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2019年07月27日

平成の30年間に世界で一番使われた薬【スタチン】 遠藤章氏、開発までの道のり

平成の30年間に世界で一番使われた薬【スタチン】
遠藤章氏、開発までの道のり


過去30年間に世界で最も多くの患者に使われ、
最も多くの人々の健康寿命を延ばしてきた薬といえば、
スタチンをおいて他にないだろう。

冠動脈疾患の予防と治療に革命を起こした薬

スタチンとは、
低密度リポプロテイン(LDL)コレステロールの血中濃度を
強力に低下させる作用を持つ、HMG-CoA還元酵素阻害薬※1の総称だ。

安全性と有効性に優れ、
冠動脈疾患の予防と治療に文字通りの“革命”を起こした。

欧米の医学の教科書には現在も、
「米国で1994-2004年に冠動脈疾患による死亡率が33%減ったのは
遠藤博士が発見したスタチンのおかげと言って良い」
と、顔写真入りで紹介されている遠藤章コンパクチン.jpg

(ラインハート・レンネバーグ著『カラー図解EURO版バイオテクノロジーの教科書(下)』講談社)。

遠藤氏はこの功績で、ラスカー賞やガードナー国際賞、日本国際賞など数々の賞を受けた。

スタチンが医薬品として世に登場したのは、平成の始まりとほぼ同時だった。
これまでに何百万人、何千万人もの命を救い、
これからも救い続けるスタチンの”誕生物語”だ。

企業研究者として遠藤氏がスタチンの開発に関わったのは、
最初の臨床試験が行われたところまでだ。

そこから先、メガドラッグ誕生までの製薬会社同士の攻防や、
「コレステロールを下げることで死亡率が下がるのか」
という“コレステロール論争”も興味深い医療史ではあるが、
ここでは場面を絞り、令和世代に通じる医薬品研究のカギとなるエピソードを拾う。

カビとキノコからヒトに役立つものを

1933年(昭和8年)に秋田県下郷村
(現・同県由利本荘市東由利)で生まれた遠藤氏は、
病気やケガの治療に長けた祖父、
農業技術に長けた父の影響を受けて育った。

近くの山で食用に採ってくるキノコに興味を持ち、
高校時代にはハエトリシメジは
なぜハエを殺すのに
ヒトには無害でおいしいのかを、
実験で明らかにした。

進学した東北大学農学部では、
青カビからペニシリンを発見した
細菌学者アレクサンダー・フレミングの伝記に夢中になった。

「応用微生物学」との出合いだ。

カビとキノコの研究ができる環境を求めた遠藤氏は
1957年(昭和32年)、三共(現・第一三共)に入社する。

翌年には、果汁と果実酒の清澄化に用いる
ペクチン分解酵素「ペクチナーゼ」を大量生産するカビを発見し、
製造工程の合理化に成功した
(「スクラーゼS」の商品名で1959年製品化)。

遠藤氏はその後の数年間、ペクチナーゼ研究に専念し、
東北大学で農学博士の学位を授与された。

新製品を生み出し会社に貢献したことで、
2年間の海外留学に行けることになった遠藤氏は、
「脂質」を研究テーマに選び、
米アインシュタイン医科大学分子生物学科にポスドクとして留学した。

当時の米国では、心筋梗塞による死亡が死因のトップだった

脂っこく量の多い食事を背景とする
肥満と高脂血症(脂質異常症)が危険因子となっていたが、
コレステロールと中性脂肪を下げる有効な薬はまだなかった。

1950年代に開発されたコレステロール合成阻害薬が
副作用のため販売中止・回収され、
「コレステロール合成阻害薬は危険だ」
という認識があった上に、
60年代末までに開発された複数の脂質低下薬も副作用が深刻であったり、
効果が不十分であったりして、広く使える薬になっていなかった。

