結局、その時はさまざまな意見があり、答えはよく分かりませんでした。
しかし、先日、自分なりの解釈で、その答えを見つけることができました。
私は幼少期のまだ物心がつくかつかないかの頃、ありのままの自分でいることを親から否定されたことがありました。
その時、私はこのままではいけないんだと思い、自分を変えようと思いました。
長年、そのことを忘れていたのですが、あるきっかけでその時のことが甦ってきました。
私が今、目指しているのは明らかに、親に否定される前のありのままの自分でした。
そしてなぜ、親はあの時、私のことを否定したのかという疑問が湧いてきました。
そこで、ふと、これが巣立ちの合図だったのではないかと思いました。
おそらく、親の方は巣立ちという認識はなかったでしょうし、ただ感じたことを言っただけなのかもしれません。
今の私であれば、否定されたことをすぐに手放すことができますが、幼少期の私は親の意見が正しいと思ってしまいました。
もしかしたら、親に逆らったら、ご飯が食べられなくなると思ったからかもしれません。
人の巣立ちはツバメさんに比べてかなり遅いと思っていましたが、実はそう大差はないのかもしれません。
さらに、もっと小さな生き物(昆虫など)では、親を知らない子たちもいます。
ツバメさんの場合、特に一番子は次の二番子のために、親は強制的に巣立ちを促します。
人間も下のきょうだいが生まれれば、必然的に親は上の子への接し方が変わるでしょう。
子供が親に嫌な思いをさせられるというのは、他の動物で言うところの巣立ちと同じ役目があるのではないかと思いました。
このことが分かると、私の幼少期のこの体験も合点が行き、納得することができました。
親だけではなく、他の周りの人から受ける不快な言動も、「自分の道を進みなさい」という隠れたメッセージなのかもしれません。
結局のところ、親が悪いわけでも、当然、自分が悪いわけでもありません、
ましてや、他の人たちにも否はないのです。
巣立ちのための行動は、動物にとってごく自然なことです。
人間の世界でどんなに文明が進んだとしても、根本的な部分は他の動物たちと何ら違いはなく、変わらないものなのだと改めて思いました。
巣立ちを意識することによって、周りの見えてくる景色が違ってきます。
今、私は改めて、ありのままの自分でいることの大切さを実感し、その中で、自分がやりたいことや、天命や使命感のようなものを感じたら、それを行っていこうと思っています。
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