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2016年03月07日
花粉症の季節がやって来た・・・
花粉症の季節がやって来ました。
例に漏れず(何の?)私も花粉症です。
10年程前まではノンケだったんですが、ある年、突然急に来たんですよね。
「ある程度体の中に花粉症の要素が蓄積されると、コップから水が溢れだすように急に発症します」
という話をテレビでまことしやかに話しているのを聞きながら、
「へーそうなんだ。でも俺には全然関係ない話だね」
と他人事として聞いていたのですが、全くその通り、急に発症した訳です。
それからはこの季節になると抗アレルギー剤を飲んでビクビクしながら過ごすという日々を送っています。
今年は何だかキツイ感じですね。目・鼻への刺激がとにかく多く、また、そのせいか頭がぼやーっとしてやる気が起きない感じです。疲労感ももの凄い。
そのせいでしょうか?ここ数日は「ブログを書こう」という気が全く起きませんでした。
いや、今も正直そうなんですけれど・・・。
本当は考えて記事を作るべきなんですが、その作業は、今はちょっと出来ない感じです。
今日の「そこまで言って委員会NP」で「花粉症により作業効率が落ちて、経済損失をもたらす」という説があるというVTRが流されていましたが、大いに納得してしまいました。少なくとも、ここ3日間の「何かをしよう」という情熱は花粉症によって大打撃を受けているというのが実感です。
でもそれではダメだ!ということで、とりあえず”花粉症に困ってますよ〜”という話を今日は書くことにしました。
今は書く話を選べる状態ではないので、「とりあえず書く」という行為を優先することを重視した結果です。
それにしても「花粉症」って、書くことが山程ありそうな材料ですが、自分としては今のところ全く書くことは無いですね。
自分の症状の事を書いても仕方ないし・・・。
何か変わった花粉症対策や、特別に有効な対策方法を知っているわけでもないですし・・・。
でもただ苦しんでいるというのも癪に触るので、何か花粉症で書けるネタを探したい!と思います。
ふう。今日はこんなところで・・・。
2016年03月04日
ローソンの「無添加 むき甘栗」に驚いた話。
何か甘いものが食べたいな〜と立ち寄ったローソンで甘栗を衝動買いしました。
家に帰って「さあ食べよう!」とビニル袋からガサゴソと取り出して手に取ったところ、何か違和感がありました。
何かが違う・・・
あ!!と気付くまで約5秒間。
「袋を破って開けるための切り込みがなんと2ヶ所も入れられている!」
とてもシンプルなことですが、おおーと感嘆しました。
これはどういう理由なんでしょうね?
食べ進んだ時に、奥のほうに残った甘栗が取りにくくなることを見越して、二段階で袋を開ける仕組を作ったってことなんでしょうか。
いやあ、やさしいなあ。
フレンドリーなパッケージにちょっと心が和んだという話でした。
たまにはこういうのもいいですよね。
家に帰って「さあ食べよう!」とビニル袋からガサゴソと取り出して手に取ったところ、何か違和感がありました。
何かが違う・・・
あ!!と気付くまで約5秒間。
「袋を破って開けるための切り込みがなんと2ヶ所も入れられている!」
とてもシンプルなことですが、おおーと感嘆しました。
これはどういう理由なんでしょうね?
食べ進んだ時に、奥のほうに残った甘栗が取りにくくなることを見越して、二段階で袋を開ける仕組を作ったってことなんでしょうか。
いやあ、やさしいなあ。
フレンドリーなパッケージにちょっと心が和んだという話でした。
たまにはこういうのもいいですよね。
2016年02月29日
高級車レクサスと僕。
自動車ディーラーの展示会があり、珍しく気が向いたので足を運んでみました。
ネッツトヨタ・レクサス・フォルクスワーゲン・アウディの合同展示会で、田舎では珍しくなかなかの規模でした。
そこでちょっと考えさせられることがありましたので、メモがてら記事を書いておきます。
それは、いわゆる高級車についてのことです。
レクサスといえば、押しも押されぬ、トヨタが誇る高級ブランドです。
「自分のような一般市民には縁がないクルマ」と自然に受け止め、日常で見かけたときは「おっ!レクサスだ。凄いなあ」と羨望の眼差して見るようなクルマと思っていました。
だから展示会で置いてあっても、
「自分には関係ないクルマ」
「どうせ買えないものは見てもしょうがない」
と考え、ちらっと見るくらいですぐに通り過ぎていました。
でもこの日は違いました。
「高級車というものがどういうものか、実際に見てみよう」という妙に積極的な気持ちが湧き起こりで、ぐいぐい喰らいついて見てきました。
ドアを開けて運転席にも乗り込んでみましたよ。
そこには、今まで自分が見たことのない世界がありました。
内装が凄く上質でした。
一つ一つの部品が質感に溢れ、普段乗っているようなクルマで感じる「プラスチックな感じ」がどこにもありません。
特にレクサスの中でも高価格帯のクルマではそれが顕著で、まるで高級家具に座って運転をするような感覚がありました。
これを自分で走らせる?
そう考えた時、何だか分かりませんが、ぞくぞくするものを感じたことをはっきりと覚えています。
自分の世界がまるで変わってしまうような感覚。
この上質さが日常になる世界とは、一体どんなものなんだろう?
