2019年07月10日
いじめの責任
昨日、 SNSを見ていて
「いじめはいじめられる方も悪い」という
文章を見て、なんともずっと心に残っているので
つらつら思いをブログに書いてみる。
書いた人も「いじめる方が悪い」という大前提の上で
いじめられる方も助けを求めたり
反応しないのも悪いのではないかという内容でした。
そのでそこを過剰に避難するつもりはないです。
色々な考え方もあるし
私もいじめの中には、助けを誰かに求めることで
回避できた、回避できるものもあるとは思います。
またその方はいじめられるのは
そうした反応によっても引き起こされるのではと
指摘していました。
それもそうな部分はあるのですが
基本的にいじめの構造を理解すると
「いじめに理由なんてない」ということ
あってもそんなのないに等しいことばかり。
私はそう認識しています。
いじめた人間に「なぜいじめた」と聞くと
・暗い
・反応がない
・態度が悪い
そんな理由がいくつも出てくるのですが
彼らの心を見てみるとほとんどそんなものは
「後付けの理由」であり
いじめのきっかけなどなんでもいいのです。
きっかけなどはどうでもよく
いじめるという行為が
自分がえらく感じたり、人より優位な状況にあると錯覚し
強い快楽を生んでしまうのです。
この快楽を求めるために人は理由を探すのです。
だから
暗いとか反応がないとかあるとかは
どうでもいいのです。
合理的な理由を自分に作る保身的な思考なのです。
暴力は新しい暴力を助長して
エスカレートしていきます。
いじめられる方も悪いという理屈は
ゼロとは言いませんし、そんなケースもあるのかもしれないけど
そこを認めてはいけません。
いじめる側も傍観者もそんなところに
答えを無理やり落とそうとしてしまうこともあります。
むしろいじめられる人の責任を問うよりは
学校なら教師や周りの目が
見て見ぬ振りをしていなかったか
その態度がいじめを助長していないか
そんなことに目を配るべきだと思います。
いじめを止めるのには教師と周りの目が非常に重要で
それも早期な対応が必要。そんな研究もされています。
この世の中から
こうした考えが減って
いじめがなくなることを切に願います。
棚みに私は小学校低学年の時に
ジャイアンみたいな子にいつもいじめられて
泣かされていました。
陰湿なものではありませんでしたが。
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