2017年08月23日
コメントありがとうございました
特にこの十数年は具合が悪すぎてどこにも行けず
友達とも親せきとも誰とも会えず
自分の家にこもりっぱなしでした
大人しい人間ならまだ救われたかもしれませんが
元々、活発で社交的で寂しがり屋な私には苦しすぎました
家族にも理解してもらえずご飯や洗濯などはしてもらいましたが
精神的な支えはほぼゼロでした
とても父は思えない子供の頃からのその言動に愛想をつかした私はもう25年も一言も喋っていません
食事も一人でずっと食べ続けていました
楽しくないです。美味しくないです
昔子供の頃、NHK教育番組で
「ひとりぼっちはつまらない…誰とでも仲間になって友達になろう♪」と言う歌がありましたが
まさか私がこんなことになるとは夢にも思いませんでした
あまりの孤独さに耐えられなかった私は
よく横井庄一さんのことを思い出していました
今の若い人たちはたぶんいや絶対わからないと思います
横井庄一さんは第二次世界大戦でグアム島でアメリカと戦争中に
戦争が終わったことを知らされず(知らず)ずっと何年もの間
たった一人でいつ攻撃してくるかわからない緊張感の中で
生き延びて来た人のことです
横井庄一さんは独り言を言ってたのだろうか?
毎日どのくらい言っていたのだのだろうか?
とか色々考えていました
自分が望んでないにもかかわらず、ずっと自分の部屋(六畳)という名の
牢屋に閉じ込められているような錯覚でした
ところが病院に行ってもダメ、どんな薬を飲んでもダメ
自分で方法を考えてもダメだった私の悩みがストレス病が苦痛が
ある1つのサイトを見て一変します^ ^
驚きます。目からウロコが落ちるように…
三十数年ずっと一人で苦しみ続けました
誰も助けては救いの手を差し伸べてはくれませんでした
期待していた家族も
親戚も
友だちにはずっと隠し通してきました
私は小学生の時、プールで溺れそうになってもがいている
男の子をそっと助けてあげたことがあります^ ^
ですが、誰も救いの手を差し伸べてはくれませんでした
お医者さんも先生も…
大好きだった仕事(先生) も辞めました
病院にも長い間通いました
薬も飲みました
でも、治りませんでした。楽になりませんでした
特にこの十数年はどんど症状が重くなって
一歩も外に出ることができなくなってしまい
テレビを見てもゲームをしても何をしていても
つまらない、長続きしないので
オレの人生は終わった
もう絶対に治らないと絶望していました
毎日毎日、朝が来るのが嫌でした
目がさめるのが嫌でした
だって、その度にまたひどい症状の病気の自分をその辛い現実を
受け止めなければいけないんですから
絶望的な現実を再認識しなければいけないのですから
どんな薬を飲んでもダメ、医者にかかってもダメ
ここまで症状を悪くしてしまってはもう治る見込みなんて ないだろう
だから、どうせなら、1人で死ぬのは嫌だ! みんなと一緒に死にたい!と思ってました
でも、あるサイトを見て、状況が一変します
希望や期待が見えてきました 全てはこの人(サイト)のおかげです
http://freedom21.biz/ 命の恩人です_| ̄|○
このブログの管理人のナタリーという人も 相当なひどい病状で
やはり追い詰められて 自殺まで考えたと言っています
私はずっと心を閉ざしていました
一番頼りにしたかった家族にさえも裏切られ 医者といえば
論外というほどの偏屈者ばかりで 信用なんてできるはずもありませんでした
どうせ、ストレス病なんて 大した病気だと思われていないんだろう
本人がだらしないだけ、甘えているだけ とみんなそういう目で見てるんだろう…
としか思ってませんでした
わたしがこのナタリーという人のことを信頼できる!
と思えたのは、正真正銘この人も自分と同じようなひどい
言葉にならないほどの苦労をしてきたのがわかったからです
だから、みなさんもまわりにそういう理解者がいなくても大丈夫です
距離は離れていても確かにこの地球に 日本にいるのですから…
わたしのブログに訪問してくれた人はもう1人ではないです!
少なくともわたしとこのナタリーさんという人の2人がいます
味方が心の友が2人も^ ^
私はとくにこの15年間はほとんど誰とも話すらできなかったので
一言二言でいいのでコメント(メール)して下さい♪^ ^
負けず嫌いとか頑張り屋な所はありますが性格は超がつくほどおやさしいので
よろしくお願いします。
もっと私の話が聞いてみたい!