想像を膨らませずにはいられませんでした。
価格を見てみると、一番価格帯が低いもので新車価格が400〜500万円台。その次が600〜700万円台、800万円台、1,000万円オーバー・・・。
はい。どれも買えません。
今の自分の年収と、将来にわたって想定される年収からでは、他の欲望を全て放り投げないとこんなクルマはとても買えませんし、買ったとしても維持できません。
それにこういうクルマは「余裕を持って買える」くらいでないと、きっとそのクルマに見合った生活は送れず、分不相応なものになってしまうでしょう。
そんなこと無いです。
少なくとも、「高級なものは、こういうものだ」ということを肌で感じることが出来ました。
それだけでも十分価値がありましたよ!
肌で感じた「高級」は、正直なところ、決して無くてはならないものではありませんでした。無くても死にはしませんし、移動手段としてのクルマであれば大衆車でも必要十分です。
でも、無くても別に困らないけど、上質に溢れた高級車という存在は素晴らしいものだと感じました。
そして、この世界には、こういう高級なものを普段遣いする生活が確かにあるということを認識できました。それもかけ離れた世界なんかじゃありません。普段住む街にだって、例えば自営業の社長さんとか、医者とか、資産家だとか、その辺に普通にいるんです。
だって、道でクルマを見かけるんですから。
自分が一所懸命に働いても買えないクルマを、ぽんと買って、普段遣いで乗っている人が確かにいる。そんな世界がすぐ隣にある。
その事実を知ることは、肌で感じることは、間違いなく自分の世界を素敵に変えるための一つのヒントです。「他の誰かがやっていることは、同じ人間なんだから、自分にもできる」もしもそう感じたとすれば、きっと新しい世界への道が開けるに違いありません。
自己啓発を勧める本によると、例えばこんなとき、
「実際に高級車に乗る自分の感覚をイメージする」
「いつも目につくところに映像を起き、自分を奮い立たせる」
「◯◯年後に買うと決め、そのためにどうすればいいかを考える」
というような行動に結びつけることで、事業者としての成功を得られるというような事が書かれてあります。
そんなことは馬鹿げた話だと思っていたところが自分にはありましたが、この日の経験は、「本当にそうかもしれない」と自分の考えに変化をもたらしました。
キーになるのは、「実際に自分の目で見てみて、出来れば五感全部を使って感じてみる」ということだと思います。
それにしても、少し目で見てみる、少し座席に座ってみるだけでこれだけ色々考えさせられる力を持ったレクサス。実際にエンジンを起動させて、公道を走ったら一体どんな感覚を得ることができるのでしょうか。
それを想像して、また少し、背筋にぞくぞくするものを感じました。
いやあ、本当、何でも実際に見てみるものですね。
そのイベントの中で、「チャルメラの無料試食会」なるものをやっていました。
見ると、4〜50人くらいの人が行列を作っていて、それもなかなか進む気配がありません。
30分くらいは待たなければ試食にありつけないような感じでした。
一瞬、並ぼうか?と思いましたが、すぐに冷静になりやめることにしました。
チャルメラって、言っちゃあ悪いですが、あのチャルメラですよ?
スーパーで5袋200〜300円位で売っている、あのチャルメラですよ?
それを30分以上並んで無料で食べる価値が一体どこにあるのか・・・。
正直コスパ悪すぎると思いました。
でもこの日の会場ではとても盛況で、30分くらい並ぶなんで問題ないぜ!とばかりにたくさんの人が並んでいたんです。
どーーーー考えても、時間の方が勿体無いと思います。
完全に時間とチャルメラの価値が逆転しています。
これは高級な時間の過ごし方では絶対ないですよ。どちらかというと、明らかに低俗な時間の過ごし方です。
レクサスという高級な世界と、この低俗な時間の過ごし方をする世界と、真反対の方向性をもった2つの世界を見ることができた面白い経験でした。
ネッツトヨタ・レクサス・フォルクスワーゲン・アウディの合同展示会で、田舎では珍しくなかなかの規模でした。
そこでちょっと考えさせられることがありましたので、メモがてら記事を書いておきます。
それは、いわゆる高級車についてのことです。
自分には縁がないと思っていた「レクサス」
レクサスといえば、押しも押されぬ、トヨタが誇る高級ブランドです。
「自分のような一般市民には縁がないクルマ」と自然に受け止め、日常で見かけたときは「おっ!レクサスだ。凄いなあ」と羨望の眼差して見るようなクルマと思っていました。
だから展示会で置いてあっても、
「自分には関係ないクルマ」
「どうせ買えないものは見てもしょうがない」
と考え、ちらっと見るくらいですぐに通り過ぎていました。
でもこの日は違いました。
「高級車というものがどういうものか、実際に見てみよう」という妙に積極的な気持ちが湧き起こりで、ぐいぐい喰らいついて見てきました。
ドアを開けて運転席にも乗り込んでみましたよ。
そこには、今まで自分が見たことのない世界がありました。
レクサスの中を初めて見た感想
内装が凄く上質でした。
一つ一つの部品が質感に溢れ、普段乗っているようなクルマで感じる「プラスチックな感じ」がどこにもありません。
特にレクサスの中でも高価格帯のクルマではそれが顕著で、まるで高級家具に座って運転をするような感覚がありました。
これを自分で走らせる?
