2008年08月13日
突発性難聴B 入院〜通院
前2回に引き続き、突発性難聴について
書きたいと思います。
前回までの記事
突発性難聴
突発性難聴A 発症
入院中の治療は、
飲み薬(ステロイド含む)7種類ほど
注射(めまい軽減のため)1日1回
点滴 ビタミン 1日2回
ステロイド 1日1回
で始まりました。
治療で 痛い・辛い ということは全くなかったです。
ステロイドの点滴だけは、ゆっくり液を落とさなかったり
すると痛いことはありましたが、たいした痛みではないです。
入院した翌日の朝からご飯は完食していましたし、
めまいで動けないだけで、いたって元気な病人でした。
娘に会えないのがなにより辛かったです。
入院の翌日の午前中、聴力検査をすると、
車椅子を準備して看護師さんがやってきました。
ひどいめまいと闘いながら、車椅子に乗せられ
聴力検査をしました。
その後、先生が病室へ来ました。
聴力検査の結果と説明です。
聴力に異常がなければ、馴染みがないと思うのですが、
聴力検査の結果はグラフでていました。
縦軸が”聞こえ”の程度 10〜105 (だったと思います)
横軸が”音の周波数” 簡単に言えば低い音から高い音の種類
普通の聴力は10〜30なんだそうです。
30より数値が大きくなると難聴と判断するそうです。
私はというと、すべての音域で90〜100でした。
突発性難聴で間違いないと思うけれど、めまいがあったので
メニエール病かも知れないといわれました。
突発性難聴とメニエール病の大きな違いは、
突発性難聴
めまい発作は1度だけ
難聴の程度が重い(上で説明した数値が大きい)
メニエール病
複数回のめまい発作がある
難聴の程度は軽い
ということです。
めまいは、薬がよく効いて、どんどん軽減されていました。
入院2日目午後には車いすでトイレへ行けるようになり、
3日目には壁伝いに歩けるようになりました。
4日目にシャワーの許可もでました。
外来への診察は距離があるので、一人で車いすを使って
行っていました。
が、先生に歩くように指導されました。
今歩いておかないと、歩けなくなっちゃうよ、と。
その日から、歩く練習を始めました。
フロアー内をただぐるぐる歩いて回りました。
手を離して歩いてみると、蛇行歩きになります。
ふざけて歩いているように見えるのですが、
まっすぐ歩けないのです。 頭はフワフワします。
1週間ほどで、まっすぐ歩けるようになりました。
ですが、聴力がまったくもどりません。
薬が変わるたびに、説明に来ていた薬剤師さんが
早い人は3日くらいで効いてくるはずなんですが・・・
なんて言っていました。先生も何度も耳の聞こえはどうだ?
と聞いてきます。
難聴がひどいから時間がかかるかもしれないとは
言われましたが、あまりに薬が効かないので、
点滴をしながら、マスクをして酸素吸入をすることに
なりました。
耳の血液循環を良くするための点滴をしながら、
さらに酸素を送ってもっと血液に働きかける効果が
あるそうです。
飲み薬の種類も頻繁に変わったり、減ったり、増えたり
していました。
入院して1週間もすぎると、片耳が聞こえない以外、
いたって元気な病人でした。
先生に安静が一番の治療だと言われていましたが、
寝てばかりもつまらない。
起きてもやることがない。
暇さえあれば、子供の写真を眺めていました。
入院中、聴力検査のほか次の検査がありました。
MRI 聴神経腫瘍を見つけるため
平衡感覚の検査
MRIの結果は異状なしでした。
平衡感覚の検査は
・両手を体に直角になるようにあげ、
目隠しをして、百回足踏み
→1回転半してしまったようです。
・片足で1分間立つ。(目を開けている時、閉じている時)
→機械で重心の動きをみるのですが、
特に問題なかったようです。
・わざとめまいを起こさせる検査(両耳)
20度の冷水を耳に流しいれ、めまいを
起こさせます。めまいがおこっている一定の時間の
目の動きを観察します。
→録画した目の動きを見せてもらいました。
めまいがある状態では黒眼が激しく左右にゆれます。
聞こえない右耳では、黒眼がほんの少ししか
動きませんでした。
結果、私の病名は、
「めまいを伴う 右 突発性難聴」となりました。
入院して3週間近くなったころ、いつでも退院して
いいという許可がでました。通院は必要だと言われましたが。
ちょうど、3週間で退院しました。
通院は日曜日以外、毎日でした。
あの、酸素吸入しながらの点滴です。
飲み薬は相変わらずたくさん飲んでいました。
退院して1週間たったころ、娘と離れ離れの生活に
耐え切れず、預けていた実家から、無理やり連れて
帰りました。両親は私を転院させて私と娘を実家で
サポートしたいと言ってくれました。
それでも私は自宅にいたかったのと
転院はしたくなかったのとで、自宅へ戻りました。
通院に娘を連れていくことはできないので、
母は毎日片道1時間ほどかけて、自宅へ通って
くれました。そんな生活が3週間続きました。
退院後の通院は
週6日 が 3週間
週3日 が 4か月弱
月1日 が 3か月ほど
でした。
最後は回復の見込みがないということで
完治せず、治療を終えました。
後遺症が残りました。
・難聴(右耳が全く聞こえません)
・耳鳴り
・頭のふらつき
今回も長い記事を読んでいただき、
本当にありがとうございました。
次回は現在までの症状を書きたいと思います。