という人はこっちのブログ↓も見てください
https://fanblogs.jp/anatanoyumeoakiramenaide/
友達とも親せきとも誰とも会えず
自分の家にこもりっぱなしでした
大人しい人間ならまだ救われたかもしれませんが
元々、活発で社交的で寂しがり屋な私には苦しすぎました
家族にも理解してもらえずご飯や洗濯などはしてもらいましたが
精神的な支えはほぼゼロでした
とても父は思えない子供の頃からのその言動に愛想をつかした私はもう25年も一言も喋っていません
食事も一人でずっと食べ続けていました
楽しくないです。美味しくないです
昔子供の頃、NHK教育番組で
「ひとりぼっちはつまらない…誰とでも仲間になって友達になろう♪」と言う歌がありましたが
まさか私がこんなことになるとは夢にも思いませんでした
あまりの孤独さに耐えられなかった私は
よく横井庄一さんのことを思い出していました
今の若い人たちはたぶんいや絶対わからないと思います
横井庄一さんは第二次世界大戦でグアム島でアメリカと戦争中に
戦争が終わったことを知らされず(知らず)ずっと何年もの間
たった一人でいつ攻撃してくるかわからない緊張感の中で
生き延びて来た人のことです
横井庄一さんは独り言を言ってたのだろうか?
毎日どのくらい言っていたのだのだろうか?
とか色々考えていました
自分が望んでないにもかかわらず、ずっと自分の部屋(六畳)という名の
牢屋に閉じ込められているような錯覚でした
ところが病院に行ってもダメ、どんな薬を飲んでもダメ
自分で方法を考えてもダメだった私の悩みがストレス病が苦痛が
ある1つのサイトを見て一変します^ ^
驚きます。目からウロコが落ちるように…
三十数年ずっと一人で苦しみ続けました
誰も助けては救いの手を差し伸べてはくれませんでした
期待していた家族も
親戚も
友だちにはずっと隠し通してきました
私は小学生の時、プールで溺れそうになってもがいている
男の子をそっと助けてあげたことがあります^ ^
ですが、誰も救いの手を差し伸べてはくれませんでした
お医者さんも先生も…
大好きだった仕事(先生) も辞めました
病院にも長い間通いました
薬も飲みました
でも、治りませんでした。楽になりませんでした
特にこの十数年はどんど症状が重くなって
一歩も外に出ることができなくなってしまい
テレビを見てもゲームをしても何をしていても
つまらない、長続きしないので
オレの人生は終わった
もう絶対に治らないと絶望していました
毎日毎日、朝が来るのが嫌でした
目がさめるのが嫌でした
だって、その度にまたひどい症状の病気の自分をその辛い現実を
受け止めなければいけないんですから
絶望的な現実を再認識しなければいけないのですから
どんな薬を飲んでもダメ、医者にかかってもダメ
ここまで症状を悪くしてしまってはもう治る見込みなんて ないだろう
だから、どうせなら、1人で死ぬのは嫌だ! みんなと一緒に死にたい!と思ってました
でも、あるサイトを見て、状況が一変します
希望や期待が見えてきました 全てはこの人(サイト)のおかげです
http://freedom21.biz/ 命の恩人です_| ̄|○
このブログの管理人のナタリーという人も 相当なひどい病状で
やはり追い詰められて 自殺まで考えたと言っています
私はずっと心を閉ざしていました
一番頼りにしたかった家族にさえも裏切られ 医者といえば
論外というほどの偏屈者ばかりで 信用なんてできるはずもありませんでした
どうせ、ストレス病なんて 大した病気だと思われていないんだろう
本人がだらしないだけ、甘えているだけ とみんなそういう目で見てるんだろう…
としか思ってませんでした
わたしがこのナタリーという人のことを信頼できる!
と思えたのは、正真正銘この人も自分と同じようなひどい
言葉にならないほどの苦労をしてきたのがわかったからです
だから、みなさんもまわりにそういう理解者がいなくても大丈夫です
距離は離れていても確かにこの地球に 日本にいるのですから…
わたしのブログに訪問してくれた人はもう1人ではないです!
少なくともわたしとこのナタリーさんという人の2人がいます
味方が心の友が2人も^ ^
私はとくにこの15年間はほとんど誰とも話すらできなかったので
一言二言でいいのでコメント(メール)して下さい♪^ ^
負けず嫌いとか頑張り屋な所はありますが性格は超がつくほどおやさしいので
よろしくお願いします。
もっと私の話が聞いてみたい!