そう考えた時、何だか分かりませんが、ぞくぞくするものを感じたことをはっきりと覚えています。
自分の世界がまるで変わってしまうような感覚。
この上質さが日常になる世界とは、一体どんなものなんだろう?
想像を膨らませずにはいられませんでした。
価格を見てみると、一番価格帯が低いもので新車価格が400〜500万円台。その次が600〜700万円台、800万円台、1,000万円オーバー・・・。
はい。どれも買えません。
今の自分の年収と、将来にわたって想定される年収からでは、他の欲望を全て放り投げないとこんなクルマはとても買えませんし、買ったとしても維持できません。
それにこういうクルマは「余裕を持って買える」くらいでないと、きっとそのクルマに見合った生活は送れず、分不相応なものになってしまうでしょう。
じゃあ見ても意味はなかったのか?
そんなこと無いです。
少なくとも、「高級なものは、こういうものだ」ということを肌で感じることが出来ました。
それだけでも十分価値がありましたよ!
肌で感じた「高級」は、正直なところ、決して無くてはならないものではありませんでした。無くても死にはしませんし、移動手段としてのクルマであれば大衆車でも必要十分です。
でも、無くても別に困らないけど、上質に溢れた高級車という存在は素晴らしいものだと感じました。
そして、この世界には、こういう高級なものを普段遣いする生活が確かにあるということを認識できました。それもかけ離れた世界なんかじゃありません。普段住む街にだって、例えば自営業の社長さんとか、医者とか、資産家だとか、その辺に普通にいるんです。
だって、道でクルマを見かけるんですから。
自分が一所懸命に働いても買えないクルマを、ぽんと買って、普段遣いで乗っている人が確かにいる。そんな世界がすぐ隣にある。
その事実を知ることは、肌で感じることは、間違いなく自分の世界を素敵に変えるための一つのヒントです。「他の誰かがやっていることは、同じ人間なんだから、自分にもできる」もしもそう感じたとすれば、きっと新しい世界への道が開けるに違いありません。
自己啓発を勧める本によると、例えばこんなとき、
「実際に高級車に乗る自分の感覚をイメージする」
「いつも目につくところに映像を起き、自分を奮い立たせる」
「◯◯年後に買うと決め、そのためにどうすればいいかを考える」
というような行動に結びつけることで、事業者としての成功を得られるというような事が書かれてあります。
そんなことは馬鹿げた話だと思っていたところが自分にはありましたが、この日の経験は、「本当にそうかもしれない」と自分の考えに変化をもたらしました。
キーになるのは、「実際に自分の目で見てみて、出来れば五感全部を使って感じてみる」ということだと思います。
それにしても、少し目で見てみる、少し座席に座ってみるだけでこれだけ色々考えさせられる力を持ったレクサス。実際にエンジンを起動させて、公道を走ったら一体どんな感覚を得ることができるのでしょうか。
それを想像して、また少し、背筋にぞくぞくするものを感じました。
いやあ、本当、何でも実際に見てみるものですね。
ところでこんな光景も・・・
そのイベントの中で、「チャルメラの無料試食会」なるものをやっていました。
見ると、4〜50人くらいの人が行列を作っていて、それもなかなか進む気配がありません。
30分くらいは待たなければ試食にありつけないような感じでした。
一瞬、並ぼうか?と思いましたが、すぐに冷静になりやめることにしました。
チャルメラって、言っちゃあ悪いですが、あのチャルメラですよ?
スーパーで5袋200〜300円位で売っている、あのチャルメラですよ?
それを30分以上並んで無料で食べる価値が一体どこにあるのか・・・。
正直コスパ悪すぎると思いました。
でもこの日の会場ではとても盛況で、30分くらい並ぶなんで問題ないぜ!とばかりにたくさんの人が並んでいたんです。
どーーーー考えても、時間の方が勿体無いと思います。
完全に時間とチャルメラの価値が逆転しています。
これは高級な時間の過ごし方では絶対ないですよ。どちらかというと、明らかに低俗な時間の過ごし方です。
レクサスという高級な世界と、この低俗な時間の過ごし方をする世界と、真反対の方向性をもった2つの世界を見ることができた面白い経験でした。
2016年02月28日
WordPressってなんなの?
ワタシ ニホンゴ ワカリマセーン!!
もとい。
ブログを継続して書き始めてある程度経ちました。
まだまだ形にはなっていませんが、ブログに対する興味だけは自然と湧いてきて、「ブログを書くための方法」を本で読んだり、サイトを探したりということをするようになってきました。
そうすると、自然と目に飛び込んできたのがこの「WordPress」という単語です。
なにそれ?マイクロソフトのWordなら・・・と思ったらそれとは全然関係がない、ブログを構成するソフトだそうです。
何でもこのWordPressというものを使って、レンタルサーバーを借りて、独自ドメインを使ってブログを運営するというのが、ブロガーとしての王道とのこと。
レンタルサーバーかあ・・・。
そういやもう10年以上前に借りたことが有りました。その頃はブログとかいう言葉はあったのかなあ?よく覚えていませんが、その時は「ホームページ・ビルダー」でページを作って、それをアップするためにレンタルサーバーを借りたんですよね。
でもすぐに飽きちゃって、しばらくしたら解約しちゃいました。
そんな訳で、
- 何故無料でブログが作れるこのご時世に、わざわざお金を払ってサーバーを借りないと駄目なの?
