半ばくらいまでは割りと積極的にコレクションをしていたのですが、段々と価格が高騰してきて簡単には入手できなくなってきた事と、この頃には既に待っていた実車にお金をつぎ込んでいた事もあって下火になりました。
その後は旧車イベントで売ったり、オークションに出したりして半数以上処分してしまったんですね。

今思えば勿体無い事をしたなとも思いますが、殆ど触る事も無くダンボールに保管していただけなので潮時だったのかなと思っています。

その頃、それらと入れ替わるようにしてトミカリミテッドヴィンテージに手を出しました。
こちらはおもちゃ屋でも気軽に購入できたのであまり苦労せずにコレクションを増やせるのが魅力でしたし、なによりプレミアが付いていないので定価で購入できるのはありがたかったです。
でも、今では初期の製品にはプレミアが付いてきているようですね。

・・・しかし、やはり子供の頃に売られていたモデルたちと根本的に違うところは、「思い入れがあるかないか?」と言う部分です。
古いトミカなどはやはり子供の頃に遊んだり、欲しくても買えなかったりといった何かしらの思い出が購入動機となっていたので、リミテッドヴィンテージのように「新製品」として販売されていると懐かしさや、やっと手に入れることが出来たと言うような嬉しさというものを感じることはありませんでした。

そんな事もあって今では殆ど購入する機会もなくなってしまったのですが、これは人それぞれだと思うので自分の意見を他人に押し付けようと言う気持ちはありません。

むしろ今のミニカーは出来も良いですし、コレクションアイテムとしてみるならばとても優れたモデルばかりだと思いま
す。

ただ、自分が絶版品に目覚めた理由の一番大きな部分が「懐かしさ」だったのでそのような気持ちになってしまうのかもしれません。

なので、復刻トミカのようなものには殆ど興味が湧かないんですよね〜


以上、ダラダラと書いてしまいましたが今回はこの辺で…

ではまた



この記事へのコメント
貴殿ご兄弟もミニカーで中々ワイルドな遊び方をされたのですね。
小生も幼時は例によってトミカを中心に遊んでおりましたが、お風呂の湯船にセリカ(初代・色=グリーンメタ)を浮かべて「カエルのボートみたい」と喜んだり、いちごの容器をフェリーボートに見立てて上に三菱ギャランハードトップとスカイラインハードトップ2000GTを乗せて遊んだり、「水とも仲良し」のトミカライフだったものです。
ただそうは言っても、マセた幼児だった私めはミニカーは「基本はスケールモデル」と考えていたためにそう極端に乱暴な使い方は行わず、畳の上やテーブルの上で転がすパターンが中心でした。
ちょっと指で押しただけでスイっと走るのは英国製マッチボックスのメルセデス・ベンツ300SE(カッパーオレンジメタだった!)や同ロールスロイスシルバーシャドウ(ワインレッド)さらにシトロエンSM(煉瓦色メタ)といった欧州メーカーによる欧州車モデル、一方「我が国が誇る」トミカのクラウンスーパーサルーン(クジラ)やグロリア2000GX他は早急に車軸が曲がってしまいイマイチスムーズに転がらない...という差を目にして、「やっぱり実車の差そのままだ!」と幼心に実感した、「ベビー徳大寺有恒」(←後年周囲からそう皮肉られた)たる「幼年・真鍋清」だったものです。
これらと対照的に、ブリキ製の商用車モデル=フリクションモーター付きの三菱ふそうT620クレーンやトヨタボンネットダンプカー等は新聞紙の上にお米を撒いては上を走らせるは、屋外では荒川の土手向こうの公園(特にさいたま市の秋ヶ瀬公園)へ持ち込んでは芝生の上や土の上で転がすなど酷使に酷使を重ねて最後はフリクションモーターが錆びつくは、ましてトヨタダンプに至ってはモーター自体が振動で外れてお釈迦になると言った具合に「お約束どおりの最期」を迎える按配でした。
もう少し長じて小学校入学の前夜辺りには買うミニカーも英国製コーギートーイズの1/36ジャガーXJ12C(サーモンピンク)や同ディンキートーイのロールスロイスファントムVIそしてディンキーのメルセデス・ベンツ600プルマンリムジンといった外国製標準スケールの高級乗用車やクラシックカー(フランス・ソリド社のボワザンや英国マッチボックスのボクスホールが記憶にある)が中心になり、学習机の上に並べて鑑賞する楽しみ方になりましたがこれらモデル群は小学校卒業前にいとこに一括して譲ってしまい、今に至るまで残しておけばプレミアが付いただろうなとある意味後悔もしている現状です。
4歳違いの弟が選んだミニカーは彼が2-3歳の頃はダイヤペットでは日産シルビア(二代目)やブルーバードU2000タクシー、トミカでは三菱ふそうバルク車にフェアレディ240Zが記憶に鮮明ですが、5-6歳では合体ロボ(ポピニカシルバーガル他)に凝っていたものです。
Posted by 真鍋清 at 2020年01月17日 18:37
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