必要なのは、安全かつ強力に、血中脂質の濃度を低下させる薬だ。

留学先では基礎研究に従事していた遠藤氏だったが、
コレステロール低下薬の開発というテーマに出合い、
世界の研究動向にアンテナを張るようになった。

カビとキノコに懸けた

HMG-CoA還元酵素が
コレステロール生合成の律速酵素であることは、
遠藤氏が留学中に解明された。

HMG-CoA還元酵素を阻害する物質があれば、
血中のコレステロール値は下げられる。
その物質は微生物の中にあるのではないか。

帰国した遠藤氏がHMG-CoA還元酵素阻害物質の探索研究を開始したのは1971年(昭和46年)だ。

当時の微生物探索研究の主流は放線菌で、
ストレプトマイシンなど数百の抗生物質が発見されていたが、
遠藤氏は食品に使われたことのない放線菌を避け、カビとキノコに懸けた。

探索研究には2年と期限を定めた。
その2年間に調べた菌類は約6000。

途中、京都市内の米穀店の白米から分離された
青カビ(Pen-51)の培養液から
活性物質ML-236Bを抽出・精製した。

ML-236Bのコレステロール合成阻害活性は非常に高く、
かつ分子構造がHMG-CoA還元酵素反応生成物メバロン酸(メバロネート)と似ているという、
理想的な物質だった。

「ラットに効かないものは…」常識の方を疑い覆す

そこから先には、何重もの壁が立ちはだかった。
試験管の中では強力なコレステロール低下作用を発揮したML-236Bだったが、
若い健常ラットに投与したところ、薬効が全く認められなかった。
この結果を受けて、会社は開発打ち切りを決定した。

しかし、「ラットに効かないものはヒトにも効かない」
という常識の方を疑った遠藤氏は、
コレステロール値の高い動物と人間には効くのではないかと考えた。

そこで、社内でメンドリを使った別の実験を行っている獣医師との共同研究を設定。
もともと血中コレステロールが高いメンドリでは、
ML-236Bを投与すると血中コレステロールが40%以上も下がることを確認した。

コレステロール低下作用はビーグル犬でも認められ、
ML-236Bの開発プロジェクトが再始動した。

その間に、英ビーチャム社が抗菌薬探索の過程でML-236Bと同一物質を発見し、
「コンパクチン」と命名していたが、
ラットに効かないことを理由に、開発を断念していた。

ML-236B、コンパクチンともに一般名はメバスタチンだが、
コンパクチンと呼ばれることが多い

秘密裏に行われた世界初の治験

遠藤氏がML-236B(以下コンパクチン)を発見したのと同じ1973年(昭和48年)、コンパクチン.jpg

「家族性高コレステロール血症(FH)のうち、
ホモFHの成因はHMG-CoA還元酵素の制御機構の破綻にある」
とする知見が米国で発表された。

のちにノーベル医学・生理賞を受賞する、
マイケル・S・ブラウン氏とジョセフ・L・ゴールドスタイン氏の研究だ。

この論文を読んだ遠藤氏は両氏に連絡。
FHホモ接合体細胞と健常人の培養細胞を分けてもらい、
コンパクチンの作用を検討する実験を1976年(昭和51年)から始めた。

その結果、いずれの細胞でもコンパクチンがコレステロールの合成を50%阻害すること、
コンパクチンの細胞毒性が極めて低いことを確認した。

コレステロール合成を50%阻害するのに用いた
濃度の125倍まで引き上げて初めて細胞毒性が現れたが、
その濃度でもメバロン酸を同時に投与すると毒性は消失することも確認できた。

コンパクチンによるFH治療の可能性が
専門家に知られ始めた
1977年(昭和52年)4月、
社内のラットを用いた安全性試験で、
コンパクチンによる肝毒性が確認され、
開発は再度の難局に立った。

翌月、ゴールドスタイン氏らから、
「FH重症患者の治療にコンパクチンを使いたい」
という依頼があったが、
国内で発見された物質を海外で最初に使うのは好ましくないという理由で許可されず、
コンパクチンが薬として世に出る可能性は消えかけた。