- 「WordPress」とか聞いたこともないソフトを使ってブログを書かないといけないの?
と思い、無視していました。
しかし、どうしてでしょう。
ちょっと意識のどこかに引っかかったんですよね。それが日増しに大きくなって、1周間前くらいから「WordPressやらなきゃ!!」という感情に取り憑かれてしまっていました。
というわけでとりあえず入門書を買ってみた訳ですが(何でも形から入る癖・・・)、出てくる言葉は「PHP」とか「MySQL」とか、馴染みのない難しそーーーな単語ばかりです。
「PHP」って、PHP文庫なら知ってますが・・・ってなレベルです。
何だか道のりは遠そうですが、まずは何でも始めの一歩から!
ちょっとずつ勉強していこうと思います。
2016年02月27日
今週の全力!脱力タイムズ
今週のゲストコメンテーターは「ますだおかだ」の岡田圭右さん。
※岡田圭右さんの「すけ」は「右」だったんですね。今日気づきました。
どこかなごんだ雰囲気がするのは、”すべりキャラ”の岡田さんならではですね。
さて、最初からいきなりやってくれます。
有田さんが「岡田さんはギャグが得意ということで、研究してまいりました。シャッターをガラガラとするやつですよね」と話を振り、スタッフに「準備してください」と指示して出てきたのは本物のシャッター付きのプレハブ倉庫。
本物のシャッターを、岡田さんがシャッターのギャグを言いながら、実際に締めるというシュールな絵の完成です。
「シャッターガラガラ」の「ガラガラ」あたりはシャッター音に掻き消されて聞こえないし、シャッターを締めるわけですから当然岡田さんの姿もシャッターの向こうに・・・。
シャッターを開けて再び出てくるときの「普通の親父!」というツッコミが秀逸でした。
今回はまたまた挑戦的な放送内容でした。
犯罪心理学者の出口さんが「2年間ほどコメントが編集でカットされている」「もう耐えられないので、BSで新しい番組をやろうと思っている」などと言い出し、有田さんが「忘年会でも雰囲気悪かったですよね」的なコメントを添える、という、最近話題になったブラックな話の模倣ネタ。
ここでそれを入れてくるか!と全く予想外の展開です。
ちなみにこの前フリとして、侵入生物専門家の五箇さんが「おかげさまで、学会でも大変好評を得ている。これからも頑張らせて欲しい」と真っ当なコメントを言っていました。
「あ、ちょっと真っ当なことを言うこともあるんだ」と見ているこちらは迂闊にも油断してしまいました。
この直後にさっきの話ですよ。
落差の演出が凄い!
この他に、覚醒剤の話、不倫(大学の”高い授業料”という言葉を引っ掛けて矢口真里さんがVTRで登場)の話と、話題の危険な話のエピソードをちょいちょい投げ込んできます。
更にはゲストの佐野ひなこさんが「北関東の方で買ってました」とぶっこんでくる。
この危険なシュールさを受け止めきれるのは画面に岡田さんがいるからでしょうね。全体のバランスがしっかりと保たれています。
そんなこんなで、今週も大満足の面白い回でした!
「フジテレビの視聴率が低迷している」
「フジテレビはもうつまらない」
「そもそもテレビの時代は終わった。これからはネットだ」
という声があります。
確かに、いわゆる看板番組的なものは、王道で安心して楽しめる一方、娯楽が多様化した現在の状況下では「つまらない」と感じられる部分があるのかもしれません。
しかし一方で、この「全力!脱力タイムズ」や「人生のパイセンTV」など、刺激的で面白い番組が生み出されているのも、今のフジテレビです。
つまり、まだまだ新しい面白さを作り出せる優秀なスタッフがいるってことですよ。全然死んでなんかいません。
フジテレビのブームはまた来るぞ!・・・という予感が与えられた、今回の全力!脱力タイムズでした。
※岡田圭右さんの「すけ」は「右」だったんですね。今日気づきました。
どこかなごんだ雰囲気がするのは、”すべりキャラ”の岡田さんならではですね。
さて、最初からいきなりやってくれます。
有田さんが「岡田さんはギャグが得意ということで、研究してまいりました。シャッターをガラガラとするやつですよね」と話を振り、スタッフに「準備してください」と指示して出てきたのは本物のシャッター付きのプレハブ倉庫。
本物のシャッターを、岡田さんがシャッターのギャグを言いながら、実際に締めるというシュールな絵の完成です。
「シャッターガラガラ」の「ガラガラ」あたりはシャッター音に掻き消されて聞こえないし、シャッターを締めるわけですから当然岡田さんの姿もシャッターの向こうに・・・。
シャッターを開けて再び出てくるときの「普通の親父!」というツッコミが秀逸でした。
今回はまたまた挑戦的な放送内容でした。
犯罪心理学者の出口さんが「2年間ほどコメントが編集でカットされている」「もう耐えられないので、BSで新しい番組をやろうと思っている」などと言い出し、有田さんが「忘年会でも雰囲気悪かったですよね」的なコメントを添える、という、最近話題になったブラックな話の模倣ネタ。
ここでそれを入れてくるか!と全く予想外の展開です。
ちなみにこの前フリとして、侵入生物専門家の五箇さんが「おかげさまで、学会でも大変好評を得ている。これからも頑張らせて欲しい」と真っ当なコメントを言っていました。
「あ、ちょっと真っ当なことを言うこともあるんだ」と見ているこちらは迂闊にも油断してしまいました。
この直後にさっきの話ですよ。
落差の演出が凄い!
