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2024年08月10日

約束🫂@短編小説







雨が降り始めた。遅刻しそうな時間だったが、仕事に行く前にまず立ち寄る場所があった。小さな喫茶店の入り口に立つと、店内の暖かな灯りが灯っていた。

「遅れてごめんなさい」

女性の声に振り向くと、窓際の隅に座る彼女の姿が見えた。濡れた髪をかき上げ、落ち着いた表情で待っているのが分かる。

大学時代の同級生であるこの女性、橘凛子との待ち合わせだった。久しぶりの再会にドキドキしながら、自分の席に向かう。

「全然大丈夫よ。こうして会えるだけでうれしい」

凛子は微笑みながら言った。彼女の優しさは、つい最近まで変わらぬようだ。

「10年も会っていなかったんだね。だいぶ忘れられそうだった」

「そうね。でも、あなたの顔は一生忘れられない」

言葉が重なることで、お互いの胸の奥で何かが震えた。大学時代の思い出が甦る。

そうだ、私たちは10年前、ここのような喫茶店で出会い、以来ずっと心の通った関係を築いてきた。

2人は互いに人生の話をしながら、今の近況を共有していった。そして、最後に口にしたのは、あの日の出来事だった。

「あの日、私はあなたに約束したよね」

凛子が言葉を濁らせる。私も思わず視線を逸らす。

あの日のことを思い出すのは、今でも心が痛む。

あれから10年、私はこの街に住み続け、ひとり息子を育ててきた。しかし、凛子とは音信不通になっていた。

「ねえ、あなたはしっかりと覚えていてくれた?」

凛子の問いに、私はゆっくりと頷いた。

「ええ、もちろん忘れるわけがないです」

そう言いながら、私の心の奥底に眠っていた思いが溢れ出してくる。

10年前のある日、私たちはここで最後の約束をした。

「私、あなたを待つわ。必ず戻ってきて」

凛子は涙を流しながら言った。そして私は、彼女を抱きしめて固く誓った。

「絶対に戻ってくる。必ず」

しかし、私はその約束を果たせなかった。

大学卒業後、私には思わぬ事態が待っていた。両親の倒産と父の病気。家族を養う必要に迫られ、やむを得ず東京で就職することになったのだ。

連絡を取り続けたが、凛子の方から次第に返事が来なくなっていった。連絡が取れなくなり、私は彼女のことが心配で仕方がなかった。

そして今日、10年ぶりの再会を果たした。

「ごめんなさい。私、あなたの待つ場所に戻れなかった」

私は心からの謝罪の言葉を伝えた。そして、10年間の間、どれほど後悔し、どれほど彼女のことを思い続けてきたかを打ち明けた。

凛子は淡々と話を聞いていた。
そして、しばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開いた。

「私も、あなたの約束を守れなかったわ」

私は驚きの表情を隠せずに聞き返す。

「え、どういうことですか?」

「あの時、私はあなたに待っていると約束したけれど、私も東京に出てしまったの。あなたの行方を必死に探したけれど、つかまえることができなかった。それから、私も家族の事情で、ここへ戻ってきて……。両方が約束を果たせずに、10年が経ってしまった」

凛子は悲しげな表情のまま続ける。

「でも、今日、偶然にあなたに会えて、本当に良かった。私たちには、もう1度やり直す機会があるわ」

10年前の約束を果たせなかった後悔と同時に、今ここに彼女がいるという喜びが湧き上がる。

私は凛子の手を取り、握りしめた。

「はい、私たちには、もう1度やり直す機会があるのですね。一緒に、10年前の約束を果たしましょう」

たとえ時間がかかったとしても、10年前の2人の絆は消えてはいなかった。ここから、新しいスタートを切れるのではないか。

重い沈黙の後、そして互いの過去を共有してから、私たちは微笑み合った。

そして、雨に濡れた街を歩きながら、かつての約束を胸に刻んでいった。
posted by こーら at 21:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 短編小説

今を大切に過ごすことが、未来への一歩@短編小説






ある静かな朝、都市の中心から少し離れた小さな町で、年老いた男が目を覚ました。彼の名前は山田一郎、70歳を過ぎた彼は、この町で生まれ育ち、一度も外の世界を知らないまま人生を送ってきた。妻に先立たれ、子供たちも成人して巣立っていった今、彼は一人きりで小さな家に住んでいた。

山田の一日は、いつも決まったルーティンで始まる。起きて顔を洗い、古いラジオをつけて、町の小さな喫茶店へと歩いて行く。店の主人は、彼が幼少のころからの友人で、毎朝コーヒーを飲みながら、世間話をするのが日課だ。