しかし同年8月、
大阪大学でFHの治療に当たっていた山本章氏から、
重症FH患者の治療にコンパクチンを使いたいという依頼が届く。

患者は当時18歳の女性で、血清コレステロール値が1000mg/dL(正常値≦120)を超え、
心筋梗塞を繰り返している状態だった。

会社側には秘密裏に、
大阪大学の臨床試験としてコンパクチンの投与が始まったのは1978年(昭和53年)2月。

投与2週間で総コレステロール値は20%低下した。
3週間目には横紋筋融解症の副作用が出現したが、
投薬を中止すると3-4日で症状は消失した。

山本氏は、1日500mgという当初の投与量を漸減し、
2例目への投与も開始して、
FH患者への安全な投与方法を探っていった。

この結果を受けて、
コンパクチンは再度、三共の開発品目に返り咲いた。

同年11月、慶應義塾大学の五島雄一郎教授を主任研究者とする
臨床試験(フェーズ1)がスタートした。

世界で4000万人が毎日飲み続ける薬

遠藤氏が三共社員としてスタチンに関わったのは、ここまでだ。

コンパクチンが市場化への道に入ったのを見届けた遠藤氏は同社を退職。
1979年(昭和54年)1月、かねてからの希望通り、
東京農工大学の教員に転職した。

翌月には紅麹カビからコンパクチンよりメチル基が1個多い
新規物質「モナコリンK」(ロバスタチン)を発見し、
特許を三共に譲渡する。

同じ頃に米メルク社もモナコリンKを発見しており、両社の競争は激化した。

翌年、スタチンは市場化への道を再び断たれる。

イヌを使った長期毒性試験において、
超大量のコンパクチンを2年間投与した群でリンパ腫が認められ、
三共が開発を全面中止したのだ。

追ってメルクも開発を中止した。

しかし1981年(昭和56年)、金沢大学の馬淵宏氏が
重症FH患者7例への投与成績を
New England Journal of Medicine誌に発表したことで、
スタチンはまた息を吹き返した。

1987年(昭和62年)、米国で商業化スタチン第1号であるロバスタチンが承認された。
追って1989年(平成元年)、三共がプラバスタチンの販売を開始した。

スタチン市場の売上のピークは2005年で、
先発スタチン製剤の売上合計は年間約3兆円を記録した。

売上1位のアトルバスタチンは世界初の年商100億ドル医薬品となった。
パテントが切れて売上首位の座は譲ったものの、
スタチンを必要とする患者の数は変わらない。

現在、スタチンは100カ国以上で販売され、
約4000万人が毎日服用するという、
世界で最も使用される薬となっている。

※1 HMG-CoA還元酵素阻害剤

体内では主に肝臓においてコレステロール合成が行われており、
コレステロールが合成される過程で必要な
HMG-CoA還元酵素(3-Hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme-A reductase)という物質がある。

肝臓で作られたコレステロールは各組織に移行したり、胆汁酸として排泄される。

本剤は肝臓においてHMG-CoA還元酵素を阻害し、
コレステロール合成を抑えることで、
血液中のコレステロール(主にLDLコレステロール)を減らす作用をあらわす。

LDLコレステロールは、
血液中でアテローム(プラーク)の原因となり動脈硬化を早めるため、
本剤はLDLコレステロールを低下させる作用などにより
動脈硬化に関連する脳梗塞や心筋梗塞などの予防目的としても使用される。

本剤(HMG-CoA還元酵素阻害薬)は
その成分名から「スタチン(またはスタチン系薬など)」とも呼ばれ、
主にLDLコレステロール低下の度合いによって
スタンダードスタチンとストロングスタチンに分けられる。

薬剤の効果に関しては用量や個々の体質などによっても異なるが
LDLコレステロールの低下度合いにおいて、
一般的にスタンダードスタチンでは15%前後下げる効果が期待できるとされ、
ストロングスタチンでは30%前後下げる効果が期待できるとされていて、
病態などに合わせて適切な薬剤が選択される。


【参考文献】
m3.comの特集「平成の医療史30年」軸丸靖子 2019年5月31日

参考)
遠藤章「新薬スタチンの発見―コレステロールに挑む」岩波書店、2006
山内喜美子「世界で一番売れている薬」小学館、2007
遠藤章ウェブサイト http://endoakira.com/
ラインハート・レンネバーグ「カラー図解EURO版バイオテクノロジーの教科書(下)」講談社、2014

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元消化器外科医で,頭からつま先まで診れる総合診療科医です. 医学博士 元日本外科学会認定指導医・専門医, 元日本消化器外科学会認定指導医・専門医, 元日本消化器内視鏡学会専門医, 日本医師会認定産業医, 日本病理学会認定剖検医,
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