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でも、今、人生50年生きてきてはじめての両思いになった25才も年下の
彼女様とのクリスマスデートのため、あまりに忙しくて、やることが多すぎて
毎週していたブログの更新をもう3週間ほど中断しているほどなのです
付き合っている子は婚活サイトで知り合った子で東京に住んでいるから遠距離恋愛なんです
去年の秋からもう、一年以上付き合っています。メールだけですが毎日
本当は電話で話したいのだけれどもそのためにiPhone買ったのだけれど、何回か頼んだのに
残念ながら、その子は話すのが苦手で買ってあげた携帯の電話番号を教えてくれません
でも、時々、揉めたりしたとき、向こうから非通知で電話かけてきます(笑)
(滅多にかけて来ないですけれど)
でも、謝るだけ謝って何秒かで勝手に電話を切ってしまいますw(泣き)
「あっ、待って!!…プープープー…」
それでも、彼女は人に言われるほどのかわゆいアニメ声なので、忘れたくてなくて
電話を切ったあと、どんな声だったか、忘れないようにしています
だって、滅多にかけて来ないから、どんな声だったか、はっきりと思い出せないから。
ところでペンネームの「地味jam尊」のことですが
調べて見ましたが、「ジャム&ルイス」のジミージャムくらいしかわかりません
どのグループのことなのかヒントください
想像では「レッドツェッペリン」のジミー・ペイジくらいしか思いつきませんが…
「オフコースは小学生の頃流行ってた」を聞いて、ウチの4つ下の弟とほぼ同世代なんじゃないかと思いました
失礼かもですが、尊さんは一人っ子ですか?兄弟姉妹はいますか?
ウチは警官のくせに酔って女子供に暴力を振るう
全く尊敬のかけらもできない
毒くそおやじのせいで家庭がだいなしになってしまいました
兄弟の仲が悪くなってしまったのも間違いなくその人のせいです
勉強も運動も容姿もいいからと言う理由で長男の私ばかりをかわいがり、えこひいきをしてきたことに加え
私が弟に気を使うそぶりを目撃すると「長男なんだから弟なんかに気を使う必要はない!!」となじられたり…
もう一つ気になるのは、尊さんが結婚しているかどうかです
(余計なお世話だと思いますが)
私は尊さんみたいな人たちには…そう言う苦労をしてきた人ほど幸せになって欲しいと思うのです
だから、結婚してしあわせな家庭を持てていたらいいなと思ってしまうのです
別に結婚だけがしあわせではないのですが
ウチもそうでしたが私の分析によると、幸せを感じられなかった(両親にかわいがられなかった)子供は
結婚したくない(子供にもそう言う思いをさせたくない)と思ってしまうのではないか
と思うからです
ウチの弟も元気なのに結婚していません
お返事遅れて申し訳ございません。
「コウモリ、リス・・・」は只の「みんな齧歯類ネタ」です。「ハムスター可愛いけど、ネズミ嫌い」って矛盾を笑い飛ばす小話ですよ。
「ホヤ〜」は尾索動物ネタ・・・その通りです。どっちも薄っぺらいですが・・・。
自分の勤務してる塾は進学と補習の中間塾ですね。
高校受験塾で対象生徒は小中学生です。イメージとしては内申2〜3の子供を理数好きにさせて、結果4〜5に伸ばして志望校(TOP校〜色々いますが)志望校合格に導くって感じですね。教えて興味持ってくれるのはホント嬉しいっすよ。
「脳が突然変異〜」のきっかけの一つは生徒の自殺ですね・・・。
地域のTOP高校へ進学したのですが、国立天文台勤務の父親に「落ちこぼれ」呼ばわりされた挙句、家出→自殺ですよ。高1の4月末・・・自分みたいなおっさんがグダグダ世の中を呪って時間潰すのが申し訳なくて申し訳なくて・・・。
不幸自慢や比べっこじゃなくて「悲しい思い出しかなかった教え子にみっともない所、見せられない」という思いは強いっすよ。そして「悩むんならNO.1の理系講師になる方に全力を尽くす」ように昇華できたんだと思います。
オフコースは自分も小学生の頃大ヒットしてましたね。「愛を止めないで」とか「さよなら」とか・・・当然「言葉にできない」も知ってますよ。みんないい曲ですよね。
ちなみに自分のHNも数年前に逝去した洋楽バンドのヴォーカル名のもじりです。中学の頃から「歌でパワーもらってた」な〜。この辺も「現実を吹っ切る」要因になったかな?