その日も変わらず喫茶店に足を運んだ山田だったが、店のドアを開けると、いつもとは違う光景が目に入った。店内には見慣れない若者たちが数人いて、店の主人と何やら話し込んでいるようだった。若者たちは、背中に大きなリュックを背負い、カメラを手に持っていた。

「おはようございます、山田さん。」店の主人が彼に声をかけた。山田は軽く会釈をして、カウンターの隅に腰を下ろした。若者たちは、彼の存在に気づくと、興味深そうにこちらを見つめていた。

「今日は少し賑やかだね。」山田が静かに言った。

「ええ、この子たちは町の魅力を紹介する映像を作るために来たんですよ。」店の主人が答えた。「彼らは、この町の歴史や文化に興味があるそうです。」

その話を聞いて、山田は少し驚いた。この町は、都市から離れていて、特に観光地として有名なわけでもない。それでも、何かを見出そうとする若者たちの姿に、少しの違和感と同時に興味を覚えた。

若者たちの一人が山田に話しかけてきた。「おじいさん、この町に長く住んでいるんですよね?よかったら、少しお話を聞かせてもらえませんか?」

山田は少し戸惑ったが、何かを期待する彼らの目に押されるように頷いた。コーヒーを飲み終えると、若者たちは彼を町の中を案内してほしいと頼んだ。

「まあ、そんなに特別なところはないが…」そう言いながらも、山田は彼らを町のあちこちに連れて行った。長年住み慣れた場所を巡りながら、昔話を少しずつ語った。

町の小さな神社、古い橋、そしてかつて賑わっていた商店街の跡。山田が話すたびに、若者たちはその一言一言を丁寧に記録し、カメラに収めていった。

「この橋は、私が子供の頃によく遊びに来た場所だ。友達と一緒に、この川で魚を釣ったり、泳いだりしてね。」

「この商店街は、昔はとても賑やかだったんだ。ここで何でも手に入ったものだよ。」

山田が昔の記憶を話すたびに、彼の中に眠っていた感情が蘇ってきた。彼は、若者たちの熱心さに触発されて、自分がどれだけこの町に愛着を持っていたのかを再認識したのだった。

その日の夕方、若者たちは山田にお礼を言って別れを告げた。「ありがとうございました、おじいさん。あなたのお話のおかげで、この町の魅力をしっかりと伝えることができると思います。」

彼らが去った後、山田は家に戻り、ふと自分の人生を振り返った。若い頃から同じ町で生きてきた彼には、特に大きな変化や冒険があったわけではない。しかし、今日、若者たちと話したことで、彼は自分が大切にしてきた「今」という瞬間の積み重ねが、どれだけ豊かなものだったのかに気づいた。

翌朝、山田はいつも通り喫茶店に向かった。店内は、昨日と変わらぬ静けさが戻っていた。しかし、彼の心には、昨日の若者たちとの出会いが、まだ鮮明に残っていた。

「おはよう、山田さん。」店の主人がいつものように声をかける。

「おはよう。」山田は穏やかな笑みを浮かべて答えた。そして、いつもの席に座りながら、ふと昨日のことを思い出した。

「昨日の若者たち、良い子たちだったね。」山田が呟くように言った。

「ええ、そうですね。あの子たちのおかげで、この町の良さを再確認できましたよ。」店の主人も頷く。

「そうだな…」山田はコーヒーを一口飲み、少し考え込んだ。「私は、この町に住んで、何も特別なことはしてこなかったと思っていたが、今になって思うと、この町での一日一日が、とても大切なものだったのかもしれない。」

「そうですよ。どんな日常も、後から振り返ると、それが一番大切だったと気づくものです。」店の主人が優しく言った。

その言葉に、山田は深く頷いた。彼の心には、もう一度「今」を大切に生きようという気持ちが芽生えていた。人生は過去の積み重ねではなく、今この瞬間をどう生きるかが全てなのだと、彼は再び強く感じた。

その後も、山田は毎朝喫茶店に通い続けた。若者たちとの出会いは、彼にとって新しい一歩となり、彼の毎日は少しずつ変わっていった。彼は日々の小さな幸せを再発見し、周囲の人々とのつながりを大切にするようになった。

数年後、山田がこの世を去った時、町の人々は彼を思い出す時、必ずと言っていいほど「彼は町の歴史を語り続けた人だった」と口にした。山田の言葉は、若者たちの映像を通じて、町の歴史として語り継がれていった。

そして、その映像の最後には、山田が語った言葉が刻まれていた。

「今を大切に過ごすことが、未来への一歩。」

彼が残したこの言葉は、町の人々の心に深く刻まれ、これからも生き続けるだろう。
posted by こーら at 20:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 短編小説
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