この他に、覚醒剤の話、不倫(大学の”高い授業料”という言葉を引っ掛けて矢口真里さんがVTRで登場)の話と、話題の危険な話のエピソードをちょいちょい投げ込んできます。
更にはゲストの佐野ひなこさんが「北関東の方で買ってました」とぶっこんでくる。
この危険なシュールさを受け止めきれるのは画面に岡田さんがいるからでしょうね。全体のバランスがしっかりと保たれています。
そんなこんなで、今週も大満足の面白い回でした!
「フジテレビの視聴率が低迷している」
「フジテレビはもうつまらない」
「そもそもテレビの時代は終わった。これからはネットだ」
という声があります。
確かに、いわゆる看板番組的なものは、王道で安心して楽しめる一方、娯楽が多様化した現在の状況下では「つまらない」と感じられる部分があるのかもしれません。
しかし一方で、この「全力!脱力タイムズ」や「人生のパイセンTV」など、刺激的で面白い番組が生み出されているのも、今のフジテレビです。
つまり、まだまだ新しい面白さを作り出せる優秀なスタッフがいるってことですよ。全然死んでなんかいません。
フジテレビのブームはまた来るぞ!・・・という予感が与えられた、今回の全力!脱力タイムズでした。
2016年02月23日
とりあえず150ほど記事を書いてみたけど一体何を書いてるのかなあ、と我に返って考えたこと
ということを少し考えてみました。
そんな中でブロガーさんの本を何冊か読んでみると、共通して書かれていることが見えてきます。
幾つかありますが、最も強い共通項として書かれていると感じたことは、ブログを書き進めていくにあたって「自分が何を書くか」ということを明確化するべきだ、ということです。
次に、何を目的に書くか、ということを明確化すること。
そうしなければ道に迷い、いつしかブログを書くことから遠ざかり、そのまま終わってしまう・・・という事が書かれていました。これは自分の経験にもそのまま当てはまります。今までも幾つかのブログを書いてきましたが、全て途中で更新意欲が薄れ、そのまま放置されてゴーストと化す、というプロセスを例外なく辿ってきました。
「自分が何を書くか」ということの分析を自分の中で進めていくと、「自分に何が書けるか」「何が書きたいか」という事について考えていくようになります。
作業としては、興味のあることを書き出していく。
また、自分がどんな知識や技能があって、それがどの程度のレベルなのか。相当コアなレベルなのか、聞きかじり程度のものに過ぎないのか。
そうしている内にふと気付きました。
「これって自分を分析する作業じゃん。」
つまりブログを書くという行為、さらに言えばただの日記的なものではなく「メディア」として発信をしていきたいという意思のもとに書く行為は、その作者である自分自身に何が提供できるかということを探求していく行為に他ならないという事です。
その視点で自分を見つめなおすと、ブロガーとして書けそうなこと、書きたいことというものが、少し考える時間を持っただけですが、何だか焦点が絞られてきたような感覚がありました。
自分に何が出来るか、どんな面白いコンテンツを提供できるか。
これからブログを書く上では、この視点を意識しながらネタを考えてみたいと思います。
もちろんすぐに変化することは難しいので、あくまで「じわじわ」変化を出していければいいな、と思っています。
そんな中でブロガーさんの本を何冊か読んでみると、共通して書かれていることが見えてきます。
幾つかありますが、最も強い共通項として書かれていると感じたことは、ブログを書き進めていくにあたって「自分が何を書くか」ということを明確化するべきだ、ということです。
次に、何を目的に書くか、ということを明確化すること。
そうしなければ道に迷い、いつしかブログを書くことから遠ざかり、そのまま終わってしまう・・・という事が書かれていました。これは自分の経験にもそのまま当てはまります。今までも幾つかのブログを書いてきましたが、全て途中で更新意欲が薄れ、そのまま放置されてゴーストと化す、というプロセスを例外なく辿ってきました。
「自分が何を書くか」ということの分析を自分の中で進めていくと、「自分に何が書けるか」「何が書きたいか」という事について考えていくようになります。
作業としては、興味のあることを書き出していく。
また、自分がどんな知識や技能があって、それがどの程度のレベルなのか。相当コアなレベルなのか、聞きかじり程度のものに過ぎないのか。
そうしている内にふと気付きました。
「これって自分を分析する作業じゃん。」
つまりブログを書くという行為、さらに言えばただの日記的なものではなく「メディア」として発信をしていきたいという意思のもとに書く行為は、その作者である自分自身に何が提供できるかということを探求していく行為に他ならないという事です。
その視点で自分を見つめなおすと、ブロガーとして書けそうなこと、書きたいことというものが、少し考える時間を持っただけですが、何だか焦点が絞られてきたような感覚がありました。
自分に何が出来るか、どんな面白いコンテンツを提供できるか。
これからブログを書く上では、この視点を意識しながらネタを考えてみたいと思います。
もちろんすぐに変化することは難しいので、あくまで「じわじわ」変化を出していければいいな、と思っています。
2016年02月22日
久し振りに天下一品に行っ・・・たら・・・
天下一品のこってりが好きです。
時々、無性にこってりを口に入れたくなり、衝動的に天下一品ののれんをくぐりに駆け出してしまうくらいに。
えっ?毎日ではないですよ。毎週でもないです。毎月でもないです。。。ハイ、すみません。あくまで「時々」なレベルでして。。。
でも好きなのは間違いないです。
そんな訳で今日久し振りに天下一品に行きましたよ。
久し振りの店内。
見渡すとどこか違和感が・・・。
あれ?ポスターがベッキーじゃない。。。
チュートリアルになってるやんけ!!