書きたいと思います。
前回までの記事
突発性難聴
突発性難聴A 発症
入院中の治療は、
飲み薬(ステロイド含む)7種類ほど
注射(めまい軽減のため)1日1回
点滴 ビタミン 1日2回
ステロイド 1日1回
で始まりました。
治療で 痛い・辛い ということは全くなかったです。
ステロイドの点滴だけは、ゆっくり液を落とさなかったり
すると痛いことはありましたが、たいした痛みではないです。
入院した翌日の朝からご飯は完食していましたし、
めまいで動けないだけで、いたって元気な病人でした。
娘に会えないのがなにより辛かったです。
入院の翌日の午前中、聴力検査をすると、
車椅子を準備して看護師さんがやってきました。
ひどいめまいと闘いながら、車椅子に乗せられ
聴力検査をしました。
その後、先生が病室へ来ました。
聴力検査の結果と説明です。
聴力に異常がなければ、馴染みがないと思うのですが、
聴力検査の結果はグラフでていました。
縦軸が”聞こえ”の程度 10〜105 (だったと思います)
横軸が”音の周波数” 簡単に言えば低い音から高い音の種類
普通の聴力は10〜30なんだそうです。
30より数値が大きくなると難聴と判断するそうです。
私はというと、すべての音域で90〜100でした。
突発性難聴で間違いないと思うけれど、めまいがあったので
メニエール病かも知れないといわれました。
突発性難聴とメニエール病の大きな違いは、
突発性難聴
めまい発作は1度だけ
難聴の程度が重い(上で説明した数値が大きい)
メニエール病
複数回のめまい発作がある
難聴の程度は軽い
ということです。
めまいは、薬がよく効いて、どんどん軽減されていました。
入院2日目午後には車いすでトイレへ行けるようになり、
3日目には壁伝いに歩けるようになりました。
4日目にシャワーの許可もでました。
外来への診察は距離があるので、一人で車いすを使って
行っていました。
が、先生に歩くように指導されました。
今歩いておかないと、歩けなくなっちゃうよ、と。
その日から、歩く練習を始めました。
フロアー内をただぐるぐる歩いて回りました。
手を離して歩いてみると、蛇行歩きになります。
ふざけて歩いているように見えるのですが、
まっすぐ歩けないのです。 頭はフワフワします。
1週間ほどで、まっすぐ歩けるようになりました。
ですが、聴力がまったくもどりません。
薬が変わるたびに、説明に来ていた薬剤師さんが
早い人は3日くらいで効いてくるはずなんですが・・・
なんて言っていました。先生も何度も耳の聞こえはどうだ?
と聞いてきます。
難聴がひどいから時間がかかるかもしれないとは
言われましたが、あまりに薬が効かないので、
点滴をしながら、マスクをして酸素吸入をすることに
なりました。
耳の血液循環を良くするための点滴をしながら、
さらに酸素を送ってもっと血液に働きかける効果が
あるそうです。
飲み薬の種類も頻繁に変わったり、減ったり、増えたり
していました。
入院して1週間もすぎると、片耳が聞こえない以外、
いたって元気な病人でした。
先生に安静が一番の治療だと言われていましたが、
寝てばかりもつまらない。
起きてもやることがない。
暇さえあれば、子供の写真を眺めていました。
入院中、聴力検査のほか次の検査がありました。
MRI 聴神経腫瘍を見つけるため
平衡感覚の検査
MRIの結果は異状なしでした。
平衡感覚の検査は
・両手を体に直角になるようにあげ、
目隠しをして、百回足踏み
→1回転半してしまったようです。
・片足で1分間立つ。(目を開けている時、閉じている時)
→機械で重心の動きをみるのですが、
特に問題なかったようです。
・わざとめまいを起こさせる検査(両耳)
20度の冷水を耳に流しいれ、めまいを
起こさせます。めまいがおこっている一定の時間の
目の動きを観察します。
→録画した目の動きを見せてもらいました。
めまいがある状態では黒眼が激しく左右にゆれます。
聞こえない右耳では、黒眼がほんの少ししか
動きませんでした。
結果、私の病名は、
「めまいを伴う 右 突発性難聴」となりました。
入院して3週間近くなったころ、いつでも退院して
いいという許可がでました。通院は必要だと言われましたが。
ちょうど、3週間で退院しました。
通院は日曜日以外、毎日でした。
あの、酸素吸入しながらの点滴です。
飲み薬は相変わらずたくさん飲んでいました。
退院して1週間たったころ、娘と離れ離れの生活に
耐え切れず、預けていた実家から、無理やり連れて
帰りました。両親は私を転院させて私と娘を実家で
サポートしたいと言ってくれました。
それでも私は自宅にいたかったのと
転院はしたくなかったのとで、自宅へ戻りました。
通院に娘を連れていくことはできないので、
母は毎日片道1時間ほどかけて、自宅へ通って
くれました。そんな生活が3週間続きました。
退院後の通院は
週6日 が 3週間
週3日 が 4か月弱
月1日 が 3か月ほど
でした。
最後は回復の見込みがないということで
完治せず、治療を終えました。
後遺症が残りました。
・難聴(右耳が全く聞こえません)
・耳鳴り
・頭のふらつき
今回も長い記事を読んでいただき、
本当にありがとうございました。
次回は現在までの症状を書きたいと思います。
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