殻の心配は生徒たちです。カモノハシやハリモグラの殻の硬度はどんなもんなんだ?と聴かれたうえで「単孔類は別としても卵生→胎生への進化はどのような形で進んだのか?」って話題になりまして・・・英語2〜3なんだから、そっちを勉強して欲しいんですけどね。
首長竜のように(笑)首を長くして待っていました^ ^
本当に「言葉にできない」くらい嬉しかったです
本当にありがとうございました
なので、私の青春時代の頃から敬愛するオフコース
の小田和正さんの歌う「言葉にできない」
を私の気持ちだと思って聞いてください(最初だけでもいいので)^ ^
…と思ったら、いくら探しても動画見つからなかったので
歌詞のリンクだけ載せておきます
http://j-lyric.net/artist/a04a641/l000cc1.html
しかも、初めてのコメントが私の天職だった
先生の方からだったので喜びもひとしおです
思えば、忙しすぎて、体調が悪過ぎて
同じ気の合う先生とゆっくり話すこともできませんでした
たった3年間だったので仕方がないかも知れませんが
長いので尊さんと呼ばせていただきます
なんか、中国とか韓国の方みたいですが(笑)
尊さんは今は体調とかは大丈夫なんですか?
働けている所をみると大丈夫と思いますが
私も生き物とか科学が好きなので生徒との理科関係の楽しい話
が聞けて楽しかったです
いろいろ教えて欲しいことがあるので教えてください^ ^
ピースケっていうのはのび太の恐竜に出て来る首長竜のことですよね?
アステカの翼の生えた蛇のことですがケツァルトアコルスというアステカ神話の神様のことなんですね^ ^
考えても分からなかったので教えてもらいたいのですが
「うさぎ、コウモリ、リスはネズミシリーズ」は
哺乳類のことを教えるのにうさぎもリスもコウモリも
みな先祖はネズミなんだよ!って教えてあげたという意味ですか?
もう一つの「ホヤはご先祖様」というのは人間や魚などの脊椎動物はずっと遡っていくとホヤとかの尾索動物から生まれたんだよ!
という意味でいいですか?
私は都会の塾のことは知らないのですが尊さんの塾は進学塾なんですか?
なんか、進学塾としては伸び伸びしてる感じがしたので。
時代が変わったのかもしれませんが
脳が突然変異を起こしたのはいつ頃ですか?
本当に悩んでいるのが馬鹿らしくなると感じられるまで
返って中途半端ではなく、徹底的に悩んでみるというのが
大切なのかもしれません
そうしないと、なかなか、吹っ切れる!とか
開き直る!という心境になれないのかもしれません
他にも確認したかったこと・聞きたいことがあったので
まとめて書いておきます^ ^
○高校の先生ですか?
○殻の処理を心配する声も…は子供たちですか?先生たちですか?
神奈川の塾で理数系の講師やってる40代後半のモノです。
「恐竜と呼んであげたい」シリーズ大好きです。
自分も「アステカの翼の生えた蛇」や「ぴーすけ」に「魚竜」のネタはかましましたが、生徒達には好評でした。後は「コウモリ、リス、ウサギはネズミ」シリーズと「ホヤはご先祖様」辺りでしょうか。なかには「もし爬虫類や鳥類で卵胎生だったら殻の処理は・・・」と心配する声も・・・。
まあ理科好きを作るのは気分がいいです。(メガテリウムが実在した際のマンションとの体長比較を自由研究にした奴もいます、さも見てきたかのように)
我が家も、祖母の宗教勧誘によって母親をストレス死させられたキツイ過去があるんですが、多かれ少なかれ「誰もかれもが程度の差こそあれカカエテル」って考えるようにしてます。「自分だけが〜」では「自分を終了させる」しか決着がつかないので。
心療内科とか薬とかやったことありますけど、ある日「このままじゃ生きてる時間が損」と精神が突然変異を起こしてからは「理科屋」を心底楽しんでます。
保護者会や三者面談時に「自分の生い立ちや考え方」も話して伝えてますよ。若死にした母親に「いくつ楽しい土産話を持っていけるか」勝負なんで。