これはもしや、あの騒動のせい??
と一人慌てたのも束の間。ググッてみると、少し前から「ベッキー→北乃きい→チュートリアル」と順を追って変わっていたんですね。
ベッキーがイメージキャラを務めていた期間って結構長かったので、すっかり自分の中にも「天下一品=ベッキー」という絵が定着していたんですよね。
でも、チュートリアルの二人のほうが、何か「こってり」って感じがして、それはそれでいいかなって気がします。
それよりも、メニューが少し変わって、「こっさり」がなくなり「屋台の味」に変わったのがちょっと寂しいなと思いました。
でも、おいしかったから、とりあえずOKです!
引き続きよろしくお願いします!天下一品さん!
時々、無性にこってりを口に入れたくなり、衝動的に天下一品ののれんをくぐりに駆け出してしまうくらいに。
えっ?毎日ではないですよ。毎週でもないです。毎月でもないです。。。ハイ、すみません。あくまで「時々」なレベルでして。。。
でも好きなのは間違いないです。
天下一品 -鶏ガラベースのこってりラーメンが自慢!-
そんな訳で今日久し振りに天下一品に行きましたよ。
久し振りの店内。
見渡すとどこか違和感が・・・。
あれ?ポスターがベッキーじゃない。。。
チュートリアルになってるやんけ!!
これはもしや、あの騒動のせい??
と一人慌てたのも束の間。ググッてみると、少し前から「ベッキー→北乃きい→チュートリアル」と順を追って変わっていたんですね。
ベッキーがイメージキャラを務めていた期間って結構長かったので、すっかり自分の中にも「天下一品=ベッキー」という絵が定着していたんですよね。
でも、チュートリアルの二人のほうが、何か「こってり」って感じがして、それはそれでいいかなって気がします。
それよりも、メニューが少し変わって、「こっさり」がなくなり「屋台の味」に変わったのがちょっと寂しいなと思いました。
でも、おいしかったから、とりあえずOKです!
引き続きよろしくお願いします!天下一品さん!
2016年02月19日
初めてマッサージ店を利用した感想について
色々なところでマッサージ店を見かけます。
気持ちいいんだろうなー・・・と大分以前から興味はありましたが、「値段が高い」という感覚があり、実際に行くことはありませんでした。
だって30分で3,000円くらいするんですよ?
3,000円あったら、ちょっと安めの居酒屋なら2時間は過ごせてしまう値段です。
それがたったの30分で終わってしまう。刹那的というか、贅沢というか、そんなイメージがつきまとっていたのが私にとっての「マッサージ」でした。
そんな私でしたが、この度、思い切ってマッサージに行ってみました。
それは何故かというと、ちょっとした旅行に行った際に、旅先で気分がハイになって財布の紐がゆるんでしまったからです。
行ったのは「青と白のエステ」という、島根・玉造温泉にある「白石屋」という旅館の中にあるお店です。
メインはエステっぽい感じのお店でしたが、私は「リラクゼーションコース」というマッサージのコースでお願いしました。
青と白のエステ(白石家のホームページ)
時間は思い切って60分コース。税込み6,480円は初体験にしては高い金額かなと一旦は躊躇しましたが、滅多に行かないんだから勢いで行けだろ・・・!と心を奮い立たせて申し込みました。
さて、マッサージでは、首・肩・背中・腕・腰・足と、体の裏側全体をゆっくりと揉みほぐしていきました。
あらゆる箇所が、揉まれる度に悲鳴を上げます。しかし気持ち良い痛みです。「イタッタタッタ・・・!!」と実際の悲鳴が軽く漏れることもありましたが、それはそれで楽しい感じです。
揉まれる感じがなんとも気持ち良く、痛みもブレンドされながら、何とも心地よい経験で。。。
途中、少し寝ていたのかなとも思いますが、60分があっというまに感じる良質な時間を過ごすことができました。
体験した後では、すっかりマッサージ店に対する考え方が変わりました。
プロのマッサージに対して10分=1,000円の相場が高いと思っていたのは、マッサージの心地よさを知らなかったゆえの単なる思い込みだったんだと考えを改めさせられました。
ちゃんとしたプロのマッサージに対しては、10分=1,000円の対価を支払う価値は十分にありますね、これは!
というのも、私は普段から自分で腕やふくらはぎを揉んだり、足裏をマッサージしたりすることを割と頻繁にしていました。また、足裏マッサージのためにフットマッサージャー(約15,000円程度のもの)を買い、時々使ってもいました。
それはそれで、それなりに気持ちのいいものだったんです。
体が部分的にですがほぐされる感覚もありました。
しかし!
