2015年01月18日
★ひとりの男の子の音読を聞いて僕はボロボロと泣いた
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◆【再び疾駆〈憧れ・諦め・幻滅・自棄・絶望〉MEMO】――★けさも【学校モノ】の夢を見た。美しい青空と白い住宅街が見える教室で、僕はひとりの男子生徒の音読を聞いていた。(音読テストだったのかもしれない。)その音読内容に感激してボロボロと僕が泣いている。
夢から覚めて、夢の中では気づかなかったことに気づいた。
教室にいる中学生たちの存在が、森林浴の樹木の香り、枝葉と木漏れ日の揺らぎ、小鳥のさえずり、水のせせらぎに似た、快適感を僕にもらたしているのだ。
音読もよかったが、この【森林浴】効果が僕を泣かせた。ショッキングな自覚である。
★浅田真央、今年4月にも現役復帰か?(ドアスポ vol.2572)。僕は【復帰は絶対にない】と断言してきたので、もし、このニュースのとおりだとすれば、大ハズレである(*^_^*)。
【中学生】のそばにいないと細胞が枯渇する僕と同じように、浅田真央にはスケートが絶対に欠かせないのかもしれない。やるなら村主章枝のようにボロボロ(スポンサー契約一切なし)になるまでやってほしい。
★画像=志賀直哉旧居(奈良市の高畑町)。今年の僕の【肉体労働】はDAKA古書店跡の庭をこのようにすることだ(^_^)v。
◆【学級通信】――★今、サムライ中では、【清掃時間】の【音楽】をどうするかを検討している。
次は、昨年末、保健部清掃担当の八重Tから出たアンケートとその結果だ。
《【清掃時の放送】について、ご意見をお聞かせください。
清掃態度点検週間が終了します。
期間中、音楽を流さないでやってみましたが、いかがだったでしょうか。
今後、放送をどうするか検討したいので、以下のご質問にお答え下さい。》
(1)音楽がない状態での清掃はどうだったか、○で囲んでください。
@よかった=〈75%〉
Aよくなかった=〈0%〉
Bどちらともいえない=〈25%〉
(2)来週から音楽をどうするのがよいと考えていますか。
@音楽を流さない状態をずっと続けるのがよい=〈63%〉
A音楽を流さない状態を少しの期間続けるのがよい=〈25%〉
B音楽を流したほうがよい=〈0%〉
Cその他=〈12%〉
・音楽のある日とない日を設定する
・まかせる
(3)上記の選択の理由を簡単に書いてください。(【 】印=小高)
@アンケート項目(1)「よかった」「よくなかった」ではなく、【清掃の仕方に変化があったか?】【清掃の質に変化はあったか?】と問うべきだ。
わたしが担当するエリアでは、より集中し、清掃に打ち込むようになった。
しかし、【質】に変化はない。
「態度評価」だけでなく、【清掃の仕方】をもっとしっかりと学ばせなくてはいけないと感じている。
A「私語しないで清掃する」ができているかどうかについて、音楽なしだと、きちんと評価できる。
B音楽がないほうが、黙々と清掃に打ち込める。これまでは音楽に合わせて何となくせわしく動いていたという感じだ。
C音楽がないほうがいい。
ただし、トイレなど【時計がない場所】では、メロディーを時間の目安にしていたので、音楽がなくなり、やや混乱している。
D清掃中の「私語しない」を徹底するためには、音楽なしのほうがよいと思う。
E全校で音がない状態であると、おしゃべりしようという気がおきない。「静かな状態を壊したくない」「しっかり清掃しよう」という気持ちになる。
F音楽がないと、私語が目立つから、自身で気をつけるようになる。
G音楽なしのほうが「私語しない」が徹底されると思う。
が、デメリットもあるかもしれないので、1月中、実施してみたうえで再度、検討して結論を出したい。
【音楽があったほうがヤル気が出る】と言っている生徒もいる。
また他校の例だが、曲調を、清掃のスタート時、中盤、終盤で変えて、掃除の進み具合の目安にしている。
「音楽なし」か「音楽あり」かではなく、その中間という方法もあるかもしれない。
H「清掃中、私語しない」を【無言清掃】と勘違いしている生徒もいる。
必要なことは連絡し合っていいのだということを再度、確認する必要がある。
I私語しないでやるという意識が高まったと思う。
Jもともと音楽がないほうがよいと考えていたので、とてもよい。
K音楽がないと、無駄話をしてはいけないという意識が高くなる。
L清掃に集中できる。教師や班長の指示がきちんと通る。
Mこれまで長く音楽付き(一種の情操教育として)の清掃になじんできたので、音楽が鳴ると条件反応(条件反射)で「清掃しなくては!」という気持ちになった。
突然、音楽がなくなり(無音状態)、精神がやや不安定な状態に陥っている。
子どもたちも同じかもしれない。
しかし、今回の「音楽なし清掃」をとおして、子どもたちの、いや、教職員も含めて、掃除のいい加減さ(正しくは、きちんとした掃除のやり方がわかっていない)が、よく見えるようになった。
これまで、音楽が、「そうじのいい加減さ」をやさしくくるんでくれていたのではないか?
「音楽なし清掃」は、きちんとしたそうじを追求するよいきっかけになる。
N「清掃活動を通して心を磨く」ということまでは考えていないが、「音楽なし」のほうが「自分は校舎を磨いているのだ」ということが自覚できるように思う。
★結論――
アンケート結果にもとづき、音楽なし清掃を、教育哲学しながら、もうしばらくつづけることになった。
僕のコメントは「M」だ。
「N」の意見にも近い。
「@」は鋭い。
「C」は「なるほど……」と思った。
清掃時間は、きれいになればいいというだけではない。
サムライ中の《授業力向上の5原則》(註@)とも密接不離の関係にある。
また、 本校の経営の重点bR=「自他のよさや可能性を認め、互いに高め合う生徒の育成めざし、生き方の原理・原則を重視した心の教育を充実する」ともしっかりとリンクさせたい。
【清掃】論議は、子どもに清掃をやらせるべきか否かを含め、100年の歴史がある。
教育哲学のいい対象になると思っている。
〈註@〉サムライ中の《授業力向上の5原則》
(1)=授業の目標、ねらいを明確にする。
(2)=指示・発問は全員に、短く限定して述べる。
(3)=達成状況を確認して授業を進める。
(4)=1人1人のがんばりに気づき、認める。
(5)=全員に50分間の学習活動を保証する。(授業力向上の5原則、以上)
★さらに詳細な情報は僕のホームページへ!
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