専門の技術・ノウハウを持った他人にやってもらうマッサージは、全然別物でした。
定期的にメンテナンスとしてやってもいいかな?と思います。
今回は旅先でしたが、地元にもマッサージ店は色々ありますので、ちょっとずつ体験をしていこうと思います。
やはり、何事も体験してみなければ分からないものですね。
気持ちいいんだろうなー・・・と大分以前から興味はありましたが、「値段が高い」という感覚があり、実際に行くことはありませんでした。
だって30分で3,000円くらいするんですよ?
3,000円あったら、ちょっと安めの居酒屋なら2時間は過ごせてしまう値段です。
それがたったの30分で終わってしまう。刹那的というか、贅沢というか、そんなイメージがつきまとっていたのが私にとっての「マッサージ」でした。
そんな私でしたが、この度、思い切ってマッサージに行ってみました。
それは何故かというと、ちょっとした旅行に行った際に、旅先で気分がハイになって財布の紐がゆるんでしまったからです。
行ったのは「青と白のエステ」という、島根・玉造温泉にある「白石屋」という旅館の中にあるお店です。
メインはエステっぽい感じのお店でしたが、私は「リラクゼーションコース」というマッサージのコースでお願いしました。
青と白のエステ(白石家のホームページ)
青と白のエステ ≪ 出雲・玉造温泉 白石家 公式ホームページ〜女性にやさしい神々が集う出雲のお宿
時間は思い切って60分コース。税込み6,480円は初体験にしては高い金額かなと一旦は躊躇しましたが、滅多に行かないんだから勢いで行けだろ・・・!と心を奮い立たせて申し込みました。
さて、マッサージでは、首・肩・背中・腕・腰・足と、体の裏側全体をゆっくりと揉みほぐしていきました。
あらゆる箇所が、揉まれる度に悲鳴を上げます。しかし気持ち良い痛みです。「イタッタタッタ・・・!!」と実際の悲鳴が軽く漏れることもありましたが、それはそれで楽しい感じです。
揉まれる感じがなんとも気持ち良く、痛みもブレンドされながら、何とも心地よい経験で。。。
途中、少し寝ていたのかなとも思いますが、60分があっというまに感じる良質な時間を過ごすことができました。
体験した後では、すっかりマッサージ店に対する考え方が変わりました。
プロのマッサージに対して10分=1,000円の相場が高いと思っていたのは、マッサージの心地よさを知らなかったゆえの単なる思い込みだったんだと考えを改めさせられました。
ちゃんとしたプロのマッサージに対しては、10分=1,000円の対価を支払う価値は十分にありますね、これは!
というのも、私は普段から自分で腕やふくらはぎを揉んだり、足裏をマッサージしたりすることを割と頻繁にしていました。また、足裏マッサージのためにフットマッサージャー(約15,000円程度のもの)を買い、時々使ってもいました。
それはそれで、それなりに気持ちのいいものだったんです。
体が部分的にですがほぐされる感覚もありました。
しかし!
専門の技術・ノウハウを持った他人にやってもらうマッサージは、全然別物でした。
定期的にメンテナンスとしてやってもいいかな?と思います。
今回は旅先でしたが、地元にもマッサージ店は色々ありますので、ちょっとずつ体験をしていこうと思います。
やはり、何事も体験してみなければ分からないものですね。
2016年02月16日
今更ですがShareHtmlって凄いツールだ!と感激した話
少しずつでもブログを書いていると、他人が書いたカッコイイブログを見ているときに「これってスタイリッシュだけどどうやってやっているんだろう?」と気になる点、平たく言えば真似したい点が出てくるものです。
その中でも気になっていたのが「サイトの引用」です。
例えばこのサイトでこんな記事を書いていた・・・ということを材料に記事を書くというのは割と見かける方法で、そのためには「サイトの引用」が必要になります。
そんな時に自分の場合はどうするか?というと、記事の一部を” ”で囲って、出典元のブログ名を書いてそこにURLのリンクを貼ることしか出来ませんでした。
(例)
"表・裏とも傷だらけ。プラスチック部分は軽い火傷のような状態になり、バンド部分は根本から切断されてしまいました。
もうね、自分の不注意なのでどこにも文句は言えないのですが、
泣くしかありません。(T_T)"
G-SHOCK ✕ 洗濯乾燥機 = ??
内容的にはこれでもいいんですが、世の中にはもっとスタイリッシュでビジュアルに訴える引用手法が使われています。
NAVERまとめサイトなんかで良く使われているこんなやつです。
これがやりたかったんですよ・・・。
でもブログも初心者、Webも初心者な私にはやり方が検討もつかず、ただただあこがれる日々が続いていました。
しかし!
先日ついにその正解と思われる手法を見付けました。
ブックマークレット「ShareHtml」です。
(って言うのも今更な感じで恐縮ですが・・・)
既に様々なサイトで紹介されているので説明は省きますが、本当に簡単に、他サイトのスタイリッシュな引用が実現するまさに神と呼ばれるにふさわしいツールです。
初めて成功した時はただただ感激しました。
参考にさせてもらったのは”なまら春友流”さんのサイトです。
これだけで、何だかそれっぽく見えてしまうので不思議です。
知ってるか知らないかだけの本当に単純な差で、これが出来る・出来ないという大きな結果の違いが出てくるというのは、知識・ノウハウの凄さですよね。
まだまだ見知らぬブログ関係のノウハウにはやく出会いたいです!
というわけで今日はShareHtmlにとにかく感激した!という話でした。
その中でも気になっていたのが「サイトの引用」です。
例えばこのサイトでこんな記事を書いていた・・・ということを材料に記事を書くというのは割と見かける方法で、そのためには「サイトの引用」が必要になります。
そんな時に自分の場合はどうするか?というと、記事の一部を” ”で囲って、出典元のブログ名を書いてそこにURLのリンクを貼ることしか出来ませんでした。
(例)
"表・裏とも傷だらけ。プラスチック部分は軽い火傷のような状態になり、バンド部分は根本から切断されてしまいました。
もうね、自分の不注意なのでどこにも文句は言えないのですが、
泣くしかありません。(T_T)"
G-SHOCK ✕ 洗濯乾燥機 = ??
内容的にはこれでもいいんですが、世の中にはもっとスタイリッシュでビジュアルに訴える引用手法が使われています。
NAVERまとめサイトなんかで良く使われているこんなやつです。
G-SHOCK ✕ 洗濯乾燥機 = ??: 世界は素敵で面白い、そんな生き方を目指すブログ
表・裏とも傷だらけ。プラスチック部分は軽い火傷のような状態になり、バンド部分は根本から切断されてしまいました。 もうね、自分の不注意なのでどこにも文句は言えないのですが、 泣くしかありません。(T_T ...
こんな感じのやつです。
これがやりたかったんですよ・・・。
でもブログも初心者、Webも初心者な私にはやり方が検討もつかず、ただただあこがれる日々が続いていました。
しかし!
先日ついにその正解と思われる手法を見付けました。
ブックマークレット「ShareHtml」です。
(って言うのも今更な感じで恐縮ですが・・・)
既に様々なサイトで紹介されているので説明は省きますが、本当に簡単に、他サイトのスタイリッシュな引用が実現するまさに神と呼ばれるにふさわしいツールです。
初めて成功した時はただただ感激しました。
参考にさせてもらったのは”なまら春友流”さんのサイトです。
神ブックマークレット ShareHtml , AppHtml の導入&使用方法(作者 @hiro45jp さん) | なまら春友流
参考にさせていただいたサイトです!
これだけで、何だかそれっぽく見えてしまうので不思議です。
知ってるか知らないかだけの本当に単純な差で、これが出来る・出来ないという大きな結果の違いが出てくるというのは、知識・ノウハウの凄さですよね。
まだまだ見知らぬブログ関係のノウハウにはやく出会いたいです!
というわけで今日はShareHtmlにとにかく感激した!という話でした。
2016年02月12日
若いっていいねえという危険な言葉について
20歳のアルバイトさんと話す機会がありました。
聞いていると、強い目標・希望を持って過ごしているんじゃなく、何となしに日々をただ過ごしている、目の前の与えられた課題や小さな欲を満たすために過ごしているというような印象を受けました。
そんな話を聞いていると、今の自分に対する不満が内側からふと湧き上がります。
「こんな風に毎日を過ごしていたから、何の変哲もない、平凡な個人になってしまったんじゃないか」
「もっと熱い気持ちを持って毎日を過ごしていたら、今頃はもっと凄い人間になって、お金も一杯稼いでハッピーな人間になっていたんじゃないか。相当、勿体無いことをしてしまった」
最終的にこの不満は、とある言葉になって表れました。
「若いっていいなあ。
若さってのは無限の可能性だよね。
今からだったら何だって出来るんだから、大きな夢や希望を持って、好きに生きるべきだよ」
これを言った次の瞬間、大きな違和感を感じました。
はっきりとは分からないけど、自分で気付かない内に何か大きな間違いをしてしまったような、まとわりつく違和感を・・・。
それを拭えないまま話は終わりました。それから時間が経ち、夜にお風呂に入っている時でした。急にその違和感の正体に気付きました。
20歳のアルバイトさんに言った言葉は、自分の可能性をもう無意識の内に諦めてしまっていることの表れなんだと。
一方で、その諦めを良しとしない、つまり自分の可能性をまだ信じている部分も心の中にある。だからその言葉に対して違和感を感じたんだと。
何だかもっともらしいこの台詞。
そういえば自分も若いころは何度となく聞いたことがある台詞です。
しかし気をつけてください。実はこの言葉は、自分の中から「若い」という気持ちが消えた次の瞬間から、若い人に対してつい言ってしまう禁断の台詞です。
でも、まだ自分の可能性を諦めていなければ、部分的にでも諦めていない心が残っていたら、この言葉を口にするのはやめるべきです。
そのことに今日気づきました。
明らかに出来ないことは確かにあるかもしれませんが、それでも、まだまだどんなことが出来るかは分からないですよね。やってみなければ分かりませんが、何もやらなければ何も変わらないってことです。
スラムダンクで安西先生も言っていたじゃないですか。
「諦めたらそこで試合終了ですよ」
そう考えた時、年齢という概念が消え去っていくのを感じました。
年齢という数字は確かなものとして存在はしますが、それはあくまで「生まれてからどれくらいの時間が経ったか」という単なる目安です。
自分にあるのは、「◯◯歳の自分」ではなく、「今この瞬間の自分」です。
だから私は「若いっていいね」という言葉は、今後一切口にしません。考えません。
だって今の自分が、自分の中で一番若く、次の瞬間以降の自分にはまだまだ無限の可能性があるのですから。